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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
広がる世界

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36.噴水とトラブル

 人混みを縫うように進んで行くと、時々冷たい粒が降ってくる。

 人々の頭越しに高く上がる水柱が見え、その度に歓声が沸き上がっていた。

 ようやく全体が見渡せるくらい前方に出ると、クロウの言うでっけーの意味が良く分かった。

 左右の幅がどのくらいあるのか、人垣でよく見えないが、少なくとも奥行きは小さな湖ほどあって、直線に並んだ水柱が視界を遮ったり、波打ったり、ふいに水面に沈み込んだりするのだ。


 中心辺りには丸く並んだ吹き出し口から斜めに吹き上げるもの、水のアーチを形成するもの等が勢いを変え、形を変えて人々の目を楽しませていた。

 テレビで見た外国の、音楽に合わせて形を変えるあの噴水にイメージが近い。音楽も無く、規模もあれ程大きくはないのだが。


「結構凄くない? ユエちゃんなら好きそうだと思って」


 得意げに言う代書屋さんの方を見ようともせず、私は噴水に釘付けだった。

 クロウや他の観光客と同じように小さく歓声をあげたり、風向きでかかる水飛沫に笑い声を洩らす。

 ひとりで見ていたなら、多分いつまでもここにいただろう。


「暗くなってくると、灯りも点くんだよ」

「ホントに?」


 石が光るのなら、水の中に入れても大丈夫なのだろう。電気よりも余程安全だね。


「夜も一緒に来ようか」


 ゆっくりだったけど、繋いだ手を引かれて代書屋さんの声が近くなった。

 意外とそつなく女性を口説き慣れてる様子に感心しそうになる。


「ユエ、ちょっと下がれ」


 カエルの声も近くから聞こえて、代書屋さんと繋いでる方の腕を掴まれて後ろに引っ張られた。

 代書屋さんはビクリとして固まっていた。

 もしかして、ものすごくタイミングの悪い残念な人なのかもしれないな、と含み笑いを洩らす。

 カエルとの相性が悪いだけかもしれないけど。


「向こうのホテル前、神官達がいる。人混みに紛れとけ」


 これだけの距離があれば声はおろか、目視も出来ないと思うけどね。加護って言う訳分かんない力は、私や腹黒神官でも判るように普通の物差しでは計れないのも確かだ。


「別に、私の顔が知られてる訳じゃないでしょ?」

「念のためだ」


 厳しい視線の先には、黒い神官服の集団の中に1人白い服の人が見えた。


「あれ。大主教かな……」


 代書屋さんは目を細めて噴水の向こうを見やる。

 高級そうなホテルの前には、白に金の装飾を施された豪奢な馬車が陽光をキラキラ反射させながら待っており、白い服の人は黒い集団に見送られてその馬車に乗り込んでいく。

 馬車が出発した後、黒い集団も馬車の後を追うように歩き出した。

 道は人でごった返しているので、馬車も歩くのもスピードは変わらない。というか、歩いた方が早いんじゃないかなぁ。


「歩いて行けばいいのに」


 ぼそりと呟くと、代書屋さんは苦笑した。


「偉くなると、色々あるんだよ」

「あれ、だいぶ偉い人なんですか?」

「そうだね。彼等の上となると総主教だけだからね」


 あ、ホントに偉い人だった。

 あれ? じゃあ代書屋さんの用事の相手って……


「もしかして、伝言伝えるのって……」

「そうなんだよね。気は重いんだけど、紹介状も書いてもらったから何とかなるかな」


 彼は短く溜息を吐いた。

 黒い集団が見えなくなるまでなんとなくその場で過ごし、私達も後を追うように中央通りまで戻ると、代書屋さんは名残惜しそうに私の手を両手で包み込んだ。


「ちょっと早いけど、嫌なこと片付けて来ちゃうね。何処で待っててくれる?」


 私はカエルを見上げた。

 地図が一番頭に入っているのが彼だ。


「丘で待ち合わせでいいんじゃないか? 人混みよりは分かりやすいだろ」

「それでいい? ゆっくりこの道を戻るようにするよ。早く終われば追いつくんじゃない? それで合流出来なかったら『夕日の丘』で」


 にっこりと笑ったら、彼は頷いて少し芝居がかった仕種で私の手をカエルに差し出した。


「では、お姫様をお返しします」


 カエルは苦笑しながら一応その手を受け取ったが、その後どうすればいいものかと逡巡する。

 私はその手を高く掲げて代書屋さんに向けて振った。歩き出していた彼も気が付いて小さく振り返してくれる。でも、ごめんね。代書屋さんの為じゃないんだ。カエルが迷わなくてもいいように、だ。

 心の中で彼に手を合わせて、顔では笑顔を作ってみた。私、今ちょっと嫌な奴かも。


 ◇ ◆ ◇


 来た時とは反対側の店や露店をゆっくりと冷やかしながら海側に戻っていく。

 噴水ではしゃいで小腹が空いたのと、喉を潤すために座る所を探して、ようやく店頭に空きを見つけた。雪崩れこむように場所を確保して、カエルに注文を任せる。


「ここなら代書屋さんも見つけやすいよね」

「そうだなー」


 疲れた様に息を吐き出すクロウは、ちらりと辺りを見渡して少しだけ声を潜めた。


「代書屋の兄ちゃんって、結構変わった仕事もしてるんだな」

「あー。うん。今回はまたちょっと特殊みたいだけど、私もびっくりしたよ。教団からの仕事は身入りがいいみたい」

「ふぅん」


 思う所があるのか無いのか、そのままクロウは黙り込んだ。


「この町でも結構びっくりすることあるけど、王都とか帝都とかはもっと違うのかな? 機会があれば行ってみたいよね」


 声には出さなかったが、クロウはしっかりと頷いた。


 少年に幸あれ!


 私がにまにまと他人の将来に思いを馳せていると、カエルがお茶を3つ持って戻ってきた。

 ほっと一息つく。

 少々待って給仕の娘さんが持ってきてくれたポテトとウィンナーの盛り合わせをだらだらとつつきながら、まだ形ある物を買ってないなと思い至った。

 孤児院の皆や自分用の思い出に何か手頃な物はないものか。


「クロウもお土産まだ買ってないよね?」

「下手な物買うと荷物になるしなー」


 高い物は買えねーし、と腕を組む。悩みは似たようなものだ。


「ちょっとじっくり露店でも見てこようか。カエルはここにいていいよ。見える範囲にしか行かないし、戻ってくるから」


 まだ食べ物が残っているお皿を指差して、私はクロウを促し、立ち上がった。


「見える範囲だぞ」


 渋い顔をしながらも、ここまで特にトラブルもなかったので送り出してくれる。

 店の向かいの露店まで、一応クロウに先導してもらって辿り着くと、アクセサリーのお店だった。

 何本かの紐を編み込んだ組紐のような物や、貝殻を花のように加工して付けている短い簪のような物に髪飾り。角度によって虹色に見える指輪やブレスレットやアンクレット、真珠っぽい首飾りなど、値段もピンキリで探せば掘り出し物があるかもしれない。


「サーヤさんとか、アルデアにいいんじゃない?」

「なんでアルデアが出てくるんだよ」

「あげといた方がいいと思うよ。円満な人間関係の為だよ。今まで結構お世話になってるんじゃないの?」


 多分私があげるより百倍くらい喜ぶと思うんだよね。お姉さんは女の子の味方なのだ。

 クロウだってまんざらじゃないと思うんだけどな。その証拠にぶつぶつ言いながらも選ぼうとしてる。


「ありすぎてわかんねーよ」

「サーヤさんには髪飾りかなぁ。アルデアなら、その編んだ紐がいいんじゃない? 髪を括るやつだよね」


 投げ出しそうだったクロウに慌てて助け船を出して、選別は彼に任せる。そのくらいなら腰の鞄にも入るし、値段も手頃だ。

 一緒に屈み込んで自分もあれこれみてみたが、心に響く物は無かった。

 孤児院の皆には食べ物の方がいいかもしれない。どこかで海色のキャンディーが売っていた気がする。

 クロウが何とか選び終えたのを見て、私は立ち上がった。


「――あっ」


 声と共に振動があり、液体が地面にしたたり落ちるのが目に入った。

 自分の肩口から濃い紫色が下に伸びてゆく。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 私ったらよそ見してて……!」


 葡萄酒をかけられたらしい、と気付いたのはそう言う女の人が空のジョッキを持っていたからだった。


「あ、いえ……こちらも不注意に立ち上がったので……」

「うちの店、すぐそこなの! 洋服屋なので、お着替えお貸ししますわ! ああ、どうしましょう」

「いえ、連れもいるので……」

「坊や? 大丈夫よ。本当にすぐそこなの!」


 彼女は先程お茶を飲んだお店の隣を指差して、続けた。


「ちょっとだけ待っててくれれば、綺麗にして返してあげるから。それとも中で待ってる?」


 ぐいぐいと強引に体を押されて、隣のお店の前に連れて行かれる。

 お金を払っていたクロウはちょっと呆気にとられていたが、高級店なのか、この世界にしては大きめの窓から見える店内に目をやると、戸惑いの色を濃くしていた。


「え、ちょ……」


 カエルも腰を浮かせているが、相手が女性なのと隣の店ということもあってまだ様子を見ているようだった。

 多分、カエルもクロウも店の中まで入っては来ないだろう。

 だって、高級ランジェリー店ぽいもん。ここ。

 私は一応大丈夫と意志を籠めてカエルを見た。

 ある程度は外から見えるというのも、その判断の一助になった。

 お店に入る瞬間、クロウがカエルに駆け寄るのが見えて、やっぱり何か一騒動はあるのだなぁとちょっとのんきに考えていた。




 店の中は、現代のランジェリーショップほど男性が居ても恥ずかしい空間ではなかった。

 でも、恐らく今まで見たどのブラトップよりも生地が薄くて少ない物が多い。

 キャミソールやベビードールのように薄くてひらひらしたものが中心だ。


「うふふ。この辺は意外と人気があるの。寝る時に着ると恋人や旦那様が喜んでくれるって。お詫びに1枚どう?」


 胸元にスリットが入って、紐で結ぶようになっている扇情的なデザインの物を私にあてがうと、彼女は微笑んだ。

 どうと言われても。

 反応に困っていると、彼女はさらに奥に進んで、いわゆるミニワンピを手に取った。


「うちの店だと、おとなし目はこの位なのよね……下着も替えちゃいましょう。んん……この辺かしら?」


 上半身は一見普通の長袖なのだが、背中が大きく開いている。スカート部分は、膝上でタイトな布地の上にオーガンジーの様な透け感のあるものを何枚か花弁のように重ねて、全体で膝下くらいに見えるようになっていた。

 現代でもありそうなデザインだ。カエルには不評かもしれない。


 下着もキャミソールタイプでタイトスカートからレースが見えるくらいの長さという絶妙な物を選んで、それらすべてを私に押し付けた。

 そのまま試着室のような所にまで案内されると、カーテンを開けて彼女は言った。


「出てくる前に、壁をノックして知らせてくれる? 一応全体のチェックをしたいの」

「はあ」


 ロレットさんもチェックは厳しいよなぁと思い出しながら、ちらりと窓の方を見たが、ここからでは上手く外が見えなかった。

 靴を脱ぐ仕様ではなかったので、カーテンを閉められた後はそのまま着替える。久しぶりに着る短いスカートはなんだか気恥ずかしかった。

 体を捻って色々チェックしてみるが、イマイチよく分からない。なんでここ、鏡が無いんだろう? だから呼べってことなのかな。


 言われた通りに壁をノックしてみる。鏡を持ってきてくれるのかもしれない。

 カーテンが開くのをそわそわして待っていると、背後の壁が開いて人の気配がした。振り返ってその人を確認する前に口を押えられ、腕を捻りあげられる。

 小さく呻いているうちに別の誰かに目隠しをされて、両腕を後ろ手に縛られ、担ぎ上げられるまでが一瞬で、何が何だかわからない。


「誰――なに、を……」


 担ぎ上げられた体制のまま、猿轡(さるぐつわ)までされて、ようやくやばいと認識できた。

 カエルは外で待っていると思うけど、このままでは腕輪を使うのもままならない。

 焦ってうーうー唸りながら足をばたつかせようとしても、私を担いでいるのが余程体格のいい人なのか、びくともしない。そういえば、肩が盛り上がって堅い気がする。


 待遇の改善を要求する! せめてお姫様抱っこで!


 声も出せない私の要求は、当たり前だが通ることは無かった。

珍しく続く。待て次号。(笑)


1話に詰めるはずが、3話になっちゃんたんだ……

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