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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
落ちた先
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5.チュウイ事項

 せっかくの食事の味がほとんど分からなかったよ!


 宗教的文化がどの程度影響あるのか気になって、恐る恐る尋ねてみた。

 地方や小国家などでは独自の多神教を信仰していたり、そもそも神を崇めていないところも多いらしい。鐘の鳴る教会は、帝国で発展したオトゥシークという神を信仰する一神教のもので、徐々に周辺国に勢力を伸ばしているということだった。

 この辺りは移民も多く、隔離された環境ということも相まって、様々な宗教が混ざり合い、複雑な進化を遂げているということだった。


 そんな中でも特異な祈りに聞こえたと。

 祈りというよりは習慣だと伝えたのだが、食事を終える時に「ごちそうさま」を口にしてしまったので、また3人の視線を集めることになってしまった。

 うぅ。染みついたモノは抜けないんだよぅ。


 食後のお茶はミルクティーになっていた。ほんのり甘い。

 緊張しっぱなしだったのを見抜かれていたのか、心遣いが嬉しかった。

 さすがビヒトさんの弟子。


 カエルを振り返ったが、彼の仕事はもう終わりとばかりに手袋を外しながら素知らぬ顔だった。

 給仕中は表情も柔らかくて紳士的だったのに、オンオフはっきりし過ぎじゃない?

 彼は無造作に金属製のカップに自分の分のお茶を注ぐと、私とは反対の端にどっかりと腰を落とした。


「カエル」

「疲れた。後はビヒトで大丈夫だろ」


 疲れた、と言われてテリエル嬢はちょっと心配そうな表情(かお)をするが、彼が顔をぐりぐりとマッサージし始めたのを見て、呆れたようだった。

 表情筋(そっち)が疲れたのか……


 ちょっと話題が逸れたので、いい機会だと『隔離された環境』についても聞いておくことにする。監獄半島って、ちょっと物騒な響きで気になってたんだよね。

 テリエル嬢は両手でカップを持ちながら嫌な顔もせず教えてくれた。


「ここは大陸の南の小さな半島なんだけどね。半島の付け根に大きな火山があるの。活発ではないけれど、ガスが出たりするから山越えは危険で、交易などは主に船で行われているわ。少し西に港町があるの」


 それは、海の幸も豊富だということかな。

 期待しちゃうぞ。


「半島の南側は山脈と深い森が広がっていて、魔獣も出るから一般人は足を踏み入れることもないわ。腕に覚えのある冒険者には格好の修業場らしいけど、甘く見て帰ってこない人は結構いるのよ。そんな環境だから昔ここを開拓する時、罪を犯した人達を送りつけて労働に使ったの。そのイメージが残っているから監獄半島って呼ばれているのよ」


 へーっと、興味深く聞いているとビヒトさんがお茶セットだけをカエルの前に置いて、一礼してからワゴンを押して出て行った。

 ドアが閉まると共に、どこからか鐘の音がひとつ聞こえてきた。

 ゴーンじゃなくて、リンゴーンという少し高い音だ。


「3(こく)の鐘は過ぎてないわよね?」


 窓の外に目をやりながら、彼女が聞く。


「2刻の2つ目だ」


 それが時間を聞いたものだと思い当たるまで時間がかかった。何時なんだかさっぱり判らない。というか、鐘の音で時刻を判断するのか。見渡してみても、時計は見当たらない。時計の無い生活は慣れるまで時間がかかりそうだ……


「今日は庭までは自由に出歩いていいわ。立入禁止場所はしっかり覚えてね。防犯装置に引っかかると危ないものもあるから……細かいことはカエルに聞いて。カエルは体調の変化が出たらすぐ休んで薬を飲むこと!」


 わかってる、と彼は答えて眉を顰めた。


「あ、午後からは店を開けるから、ビヒトにそう伝えてくれない? ユエさんの服を見繕ってると思うのよね。私たちはもう少しお茶してるから」


 にっこりと雑用をいいつけて、彼女はカップを少し持ち上げて差し出した。

 彼はため息を吐くと、彼女のカップにお茶を注ぎ、私のカップの中身が減っていないのを確認してから出て行った。


「あのね」


 カエルの足音が遠ざかるのを確認してから、彼女は声を潜めて口を開く。


「彼って痛いとか辛いとか言わないの。そういうのを隠すのは得意なのよ。ぎりぎりまで隠して、動けなくなることもあるの。もし、もしも彼が倒れて意識を無くしそうだったら、手を握ってあげて」


 彼女は両手をぎゅっと握り合わせた。


「両手で強く握って、『いかないで』って言ってあげて。私が昔やったおまじないなの。よく効くはずだから。すぐにビヒトが駆けつけるわ」


 彼女の瞳は真剣だった。その中に期待の色も見える。

 彼女が私に何を期待しているのかは分からないが、彼女がカエルのことを大切にしているのはよくわかった。それはもう、過保護と言えるほどに。

 私がわかりましたと頷くと、彼女は瞳の緊張を解いてお茶を一口啜った。


「自分の体調は本人が一番よく分かっているから、そんなことにはならないでしょうけどね。ちょっと、良すぎるほどなのが引っかかるのよ……過保護なのは自覚があるんだけど……」


 鬱陶しがられているのだろう。私は過剰に弟をいじり倒したときを思い出して可笑しくなった。


「いらないことまで言っちゃったりしますよね。私も弟によく嫌な顔されてました」


 わかる? という顔をしたテリエル嬢とふふふ、と笑い合う。

 岩の上で目覚めてから初めての、のんびりとした雰囲気だった。


「ところで、ご商売って何をされてるんですか?」


 その雰囲気に調子に乗って聞いてみる。


「そうねぇ。なんていうか、珍品を扱っているというか……」


 彼女はちょっと苦笑気味に言い淀んだ。


「皆が使っているような実用的な魔道具ではなくて、遺跡で発見されるような使い道も分からない道具や珍しい品を鑑定して、あるいは分からないまま販売してるの」


 骨董屋みたいな感じ?

 ってか、さらりと魔道具とか出てきた。

 これはやっぱり、世界が違ったりするんだろうか……

 ラノベの読み過ぎと言われれば、それまでかもしれないけど、ちょっとずつ違う物が挟み込まれているようで、違和感は拭えない。


「そっちが店舗なんだけど、そこに来るのは冷やかしがほとんどでね。お土産用の見た目が変わったものとか、装飾品しか置いてないわ。大物や価値の高そうなものは大抵、王族とかお金持ちの身分の高い人たちが予約を付けて見に来るのよ」


 私の後ろ側のドアを指して彼女は言う。

 店と行き来が出来るようになっているらしい。


「元はお爺様が趣味で始めたお店でね、この館もお爺様が建てたのよ。お偉いさんを接客するからこんな風だけど、お爺様は元冒険者だし、私も社交界的なことはさっぱり。奥様なんて呼ばれてるけど、そんな洒落たものじゃないわ。変わり者って言われるくらいだし、女性としての振る舞いも参考にしない方がいいと思うわ」


 にやりと笑ってウィンクひとつ。

 うむ。様になってます。


「後はそうね……開業はしてないけど、薬は卸してるわ。継続して収入が得られるしね。薬品庫は指示があるとき以外、立入禁止よ」


 ふふと笑って念を押される。薬品室とは別に薬品庫もあるのかな?

 私にはあんまり関係なさそうだから、後でカエルに聞いてみればいいかな。

 カップのお茶が無くなって、会話が一区切りしたところでカエル達が戻ってきた。

 2人とも腕に何着かずつ服を抱えている。


「部屋はどうするんだ? 客室を整えるのか?」


 ぱちぱちと目を(しばた)いて、テリエル嬢は首を傾げた。


「忘れてたわ。戻ることになるけれど、離れの空き部屋に入ってもらいましょう。最低限の家具しか入ってないけど、カエルの部屋もあっちだし、その方が便利でしょう? 使用人達の目にもあまり触れさせたくないし……」


 使用人達には、敷地内で倒れていた私をしばらく保護する、とだけ話しておくつもりらしい。迂闊なことは口にしないように念を押されて、私はビヒトさんから洋服の束を受け取って部屋を出たのだった。

 うぅ。両手が塞がって、スカートの裾を持ち上げられないから歩き難さ倍増だ。

 案の定というか、階段を登っていて裾を踏んでしまい盛大にこけた。

 両手から放した服が数着クッションになってくれたので、痛くはなかったけれども。


「何やってんだ」


 呆れた声が降ってくる。

 目の前に手が伸びてきたので、掴もうと手を伸ばしたのだが、その手は茶のワンピースをひょいと拾い上げた。

 く。私じゃなかった。恥ずかしい。

 私が起き上がる頃には半分以上が拾い上げられ、カエルはすたすたと先を行く。

 急いで残された分を拾い集め、彼の後を追う。

 手と視界に余裕ができたので、今度は裾を踏まずに済みそうだ。


「お手数をお掛けします……カエルさん」


 彼はちらりと私を見て、すぐに視線を外した。


「カエルでいい。俺も呼び捨てにしてる」


 渡り廊下を過ぎて2つ目のドアを開けると、ベッドに簡素な机と椅子、小さめのクローゼットが置かれているだけのスッキリとした部屋だった。

 カエルはベッドの上に服の山を放り投げて、私を振り返った。


「好きなのを選べ。残りはクローゼットに放り込んでおいて好きに着ろ」


 言うだけ言うと、椅子を引いて座り込む。


「ありがとうございます」


 私はとりあえず丈の長そうなものを選り分け、クローゼットに仕舞い込む。

 ほぼほぼ仕舞われたと言っていい。

 残りはニーハイソックスのような長い靴下数着と膝丈の貫頭衣1着。脛丈のワンピース2着。袖が肘の辺りから広がっているタイプと、袖無しタイプ。

 腰帯にするのか幅広の長い布地が数枚。

 1番動きやすそうな貫頭衣にニーハイにしようかと腰帯と組み合わせていたら、カエルが渋い顔をした。


「そのまま着るつもりか? 短すぎる」

「えっ、でも一番動きやすそうですし……」


 きょとんとして彼を見たが、これを着るときは通常、丈の長い下着のワンピースを着た上に着るのだそうだ。

 肌が見えないからいいというものではないらしい。

 となると、袖無しワンピース一択か。


「……いっそ、カエルの着てるヤツか、あの沐浴着でもいいんだけどなぁ」


 ぼそりと呟いたのが聞こえたのか、カエルは眉間に皺を寄せる。


「男装は悪目立ちする。沐浴着は露天浴場で使う物だ」


 破廉恥だということだろうか。ってか。


「露天? 温泉か何かあるんですか?」


 これは嬉しい情報だ。

 私の食い付きにやや怯みながらも、彼は教えてくれる。


「温泉なんてよく知ってるな。この離れから行ける。時々使用人にも開放してるんだ。それと――その丁寧な口調もやめろ。慣れん」


 翻訳がおかしな事になるのだろうか? 私は肩を竦めて、襟元と裾に白い蔦模様が刺繍された袖無しのワンピースを体に当てた。


「これなら問題ない?」

「まぁ、多少短い気はするが、許容範囲だな」


 保護された客という立場なのである程度の節度が必要だとかなんだとか。

 ちなみに、このワンピース、テリエル嬢の成人前の物だそうだ。

 それじゃ、と今着ている萌黄色のワンピースを無造作に脱ごうとしたら、慌ててカエルに止められた。


「! おまっ…! 何やってるんだ!」


 何って。ブラトップは膝丈だし、生地が薄いわけでもない。普通に長袖のミニワンピを着ている感覚だったので、着替えに躊躇いは無かった。

 このくらいなら弟も視線さえ寄越さなかった。

 買ったばかりのビキニを着て、「ヴィバサンバカーニバル〜」と謎の踊りを踊りながら弟の部屋を強襲した時は流石に叩き出されたが。

 いや、普通に黒歴史だったね。


「上に着る物を取り換えるだけですし……」

「たとえ親兄弟であろうとも、異性の前で服を脱ぐという行為がおかしいって言ってるんだ」

「え?」

「え?!」


 そういえば、家でも弟に『女というものに絶望する』と言われたことがあったような……

 外ではかなり猫を被っていたつもりだったのだが、もしかして結構ズレてるのだろうか?

 私がちょっとだけ反省していると、深い溜息が聞こえた。


「ともかく、俺が出てから着替えろ」


 言うと、カエルは早足で部屋を出ていく。ドアの閉まる音が、心もち大きかった。

 着てみると、ウエスト辺りまでは細身でスカート部分は意外とボリュームがあった。裾から(ひだ)の見える長さのペチコートを着れば、皆納得しそうだ。着ないけど。


 襟の無い丸首の中央にはウエストまで編上げの飾り紐があるので、胸のすかすか感も軽減されてる。

 いい感じじゃない?

 見えないからと素足にスリッパ履きだった足に腿辺りを紐で留めるニーハイを履き、私はカエルを呼ぶためにドアを開けた。

 彼はドアの横で壁に寄りかかり、腕組みをして目を閉じていた。

 纏う空気が冷ややかだ。


「……ええと、以後、気を付けます」


 彼はこちらを見て上下に視線を走らせると、足元に目を止めた。


「靴もだったな」


 ひょいと屈むと指で大きさを測り、部屋で()()()()待っていろと言って踵を返した。

 しばらく彼の背中を見送っていたら、渡り廊下手前で怖い顔で振り返られた。

 慌てて引っ込む。


 残りの服を片づけて、窓でも開けようかと近づいて、机の上にスノードームのような物が置いてあるのに気が付いた。

 木製の台座の上に水晶玉が乗った感じのシンプルなモノ。中には何も入ってなくて、玉の直径は10センチくらい。

 しばらく矯めつ眇めつ見ていたが、思いついて水晶部分を指で軽く叩いてみた。

 ほんわりと淡い光が灯る。


 おぉー!! タッチライトだ!


 コードも電池を入れるようなスペースもどこにも無いが、ちゃんと光っている。

 もう一度叩くと、消えた。

 付けたり消したりを楽しんでいると、鐘の音が聞こえてきた。今度は3つ。

 そういえば窓を開けに来たんだと、顔を上げる。

 と、ノックの音がした。


「どうぞ」


 入ってきたカエルは手にショートブーツを持っていた。シンプルで踵も高くない。


「合わなかったら明日靴屋も呼ぶから、今日は我慢しろ」


 早速履いてみると、丁度良い感じだった。皮も柔らかくてフィットする。


「大丈夫みたい。ありがとう」


 彼はこくりと頷いた。


「あ、ねぇねぇ。これって電気なんだね!」

「デンキ?」


 ん。翻訳されなかった?

 私はスノードームを持ち上げて彼の前に突き出す。


「えーと、明かり!」


 とん、と指で叩いて明かりを灯す。


「でもちょっと、暗くない?」


 暗くなるとこのくらいでも問題ないんだろうか。書き物や読書には辛そうだ。

 あぁ、と彼は呟いて掌を差し出したので、スノードームを渡す。

 彼は1度明かりを消した後、それを振り上げた。


「調節してやればいい」


 振り上げた手を無造作に振り下ろすと、彼はスノードームを机に叩きつけた。

 壊れる! と、反射的に目を閉じて身を固くする。

 ガツンっと凄い音がしたかと思うと、目を閉じていても眩しい光が辺りを包みこんだ。


「このくらいじゃ割れん。明るくしたけりゃ強く衝撃を与えればいい」


 とん、という微かな音と共に光が消える。

 私はそろそろと目を開けた。彼がにやりとしているのが見える。

 くそう。


「まぁ、今くらいの明るさで使い続けると2、3日で使えなくなるがな」

「使えなくなったら捨てちゃうんですか?」


 動揺して口調が戻ってしまった。くそう。


「まさか。魔導屋で魔力を込め直してもらうんだよ。なんだ、本当に使ったことないのか?」


 不思議そうな顔で首を傾げられた。

 灯石(あかりいし)(というのだそうだ)くらいは質の上下はあれ、庶民も使っている物らしい。

 へぇ、と間抜けな声を出した私に、彼の眉間の皺が深くなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自動翻訳がどんな風に効いて、相手にはどんな風に伝わってるのかめちゃくちゃ気になりますね……! カエルさんが丁寧語を嫌がるのは翻訳が変なのかそれとも、単に個人の嗜好か。 もうちょっと先まで拝…
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