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クラスメイト


 路地裏のときと同様で、バイブレーション機能を持ったものを握っているような。しかし、実際に震えているわけでは無いことは、手を見てみれば容易に分かった。

『震えている感覚』それだけがあるので、携帯を持ってもペンを持っても指先が震えることはない。

そんな妙な感覚が、再び修一の左手に走っていた。


 いやな予感が、脳裏に走るのはこれが二回目だ。


 冷や汗が、背中を走っている感覚に感じながらも、修一は教室の方へ向かう足を止めることは無い。なんとなく、その方が安全であると思えるのだ。

 日常は簡単に崩れない。大地震が起きても戦争の兆しがあっても、授業は続くし、テストは迫るし、日常は流れる。だからこそ、平和な日常を過ごしていれば、異常な事件に巻き込まれない。

 そんな思考が、修一の頭をよぎったのだろう。


 「(大丈夫。日常は変わらない。このまま教室に行って、友達にあって、くだらない話をして、つまらない日常に戻るだけ。)」


 願いにも似た考えを頭の中で何度も何度もループさせる。


 「もう一人、遅刻しているやつがいるんだ。駒野の奴も何か事件に巻き込まれてないと良いんだが。」


 岡部のそんな言葉など、修一の耳には届かない。

 クラスはすぐそば。手の震えはあまり変わらない。岡部が引き戸を開き中へ入っていく。


 「授業中すみません。森川先生。少々いいですか?」


 現国の先生である森川先生を教室の外へ呼び出し、修一のことについて説明する。

 

 「そうだったの。大丈夫? 顔色悪いわよ?」


 一応は警察署の方で綺麗にしたといっても、ふろに入ることは出来なかったので、路地裏の地面に突っ伏し、爆発に巻き込まれた修一の髪や幅は、少々汚れているのが分かる。それに加え、修一の顔色は血の気が引いているような印象を受けた森川先生は、のぞき込むように修一の顔を見る。


 「え、ああ。大丈夫です。」


 つくった笑顔でごまかして、修一は満を持する気持ちで、教室の扉をくぐる。


 その先には、やはり何の変哲もない教室がただ広がっていた。一番先頭の生徒もすぐに教科書とノートの置いてある机の方に目線が落ちたし、宮野の格好を気にしたそぶりを見せたのは、昨年から同じクラスの人間くらいで、少なくとも修一が名前の思い浮かばないクラスメイトは、こちらに興味も示していなかった。


 一安心してみると、左手の震えは、先程よりも小さくなっていることに修一自身も気が付いた。


 「あとは・・・駒野さんだけね。」


 岡部はそそくさと帰り、森川先生も出席表なのか、クラス名簿なのかは分からないが、何かに書き込んでいる。

 修一は、窓側後方二番目という、修一からすれば一番いい場所である自分の席にロッカーの中にから現国の準備を持って席に着く。

 森川先生もすぐに授業を再開させ、読んでいるであろう教科書のページを開く。

 すると、後ろからシャープペンシルで背中を突っつかれるような感触があり、振り向いてみると、一人の女子生徒が、小声で話しかけて来た。


 「なにやってたのさ。」

 「ちょっとな。てか、駒野も来てないのか?」

 「そうなのよ。なんか知ってる・・・・わけないよね。」

 「話したことも無いのに無理いうなよ。」


 後ろの女生徒の名前は、大野 春(おおの やよい)。小学校の頃からの腐れ縁で、特に合わせたわけでもないのに、高校まで同じになってしまった。

 駒野というのは、大野と高校の時に出会い、彼女とは親友らしいが、修一とは一回も世間話をしたことが無い。

 大野 春は、陸上部に所属している活発な女生徒で、確か都大会にも出場できる選手らしい。短髪が似合う褐色の肌で、体系的に走りやすそうな身体つき。・・・・まあ、凹凸のないからだというのが分かりやすいだろう。痩せているように見えるのは、彼女が長距離のランナーであることが理由で、下半身の特に走ることに関する筋力は、彼女の方が上だろう。 


 教室に到着し、時計を見るころには十一時三〇分に迫っていたので、修一は森川先生の現国の授業に耳を傾けることなく、ボーと過ごしているとすぐに終了のチャイムが鳴り響く。


 「おい。修一! 今朝はどうしたんだよ。駅で待ってたんだぞ。」

 「まあまあ、何かあったのか、汚れてるけど。」


 直ぐに話しかけて来たのは、修一もこの休み時間の内に話したいと思っていたクラスメイト。いや、友人の相川 巧(あいかわ たくみ)小宮こみや 裕也ゆうやであった。


 「悪い。ちょっと立て込んでて連絡できなかった。そう言えば、昨日何かオレ変じゃなかったか?」

 「は? 何言ってんのおめぇ。あぁでも、変な事言ってたな・・・ほら。」


 そう言って相川が見せてくれたのは、通信用携帯アプリの画面であった。修一と名前の付けられたキャラクターから修一が送信したらしき吹き出しがいくつか出ていた。


『ヤバい.死ぬかもしれない』

『は? 何言ってんの?』

『マジで! 助けて!』

『ドコいんだよ』

『場所は分からない.通話状態にしとくから!』


 通話終了

 通話終了

『おい!大丈夫なのかよ。』

『悪い。何でもなかった。大丈夫。』


 という、一連の会話を画面をスクロールしながら相川は見せてくれた。

 送信した時刻が表示されているのでそこを見て見ると19:20分から20:34までとなっている。そして、最後の文章以外は、一分も空かず次の文章をうつようにしていた。

 

 「あの時の通話、どこからかけてきてたんだ? なんか雑音だけで全く聞こえなかったぞ?」

 「雑音?」

 「ああ。テレビの砂嵐みたいな雑音しか聞こえなかったんだよ。なにがあったんだよ。」

 「いや・・・・悪い。覚えてない・・・・・。」

 「は? なんだそりゃ。」


 十分間の休み時間の終了のチャイムが鳴り響き、思い思いの場所で雑談をしていた生徒たちが、次の授業の準備をしながら、席へ手向かっていく。そんな中、修一は、次の数学の授業の準備をすることなく、思い出せない昨日の情景を悶々と想像していた。

 田中先生お話す、関数の話は全く入ってこない。


 なんで? いつ? 誰に? どんな目的をもって? なんでもっと心配しない? どこに? 何をしていたんだ? 本当に大丈夫だったのか? 通報するだろ普通。


 時折、相川に対する不満を浮かべながら、修一は黒服に囲まれていたリ、縄で縛られていたリ、何もない部屋に閉じ込められていたリ、隠れている自分を想像するが、どの想像も同じ疑問にぶち当たる。


 どうしてあの路地裏にいたのだという結論。


 どこで、どう言うヒトに、何をされていたのかも気になるが、やはり、あの路地裏にいてあの人の丸焼きに出会ったのは、偶然出会ったとは思いたくない。そのくらいに衝撃的だったのだ。 


 村上修一は、普通の男子高校生である。特筆するような不思議体験をしたことは無いし、誰かに恨みを買うような素行でもない。確かに修一は、両親ではなく祖父によって育ててもらったが、現在ではそんなことのない、修一と両親、妹を含めた四人家族仲良く暮らしている。


 だからこそ、疑問が尽きない。路地裏にいた理由の一端すらもつかめない。

 田中先生の数学の授業は、順調に進んでいるが修一のシャープペンシルは動くことは無い。


 その時だった。考えに更けていた修一の左腕に感じたことのある違和感が走る。左手の震えは、先程教室に入ろうとしていた時よりも強くなっていくのが分かる。そう。強くなり続けているのだ。強くなったわけでも、強いわけでもない。現在進行形で左手に走る振動は強くなり続ける。

 それは、早朝の路地裏で奇妙に光る曲がり角の先を見ようとした時のように。その先にあった火だるまになった人間が、修一の頭の下で浮かび上がる。実際に見えたのは、動く炎の塊なのだが、今修一の頭の中には、焼きただれた顔の男がこちらに向かって手を伸ばしてくる。声にならないような悲痛な叫びをあげて、修一に助けを求めている。その奥には、あの痩せ型の男がいる。口を裂けんばかりに歪ませ、狂った目線をこちらに飛ばしてくる。


 「うわぁぁぁ!」


 修一は、思わず立ち上がり声を上げる。その声は、授業中に居眠りをしていて悪夢に起こされたモノとは、少々異なり、目の前で殺人を目撃した者特有の叫び方であった。と、言っても多くの人はそんな場景など見たことも無いはずなので、居眠りのそれに聞こえたことだろう。

クスクス、とあちらこちらで小さな笑い声が聞こえてくる。


 「静かにしろー。」


 普通でれば居眠りしている生徒が大声を出して起きれば注意するのが普通の先生であろう。しかし、ベテランの先生である田中先生は、黒板に数式を掻きながら振り返ることも無かった。

修一が殺人事件に巻き込まれて遅刻したことを知っていて注意しないのか、生徒の居眠りに関して諦めているのかは不明だが、修一は収まらない左手の震えを右手で抑え、自席に再び腰を下ろす。

後ろの席にいる(やよい)笑っている声が修一に聞こえてくるが、修一の頭の中には羞恥心など殆どなかった。


刹那、教室のドアがひとりでに開く。修一が来た時のように教員の顔や声は出てこない。これには、田中先生も視線を向ける。ほとんどの生徒の視線が一度は開いたドアの方に向かう中、修一は、そのドアからあの男が入ってくるような想像が先行し、視線を向けることが出来ない。激しくなる心音が周りに聞こえてしまうのではないかというほど激しくなる。


「すみません。遅れました。」


聞き覚えのあるような、無いような声が修一の耳に届く。

修一の心音が消える。クラスメイトと比べかなり遅れて視線をゆっくりドアの方へ向ける。その声の主。少し高めの小さな声の主の方へ。


「うん。駒野さんね。体調は大丈夫ぅ?」


田中先生のしゃべり方は方言ではないと思うが少々個性的だ。そんなねっとりとするイントネーションで、遅れて来た修一のクラスメイトの名前を呼ぶ。


開かれたドアの前には、見慣れた修一の通う経世高校の女生徒の制服を着た少女が立っていた。


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