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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
砂漠へ

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82.ヌシの役割

 お爺さんは最後に誤魔化すように私とカエルを一纏めに抱え上げ、またカエルに怒られていた。


「ずいぶんビヒトに似てきてないか?」


 彼は少し唇を尖らせて、不服そうにそう言うと、ようやく私達を放してくれた。


「もう、爺さんと暮らした時間より、ビヒトと居る時間の方が長い」


 意地悪く唇を釣り上げ、カエルは腕組みをした。


「ビヒトもお嬢もパエニンスラで待ってる。行かないっていうなら、ビヒトに連絡して来てもらうぞ」

「パエニンスラ? 城か!? 本当に?」

「爺さんも1度ちゃんと清算して来い。お嬢がああなったのは半分は爺さんのせいだろ」

「……テリエルは、わしがいなくとも、ああいう感じだったと思うが……まともな旦那が付いたんだからいいじゃねぇか」

「それも、今はあれだが、結構揉めたじゃないか。ともかく、土下座でもして来い」


 私はぼんやりと、ここでも土下座が最上級の反省を表すのかと思っていた。

 いや、それも誰かがうっかりやったら定着したのかなぁ。

 くぅ、とお腹が鳴った。

 喉も乾いた。


 私は、テント前に移動して軽い食事とお茶が飲みたいと提案した。夜中だが、多分このまま話が尽きない気がする。

 せっかくだから主の肉でも食ってみるかと、お爺さんは黒焦げになったハテックの解体を始めてしまった。

 逞しい、というべきか。


 ガルダは主ハテックの額から緑色の石を抉り出すと、綺麗に洗って満足そうに眺めていた。

 あれ、どうするんだろう? 見た感じ最高品質の魔蓄石なんだろうけど……

 光る物を集めたがるのって、鳥の習性? カラスだけ?


 後は手伝う訳でもないのに野菜を刻む私の周りをうろうろしながら、時々鍋の中を覗き込んでいる。

 鍋ではなく、私の匂いを嗅がれて、ちょっとうんざりした。


「私、美味しそう?」

「旨そうではない。でも、変わってる。嗅いだ事の無い匂いがする」

「あれにも、嗅がれたんだよね」


 解体中の塊を指差すと、ガルダはちょっと笑った。


「主は異質なものには敏感だ。あんまりうろうろしない方がいいぞ。話のわかる奴ばかりじゃない」

「話せる主に会ったことが無いんだけど。そもそも人の言葉が判るの?」

「なんとなくは解るぞ。俺はベンキョウしたからな! 凄いんだぞ!」


 褒めろと言わんばかりのどや顔で、自分は主だと主張している。いいのか、それで。

 気付かないふりをしてたのに。


「……凄いね。味見する?」


 話題を変えようとスープを少しよそってガルダに渡す。

 彼は私と器を見比べるとそろそろと受け取った。

 その動きが今までのイメージと違って何だか可笑しい。


「食べれない?」

「いや。いつもは焼くだけ、とかだから」


 ああ、想像が付いてしまう。

 まじまじとただのスープを見つめてから、ガルダはそれを口にした。

 ほにゃっと顔がほころぶ。


「大丈夫そうだね。肉が焼ける頃には丁度良く煮込まれるかな」


 残りの野菜を放り込んで、キラキラした目で鍋を見詰めているガルダに火の番を任せて、私は神官サマに近付いた。


「他の傷も、消毒しないと酷い目に遭いますよ」

「ユエがひとつひとつ舐めてくれるのですか?」


 青い顔で座っているのもやっとの癖に、口だけは達者だ。


「塩で消毒しましょうか?」


 テントから消毒薬とタオルだけ持ってきて前をはだけさせる。

 見た感じ、脇腹ほどの傷はもう無いようだ。


「上手く彼を使うものですね。ガルダ、とは火の山の主だと思いましたが」

「そうなんですか。気が付きませんでした」


 棒読みの科白にクスクスと神官サマは笑う。


「人化するなど、聞いたこともありませんから、じっくり話を聞きたいですね」

「誰かがあやかって付けた同じ名前かもしれませんよ」

「私が見て言っているのに。何故頑なに気付かないふりをするのです」

「これ以上の面倒事は御免です」

「…………すみません」


 珍しくしおらしい神官サマの謝罪の言葉に、私は手を止めて彼の顔を見た。


「でも、どうしても来たかったのです。すみません」


 もう一度謝って、彼は月を見上げた。

 私は顔の細かい傷もついでに消毒してやると、彼の邪魔をしないようにそっと離れようとした。


「……そういえば」


 神官サマは去り際の私の腕を掴まえて、少し声を落とした。


「口づけの感想を聞くのを忘れてました。どうでした? 体調に変化は無いですか?」


 見てたのか! 遠かったのに!


「べ、別に普通ですよっ」


 にこりとしたまま、彼は少し首を傾げて間を開けた。


「……あぁ、詠唱で魔力がほとんど残ってなかったんでしたか」


 心底残念そうに溜息を吐くと、彼は私を軽く押しやるようにした。

 バランスを崩しそうになる私の肩に何かが触れる。


「ユエ。それを置きに行ったら、そのまま着替えて来い。いつまでそんな格好でいるつもりだ」


 イライラした声のカエルに支えられていた。

 確かに落ち着いてしまうと少し寒いかもしれない。濡れた上に砂に転がって背中は砂まみれだし。ある程度は払ったんだけど……

 ガルダの様子を見るとまだ楽しそうに鍋の前でしゃがんでいる。


「じゃあ、そうする」


 後で沐浴も出来る様にと作務衣にしてみたら、それぞれの仕事を終えて焚火の周りに集まっていた全員に、残念なものを見るような瞳で見られた。

 火の周りにある枝に突き刺した肉の焼け具合を確かめながら、お爺さんが皆の気持ちを代弁する。


「色っぽかったり、色気の欠片も無かったり、坊主の特別な嬢ちゃんはやっぱり変わってんな」

「後で沐浴したいんですよ。何度も着替えるの面倒じゃないですか」


 一応言い訳をして、スープを取り分ける。

 最初にガルダにあげて席に着くよう促すと、跳ねるようにそこに向かった。

 一番血を失った神官サマにも無理にでも食べるようにと念を込めて渡す。

 全員に行き渡ると、少しまったりした時間が流れた。


 主ハテックの肉は筋張っていて臭みもあったが、スパイスと塩を揉みこんだものはそこそこ食べられた。

 お爺さんとガルダは焼いただけのものも平気で食べていて、ワイルドな暮らしをしてたのだと伺える。旨い方だと言われると、もう二の句が告げなかった。

 鍋の中味は残ることなくガルダの胃に収められた。

 彼は食後のカエルのお茶にも感動していて、一気に友好的な雰囲気になってしまった。

 胃袋を掴むのは、大事なんである。




 片付けをしていると、またガルダが纏わりついてきた。

 そんなに気になるのかな。


「何もしないよ。もうレモーラに帰って大人しく暮らすから、そんなに見張らなくても」

「俺自身は見張らない。見張るのは眷属だ」


 さいですか、と溜息を吐く。


「でも、ゆ……ユ、エ。ユエ、に俺の()()()をつけておくのはありかな、と」


 私に纏わりつくガルダに注意を払っていたカエルが、その言葉に反応した。


「しるしって、何?」


 私も警戒する。

 赤い瞳がすっと細められた。


「俺の魔力を流して留めておく。こいつは俺が目を付けて見張ってるぞって他の主へアピールできる。煩わしさが少し減るぞ。他の主と何かあれば眷属も守ってくれる。悪くないだろ?」

「いいことばかりじゃないよね?」


 にやりとガルダは笑った。少年っぽさが鳴りを潜め、得体の知れなさが前面に出てきた。


「俺らと仲の悪い奴らには狙われるだろうな。じじぃと暴れてきたのがどう取られるか判らない。でも、呼べば行くぞ。暴れられる理由は大歓迎だ」


 伸ばされた手が私に届く前に、私はカエルに抱きとめられた。


「お断りだ。ユエに魔力は留めておけない」

「お前には聞いてない。魔力の反応が無いのは解ってる。だから様子を見てたじゃないか」


 ガルダはカエルのことを歯牙にもかけない。最初からずっと。それだけ実力の差があると解っているんだろう。


「私も、お断りしとく。魔力が体内に入ると、具合悪くなるみたいだし」


 私がカエルの腕の中でそう言うと、ガルダは面白くなさそうに顔を顰めた。


「気持ちだけ受け取っとく。ありがとう。でも、レモーラなら『水龍(ナーガ)』にも見張られてるだろうから大丈夫だと思うよ」


 カエルの腕の中から抜け出して、荷物を漁る。


「ナーガ?」


 ガルダの声が尖った。やっぱり仲が悪いのだろうか。


「喧嘩して負けたって本当? 仲が悪いのって『水龍(ナーガ)』なの?」

「負けたかは知らない。仲が悪かったのは先代だ」


 代替わりしてたのか……それで、ガルダはちょっと子供っぽいのかな?


「俺は相手にもしてもらえない」


 イライラと爪を噛もうとしたので、探し当てた飴玉を口に放り込んでやった。

 一瞬警戒して、次にその甘さに目を見開くと、頬に手を当てて赤い瞳をきらきらと輝かせた。

 うん。甘いもので餌付けできそう。


「『水龍(ナーガ)』は落ち着いたオトナって感じだったもんね。闘うとかイメージ湧かないな」

「ナーガに会ったのか!? もう何年も表に出てこなかったのに!」


 勢い込みすぎて飛び出した飴玉を慌てて掴んで口に戻す。


「ガルダが気になったように、気になったんじゃない? 対面しただけで、すぐ行っちゃったよ?」

「お前を抱えて飛び回っていいか!?」


 何で?!


「お断りします!」

「ちょっと姿を見たら満足するから! な! これからひとっ飛びして……」


 今度はカエルの背中に隠された。


「断ってるだろう?」


 ガルダの舌打ちが聞こえる。


「うるさい。どけ」


 カエルの身体を押しのけようと触れた腕をカエルは軽く掴んだ。

 ガルダは一瞬訝しげに眉を寄せて、すぐにぎょっとしてその腕を引く。初めてカエルに対して警戒する様子を見せた。


「主ってのは長く生きてる分、()()みたいだな。あの狂ったのは桁違いだったが、お前はどうかな」

「……タマハミ、か。あの、弱々しい生き物が何故――」


 ガルダは私に視線を向けた。


「そうか。そうなのか。ナーガに会った時も、一緒にいたな? 一緒にいることで秩序が戻るなら、我等は文句はない。後は見守るだけだ」


 がりがりと片手で髪を掻きむしって、彼は口を尖らせた。


「じゃあ、少し待つ。村に帰ってからでいい。ちょっと2人で俺に協力しろ。ナーガに会いたい。いきなりやり合おうってんじゃないから、安心しろ」


 私達は顔を見合わせた。

 新たな厄介事じゃなきゃいいなぁ。

 どちらにしても、私達はこの主が暮らす山の麓に生きているのだ。よっぽどじゃなければ断れる訳がない。

 カエルが一緒なら、まぁいいかと私は頷いた。

 それを見てカエルは溜息をひとつ。


「ねぇ、ひとっ飛びってことは、やっぱりガルダは鳥なの?」


 気になっていたので、ついでとばかりに聞いてしまう。


「そうだな。本来の姿は大きな鳥に見えるな。火を薄く纏っているから夜は目立つぞ」


 目立つことがそんなに誇らしそうなのがよく解らないけど、つまりは光ってるってこと?


「……光る、大きな、鳥?」


 カエルも何か気付いたようで、懐から秘蔵だろうのお酒を出して飲んでいるお爺さんを振り返った。


「東から来たか?」

「ヒガシ?」

「陽が登る方」


 きょとんとするガルダは陽、と聞いてちょっと考えると、そうだ、と頷いた。


「パエニンスラで聞かないはずだ。避けてるんだから。説教する理由がひとつ増えたな」


 片手で額を抱え込んでカエルはまた溜息を吐いた。

 すぐに顔を上げてお爺さんの元に向かうと、口元だけに笑みを浮かべて、お酒の入ってるだろう水筒を取り上げた。


「爺さん、何がどうなって山から主を連れ出し、妙な噂になるような連れ歩き方をしてるのか、説明してもらうぞ」


 神官サマは月を見ながら、私はもう一杯お茶を淹れながら、おどおどと叱られる子供の言い訳の様なその話を、黙って聞くことになったのだった。

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