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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
砂漠へ

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83.ヌシと冒険者

 伝説の主が本当にいるのか確かめたかった。

 そう初めにお爺さんは言った。

 もうその山には主はいなくなって、違うモノと交代してしまったのではないか。そんな話も聞いたから、とりあえず確かめるだけ確かめようとしたのだと。


 レモーラ側からは調べ尽くしたので、パエニンスラ側や東の海側からも調べて、ようやく山の奥深くまで入って行ける道を発見した。

 どんどん下りていくと、だんだん暑くなって、そのうち薄明るいちょっとした広場に出ると、その奥の方にうっすら黄色っぽく光る塊があるのに気が付いた。

 そりゃあもう、拒絶の意志が辺りを満たしていて、肌をピリピリと刺すようだった。


 話しかけてみたが、向こうがイライラとする度にその場の温度が上がる気がして、昔、主が噴火させていたというのは、こういうのの積み重ねなのかと察した。

 言葉ではなかったが、なんとなく雰囲気で意思疎通ができたと思ったので、その日は早々に退散して、色々とご機嫌が取れそうな事を考えた。


 考えてはみたものの自分に出来ることは少なく、とりあえず酒など持って再びその光る塊の下へと赴いた。

 その日はどっかりと腰を下ろして自分の冒険譚を面白おかしく語って聞かせた。

 前日のようにイライラする感じも無く、黙って聞いているようだったので、次の日も同じように酒を前に語って、次の日も次の日もと通っているうちに通うのが面倒臭くなってきた。


 ある日携帯食料や毛布を持ち込んで、眠くなったらその場にごろりと横になった。

 光る塊は呆れたようで、それからは持ち込んだ酒や食料を好奇心のまま試すようなこともあった。

 飲んでばかりだと身体が(なま)る。だから、たまには剣を振ったりもした。

 そうすると時に横合いから攻撃が飛んできた。本気では無いようで受けたり躱したりしているうちに、楽しそうにしている気配が漂ってきた。


 冒険譚の引き出しも尽きてきた頃、光る塊を誘ってみた。

 海の向こうに行こうと思う。一緒に見に行くかと。こんな処で引き籠もっていてはつまらないだろう。少し留守にしたって世の中そんなに変わりはしない。と。


 戸惑う気配が伝わってきた。

 別に無理強いはしない。好きにすればいい。わしは行く。

 準備をして7日後に出発する。それまでに決めておけ。

 そう言って広場を後にした。


 諸々の準備を終え、光る塊を迎えに行くと、あんなに暑かった空間が冷え冷えしているような気がした。

 何だ、病気か? と声を掛けると光る塊は文字通り飛んできた。

 行くか? と問うとわしの周りをくるくると飛び回った。

 では、その脚で掴まえて飛んでくれ。島があれば降りてみよう。

 決めたのはそれだけで、それを聞くと光る塊は声を上げた。笑っていたのかもしれない。


 出発してしまうと苦労の連続だった。

 水が無い。食料が無い。陸地が無い。

 度々険悪になった。

 お互いなんとなくしか意思疎通できないのがもどかしくなってきた。

 人より長く生きてるんだから、人の形をとって、人の言葉を話すくらい出来るだろう。やれ。


 そんな無茶振りを意地で受けて、ガルダは人の形をとり、言葉を覚えた。

 不満は魔獣や海獣にぶつけられた。とりあえず食料に困ることは無くなった。旨くはなかったが、命は繋げた。


 とある島で地下から海底遺跡まで探険して、不意に満足した。この先にこれ以上の満足は無いと確信した。

 時を同じくしてガルダの眷属が砂漠の方の異変を伝えてきた。

 いい頃合いだ。帰ろう。


 そうやって大陸の東の端まで戻ってきた。

 ガルダも人型をとれるし、今度は人里近くを行こうと決めた。

 困ってると噂を聞けばこっそりと手を貸して回った。

 次のゴールは砂漠の異変だと決めた頃、ガルダが妙な気配を感じると言った。

 良いか悪いか判らない。異質な感じ。

 周りの主は騒いでいない。とりあえず様子を見て、砂漠の後に確認しよう。そういうことになった。


「どうもこの辺りの主がおかしいってんで、細かい異変をすっ飛ばして来たんだが、もう終わっててお前らがいた」


 お爺さんは肩を竦めてみせる。


「あの剣は坊主のか? あのお飾りみたいなモンでよく粘ったな」

「あんなのと会うことをそもそも想定してない。護衛としてのあの場合の正しい判断は『逃げる』だ」

「何故、逃げんかった?」


 カエルは月を見上げ続けている神官サマに目を向けた。


「逃げても追ってきたと思われるからですよ」


 月から目を離さず、神官サマは答える。


「そうだな。ユエの異質さは少し離れていてもよく解る。今夜の、この場所では少し紛れているようだが」


 ガルダも月を見上げた。

 青い月はもう少しで森の木々の向こうに隠れてしまいそうだ。


「英断か。ビヒトに鍛えられたことが役に立ったな。わしもたまにはいい判断をするだろう?」


 ガラガラと笑うお爺さんに、カエルは冷たい目を向ける。


「ビヒトに丸投げしておいて。ビヒトはもっと自由に生きたかったかもしれない」

「いんや。あれはあの方が良かった。証拠に上手くやっているだろう?」

「結果論じゃないか」

「結果が全てだ」


 冒険者らしい持論を清々しく言い切って、彼は両手を広げた。


「振り回される方はたまったもんじゃない」


 カエルは渋い顔をしたままお爺さんの脇腹に拳をぶつけた。


「通信具はどうした?」

「……飛んでるうちに、海に落とした、かもなぁ?」


 笑いながらも視線を逸らして、お爺さんは少し縮こまる。

 呆れた顔をしたカエルは、その場で腰のポーチから通信具を取り出すと、掌の付け根にぶつけて発動させた。


「ビヒト、砂漠の湖で爺さんを捕獲した。連れ帰るから楽しみにしとけ」


 もう一度ぶつけて止めると、少し青褪めたお爺さんににやりと笑った。


「今から逃げても、ビヒトなら見つけ出すぞ」


 がっくりと項垂れたお爺さんに溜飲を下げたカエルの手の中で、通信具の石がちかちかと光った。

 カエルとお爺さんが目を合わせる。

 ちょっとだけ躊躇った後、カエルはその石を叩いた。


『晩餐を用意してお待ちしております。

 ――――――ヴァルム! 覚悟しとけ!』


 聞いたことの無いようなビヒトさんの怒号に皆一瞬びくりと体を震わせた。

 それから、カエルだけが盛大に笑った。

 夜中、だよね? お城であんな大声出して大丈夫なんだろうか。

 余計な心配をしつつ、こちらも見たことの無いカエルの大笑いに、私は少しだけ幸せな気持ちになっていた。


 ◇ ◆ ◇


 沐浴をしようとしたら、ガルダが湖の水をお湯に変えてくれて、お爺さんやガルダもタオル1枚で飛び込んでいた。小さめの湖や泉を見つけてはそうしてきたのだと言う。

 もうここには関係者しかいないのだからと、私はカエルも促して沐浴着に着替えさせた。


 カエルが湖に入ると両腕の紋が青く輝き始める。

 そういえば、飽和させたままだった。

 ずっと座り込んでいた神官サマも、立ち上がって様子を伺っていた。

 湖の水は元の静けさを取り戻し、光の帯も見えなくなった。


 私が入ればもう一度そうなるのかと、恐る恐る浸かってみたが、もう水が光ることも無く、何事も起きなかった。

 青い夜が過ぎ、空が白み始める頃、それぞれが仮眠についていた。

 私は神経が高ぶっているのか眠くならず、火を絶やさぬように薪をくべたりして過ごしていた。


「ユエ」


 眠らないと宣言していた神官サマが宣言通り起きていて、周りに気を遣いながらそっと囁くように私を呼んだ。

 私は彼の傍に移動する。


「何ですか」

「……帰りたくは、ないのですか」


 なかなか難しい質問だ。


「今は、特に。先は分かりません。神官サマは()()()に行きたいのですか?」


 もう見えなくなった月を指差す。

 神官サマはゆっくりと(かぶり)を振った。


「私はこちらの人間です。懐かしく思おうとも、そこで暮らせるとは思いません。しかし、あの月が見える時、この場はあちらと繋がっているのかもしれません。もう少し研究して移動用の紋を――」

「カエルを置いて行けません。カエルを連れても行けません」

「……連れても?」


 そっと頷く。


「カエルもこちらの人間です。向こうで暮らせるとは思いません。健康的に問題が無かったとしても、暮らしていくのはこちらほど簡単じゃありません」

「帰りたくなったらどうするのです」

「カエルにしがみつきます」


 私は笑った。

 神官サマはそんな私をじっと見詰めて、それから空を見上げた。月の無い空を。


「私が研究するのは、勝手ですね? いつか、自由に行き来できるように」

「ご自分の為でしたら、どうぞご自由に。でも、秘密にして下さいね。誰も彼も自由に行き来できるようになると、面倒が増えますから」

「ああ、そうですね。ユエは普通ではないのでした」


 何だと!?


 キッと睨むと、神官サマはふふ、と笑った。


「もう1度約束してくれますか? 私が死ぬ時に、ユエの故郷を見せてくれると」

「私が駆けつけるまで待ってるというなら、いいですよ」


 私は小指を差し出した。

 不思議そうに、神官サマがそれを見詰める。

 彼の手を取って小指を絡めると、ゆびきりげんまん、と歌いだした。


「怖い歌ですね」

「約束を守らなければいけない気になるでしょう? 私が行くまで、死なないでいるんですよ?」


 にやりと笑うと、彼は苦笑した。


「いつまでもユエが来てくれない気がします」




 皆が起き出して帰り支度を始めると、なんだか少し寂しい気がしてきた。あんな目にあったというのに。

 きっと皆無事だったからなんだろう。


 ガルダはとても便利で、暗い洞窟では明かりを、森や砂漠では露払いを率先してやってくれた。

 オアシス都市で半日休むと、帰りは夜通しそりを走らせて、砂トゲトカゲ達をレンタルした街まで戻ることができた。


 すでに愛着がわいている彼らと別れるのは少し辛かったが、もう少し先を行き、行きに泊まるだけだった街まで昼過ぎには着いていた。

 なんだか、帰りはあっという間だ。


 馬車の旅は新鮮だったようで、ガルダはずっと屋根の上ではしゃいでいて、御者を驚かせていた。

 帝都までの道のりは飽きそうだからと、そこからはお爺さんと2人で飛んで行ってしまった。ホテルの、私達が借りている部屋で待ってると言い残して。

 一抹の不安はあったのだが、借りている神官サマが何も言わなかったので、いいんだろう。


 彼の魔力も戻ってきたようで、顔の細かい傷がもう跡形も無くなっていた。

 ただ1つ残っている傷も治してしまえばいいのに、とこっそり言ったら、これは教訓ですから、と微笑まれた。

 まぁ、傷があってもそこらの人よりは綺麗なんだけどね。


 カエルは3人になるとちょっとよそよそしくなった。

 湖でたっぷり補充したので無理に触れなくてもいいと、顔を逸らされた。

 カエルも健全な男子だったんだねってうっかり口を滑らせたので、現在は口もきいてくれない。今回は神官サマもフォローしてくれなかった。

 それでも馬車の席はカエルの隣以外を許してくれなくて、私は退屈な馬車の旅を強いられていた。


 だから、日が暮れて帝都に着き、ホテルでお帰りなさいませと差し出された鍵をカエルが受け取った時、ちょっと意外に思ったのだ。

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