物書きと言う生き物
何かが心の中で暴れている。
もやもやした何かが、顔も形も見た目もわからない何かが心の中で「出せ!」とだけ、騒いでいる。
君は誰だい?
私は門の外側から誰かもわからない相手に向かって話しかける。
「やっと気づいてくれたか」
扉の向こうの相手はやれやれとでも言いたげにため息を付いた。
「ここを開けな。そうすれば話をしてやろう」
私の質問には答えてくれない。相手はそう言う雲のような生き物だ。
いつから私のなかにいるのか、誰にもわからない。
この生き物は誰の心にもいるが、どういうわけか認識できる人はかなり少ない。
私は相手の言うとおりに門を開く。
「それでは、約束通り、話をしよう」
今回の相手はとても大きなドラゴンだった。
私があまりの大きさに呆気に取られているとドラゴンは硬い頬を私に触らせる。
「ほら、俺はこんな感触だ。覚えたか?」
「尻尾は長いぞ。指は三本。体は緑。匂いはこんなだ」
ドラゴンは私に向かってありとあらゆる情報をくれる。
私が彼を描くのに必要なものだからだ。
「さて、こんなもんでいいだろう。俺は今まで一人で生きてきた」
ドラゴンはゆったりとした動きで背を下げると私を背中に乗せて大きな翼を羽ばたかせた。
「そう、さっきまで一人だったんだ」
ドラゴンは語りながら私の心の中の空を飛ぶ。風は無い。
「俺の世界では魔法が使えるのが普通なんだ。……人間以外はな」
ふと自分が乗っている場所を見ると小さな突起があった。それはドラゴンの首筋から尻尾の先まで付いていた。
「それ、強く握るなよ。魔法の元なんだから」
ドラゴンは皮膜を震わせながら大きく力強く羽ばたいた。どうやら一回羽ばたくだけでかなり遠くまで飛べるようだ。
「昨日まで、俺には家族なんて必要ないと思ってた。でもな、気づいたんだ」
ドラゴンは気恥ずかしそうに言うと下に下げていた手を組んだ。
「やっぱり誰かと一緒にいるのっていいなってさ」
ドラゴンは地面に大きな手足を付けて降りると私を降ろした。
「これで俺の話は終わりだ。後はここに書いてあるから自分で解釈しな」
ドラゴンは私に押し付けるように紙の束を渡すとじゃあな!と言って門の向こうに消えていく。
渡された紙を見るとなんとなくは理解できるものの詳しくは読めない言語で書かれていた。
でも一部分は読める。読んだ感じ、この物語はハッピーエンドで終わるらしい。
途中、あのドラゴンが悲しむ描写もある。しっかりと読むことが出来れば彼の生き様がわかるだろう。でも、私には読めない。
ここからは私の仕事だ。読めない部分を想像で補って、画面の向こうの誰かに読めるようにしなければいけない。
それが門の向こうからくる者の望み。
私には門の向こうの者の物語を誰かに伝える使命がある。
彼らの生き様が誰かの生き様になるように、また、誰かの生き様が彼らの生き様になるように、私は向こうの者の物語を書き続ける。これまでも、これからも……。