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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
海の向こう

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49.洋ジョウ

 目を覚ますとカエルが座ったまま眠っていた。もしかしたら目を閉じているだけかもしれないけど、起こしたくないのでなるべく動かないようにして観察してみる。


 寝ているカエルは珍しい。

 うつむき加減の為か、顔が陰って疲れて見える。意外と長い睫毛や、つるりとした肌からはまだ幼さが残るようで、そのギャップに少し戸惑う。

 思えば、向こうで言えばカエルはまだ高校を卒業したばかりくらいなのだ。

 言動が年寄りくさいのはビヒトさんの影響なのかな。


 あれ? わたるもそういえば時々達観した物言いをしてたな。

 周りに手の掛かる人がいるとそうなっていくのかなー。

 まさか、私が悪いわけじゃないよね?

 違う違う。やだなー。もう。


 突然ノックの音が響いて、はっと目を開けたカエルとまともに目が合った。

 あ、見てたのバレた。

 しばし見つめ合ってしまったが、再び響いたノックの音でカエルは立ち上がった。

 彼がドアを開けると、代書屋さんが立っていた。


「お昼一緒しない? って誘いに来たんだけど……ユエちゃん具合悪い?」


 こちらを覗き込んで、彼は少し心配そうな顔をした。

 カエルもこちらを振り返る。

 私は身体を起こして寝癖がついてないか、手櫛で梳かしながら答える。


「仮眠してただけだよ。今起きたとこだし、少しならなんか食べようかな」


 カエルに目でいいかと問うたら、小さく頷いた。


「ちなみに、神官サマは?」

「あの人は普段からあんまり食べないんだよね。船旅は得意じゃないから、部屋にいるって」


 ちょっとほっとして、ちょっと心配になった。思い出してみると酒場でもそんなに食べているのを見たことが無い。

 船酔いする人なら、何も食べたくないのも解るな。空腹も良くないんだけどね。

 3人でラウンジに向かうと、奥の方にテリエル嬢とランクさんの姿も見えた。

 丁度お昼時なのか結構混んでいる。

 カエルが引いてくれた椅子に座ると、代書屋さんが驚いたようにこちらを見ていた。


「……? 何か?」

「いや……そうやって扱われてると、いいとこのお嬢様みたいだなぁって」

「え」


 急に小っ恥ずかしくなった。

 ほんの数ヶ月で私は甘やかされ慣れしてしまったらしい。


「あ、別にそれが悪いとかそういうことじゃなくてね? ちゃんと護衛とお嬢さんの関係に見えるというか……息が合ってるというか……」

「そうでなければ困る」


 なんてことないかのように、カエルはそう言って席に着いた。


「あ、いや、でも、酒場の給仕がいいとこのお嬢さんっぽくちゃ駄目じゃないかな?」

「社会勉強ですって言っとけば、だいたい通るんじゃない? 昼しかやってないんだし、逆にそうかって納得するかも」


 朗らかに笑って言うけれども、本体がお嬢様とは程遠いので、やっぱり無理があると思います。


「にっこり笑って、必要最低限しか喋らなければイケるかもな」

「え。それって話したら台無しってこと!?」


 珍しく、代書屋さんとカエルが目配せして笑った。

 親睦を深めるのはいいけど、私をダシにしないでほしいな!

 代書屋さんは食事をしながらエールを飲んでたけど、カエルは炭酸水だった。私も同じ物を飲んでいたのだが、少し不思議だった。


「カエルは飲まないの? 珍しいね」

「……今日は、やめとく」


 ちらりと私を見て、小さく溜息を吐く。


「別に、迷惑を掛ける予定はもう無いけど……」


 何がおかしいのか、少し困ったような顔でカエルはふっと笑った。

 酔っ払ったカエルなんて見たことが無い。私よりはるかに飲んでいても、だ。


「真面目な護衛だねぇ」

「そういう訳じゃない。あくまで、今日は、だ」

「ぼ、僕はやましいことなんて考えてないよ!?」


 何にも言ってないのに、急に慌てだした代書屋さんが可笑しかった。


「考えていそうならもっと牽制してる」


 半眼で睨め付けられた代書屋さんは、ちょっと泣き出しそうな顔をしていた。

 私が笑うと、一瞬だけほっとした顔をして後はすっかり拗ねてしまった。

 この中で最年長だとは思えない。


 代書屋さんがご飯に誘ってくれたお陰で、なんだか気が紛れて良かった。

 カエルも多分同じ気持ちなんじゃないかな。

 その後は3人でカードをしたり(私の1人負けだった……くそう)地図を見ながら道のりを確認したりして時間を潰した。


 代書屋さんがあちこちの街に詳しいのはとてもタメになった。船が着く港町は歴史が古く、その町並み自体が観光する価値があるとか。今回は暗いうちに着いて、明日は早くに出なくちゃいけないので少し残念だ。


 しばらく地図と睨めっこしてたので、ちょっと酔ったかもしれない。

 揺れるたびに胃が浮くような感じがする。


「……酔ったかも。ちょっと、風に当たってくる」


 ふらりと立ち上がったら、カエルと代書屋さんも立ち上がった。


「1人で行くな。お前は船から落ちかねん」

「皆で行こう。僕もちょっと外の空気吸いたいし」


 断ることでもないので、私は黙って頷いた。




 外の冷やっとした空気はとても気持ちよかった。

 甲板には殆ど人影はなく、みんな一眠りしているのかもしれない。

 舳先に一番近い所を独占して、手摺りにもたれながら、わんすもーゆぁ、とか力無く歌ってにへらと笑う。

 あ、しまった。縁起悪かっただろうか? 誰も知らないんだから、関係ないか。


「大丈夫か?」

「うん。大分気分は良くなったよ」


 視界はほぼ海だった。右手にかろうじてお屋敷の背中にあるウルカヌス山が見える程度だ。

 太陽は天頂をとうに過ぎ、もう幾許かで空を赤く染め始めるだろう。


「身体動かした方が楽かなぁ? カエル、組み手でもする?」

「ユエと? 準備運動にもならんだろ」


 鼻で笑われた。まぁ、そうだろうけど。


「ジョットさんは?」


 半分冗談で話を振ってみる。


「僕? 組めるほどは出来ないなぁ」

「少しは、出来るの?」

「護身くらいはね。ほら、基本ひとりであちこち行くし」


 ちょっと意外だけど、そう聞くとそれもそうかとも思う。

 この世界の人達は皆逞しい。


「やってみるか?」


 カエルは腰の剣を抜いて代書屋さんに放り投げた。


「うわ。ちょっ……」


 代書屋さんはあわあわしながらもそれをちゃんと受け取って、手の中でくるりと回した。

 あ、意外と様になってる。


「え、無理でしょ? 僕、武器があっても君に適う気がしないよ?」

「とりあえずこちらからは行かん」


 にやりと笑ったカエルに、仕方なさそうに彼は半身になって(きっさき)を向けた。


「しばらくペンしか持ってないからなぁ。重たいんですけど」


 何度か柄を握り直して感触を確かめると、ある瞬間にぴたりと動きを止めた。

 それからおもむろに一歩踏み込むと、カエルの喉元に剣が伸びる。

 フェンシングの突きみたいな感じだった。


「遠慮しなくていいぞ」


 伸びた腕の分だけひょいと後退して、カエルは笑った。


「……って、言われてもなぁ。これ、後で筋肉痛になりそう」


 代書屋さんの口調に緊張感がないせいで、とても真剣で斬りつけている感じがしない。

 時々ふっと真顔になると太刀筋が鋭くなる。

 上段から袈裟懸けに振り下ろした剣を握りを返しつつ横に薙ぐ。そのまま踏み込んで今度は逆袈裟に……


 正直言って、代書屋さんがこんなに動けるとは思ってなかった。カエルはひょいひょいと軽やかに避けているけど、普通の人が皆この程度出来ますよって言われたら、私が生き残るなど到底無理だ。

 ちょっと踏み込みすぎてバランスを崩したところで、カエルは代書屋さんの剣を持つ手を蹴り上げた。代書屋さんの手から離れた剣は、くるくると回りながら高く上がっていく。


「いっ……()ぅ」


 落ちてきた剣がカエルの手に吸い寄せられるように収まり、2人の動きは止まった。

 代書屋さんは右手をひらひら振っている。


「もう。商売道具痛めつけないでよ」

「最近本業出来てないんじゃないのか? 真面目にやれば、もう少し出来るようになりそうだな」

「無理無理。逃げる隙が出来れば上出来なんだから」


 肩を竦めて溜息を吐く。


「でも、格好良かったですよ? 誰に習ったんですか?」

「ホント!? これはねぇ田舎でお世話になった神官さん、の弟さんが中央の騎士団にいてね、とりあえず基本と使えそうなとこだけ教えてもらったんだよね」


 嬉しそうに彼は続ける。


「持久力も無いし、斬り合うよりも一撃食らわせて逃げるって感じ? 逃げ足だけは自信あるんだよね」


 あははと代書屋さんは笑うが、彼の人脈の広さに驚く。そうでもなければ仕事としてやっていけないのかもしれないが。


「楽しかったですけど、結局私動いてないなぁ」

「ダンスのお復習(さら)いでもやるか?」


 ぐるりと辺りを見渡してカエルが言う。人影は見当たらない、けど。


「えー。あー……」


 迷っているうちに、カエルに手を取られた。


「誰もいないんだ。丁度いいだろう?」


 代書屋さんがいるよぅ。

 言い訳が出る前に、カエルはステップを踏み始めた。

 基本はこの3日でなんとか覚えたが、途中で方向転換などして、ちょっと順番が変わるだけで分からなくなる。

 私にはお嬢様は本当に向かない。


「全然疲れてないもんね。ダンス前の準備運動にされた気分?」


 手摺りにもたれながら、代書屋さんは口を尖らせた。


「そんなことは、ない」


 言いながら、顔は笑っていた。


「馬鹿にして……ちょっと待ってろよ」

「もう1戦やるか?」


 それには答えず、代書屋さんはにやりと笑った。

 とりあえず基本のステップで一通り終わる頃、彼はつかつかとやって来てカエルと交代するように私の手を奪った。

 きょとんとする私達を尻目に、代書屋さんは綺麗な姿勢でステップを踏み始める。


「剣術はね大して出来ないけど、ダンスは結構場数踏んでるからね、僕の方が上手いよ」

「え、えと……私が、出来ないから……」

「女の子はついてくればいいだけだよ。僕を見て、笑ってればいいんだ」


 代書屋さんはカエルよりも顔が近くてなんだか気恥ずかしい。

 広いデッキの上をくるくると回っていると、ついてくればの意味がなんとなく分かった。ステップに慣れてきたせいかもしれないけど。

 そこを見計らってか、彼は突然逆回りを入れたり、手元でくるりと一回転させたりし始める。

 不思議なことに、なんとなく出来てしまう。


「楽しいでしょ?」


 勝ち誇ったように笑う代書屋さんに何と言ったものかと、ちらりとカエルに目をやったら、彼はゆらゆらと水平線に近づく太陽を見ていた。


「……場数って、どこで踊ったんです?」

「帝都でね。色んなパーティーに参加したりして、ナン……仕事、斡旋してもらうのに、これ程効率のいいものはなくて」


 今、ナンパって言いかけましたね?

 にっこり笑いかけたら、目を逸らされた。別に、責めてないよ? 悪いことしてるわけじゃないもんね。


「練習してるってことは踊る機会があるってことだよね? 奥様の実家に泊まるのかい?」

「そうみたいです。でも、踊らなくていいなら別に、それでも」

「えぇ? もったいないよ。せっかく練習したんだし、一曲くらい踊らないと。ちょっと自信付いたでしょ?」


 それは、確かにそうかもしれない。

 私が頷くのを確認して、代書屋さんはカエルをドヤ顔で振り返った。


「ちょっと! 全然見てないってどういうこと?!」

「見たぞ。最初に。俺が見るまでもないだろ? で? ユエの出来は?」

「基本が出来るから問題ないでしょ。後は男性側が楽しませてくれるかどうかだよ」

「合格だとよ。良かったな」


 若干投げやりに言われて、合格なんだかそうじゃないんだか微妙な気分になった。

 ただ、思いがけないことばかりで船酔いはすっかり何処かに行ってしまったので、それだけは良かったと言える。

 港に着くまではもう少し。

 私達は下りる準備をするのに、それぞれの部屋に戻ったのだった。

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