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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
砂漠へ

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84.幸せなケツマツ

 私はその鍵に見覚えがあった。

 正確に言うなら、その鍵についている氷板石のプレートに書いてある部屋番号に、だ。

 私達の使ってた部屋にはお爺さん達がいるはずで、出掛けてでもいない限り、部屋の鍵はフロントには預けないだろう。

 カエルがそういうことを全部忘れてうっかりしているのか、解っていてその鍵を受け取ったのか、私には判らなかった。


 元の部屋のある階まで登ってきて、カエルが次の段に足を掛けた時、私はカエルの手を掴まえた。

 彼はこちらを振り向こうとして、思い直したようにそのまままた階段を登り始める。

 最上階に着く頃には私の息は大分切れていて、黙ったままだけどちゃんと手を引いてくれたカエルに感謝した。


 息を整えながら、2度目に見る両開きのドアの鍵を開けるカエルの手元をじっと見詰めていた。

 豪華な部屋は相変わらず無駄に広くて、眩しかった部屋の明かりをカエルが少し落としてくれると、窓の外に帝都の夜景が見えた。


「ユエ、茶でも淹れるから、離せ」


 テーブルの上の高そうなティーセットに視線を落としながら、私はふるふると頭を振った。

 カエルのお茶はとても飲みたい。飲みたかったけど。


「手を離したら、カエルは逃げるでしょう? 私をここに置いて、お爺さん達のいる部屋に行こうと思ってる」


 溜息が降ってきた。図星なんだろう。

 でも、カエルは離そうと思えば離せるのだ。私はそんなに強く掴んでいない。


「この部屋は寂しくなるって言ってるのに」

「もう解ってるだろう? 怖いんだ。抑えられない自分も、その結果も」

「全部あげるって言ったじゃない」


 逸らされたくなくて下げていた視線を上げる。

 紺色の瞳が疑問に揺れた。


「私の、過去も未来も、心もカラダも、命のひとかけらまで、カエルにあげる。だから、もし私が死んだらカエルも追ってくればいいよ。これは俺のだって地獄の底まで取り返しに来ればいい。私は黙ってカエルが来るのを待ってるから」

「俺の?」

「そう」

「どうして……」


 もうカエルは目を逸らさなかった。

 逸らせなかった、が正しいかもしれない。


「私も、カエルを追うからだよ。神様にも悪魔にも誰にも、カエルを渡さない」


 繋ぐ手に力を込める。


「見えない物に(おのの)いて、欲しい物を諦めたくない。大丈夫。カエルは私を殺せないよ。直接的にも間接的にも」


 それ以上、言い訳も疑問も肯定も否定も愛の言葉すら聞きたくなくて、私は何か言いかけて開いたカエルの口を自分の口で塞いだ。

 思ったほどの、というか、抵抗らしい抵抗も無くカエルは私を受け入れ、片手で私を支えると、部屋の明かりを消してしまった。


 あれ? とちょっと拍子抜けしている私を、触れている唇が少し笑った。

 明かりを消した手が後頭部にまわり、髪の間に指が割って入る。

 私から仕掛けたキスだったのに、いつの間にかカエルに主導権を奪われていた。

 深く絡みつくカエルのそれにぞくりと何かが背中を駆け上がっていく。


「…………っふ……」


 酸素を求めて1度吐き出した息もカエルに絡め取られているような気がする。

 求めていた酸素は常に彼と共に入ってきた。

 どの位の時間彼とそうしていただろう? ほんの1分程度だったかもしれない。


 私は頭の奥が少しぼんやりして、身体がふわふわとしているのに気が付いた。

 いくらご無沙汰とはいえ、この程度で舞い上がるほど経験が無い訳では無い。例えて言うなら……ほろ酔い?


 気分が良い。思考は鈍っているのに、カエルの触れている所だけ妙に鋭敏になっている。

 腰に回された手の指の1本1本、頬をなぞる親指の流れ、離れようとする唇。

 いや、と追いかけようとしたらぎゅっと抱きしめられ、耳元で名を囁かれた。

 熱い吐息が耳の中までくすぐり、ぴくりと反応してしまう。


「大丈夫か? 反応が……妙だ」

「……ん……酔っ払ってる、みたい。気分は……いいの」


 カエルの胸にすり、と頬をすり寄せる。

 その顔を両手で包み込まれ、心配そうに覗き込まれた。

 私は二粒のサファイアににっこりと微笑みかけ、誘うように唇の端に、頬に、キスをした。

 カエルは軽く溜息を吐く。


「本当に酔っ払いみたいだ」

「カエルがそうしたんだから」

「俺?」

「これでしょ? 魔力の影響とかいうやつ」


 カエルははっとして、もう1度しげしげと私を見詰めた。


「他に何か……」


 ふるふると首を振る。


「ふわふわして気が大きくなる感じ。それだけ。ね? 大したことなかったね」


 カエルはほっとしたような、少し困ったような、複雑な顔をした。

 暗がりの中で彼の顔が見えるのは、大きな窓から月明かりが入っているからだ。昨日のように薄青い光ではなく、白っぽい普通の月明かり。満月を過ぎたとはいえ、それは夜を照らすには充分だった。

 気が大きくなっている私はカエルの手を引いて、天蓋の付いているキングサイズのベッドへと誘ってみる。


「ユエ」


 2歩も行かないうちに引き止められた。びくともしない。

 ここで本気の拒否なのかと、ちょっとがっかりした。

 出来るだけ恨めしげに上目づかいで振り返ると、カエルは小さく首を横に振っていた。


「ユエにそこまでされたら、本当に(じぶん)が情けない」


 逆に引き寄せられて額に、瞼に、頬に、優しくキスを落とされる。

 次にちょっと体を離された時にはストンとワンピースを脱がされていた。

 いつの間に後ろのボタンを外され、リボンを解かれたのか分からなかった。

 執事スキル恐るべし……

 ちょっと唖然としている私を抱え上げると、カエルは愛おしそうに私を見詰めて微笑んだ。


「流されるんじゃない、自分で決めたんだと、ちゃんと自覚させてくれ」


 そう言ってカエルは、自分の足でゆっくりと、私をベッドまで運んでくれたのだった。


 ◇ ◆ ◇


 月明かりの下、キラキラと輝く帝都の夜景は、向こうで見たものほど明るくはなかったけど、それでも充分綺麗で見ていて飽きなかった。

 下着姿でそれを見下ろしていると、お風呂から上がってきたカエルが後ろから抱き締めてきた。


「俺以外の奴の前で、もうそんな格好をするな」


 湖でのことを言ってるのだろうか。あれは仕方ないと思うんだけど。


「あれはカエルの傍に早く戻るために……」

「知ってる。濡れてた。でも、だから勘違いした。本物と夢の中のユエを間違えるなんて」


 まぁ、それもあの状況では仕方なかったような。


「……本当に大丈夫か?」


 もう何度も聞かれた同じ質問を、まだカエルはぶつけてくる。


「こうして立って歩いてるでしょ。まだちょっとふわふわするけど、お酒飲んだ時と変わらないよ」


 実は、結構違う。

 普通にしてる分にはほろ酔い感覚なのだが、触れられると妙に敏感になるというか……危ない薬をキメてる気分になった。いや、危ない薬はやったことないよ?

 端的に言うと、凄くキモチヨカッタのだ。

 ハマりそうだ。やばい。


 何より、これを報告しろと言われているのが嫌だ。

 カエルが言ってくれると思うけど、うっかり質問されたら答えずとも伝わってしまう。もの凄く嫌だ。


 繰り返すうちに耐性が付いて何ともなくなるかもしれない。そんなことを神官サマが言っていたけど、この程度なら耐性が付かなくてもいいかもとも思う。

 腕の中でくるりと振り返って私もカエルの背中に腕を回す。

 首に掛けられたタオルの間に拳大の紋が見えていた。


 腕の紋と違って、登録の時以外は光ったりはしないらしい。月明かりに浮かぶそれにそっと触れてみて、違和感に気が付いた。

 さっきまでは違うことに頭が支配されてて全然気付いてなかった。

 じっと顔を寄せてみる。


「ユエ?」

「これ、お爺さんとビヒトさんで入れたって言ってた?」

「そうだ」

「奴隷紋だって?」


 カエルが訝しげに首を傾げる。


「はっきりそうとは言わなかった気がするが……」

「奴隷の登録って、どうするの?」

「主人の血を紋に付けるか垂らすかして『我、汝の主人(あるじ)なり』と宣言する筈だが。やりたいのか?」

「魔力の無い私がやっても登録されない気がするんだけど」


 そうか、と頷いて、やはり首を捻っている。


「お爺さんとテリエル嬢はそうしたの? ビヒトさんはしなかったんだね」


 カエルは急に表情を引き締めて記憶の底を探り始めた。


「ビヒトは……師であり、友であり、仲間であろう、と――」


 やだ、カッコイイ。

 あ、違う。今はそっちじゃない。


「お嬢と爺さんは……紋に血を垂らした後……確か、『家族になろう』と――」


 ビヒトさんに聞けば分かることだけど、教えてくれるのかな。

 カエルに教えてもいいのかな。もう、自分の身は自分で守れるようになったから、いいような気はする。


「これ、奴隷紋じゃないよ」


 ぎょっとして、カエルが自分の紋を見下ろした。


「なっ……だっ……ちゃんと、登録の発動はしたぞ?」

「偽物でもないから、そうなんだろうね」

「どういうことだ?!」


 私は肩を竦めて見せた。私が判るのは、奴隷紋じゃないということと、偽物でもないという事だけ。


「ビヒトさんとお爺さんが知ってるんじゃない? 誰も気づかないくらい似せて作られてるんだから、誤解させようとしてるのははっきりしてるよね」


 きっと、命令を聞かなくてもペナルティはないんだろう。

 そもそも命令らしい命令を誰もしていない。

 テリエル嬢はもしかしたら真相を知らない可能性もある。ビヒトさんとお爺さんならあり得る話だ。


 私は彼らが幼い子供に奴隷紋を強要したんじゃないと解ってほっとしていた。

 カエルはとても愛されている。知っていたけど、改めてそう思った。

 過酷な運命の元に生まれて、本当の家族は皆、失ってしまったかもしれないけど、彼を愛してくれる家族はいる。師は、友は、仲間はいる。


 私もその中に入れてもらおう。

 そして、出来れば本当の家族になろう。

 喧嘩しても怒られても、たとえ離れていたって、決して壊れない本物の家族に。


「聞かなきゃいけない話も、伝えなきゃいけない話も、沢山あるね」


 ぎゅっともう1度カエルを抱締めて、その胸に頭を寄せる。

 カエルの生きている音がする。

 私はこっそりと誓う。


 この先もこの鼓動と共に生きていく――

終りと書いてますが、まだエピローグがあります。


ムーンライトノベルズの方にベッドシーンだけ書いてみました。興味ある大人の方はどうぞ。⬇


蒼き月夜に来たる「84.幸せなケツマツ」http://novel18.syosetu.com/n2366eg/

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