序章
或る日、僕は友達と集まって絵を描いていた。
ルビーの様に赤い海と、ラピスラズリの様な夜空には野原が浮かんでいる。
その絵を見た友達は皆変だと笑った。
「あはは、そうだよね」
そう言って僕はその絵を破いた。
何時からだろう「夢を見なさい」が「現実を見なさい」に変わったのは。
***
♢ 一
ここはラクガキの世界に在る小さな島。
この島に住むラクガキ達に飢餓や略奪は無く皆で幸せに暮らしていました。今日もラクガキ達は風景やお互いをスケッチしては、その絵を見せ合っていました。
「上手だね」
「君の絵こそ、ちゃんと僕の八本の足もよく描けているね」
「ねぇねぇ、私の絵も見て」
「わぁ、綺麗なお日様の絵だね」
こうしてラクガキ達が楽しい日々を過ごしていると、その遊戯の輪から外れて一人で絵を描いている勇者のラクガキがいました。
勇者の絵は、よく描けているのですが実際にそこには無い物を描いたりするので周りのラクガキ達の評判は分かれました。勇者もそれを気にして自分の絵を周りに見せないようになりました。
「どうすれば、皆が喜ぶ絵が描けるのだろう」
勇者は絵の描かれた紙を見つめながら思いを巡らせていると、ある考えが浮かびました。そうして立ち上がると、一人でその場を後にしました。
♢ ニ
勇者はモラル川を目指して極彩色の森を歩いていました。
辺りは既に薄暗くなっていましたが、この世界ではラクガキ達を襲う者はいないので勇者は安心して優しい月や星の明かりを浴びていました。
「モラル川を描いて来たら、きっと皆驚くぞ」
この島では或る時、モラル川でラクガキ達が溺れる事件が相次ぎました。それ以来、誰も川に近づこうとはしませんでした。なので、勇者はそのモラル川を描いて来れば皆と友達になれると思いました。
そうして皆が自分の絵を見て喜ぶ顔を想像していると、街の在る方角から花火と歓声が上がりました。
「嗚呼、今日はラクガキファイトの決勝戦だったんだ」
勇者は規則とモラルの範囲で強いラクガキを決めるこの競技が好きでした。しかし自分の絵を周りに見せなくなった時期から、皆を魅了するラクガキ達を目にするのが辛く感じ始めて見るのを止めてしまいました。
「僕も誰かの大切になれたらなぁ」
年に一度のお祭りの日に賑わうラクガキ達と電飾で煌めく街を想像しながら、勇者は一人夜の暗闇を歩いていきました。
♢ 三
そうして暫く歩いていると、空が開けて草花が広がる小さな平地に出ました。
そこから見える空はどこまでも広がっていて、どんな念慮も消え去り心を空っぽにしてしまうのでした。
「こんな場所が在ったのか」
勇者はこの暗さでは絵も描けないだろうと考えて、夜が明けるまでここで休む事にしました。スケッチブックと色鉛筆の入った筆箱を草の上に置くと、仰向けに寝転がりました。
すると、夜空に浮かぶ星々が瞬いてキラキラと笑いかけました。
――僕もそこに連れて行っておくれ
勇者は緩やかな風に波打つ草花の海の中で、そう思いました。
その夜の月は遮る雲の無い、綺麗な満月でした。