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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
砂漠へ

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81.ハチ合わせ

 水の中なのに、主ハテックの長い長い叫び声がはっきりと聞こえた。

 魔法は無事に発動したのだろうか。

 水面に出たくて少しもがいてみるが、丈の長いスカートやローブを着込んでいるので上手く動けない。


 腕輪は眩しい光を放ったままで、目を開けているのもままならなかった。

 その手を、掴まれる感触があった。

 力強く引き上げられ、こちらに来た初日を思い出す。

 水面に顔が出ると、神官サマが腕輪を叩いて発動を止めていた。


「大丈夫ですか?」

「なん、とか」

「では、すみませんが少し自力で泳いで頂けますか? 情けないことに、支えているのが精いっぱいです」


 よく見ると、神官サマは髪も不揃いになっているし、肩には血が滲んでいた。

 主ハテックの声と、腕輪の光が収まっているのにまだ明るい周囲に振り返ると、主は白い炎の柱に包まれていた。

 意識があるのかないのか、よろよろと湖の方に近付いてくる。


 私は神官サマと連れだって主とは反対側の岸に急いだ。

 泳いでいるうちに水温が上がり、岸に辿り着く頃には温泉くらいになっていた。

 重たい衣装を忌々しく思いながら何とか岸に上がり振り返る。

 主ハテックが脚を突っ込んでいる場所の水はゴボゴボと沸騰し、もうもうと水蒸気を上げていた。


「水に入ったくらいでは、消えませんよ……」


 力無く言った神官サマの、脇腹を押さえている手の指を、赤い液体が伝い落ちていく。

 思わず息をのむ。


「し、神官サマ……」

「大丈夫です。止血くらいは、まだ出来ます。私より、彼を」


 神官サマはカエルの方を視線で指した。


「私の詠唱は他者の魔力まで引き摺り出して使います。途中で主からもらっていたとはいえ、彼の中の『何か』の方も危険域かもしれません。行って、与えてあげて下さい」


 主ハテックはもうほぼ動かない。声もしなくなった。

 私は神官サマを1番近い木にもたれかけさせ、念のため筒を飲み込んでいることを伝えてから、ぐるりと湖を回り込んで走った。


 途中で重い服にイライラして脱ぎ捨てる。どうせ中は膝丈のキャミソールタイプのブラトップだ。他の人にはアウトでも、自分的にはセーフだ。

 少し軽くなった体でようやく湖を超えると、目の端で主ハテックがこちらに向きを変えたような気がした。


 ぎょっとして足を止める。

 気のせいじゃ無かった。

 あんなになっているのに、主は私を見据え、のっそりと足を踏み出す。

 目を離せないでいると、不意に爆発音がして主が白目を剥いた。白い炎の中で口から黒い煙を吐き出しながら、ゆっくりと倒れていく。


 ほっとしたのも束の間、主ハテックが倒れ込む直前に上からオレンジの塊が落ちてきた。

 それは轟音を上げて主に直撃すると、少し浮き上がってからゆっくりと砂の上に降り立った。


「あれ。誰だ『囚われの白き炎(スカンデレ・フランマ)』なんて使ったのは」


 私は見間違いかと目を擦っていた。

 さっき、落ちてきたときは翼があったような?

 その少年……青年なんだろうか。そのくらい微妙な年齢に見えるその人物は、真っ赤な瞳に、根元は濃い朱色で先にいくに従って黄色っぽくなる少し癖のある髪の毛を持った、不思議な雰囲気の青年だった。


 重力に反するかのように、天に向かって揺らめいている髪は燃えているようにも見える。

 素肌にボタンの無い短い襟付きのベストを着ていて、白いゆったりとしたズボンは足首のところで絞られていた。


 ターバンを巻いていたらアラジン? と聞いていたかもしれない。

 耳にはピアスなのか、挟んでいるのか、両方なのか、赤や黄色、細い金色の輪なんかが嵌まっていた。

 彼は上を見上げると、おもむろに声を張り上げた。


「じじーぃ! なんか、もう終わってるっぽいんだけど!」


 その声と表情は不服そうである。


「終わってるとは、なんじゃい」


 ガラガラとした大声と共に、白髪を振り乱した大柄な何かが、先程青年が落ちてきた場所そのままに、頭上に剣を構えたまま落ちてきて、主ハテックの首を一刀両断にしてしまった。

 呆気にとられていると、青年がいつの間にか目の前まで来ていて、ジロジロと私を覗き込んでいる。


「例の、変なカンジのする奴は居るけど。なぁ、()()()()()いいのか?」


 不穏なセリフに思わず後退る。


「おぅおぅ、ちょっと待て。何ぞ? この規模の『白き炎』を誰が」

「魔素もごっそり注ぎ込まれてんだよ。てめぇか?」


 凄まれた。とりあえず、ぶんぶんと首を振って否定しておく。


「んじゃ、誰が……」


 白髪の人はぐるりと辺りを見回す。

 ってか、見えてるのかな? 髪も髭も伸び放題でこちらからは表情も良く分からない。

 彼がカエルに目を留めたのを見てはっとした。

 駆け寄ろうとして、赤い瞳の青年に阻まれた。


「退けて!」

「死んでんじゃねーの?」

「まだ死んでない!」


 はず。

 白髪の人物が無造作に近寄って行く。


「カエル!!」

「カエル?」


 彼は1度足を止めてこちらを向く。それから少し早足でカエルの傍まで行くとそっと顔を覗き込んだ。


「……カエルレウム、か?」


 ……知り合い?


「助けたいの! 退けて!」

「ガルダ、退けてやれ」


 赤い瞳の彼は肩を竦めると、道を空けてくれた。

 ガルダ、という名前にちょっと引っかかりを覚えたけど、今はそれどころじゃ無かった。

 カエルに駆け寄って呼吸を確かめる。大丈夫。息はしてる。

 彼の手を両手で包み込んで、行かないで、と呟いた。テリエル嬢のおまじない、効くはずだ。


「――嬢ちゃん、そいつは……」


 ぎょっとしたように何か言いかけたが、私はカエルが目を覚まさないことに焦っていた。

 緊急用の、薬。

 思いついてカエルのベルトに付いている箱型のポーチを探る。

 小さな試験管のような物に液体が入った物が2本あった。

 1本の蓋を開けて少しずつ口に垂らしてみたが、反射的に咳き込んで吐き出されてしまった。


 もう! もったいない!


 もう1本を一旦自分の口に含み、カエルの頭を横抱きに抱え上げるようにして口移しにしてみた。

 今度はこくりと喉が動く。


「じょ……嬢ちゃん……?」


 煩いな、と思いながら残りも飲ませきる。

 口を離して少し様子を見ていたら、ふるふると睫毛が揺れた。


「カエル」


 ほっとして名を呼ぶと、焦点は合わないものの、薄らとその目を開けた。


「カエル。大丈夫? 分かる?」

「……ユ……エ」


 名を呼ばれて気が抜けたら、ぼろぼろと涙が溢れてきた。

 カエルの顔にぽたぽたと落ちるのが悪くて、顔を上げようとしたら、手を伸ばしたカエルに掴まえられた。

 そのまま引き寄せられて頬にキスされ、涙を掬うように舌が這った。

 びっくりして今度は涙が止まる。


「泣くな」

「カエ……」


 名を呼びきる前に唇を塞がれる。そのままいとも簡単に私とカエルの位置は逆転させられ、私はカエルを見上げる事になった。

 1度離れた唇がすぐに戻ってきて、先程より少しずつ深くなる。

 カエルの手が私の身体のラインを確かめるようになぞった辺りで、彼が正気じゃ無いと気が付いた。


「……ちょ、た、たんま! 待って」

「……待って?」


 カエルはとろんとした笑顔で少し首を傾げた。

 見たことの無い表情に思わず釘付けになる。

 い、いかんいかん。本当にそれどころじゃない。


「今日はずいぶん本物みたいな反応をするんだな」

「え? 本物?」

「いつもはもっと俺を誘って、夢中にさせて、結果は解っているのに抗えない」

「いつも?! いつもってナニ? 誰の話?」


 頭を打ったのだろうか? 記憶が混乱してる感じがする。


「ユエしかいない。ユエにしか触れられない。でもこうして夢の中で抗えずに最後までいってしまうと、夢なのにやっぱりユエは動かなくなってしまう。怖くて、怖いのに抗えなくて、いつか現実でも――」


 うわ。ちょっと、聞いてはいけないことを聞いちゃった感じ? 後でカエル、口きいてくれるかな?

 恥ずかしくて、赤くなった私の顔を見てカエルはようやく眉を顰めた。


「え、えーと。げ、現実だから戻ってきて? み、見られてる、し?」


 しゃがみこんだまま、腕を組んで一部始終をガン見している白髪の人物にちらりと視線を走らせると、カエルもその視線を追った。


「『男』になったもんだなぁ」


 一瞬動きを止めた後、周囲を凄い勢いで確認して、最後に組み敷かれた私に視線を戻すと、多分、私よりも赤くなった。


「時に、嬢ちゃん、あんた何者(なにもん)だ?」

「……割と、こちらの科白だと思うんですけど」


 半分呆然としているカエルの下から抜け出して、なるべくはしたなくない様に座り直す。


「そちらこそ、どなたでしょう? カエルの知り合いですか?」

「ん? わかんねぇか? 碌に風呂も入ってねぇしな」


 彼はそう言うと無造作に、自分の剣で伸び放題の髪を切り落とした。

 前髪もある程度短くして顔が拝めるようになると、カエルが目を見開いた。


「爺さん!?」

「どんくらいぶりだ? なんだ、治ったのか? 特効薬でも出来たか?」


 爺さん? 爺さんって、行方不明の?

 何だか、よく解らなくなってきた。


「触るなよ? 治ってないし、治るもんじゃないらしい」


 伸ばされた手をひょいと避けて、カエルは渋い顔をした。


「何じゃい。嬢ちゃんにはべたべた触れとったじゃないか。口づけまで交わしてからに」

「ユ、ユエは特別なんだ」


 また赤くなったカエルをにやにや笑いながら、お爺さんは私の方を好奇心丸出しの顔で見た。


「特別な嬢ちゃん、あの主をやったのは誰だ? 坊主にゃ魔法はうてねぇ。特別ってんならやっぱり嬢ちゃんか?」

「私の特別はカエルに健康をあげるくらいですよ。あれは、神官サマが……あの、何か拙かったですか?」

「神官? いんや。別に拙いこたぁねぇんだが、戦い(やり)損ねたガルダが拗ねるんでな」


 私はちょっとほっとして、神官サマの居る位置を指差した。


「出来ればテントまで連れて来てもらえると嬉しいんですが。怪我してるので」

「ガルダ」


 お爺さんが名を呼ぶと、赤い瞳の青年はひょいと身軽に湖を飛び越え神官サマを運んできてくれた。もう、かなり人間離れしてる。半分くらい確信してるけど、確かめるのは怖い。


「神官って、あんたか!」


 外がいいと言い張った神官サマを割れ目横の崖にもたれかけさせると、お爺さんは素っ頓狂な声を上げた。

 こっちも知り合い?


「知ってんのか?」


 カエルが神官サマとお爺さんを交互に見てる。


「……お久方ぶりです。情けない姿で申し訳ありません」


 青い顔で、それでもいつもと変わらぬ微笑みを彼は湛えていた。

 血が、止まってないんじゃないだろうか。

 最後の爆発を思い出す。


「神官サマ、止血……」

「えぇ、少し足りないみたいです。動かなければ、大丈夫でしょう。朝になれば――」

「焼いてやるよ」


 ガルダがべろっと神官服を捲りあげて神官サマの手を退けさせた。

 傷の上に手を這わせると、じゅっという音と共に肉の焼ける匂いがした。

 神官サマはぐっと呻いて奥歯を噛みしめていたが、ガルダが離れると脂汗を額に浮かべながらも元のように微笑んだ。


「……ありがとうございます」

「相変わらず、表情に乏しいな。で、あれを打つ魔力はどっから調達した?」

「主、御本人から。途中で切り上げたのが奇跡的に良かったみたいですね。でないと周囲にも被害が出ていたやもしれません」

「切り上げた? また小器用なことを」

「うっかり詠唱出来ないのですよ。無差別に徴収しますので。本当にポンコツです」


 それは、周囲に被害が及ぶ上に、威力がどの程度になるか判らないという事だろうか。

 成程、ある意味ポンコツだ。


「なんだそれ。それでこの辺りの魔素まで持ってっちまってんのか」

「それが判るのですか?」

「あたりまえだ」


 ガルダは誇らしげに胸を張る。

 神官サマは何か聞きたげな顔をしたが、先にお爺さんが口を挟んだ。


「坊主と一緒にこんなとこまで来てるってことは、あそこで上手くやってるってことだな?」

「いいえ。ユエの仲立ちが無ければここまで来れてもいませんよ。相変わらずです」

「ふぅん。ユエ、ユエだな。嬢ちゃん、ホントにあんた何者だ?」

「変な気配だし。やっぱり、やっとく?」


 宝石のようにきらりと瞳を光らせて、私にずいと詰め寄ろうとしたガルダの前にカエルが割って入った。


「ユエに手を出すな」

「お。やる気?」


 ガルダは楽しそうにとんとんとその場でジャンプした。


「ユエは彼の薬みたいなものですよ。お2人でいることが、ご本人たちにも周囲にも一番良いと思われます。お孫さんと再会の抱擁をしたいのならば、ユエにお願いすればできますよ」

「ほぅ?」


 どうやって? とその瞳が子供のように輝いた。


「あなたとミスター・ビヒトの入れた紋はきちんと効果を発揮しています。カエルさんが足りていれば、普通に接することもできます。今は、どの程度なのか判断しかねるので、彼にユエと手を繋いでいていただければ、他の者が触れても問題無いと思います。1番多い所から補充しようとするのは物の常でしょう?」


 この期に及んで他人で実験しようとしている神官サマに呆れるが、お爺さんはやる気のようだ。

 カエルは……まぁ、お察しだよね。この年になってお爺さんと抱擁とか、うん。別に嬉しくないよね。


「嬢ちゃん、頼まれてくれるか?」

「はぁ、別に構いませんが」


 カエルはげんなりしていたものの、場の雰囲気を壊すようなことは無く、渋々と私に手を差し出した。

 私達がしっかり手を繋いだのを見届けて、お爺さんはがばりとカエルを掻き抱いた。

 私もカエルもぎょっとする。


「よかったなぁ。ようやくお前の母さんにいい報告が出来る」


 1度抱擁を解き、カエルの脇に両手を差し込むと、子供に高い高いをするように抱き上げた。


「……ちょっ!」


 お爺さんはカエルより縦も横も一回り以上大きいので、少しカエルが暴れたくらいではびくともしない。


「やめろ! ガキじゃない」


 真っ赤になっているのが、怒りからなのか、恥ずかしいからなのか。


「大体、今まで連絡も無しに何してたんだ! 1度は連れ帰るからな!」


 嬉しそうに笑っていたお爺さんの瞳が、カエルの一言で微妙に泳いだのを私は見逃さなかった。

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