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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
砂漠へ

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70.サバクへ

 先の見えないまま、私達は帝都で暮らしていた。

 砂漠へ行く準備もしつつ、代書屋さんの案内で闘技場や怪しいオークション会場なんかにも行ってみて、参加はしなかったけど、アングラな気分を味わえてどきどきした。代書屋さん曰く、健全な方だから安心してって。

 完璧に健全という訳じゃないところが不安を誘うよね?


 中央神殿の図書館には結局とてもお世話になっている。

 悔しいけど、資料の数が段違いだとカエルは言った。街の本屋で探す手間と時間を考えたら、多少の不愉快な気分は目を瞑ってもお釣りがくるらしい。

 私も砂漠の生き物図鑑みたいなものを開いてみたが、食べられない植物や動くサボテン、大サソリにアリジゴクと出会いたくないものがいっぱいで、すぐにぱたりと閉じてしまった。


 そこでたまにフォルティス大主教に会ったりすると、2人して手合せしようと嬉々として出て行ってしまうので、私はひとり、青い月に纏わる伝説や言い伝えなどを調べてしまうのだった。どれも似たような話で、特に新しい情報は手に入らなかったけど。


 夜は夜でカエルは私を置いて代書屋さんとお酒を飲みに行って、そこでも何やら情報収集しているようだ。砂漠はまた別の国だもんね。色々調べておきたいよね。

 ……でも、夜ひとりで残されるのはちょっと淋しいんだゾ。


 たまには部屋で3人で飲んだりもした。

 潰れても大丈夫! とばかりに飲んでしまうので、代書屋さんは大体次の日使い物にならなくなるんだけどね。


 そんな、修学旅行みたいな日々も終わりを告げるようだ。


 さて今日は何をしようかと、まったりとカエルのお茶を飲んでいると、ノックの音が響いた。

 代書屋さんかとドアを開けると、神官サマが立っていた。正確に言うと代書屋さんも一緒にいたのだが、どうしても彼の方が人目を引く。


「お久しぶりです。ようやく一段落しましたので、話を詰めましょう」


 カエルはもう一度お茶を淹れなおし、全員で席に着く。

 懐から地図を出し、お茶を寄せてテーブルに広げると、神官サマは説明を始めた。

 帝都からまず西に進路を取り、砂漠との境界付近の街で1泊。そこから国境沿いに少し南に下がり、準備も含めて1泊。砂漠ではオアシスを経由して、とある集落まで行き、そこから湖のある場所まで向かうらしい。


「オアシスと湖ではテントに泊まることになると思います」


 言外に大丈夫かと問うて、神官サマは私とカエルを交互に見た。


「どうせ見張りで交代になるんだろう? ユエは役立たずだから数に入れるなよ?」


 役立たずとか。すみませんね。

 ちょっと膨れると、神官サマはふふと笑った。


「前に少しお話しましたが、最近砂漠では生物の異常が目につくそうです。やけに攻撃的だったり、共食いをしていたり、自らを貪っていたり……奇行が多いようなのでなるべく気を付けたいですね」


 ホテルのこの部屋は帰ってくるまで借りておくので、要らない荷物は置いていって下さいと彼は言った。

 正直有難いが、神官ってホントにそんなに儲かるのかな? 知らない方がいい秘密なんだろうな〜。


「そういえば、部屋は替えてしまったのですね」


 今更、ぐるりと見渡して神官サマは小首を傾げた。


「替えられると解っててあの部屋にしたんじゃないんですか」

「ふふ。もう少し仲良くなってもいいんじゃないかと思ったんですが」


 ねぇ? と彼はカエルを見たが、カエルはぷいと視線を逸らしていた。


「余計なお世話ですよ。仲良しですから、ほっといて下さい」

「では、砂漠から帰ってきて使いたくなっていたら言って下さい。あそこに泊まれる機会はそうそうないですから、いい思い出になりますよ」


 代書屋さんが最上階のスイートルームだと聞いてぎょっとしていた。値段知ってるんだろうなぁ。


「僕もいつか泊まってみたいなぁ」


 ちらりと神官サマを見る代書屋さん。神官サマはくすくすと笑う。


「結婚でも決まりましたら、1泊分予約して差し上げますよ? お世話になっていますからね。お祝いです」


 結婚……と呟いて、代書屋さんは自嘲気味にふっと笑ったのだった。


 ◇ ◆ ◇


 出発は2日後の朝。

 私は久しぶりの移動でなんだか緊張していた。今回は3人だというのもある。

 カエルも久しぶりの護衛服でなんだかピリッとしていて、冗談でも頬ずりしたいと言い出せなかった。

 神官サマと一緒に代書屋さんがホテル前まで見送りに来てくれて、パエニンスラでの再会を約束した。少し寂しく思ったのは言わないでおく。


 馬車が滑る様に走り出し、都会の風景が後ろに流れていく。畑や森や幾つかの街や村を越えて、思った以上にスムーズに、何事も無く最初の目的地に着いた。

 心配していたカエルと神官サマの仲も、良いとは言えないまでも悪くはなく、私はほっとしていた。


 この街では本当に泊まるだけで、次の朝早く出発する。風が吹くと砂が混じるようで、道や建物の隅に砂が吹き溜まっているのをあちこちで見掛けた。

 空気が乾燥しているので、何だか喉もいがいがする。その代わり暑さはそれ程不快じゃない。

 不快ではなかったが、神官サマもカエルも長袖で涼しい顔なのが信じられない。私は馬車の中でTシャツ短パンになりたくなっていた。


 昼頃には2つ目の滞在地に到着して、砂漠用のフード付きローブなどを買い込んだ。砂も入り込みにくく、熱が篭もりにくいらしい。

 ここでの1番の目的は、砂漠を進むのに必要な乗物の確保だった。


 ラクダのような動物も居るのだが、速さに欠けるらしく、同じくらいの大きさのトゲトゲしたトカゲみたいな動物に幌付きのそりを牽かせる不思議な乗物をレンタルしていた。

 そりを牽くのは2匹で体躯は少し平べったい。見た目は厳ついが大人しい動物らしい。現地の人は砂トゲトカゲと捻りも何も無い呼び方をしていた。


 そりにもなにやら一工夫あるようで、砂に埋まり難かったり、登りでは旋石(つむじいし)でのフォローが出来たりするようだ。

 砂漠での移動は夜がメインになる。暑さを避ける為でもあるが、夜の方が方角を見極めやすいのだという。

 そうだね。星が見えるもんね。


 水は多めに買い込んでおく。移動は余裕を持って日に半日位しかしない予定らしい。慣れた旅人は、私達が行く集落まで1日で強行することもある距離だとは聞いていた。


 今日はこの街で1泊するが、体を夜型に慣らす為、余り早く寝ないように注意された。明日の昼間に仮眠を取って、夕方に出発するのだ。

 どうしても昼に寝られなければ、強制的に眠らせてあげますよ、と神官サマは笑った。

 勘弁して欲しい……


 夜更かしは一応頑張った。スマホかパソコンがあれば簡単なことなのに!

 外でナイフ投げの練習をしているカエルの邪魔をしたりしてみたのだが、こちらに来てから健全な生活が続いていたので、どうにも身体がついてこない。

 リズミカルにトトンと刺さるナイフの音さえも子守唄に聞こえていた。


「ユエっ」


 座ったままふらふらと揺れている私に気付いて、カエルが呆れて声をかける。


「無理せず寝てしまえ」

「……うぅ……れも……」

「ユエが移動中に寝ていても問題ない。そのためのそり付きだ」


 腕を引かれて立ち上がったが、なんだかふわふわしている。ふらふらと歩き出しても目が上手く開かない。


「しっかりしろ」

「無理」


 溜息を吐きながら、それでも部屋まで送ってくれて、カエルはおやすみとドアを閉めた。

 砂漠に近い街の夜は意外と冷えて、ベッドに毛布だけじゃなく布団も用意されている理由がよく分かった。

 暖かい布団に潜り込んだのが、夢なのか現実なのかもあいまいなほど、私は本能だけでベッドに入ったようだ。翌朝早く起こされるまでが、ほんの一瞬だったような気がする。


「2人は寝たの?」


 朝食を食べながら聞いてみた。


「これを食ったら寝る」

「私も」


 つまり、寝てないんだね。


「神官サマは昨夜は何してたんですか?」

「星を見ていましたよ。久しぶりですので色々チェックしていたのです」


 私はちょっと頭を抱えた。それがあったじゃないかと。なんで思い付かなかったのだろう。しばしの都会生活で空を見上げるのを忘れてしまうなんて。


 彼らがそれぞれの部屋で仮眠に入ってから、私はひとりで散歩に出掛けた。といっても宿近くの、昨日レンタルしたそり置き場のある辺りまでだが。

 砂トゲトカゲはバケツに頭を突っ込んで何やらお食事中で、その体躯(からだ)をひとりの少女が水を付けながら軽くブラッシングしていた。


 13、4歳くらいだろうか。簡素な半袖のチュニックに足首の窄まったズボン。チュニックの上から腰帯を締めていて、その肌は陽に焼けて褐色だ。切りっぱなしの艶の無い金髪には櫛を通された気配もない。

 その子の左手の甲には、円形の紋が刻まれていた。じっと見詰めると隷属の『隷』の文字が浮かんで見える。

 こんな少女が。


 この世界では、この国では、奴隷はどんな扱いなのだろう。それ程酷い扱いを目にしてないので、もしかしたら私が思うほど悲惨なものではないのかもしれない。

 けれど、もし自分が違う場所に落ちていて、あの紋を刻まれて強制的に誰かの所有物になっていたら、なんてことは考えられない。

 私は恵まれている。それを忘れてはいけない。


「こんにちは」


 声を掛けたらとても驚かれた。


「今日、このそりを初めて使うんだけど、この子達のこと教えてくれない?」


 彼女はびくびくしながらこちらにやって来た。


「……砂トゲトカゲのこと?」


 微笑んで頷くとぽつぽつと話してくれた。

 結構雑食だとか、旅の間は草を固めたような固形の餌が重宝だとか、身体中に細い溝があって、そこに水分が付くと自動的に口元へ運ばれるだとか――

 最終的には砂地とはいえ結構デコボコがあるので、走行中そりが跳ねたりすることもあるから気を付けた方がいいと、具体的なアドバイスまでしてくれた。


 お礼にと小さな飴玉を差し出したら、見つかったら叱られるからと固辞された。その辺は厳しいらしい。

 再びブラッシングに戻る彼女の背中を見送って、私も宿に戻った。

 カエルに早く起こされたので、少し眠れそうな気がする。

 気温が上がってきているので、部屋の窓を少し開けてから、下着姿でベッドに横になった。夏になったら、私、溶けてしまうかもしれない。




 こちらで手に入れたアラビア風の民族衣装に身を包んで、白い砂漠用ローブを上から着こむ。コスプレしているようでちょっと気分が上がった。

 神官サマは長い銀髪を三つ編みにして片側に流している。なんだか新鮮だ。


 陽が傾き始めた頃、私達はそりに荷物を積み込んでいた。

 御者のようなものは特に頼まなかった。何度も砂漠を超えているトカゲたちは、最初の方向だけ示してやれば、大抵は間違わずに進むのだという。

 砂を掻くようにして進むので、そりの前方は幌で覆われており、出入りするための切込みが端の方に入っている。他は確認用の窓が1ヶ所四角く開いており、それも布で閉じられるようになっていた。


「オアシスまでは特に危険も無いようです。小型の昆虫や動物などは砂トカゲが処分してくれるでしょう」


 レンタル屋のおじさんと話していた神官サマがにっこりとそう言った。

 処分とか、物騒な単語はやめようよ……

 夕陽の中を出発すると、すぐに見えるのは砂地ばかりとなった。海に落ちていく夕陽も綺麗だが、砂漠に落ちていく夕陽も負けず劣らずだった。なだらかな山や谷が、オレンジの中にシルエットで浮かんでいる。

 反対を向くと、もう夜が迫っていて、星が幾つか瞬き始めていた。


「ユエ、落ちるぞ」


 カエルは心配そうに注意するが、私は自然の作る芸術に夢中だった。こんな体験はそうそう出来るもんじゃない。

 そりの一番後方で幌にしっかり掴まりながら、私はいつまでも景色を眺めていたのだった。

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