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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
海の向こう

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60.~フローラリア

 宴会はとにかく盛り上がっていた。

 今日はシルワの教会にお世話になると言っていた神官サマ達も参加している。

 広い酒場の一角をすっかり占拠してしまって、何度も上がる乾杯の声に周りのお客さんの注目を集めていて、素面でいるには少し恥ずかしい。


 カエルは例の火薬の仕込まれたナイフを肴に冒険者さん達に囲まれているし、フォローだか何だか判らないが、代書屋さんもその中に頭を突っ込んでいる。

 あのノリにはついて行けないので、端の方に居る神官サマ達の方に席を移したくなるのは、仕方のないことだと思う。


「使うほどでもなくて、良かったですね」


 火酒の入ったグラスを少し揺らしながら、神官サマが微笑んだ。


「……何を……」


 指をさされて、腕輪のことだとようやくわかった。

 そうですね、と頷いておく。

 そんなことより私はグラスの方が気になっていた。パエニンスラのお城では見かけていたが、こういう酒場では大抵木や陶器のカップやジョッキが一般的だ。

 硝子……じゃないんだっけ。ややこしいな。ともかく、透明度が低いとはいえ、そういうグラスを普通に使っているという事は、帝国はかなり進んでいるのかもしれない。


「数が、少なかったみたいですよ。誰かが先に通って一戦交えてたのかもしれないと……」


 昨夜見た揺れる光を思い出す。そう、かもしれない。そうじゃないかも。


「運が良かったと思っておけばいいじゃないか。なぁ?」


 フォルティス大主教は陽気にジョッキを傾けていた。彼はあの中に入っても、多分違和感がない。ここにいるのは神官サマがいるからだろう。


「お酒、強いんですか?」

「酔うほど飲みませんから、強いかどうかは……これは、ユエには強いと思いますよ」


 じっと見ていたので、少々勘違いされたようだ。


「飲みたいんじゃないんです。グラスが、気になって」

「外側でしたか。帝国では割とありふれたものですよ?」


 そう言って、中身の入ったまま差し出してくれる。

 ツンときついアルコール臭がした。

 入っていると言っても底1cm程度なので、ゆっくりと明かりにかざしてみた。

 手触りとか光の屈折具合とか、硝子とほぼ変わらない。石だと言われれば、石の様な固さはあるかもしれない。


「これ、何で出来てるんですか?」


 神官サマとフォルティス大主教は同じように疑問の表情を浮かべた。


「氷板石という鉱物を一度溶かして再び固めたものだ。質のいいものはもっと透明になるぞ。窓や瓶にも使われてるし、何で知らないんだ?」

「私、記憶がちょっと残念なことになってるらしいです」


 にっこり笑うと、大主教は神官サマに目を向けた。彼は微笑んだまま軽く頷く。


「難儀だな……」


 同情のたっぷりこもった視線を向けられる。

 嘘でもないけど、なんだか心が痛い。

 しばらくそうやって見詰められていたが、ふと、彼が私の向こうに目をやった。


「……すまん。ちょっとルーメンをいいか。すぐ戻る」


 大主教は立ち上がるとトイレのある方へと消えて行った。


「ユエ」


 大主教を目で追っていた私の耳元で囁くような声がした。


「何と比べていたんです?」


 びくりとして振り返る。神官サマの顔が近かった。

 どきどきしているのはその綺麗な顔が近いからではない。先程の疑問の表情が彼と大主教では違う観点から作られたものだと解ったから。

 こういう時、神官サマの薄い微笑みはとても怖く見える。


「――故郷の物は砂の中にある鉱物の一種を溶かして作られていたので、同じものかと――」


 彼には嘘をついても仕方がない。他に聞いている者がいないかどうか気にしながら、私は小声で答えた。


「そうなんですね。ユエの故郷には面白いものが沢山ありそうですね」


 にっこり笑って離れていく彼に、油断してはいけないと心に固く刻んだのだった。




 難しい顔をしてフォルティス大主教が席に戻ってきた。

 トイレに立ったのではなかったのだろうか。少し不思議に思っていると、心持ち落としたトーンで彼が口を開く。


「ルーメン。フローラリアで少し動きがあるようだ」

「……そうですか。まぁ、想定の範囲内ですね」


 大主教はこちらに視線を移すと軽く頭を下げた。


「ユエさん、フローラリアで不愉快なことがあるかもしれない。私の力不足で申し訳ないが、君の護衛の傍を決して離れないでいてほしい」

「カエルと居ればいいんですね。わかりました」

「何、デートのつもりで仲良く観光していてくれればいい。フローラリアは花の都と呼ばれている観光地だからな。君たちが恋人だと判れば、向こうも無駄な手出しはしまい」


 屈託のない笑顔に、私はちょっと動揺する。


「こ、恋人、ではないんですけど……まだ……」

「まだ、ということは時間の問題なのだろう? ルーメンの愛妾だと思われるよりはずっと被害が無いだろう」

「あ、愛妾?!」

「神官は結婚出来ないがな、意外と好きな女性と添い遂げている者はいるのだ。そういう者が愛妾と呼ばれている。言ってみれば本妻は神ということになるな」


 はははと笑っているが、私の驚きはそこじゃない。


「ど、どこをどうすれば私が彼の……!」

「1つは事件の時のルーメンの行動。これはウィディア大主教が実際に見ているので間違いないとは思うのだが、貴女を抱きかかえて治療をさせに教会に戻ったと」


 間違いはないので、頷く。


「もう1つはルーメンと居る時の貴女の態度。私から見ても、他の者にある緊張感や畏怖、或いは行き過ぎた情愛を感じさせない、いわゆる自然体であること。この2つの情報を持った者が最初に行き着く答えが『ルーメンの愛妾』であるということだ」


 話が飛び過ぎではないか。自然体だから、愛妾って。

 顔に出てたのだろう、フォルティス大主教は苦笑して神官サマを指差した。


「こいつにはな、敵か体の関係を求める女しか寄ってこないんだ。そりゃあ性格も捻くれるってもんだろ? そうやってずっとピリピリしてたのしか知らない奴が、ユエさんと楽しそうに笑って話している姿を見ただけで、どれだけ衝撃を受けることか。今回の襲撃の証言はルーメンの愛妾がする。そんな噂が立っても仕方がない」


 私は頭を抱えたくなった。どんだけ人付き合い放棄してきたの。


「で、愛妾だとなにが危ないんです?」

「敵側だと貴女を攫って取引や暗殺を企て、味方に近い者でも、ルーメンを中央に引っ張り出したい人間は、貴女を利用して首を縦に振らせることを考えるだろうな」


 結構切実だった! 怖いよ!


「でも、貴女の気持ちが他にあると解れば、少なくとも半数は諦めるだろう。敵側も、ルーメンと貴女の恋人と2重のリスクを抱える気になる者は少ないはず。そういうことだ」

「神官サマが私に気のある素振りをやめればいいんじゃないですか?」


 ちょっと口を尖らせて不満たっぷりに言ってみた。

 正直彼から、そういう愛情は感じられない。何かしらの好意は感じてはいるけれど。


「それは私の計画的に無くてはならないモノですので。それに、もう遅い、ですよね?」

「そうだ。ウィディア大主教が吹聴してるしな……それで彼のしたことが無くなる訳ではあるまいに」


 ちょっと待って。計画とか聞こえたんですけど。


「なんの計画ですか!?」

「ユエにはあまり関係ありませんので、お気になさらず」


 ふふふと綺麗な笑顔は崩れない。

 くそう。あまり聞くと、今度は手伝わされそうで聞くに聞けない。

 溜息を吐いて私は自分の葡萄酒を飲み干したのだった。


 ◇ ◆ ◇


 翌日。元気だったのはカエルと神官達だけだった。

 覇気はないが、仕事はちゃんとこなすところが冒険者さん達の凄い所かもしれない。

 心もちたらたらと道を進む。


「太陽が、僕を殺そうとしている……」


 ぐったりと横になっている代書屋さんに苦笑しながら、カーテンを引いてあげた。今日は昨日と打って変わって晴天だ。二日酔いの瞳に差し込む光は凶悪らしい。


「カエルは大丈夫? みんなずいぶん飲んでたみたいだけど」

「問題無い。支障が出るほど飲まん」

「……嘘だ。僕の倍は勧められてたのに」

「途中で抜けたからな」


 横になったまま恨めしそうにカエルを見る代書屋さんに、彼は鼻で笑って答える。

 私がいい加減で部屋に帰ると言ったので、カエルもそのまま抜けたのだ。

 酔っ払いたちの指笛や激励(?)の言葉にちょっと面食らったが、宿の中で部屋まで送ってもらうほど過保護にされてる人はいないよね。そういう誤解をされても仕方のないことかもしれない。


 まぁ、酔っ払いは誤解しててもしてなくても、すぐそういうこと言うから、いちいち気にしてらんないというのもある。


「あの後きっちり賭けの対象にされてたからね。僕が部屋に戻るまでに君が部屋にいるかどうか」

「勝ったんだろう?」

「……勝った」


 勝った割に代書屋さんのテンションは低い。


「なんだ? 良かったじゃないか」

「あんまり良くはない。かなり疑われたからね。終いにはそっちの趣味じゃないかって――」


 カエルはきょとんとしていたが、私は思わず噴き出していた。

 それは代書屋さんがちょっと不憫だ。あんなに女性が好きそうなのに。

 この世界に腐ったご婦人達がいたら喜んでしまうかもしれない。


「なんで、ユエちゃんが笑うの?! 意味解ってる?」

「ジョットさんがカエルのパートナーで、知ってて独り勝ちしたんじゃないかって言われたんですよね?」

「聞いてたの?!」

「いえ。分かります。その手の賭けは独り勝ちしちゃ駄目ですよ」

「……くだらん」

「ユエちゃんが一番解ってるってことに、僕ショックだ」


 お酒の席のノリって怖いよねー。

 ますますぐったりとして目を瞑ってしまった代書屋さんは、そのまましばらく現実に戻ってこなかった。


 領境までの森は、木漏れ日の美しい静かな景色が続いていた。

 もう魔狼が出ることもなく、馬車はたらたらと進む。

 少し退屈そうなカエルに、魔狼でも喚びましょうかって言ったら、もの凄く嫌な顔をされた。

 ユエが喚ぶと魔狼が(ドラゴン)にでもなって出てきそうだ、と。

 酷い話である。


 中央と呼ばれているサンクトゥア領の帝都はその名の通り領の中央部にある。

 領の南側に位置するフローラリアは帝都まで1日程度。多くの観光客が訪れるカラフルな街だった。

 花の都と呼ばれるだけあって、この季節は色とりどりの花がそこかしこで咲いている。

 店先や玄関先、街灯の周辺などにもプランターが置いてあり、夕景の中でもその姿を美しく主張していた。


「あ、なんかね、ここではカエルから離れるなって言われたよ」

「そうだな。俺も気を付けろと言われてる」

「え? 僕は?」


 私達は同時に代書屋さんに目を向けた。

 夕方になって調子が戻ってきたらしい。


「お前は自衛出来るだろう? まだ誤解を深めるつもりか?」

「危ないなら、誤解されてもいいなー。僕も守って?」

「お断りだ」


 カエルはにっこり笑った。

 即答に渋い顔をしてから、代書屋さんは肩を竦めて、ケチ、と口を尖らせた。

 宿に着くと夕食もそこそこに、穴場を教えるからとカエルを飲みに連れ出す。

 懲りないよね。

 私は大人しく部屋で時間を潰した。机の上に花が1輪飾られていて、そんなところにも花の都を感じていた。

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