01 彼(?)との出逢い
メルクリア王国――北をダンクリッド山脈、東をローフェルア海、西をスィアルテト霊山、南をバーネラブル火山帯に囲まれたリリアン大陸唯一の国家である。人間を中心として、善の亜人――エルフやドワーフ、獣人などと共存しており、各地で様々な種族の入り混じった文化が形成されている。
一方でゴブリンやオーク、オーガなどの悪の亜人や魔族、人ならざる者との交流はほとんど無く、敵対関係となっている。だからといって異種族全てが敵ではなく、独自の武具を製作し、人間達に対して物々交換という形で販売するホブゴブリンや人語を話す魔狼、知恵や魔法、財宝を授ける龍などもいる。
また、敵は異種族だけではない。傲慢で浅はかな考えの貴族、変革を求め過激な行動を起こす若者、人間の中にも敵は多い。5年前に王族の血統が途切れてしまい、王の忠臣だった者が王の位についたため、貴族や王国議会の中でも賛成派と反対派が分かれており、政界も混乱を極めている。
そんな不安定な状態のメルクリア王国、王都メルフォーンを私、アルティリア・ラルフェルクは露店の売り物を横目に流しながら目的地へ歩を進める。
ここはメルフォーンの中でも南区と呼ばれ、他の都市と繋がる街道の終点、始点となっているため、交通の便の良さから露店を開く交易商人が多く集まり、大通りは自然と市場のようなものになってしまっている。交易商人の職業柄、各地を転々とするため、店の入れ代わりも激しく毎日景色が変わっているように感じる。客層もバラバラで、老若男女様々な種族が思い思いの商品に目を向けている。
露店の商品は中古の物や、製造者がはっきりしていない物も多いが、普通の店のものよりも品質が高いものを安価で買えることや、遠方から流れ着いた掘り出し物もある。そのため、朝の食料の買い出しついでに見ていく者や新しい品揃えを確認するためにせっせと足を運ぶ者、職場への道の途中に見ていく者など様々で、朝から賑わいを見せている。
――あの短刀、その値段で売ったら大赤字だよ…
魔力加工を施された黒曜石を使った短刀を初心者向けの鉄の短刀程度の値段で売る獣人の店主は、見る目がないのか、初心者への優しさなのか。
しかし、そんなことも忘れさせるほどのものに出逢ってしまった。
これが私の運命を変える出逢いでもあった。
真っ黒な地に淡い光の筋を描く鞘は夜空の様に美しく、柄の先の根付の先には煌めく魔石が付けられている。腕くらいの長さの刀身自体は見えないが溢れ出る力の波動を感じる。
――あれは西方の武器、太刀だったっけ…私の知っている形では無いけど
西の大霊山、スィアルテト霊山の麓とその周囲の集落は独特な服装、武具、しきたり、自然などがあり、王国領土内にありながらもほとんど独立した体制をとっている。
――あの袴、だったっけ。あれにも魔力を感じるし、手に持ってる袋?風呂敷?も魔法をかけてある。荷物はあの中かな…?でも……
西方から来るのなら馬などの騎乗生物や最低でも中隊規模ほどの団体で来るはず。連れの人もいないし騎乗する準備も何一つない。明らかに一人だ。
一人、さらに徒歩で来るなんて不可能な距離だ。それほどの強者なら、動向を見過ごすわけにはいかない。
少し後を追ってみよう。もし上に咎められたなら正直に言えばいいだろう、武器に惹かれたと。まだ集合まで時間はある、
何かを忘れている気がするけど。
しかし、彼(?)の足取りはたどたどしい。装備にしか目がいかなかったが、男なのか女なのかも分からない、中性的な顔だ。角が生えているので魔族の類なのは分かるが、どの種族なのかは分からない。王国の都市に魔族が潜んでいる場合は多いが、ここまで大々的に日の当たる場所へは出てこない。年もまだ若そうだ。たぶんやっと成人――二十歳くらいだろう。その顔には不安そうな表情が浮かんでおり、道の端っこをふらふらと歩いており、露天商に声をかけられる度にビクビクしている。
「あれぇ?ここ何処だ?真っ直ぐ行けばいいって、どこまでなの…?」
――あ、こいつ、絶対迷ってるな。
そろそろ何処か変な所に行ってしまわないか不安になってきた。南区は家々が雑踏に建てられているため、家と家の隙間が道のように入り組んでしまっている。その隙間は裏路地と呼ばれ、何かと物騒な話題が尽きない場所だ。本当にそっちへ行きかねない。何処かを探しているようだから、道案内しつつ装備やどうやってここまで来たかについて聞いてもいいだろう。
しかし、その機会は逃してしまったようだ。
「うわぁ!痛ぁ…あ!すみません!」
「いってぇなぁ!、どこ見て歩いてんだよ!あぁ?」
彼(?)は不幸にもガラの悪い男とぶつかってしまった。お互いに怪我はなさそうだ。
謝って終わりだと思ったが、そうとはいかなかった。
「す、すみません…私の不注意でした……それでは、さよなら……」
「おっとっと、そうはいかねぇぜ?そっちから当たっちまったんだ。こりゃぁ、医療代もらわねぇとなぁ、ガネル!ケケケ…」
「おうおうおう!そうだぜ?当然だろ?」
彼(?)が一方的に謝って足早に退散しようとするが、男の連れが横から口を挟んで行く手を遮る。そこにもう一人も加勢する。1対3では数で抑えられるのは仕方がない。
しかし、悪いのは彼(?)だけではない。彼(?)は立ち止まって道を見渡していたが男は横の裏路地から前も見ずに歩いてきた。前方不注意という意味では男の方が悪いのではないか。
だが彼(?)は人がいいのか、謝ってばかりいる。
――損してるな、この人…助けるべきなのか……?
ここで彼(?)を助けることはできる。しかし、あの男達が在らぬことを喚き散らせば通りの人々の目は私達に向けられ、彼(?)は偽りの罪によってつらい思いをしてしまうだろう。
――あいつらが周りから見ても明らかに分かるほどのことをすれば、私が止めよう。そこまであいつら強そうじゃなさそうだしね。
「そうだぜ!テリズの言う通りだぜ!治癒のポーションなら、一番安いやつでも銀貨7枚くらいじゃあねぇかぁ?」
「んなこったぁ分かってらぁ、ハイツ!ってか、こいつよく見れば結構上玉じゃあねえかぁ!」
――どっからその話題になったんだ。
「あんた胸がもうちょいあれば最高だったのになっ!」
「えっと…その、あ、えっと……」
そんな事を考えているうちに話は進んでしまい、男達は彼(?)を女だと断定してしまった。
――声は高いけど女と断定はしづらいな…どんだけ女に飢えてるんだ、こいつら。でもこれは不味いな…!
もし彼(?)が裏路地にでも連れられてしまえば、何をされるか分からない。それに、私は網目の様に張り巡らされた裏路地では、毎日通っているであろう彼らの土地勘が働き有利だ。そこに私の方向音痴がかかる。あっという間に奥の奥へ連れ去ってしまうだろう。
そして彼(?)が男だと気付くと腹いせの暴力沙汰にもなりかねない。
「ちょっとこっちに来いよ、さっきの怪我の介抱してもらわねぇとな…それならお代はチャラだぜ?へへへ…」
「え…?ちょっと、何処へ行くんですか?」
「ケケケ…ちょっとそこまで、な?すぐ済ませてやるぜ……ホラ、来いよ」
――ちっ、やっぱりこうなったか!
この状況は不味い。道には人が多く全力で走ることが出来ない、それに彼らに気づかれないようにしていたため、彼(?)まで少し距離がある。路地に入れば彼らのホームグラウンドだ。このままでは彼(?)は男達に連れ去られてしまう。
――そんなこと、絶対にさせない…!私の前では誰も悲しませない…絶対に止めて見せる!