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迷子のタマゴ

♢ 一


「ねぇ、起きて」


 勇者がその声に夢現ゆめうつつで目を開くと、そこには真っ白な丸い何かが見えました。


「おや、お月様が喋っているぞ」


 瞬間、勇者は自分があの夜空に浮かぶ星々の一つになれたのかと思いました。

 そしてその真っ白な丸い何かは勇者の言葉に続けて何か声を発しましたが、一陣の透き通った風が昧爽の空の彼方へその言葉を連れ去って行きました。


「ねぇ、聞いてる?」


 少しの静寂の後やっと勇者の耳に届いたその声に、ここが天上では無い事に気が付きました。勇者はその問いかけに問いで返事をしました。


「君は誰?」

「ボクにも、分からないんだ」


 勇者は目の前の真っ白い丸い何かの声が、自分の中から聞こえて来る様な気がしました。


「そうなのか、でも君の風貌を見るに何かのタマゴみたいだね」

「そうなの?ボクはまだ自分の姿を知らなかったんだ」


 教えてくれてありがとう。と左右に揺れるタマゴを見ると上機嫌な様子がうかがえました。


「ねぇ、君は絵を描くの?」

 

 タマゴの言葉に勇者は返事に困りました。そうだ。と答えるときっと見せてくれと言うに違いないと思ったからです。


「ねぇ、ボクも自分の姿が見たいんだ。だから君がボクを描いて、その絵を見せてほしいんだ」

「でも、僕の絵はあんまり上手じゃないんだ」

「そうなんだ。でも君が描いたボクの絵は、どれだけ下手でもボクにとって大切な絵になるんだよ。それ以上に必要な事ってある?」


 勇者は暫く考えて、筆箱から鉛筆を取り出してスケッチブックを開きました。


♢ ニ

 

「わぁ、とても上手じゃないか」


 タマゴは出来上がったその絵を見て言いました。

 その絵に描かれたタマゴは薄紫色の花冠はなかんむりを被っていました。


「でも本当は花冠なんて無いのに、おかしいと思わないの?」

「そうだね。でもとても素敵な絵だよ。ありがとう」


 勇者は自分の絵を見せてお礼まで言ってもらえた事が、とても嬉しく感じました。そしてもっと、このタマゴの事を喜ばせたいと思いました。


「そういえば、君は何処から来たの?」

「それが覚えていないんだ。気が付いたら川のほとりにいたんだ」


 それを聞いて勇者はこのタマゴの事を助けてやりたいと思いました。

 

「それじゃあ、僕が帰り道を一緒に探してあげよう。それにしても、ここまではどうやって来たんだい?」

「本当?それは助かるよ。ここまではこうして転がって来たんだよ」


 そう言ってタマゴは勇者の周りを転がり始めました。

 勇者はそれを見ていると面白くなって、クスクスと笑いました。


「あ、笑ったでしょ」


 タマゴはそう言って今度は、勇者の方目掛けて転がって来ました。


「わぁ、ごめんごめん。それに思ったよりも速いぞ」


 そうして、勇者とタマゴは辺りを走り回りました。勇者はこの時間がずっと続けば良いのに。と思いました。


「はぁ疲れた。でもこの先ずっと転がっていると、もっと疲れてしまうよ。そうだ僕が持ち運んでやろう」

 

 勇者は両腕でタマゴを抱え上げました。


「わぁ、高い。でもこれじゃあ君の画材道具が持てないでしょ?」

「構わないさ、誰も盗んだりしないもの。それに君を助ける事は今しか出来ないけれど、絵は何時でも描けるからね」


 そうして勇者と迷子のタマゴは、モラル川に向かって一緒になって歩きました。


 

 太陽が真上に浮かぶ頃、勇者達はモラル川に着きました。

 透き通ったその川は、陽光を反射させてチカチカと拍手をしました。


「ここがモラル川か、聞いていた話よりもずっと穏やかな川じゃないか」


 そう言って勇者が向うの川岸に目をやると、そこは霧がかかって何だかよく見えません。


「どうだい、何か思い出せそうかい?」

「うーん、何か思い出せそうな気もするんだけど。……駄目みたい、ごめんよ」


 困ったな。と勇者が辺りを見回すと、川のほとりに薄紫色の蓮華草が咲いているのを見つけました。


「ほらこれで、あの絵の様な花冠を君に作ってあげるから元気を出しておくれ」


 そうして暫くすると、勇者は出来たばかりの花冠をタマゴに被せてやりました。


「わぁ、ありがとう。どう?似合う?」

 

 タマゴはすっかり元気を取り戻して、体を傾けてポーズをとり勇者に見せびらかしました。


「あはは、綺麗だよ。凄く似合ってる」


 勇者はこの友の為なら、どんな辛い目にあっても構わないと思いました。


♢ 三


 日が傾き始めた頃、どうにか川を渡る方法を考えていると辺りはすっかり霧に包まれました。すると、霧がかかった川の向こうから何やら影が近づいて来ます。


「誰だろう、僕達以外にこの川に近づくラクガキがいるなんて」


 その影が霧から姿を現すと、どうやら船頭の乗った小さな舟でした。しかしその船頭や舟の特徴を目で捉えようとすると、途端に認識出来なくなるのでした。


「どうやらこの方は渡し守みたいだよ」

 

 タマゴの言葉に応える様に船頭は舟を川岸につけると、勇者達が乗れる場所を空けてくれました。


「君はどうしてこの方が、渡し守だと分かったんだい?」

「さぁ、何となくそんな気がしたんだ」


 勇者は不思議に思いながら船頭を見ると、目が合った様な気がしました。しかし実際に目が合ったのか、そもそも顔があるのかも分かりません。勇者にはまるで、その顔がタマゴの様にツルツルなのっぺらぼうの様に感じました。


 そうしてその渡し舟に乗り、気が付くと川岸が見えなくなっていました。


「何時の間に出発していたんだろう。僕少し怖いよ」

「そう?普通だと思うけどな」


 しかし、暫く待っても向うの川岸に着きません。先程まで目で確認していた距離であれば、とっくに到着しているはずでした。


「やっぱり、おかしいよ。引き返してもらおう」

「いや、もうすぐ着くよ。あ、ほら見えてきた」


 そのタマゴの言葉の通り、霧の中からぼんやりと川岸が見えてきました。船頭は櫓を使って、ゆっくりと舟をつけました。


「よし、到着したみたいだね」


 勇者は無言でタマゴを抱え上げて舟を降りました。そして船頭にお礼を言おうと振り返ると、そこには誰もいませんでした。


「どうしたの?もう暗くなってきたんだし、先を急ごうよ」


 霧がかかったモラル川に、月光が反射してチカチカと拍手をしました。勇者はもう何も考えられなくなって走り出しました。


 その川のほとりには、白黒の蓮華草が咲いていました。

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