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褪色する心

♢ 一


「そんな、ワシら何ぞに遠慮せんで下さい」

「いえ、僕達は食事の必要はないのです。どうぞ皆さんで召し上がって下さい」


 そう言って勇者が朝食の誘いを断ると、蛙はチラリともう一度振り返って様子を窺ってからペタペタと兎と猿が待つ食卓の方へと歩いていきました。


「どうして飢えなんてあるのだろう」

現世うつしよに生きる物は皆存在の罪を背負っているんだよ」


 ズズズッと、色褪せた粥を啜って飢えをしのぐ集落のラクガキ達の背中を眺めて、勇者は心から皆を救ってやりたいと思いました。


「君は優しいね、でもボク達はあまり長くここに居ない方がいいと思うんだ」

「しかし、どうやってあの彼方まで続く海を渡る事ができるのだろう」


 あの海を目にした後、集落に戻り夜を過ごした勇者達は途方に暮れていました。


「ここで彼らを眺めているのは余りに辛い、少し森の方へ散歩にでも行こうか」

「それはいいね。もしかしたら夜鷹さん、まだ起きてるかもしれないよ」


 外に出ると辺りは朝の静けさに包まれていました。

 勇者がタマゴを抱えて、コツン コツン と一つの小石を蹴りながら向かっていると、あっと言う間に森に着きました。そして、最初に出会った落葉松の枝の上で空を眺めている夜鷹が見えました。


「おや、勇者様とタマゴ様。おはようございます」

「おはようございます。夜鷹さん」


 夜鷹は勇者達に気づくと目を細めながら挨拶をしました。

 勇者も挨拶をすると、タマゴを地面にゆっくりと、降ろしてあげました。


「おはよう!まだ眠らなくて大丈夫?」

「ええ、まだ大丈夫です」

「夜鷹さんは、皆と食事を摂らなくて宜しいのですか?」

「はい、私はなるべく彼らの食料を減らしたくないのです」


 夜鷹はそう言って、森の奥まで続く色褪せた木立を眺めました。


「貴方方の目に映る私達は、さぞ酷くいやしく見えるでしょう?」

「なぜそんな事を言うんだい?」

「偽物の私達は現世うつしよの時の中で褪せていくからです」


 季節を感じさせない白黒の落ち葉がカサカサと風に揺れました。


「それでも作品や表現に宿る想いは褪せる事はありません。勇者様の絵の様に」

「僕なんかの絵よりも、もっと名の有る誰かが描いた絵の方がよっぽど素敵さ」

「そうかなぁ。僕はまだ何者でもない君の描く絵が大好きだよ」


 その時、陽光が勇者達を優しく照らし出しました。


「このお日様や、お月様、空や海や森や光も全て遠い昔の誰かの心に届いて、また今の時を生きる私達まで届いているのです」

「落ち葉を揺らしたあの風も、きっと春に桜の花を揺らすんだね」


 キョキョキョキョ、と夜鷹が秋の御空みそらに向かって鳴きました。


「それでも私は現世うつしよで自らを表現する事に少し疲れてしまいました。偽りの私の遊芸は本当の私を殺すのです」


 そう言って涙を流す夜鷹を見た勇者は、胸がキュッと痛くなりました。


「嗚呼、どうすれば僕は皆を救ってやれるんだろう」

 

 勇者もそう言って一緒に涙を流しました。

 すると勇者の胸の辺りがほんのり熱くなって小さな満月の形に光り始めました。


「ボク達が彼らを本当に救う事はできないんだ。さもなければ皆の存在や君の心を描き替える事になるんだ」

 

 タマゴの方を見る前に、その光は勇者の中から出てきて胸の前で宙に浮きました。そしてその光の中には虹色の鉛筆が在りました。


「これは確か、あの森の祠で見た物だ」


 勇者はその光を発している虹色の鉛筆を手に取りました。その瞬間、辺りの白黒に褪せた落ち葉や草木が秋の色彩に染まりました。

 そして夜鷹の体も赤褐色せっかっしょくの羽を纏いました。


♢ ニ


 眠りに就いた夜鷹を後にして、集落に帰るとその周りの草木もすっかり紅や淡黄色に染まっていました。そして勇者が、蛙、兎、猿のラクガキ達の傍に近寄って虹色の鉛筆を振りました。


 すると蛙は淡い抹茶色に、兎はくすみの無い純白に、猿は濃い赤茶色に、それぞれ勇者が心に想い描いた通りの色に染まりました。


「嗚呼、なんとお礼を申し上げたら良いのか……」

「礼など要りません。それよりも食料を保存している納屋に案内して下さい」


 そうして納屋に着き、そこに置かれている粟や稗、栗や芋の前で虹色の鉛筆を振ると、それらもまたそれぞれに色づきました。


「これでもう、飢えに苦しむ事はないでしょう」


 集落のラクガキ達は驚嘆して手を叩いたり、跳び回ったりして、勇者を褒め称えました。そして、皆が喜ぶ姿を見た勇者はとても幸せな気持ちになりました。


「どう?もう満足した?」

「うん。ただ、この力を使えばもっと皆を幸せにできるのではないだろうか」


 するとタマゴは暫く黙った後に、コロコロと何処かへ行ってしまいました。

 勇者が後を追いかけようか迷っていると、蛙が声をかけました。


「勇者様、ワシらは今日という大切な日をハレの日として祝いたいのです」


 それを聞いた勇者が再び虹色の鉛筆を振ると、キラキラ光るきねうすが現れました。そしてその臼の中には蒸したもち米が在りました。


「それじゃあ、アタシがきましょう」


 そうして兎が、ペッタン ペッタンと杵で餅を搗きました。

 不思議な事にこの餅は返す必要も無く搗く事ができました。


 それを眺めて勇者は木の枝でその兎が月の上で餅を搗く絵を地面に描いてやると、蛙と猿がその絵を見て喜んで笑いました。


「勇者様の描く絵は、ワシらの心を豊かにしてくれますな」

「そうだな。俺も何か描いてみたくなるぜ」

「それはいいですね。そうだ、皆で何か描きましょうよ」


 ラクガキ達は、それぞれ達者な絵ではなくても思い思いの絵を指や木の枝で地面に描いて遊びました。そうしている間に、餅が搗きあがりました。 


「ありゃ? おいおい、本当にもう搗けたのか?」

「えぇ。アタシも不思議なんだけど、どうも出来上がったみたいなんだよ」


 ラクガキ達はその出来たばかりの、一升分の餅を小分けにして皆で食べました。

 勇者はその餅を頬張りながら、タマゴの心配をしていました。


♢ 三


 夜鷹が目を覚まして集落に夜の報せを運んでやって来ました。

 

「こんばんは、勇者様」

「ああ、こんばんは夜鷹さん。そうだ、ここに来るまでにタマゴを見かけませんでしたか?」


 夜鷹は申し訳無さそうに首を横に振りました。


「そうですか。まぁその内、帰って来るとは思うんですけどね……」


 そう言って勇者は俯きがちになって黙ってしまいました。

 すると、猿が勇者達の傍に寄って来ました。


「勇者様、これから祝宴を開くつもりなのですが一緒にどうでしょう。おや、夜鷹も居るのか。お前も一緒にどうだい?」

「……楽しそうで良いじゃないですか。どうでしょう夜鷹さん、もう飢えを心配する必要も無い事ですし」


 夜鷹は少し照れくさそうに喜ぶと、宴に参加する事にしました。

 こうして皆は集落の真ん中で、酒を片手に焚き火を囲み宴が始まりました。


 集落のラクガキ達が喜んで酒を飲んだり、栗や芋を食べるのを眺めながら勇者は時々、キョロキョロと友の姿を探しました。


「ほら、勇者様!もっと飲んで下さい!」

「……あぁ。ありがとうございます」


 もう顔や尻を真っ赤にした猿がそう言って勇者の木盃もくはいに酒を注ぎ足しました。勇者は嬉しそうに見つめる猿の事を無下にできず、それを一気に飲み干しました。


「アタシ達は勇者様のお力に救われた身です。どうぞ気を使わずに振る舞って下さいな」

「そんな、僕の力なんて……」


 そう言って、勇者は兎が注ぎ足した酒を飲み干しました。


「何もかも勇者様のおかげです。どうかワシらの長になって、ずっとここに居てくれませんか」


 勇者は自分を崇めて称える皆の言葉に居心地の良さを感じ始めました。

 夜鷹は少し心配して勇者を見つめていました。


「そうだな。もし帰る事が出来たとしても一人ぼっちじゃないか。それならここに居た方がずっと良いかもしれない」

「それは本当ですか!」


 一斉に集落のラクガキ達が声をあげて喜びました。


「よし決めたぞ!」


 勇者は少し得意気になって懐から取り出した虹色の鉛筆を見せびらかすように振りました。すると目の前に井戸が現れました。

 そしてその中には金色の酒が枯れる事なく、涌き続けていました。


「さぁ、皆でこの酒を飲んでずっと楽しくここで暮らそうじゃないか!」


 そう言って勇者は集落のラクガキ達の長になる事を決めました。

 その時夜鷹が少し哀しそうになって森の方へ帰って行った事や、何処かへ行ったタマゴへの想いも心の中から欠落してしまいました。


 すると、勇者はお腹の辺りに違和感を覚えました。


「おや?何だか僕はその栗や芋を食べたくて仕方がないぞ」

「おお!どうぞ、勇者様。ワシらの分まで、たんとお食べ下さい」


 そうして勇者は食べる事で、初めて経験する欲求を満たしました。

 その時、勇者の肌が微かに色褪せました。

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