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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
広がる世界

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29.ハカクの仕事

 朝御飯を無言で食べるのは一人暮らしの時以来かもしれない。

 いや、あの頃もテレビに突っ込みを入れていたから、厳密には無言じゃなかった。

 一見普通に見えるカエルなのだが、昨夜やり慣れないことをしたからか、口数が異様に少なく、視線を合わせてくれない。

 照れてるだけならいいんだけど、何か怒っている可能性も無いわけじゃ無いところが怖かったり。

 食後のお茶を入れながら、ようやくカエルは口を開いた。


「――今日は朝一緒に行けない」

「……そうなんだ」


 あ、会話が終わってしまう。

 私は慌てて付け足した。


「具合でも悪い? やっぱり外で働くと調子悪くなっちゃう?」


 カエルは、はっとしてこちらを見た。


「いや。違う。ランクが帰ってきたから、こっちの仕事が纏まってあるんだ」

「ああ、そっか。元々手伝ってたって言ってたもんね」


 私はちょっとほっとする。

 元気なカエルしか知らないから、目の前で倒れたりしたらどうしたらいいのか分からないに違いない。


「大丈夫だ。ユエの前では倒れない」


 それは、倒れないように気を付けるということなのか、無理をしますという宣言なのか。


「無理しないでね。私、結構カエルを頼りにしてるみたいだから」

「みたい……って」


 ぼそりと呟いて、また視線を外された。

 ありゃ? 失言?


「凄い、頼りにしてます! カエルが居ないと生きていけません!」


 今度はちょっと大袈裟に言ってみたら、反射的にこちらを見て赤面して、それから深い溜息を吐いた。

 あれ。やっぱり反応が少しおかしい。


「……昨夜のこと、引き摺ってる?」

「……少し。慣れないことはするもんじゃないな。お前もちょっと不用意なこと言うの止めてくれ」

「ああ、うん。ごめん?」


 片手で顔を覆って天を仰ぐカエル。

 珍しいカエルの失態にもう少し弄りたかったが、やり過ぎて口も聞いてもらえなくなりそうだったので我慢した。


「迎えにはちゃんと行くから、待ってろよ」

「はーい」

「子供みたいな返事をするな」


 玄関まで見送ってくれたカエルは、もう大分いつも通りに戻っていた。

 小言がいつも通りに思えるっていうのも大概どうだろうとは思わないでも無いけどね!

 いつもより少し早く出たので、私は孤児院に寄って嫌がる子供達を一通り抱き締め、最後にナランハまで抱き締めようとして本人にやんわり怒られた。

 調子に乗ってはいけないということだ……


 ◇ ◆ ◇


 そこそこ心も潤って、仕事に精を出す。日当は銀貨1枚~2枚程でその日の売上にもよるが、旅行できるまで貯まるには結構掛かりそうだ。

 代書屋さんの持ってきてくれる仕事に多少期待したいところだね。

 その代書屋さんは早速お昼にやってきて、カウンターの端っこを占拠した。


「あれ? カエル君は?」

「最近はお手伝いの日以外来てませんよ」


 彼はちょっと表情を明るくしたが、話を聞いていた女性客はがっかりしていた。最も、イレギュラーで入ったりは結構するんだけど。


「今日は特に本業のお手伝いが忙しいみたいで」

「そうなの? じゃあ、帰り僕が送っていこうか?」

「ふふ。ありがとうございます。でも帰りは迎えに来るって言ってましたから」

「……相変わらず隙が無いね」


 代書屋さんは苦笑してちょっと肩を落とした。


「今度タイミングが合ったらお願いしますね」

「いつでも合わせるから言ってね」


 この手の人達は営業トークがあるからどこまでそうなのか見極めるのが難しい。まぁ、送るくらいはしてくれそうだけど。

 代書屋さんが2度目のお茶を頼んだ時、ついでという感じで仕事を振られた。


「向こうに居たときに受けた仕事なんだけど、後でお願いできるかな」

「あ、はい。多分大丈夫だと思います。落ち着くまでもう少しかかりますけど……」

「うん。待ってるからいいタイミングで上がってきて」


 忙しくしているうちに彼はいつの間にかカウンターから居なくなっていた。

 礼拝のある日ほどでは無いが、結構待たせてしまっている。悪いなと思ってカフェイン強めのお茶をチョイスして差し入れすることにした。

 トレーを持って上がると、代書屋さんの姿は無かった。いつも受付付近のロビーと呼ぶには狭い、椅子が数個置いてあるだけの場所で待っているのだが。


「あれ。代書屋さん帰っちゃいました?」


 ルベルゴさんに聞くと、苦笑いして奥を指差した。


「一番奥の部屋に行ってくれ。込み入った仕事らしくてな。変なことされそうになったら大声出せよ? 先に脅しは入れておいたから大丈夫だと思うが」

「脅しって……」


 うっかり笑ってしまった。

 代書屋さんって不憫だなぁ。

 言われたとおりに一番奥の部屋まで行ってノックする。


「ユエです」


 基本的に1階はルベルゴさん達家族の使う部屋と、客室にも宿で貸し付ける部屋にもなるような部屋とで構成されている。

 奥の部屋はその1室だ。

 すぐにドアが開いて代書屋さんが顔を出す。


「ここ借りるのに親父さんに凄い脅されたよ……僕、信用商売してるんだけどなぁ」


 嘆き顔が可笑しくて、また笑ってしまうと彼は苦笑した。


「ユエちゃんが笑ってくれるのが救いかな」

「いつもの仕事と違うんですか?」


 お茶を差し出しながら聞くと、ちゃんと仕事の顔になって彼は紙の束の1つを持ち上げた。


「ほとんどはいつも通りなんだけどね……重要書類扱いが混じってて」

「それ、私が見て良いものですか?」


 ぎょっとして聞くと、彼は少し困った顔をした。


「本人がいいって言ったというか……ご指名というか……」


 歯切れが悪い。


「ルーメン主教から請け負った仕事なんだ。ほら、教会のツテがあるって言ったでしょう? その関係でたまに重要書類とか秘密書類みたいなのも運ぶんだけどね」


 そこで一度口を湿らせる。


「港町に居るなら恐らく自分宛の書類を受け取る筈だから、ユエちゃんに訳してもらってから届けてくれって」

「……私に?」

「ユエちゃんなら読めるからって」


 腹黒神官め。何を考えてるんだ。


「重要って書いてあるけど、中身はそうでもないとも言ってたけど……彼とどういう関係?」

「関係も何も……ちょっと前に強制友達宣言されたくらいですけど。代……ジョットさんは読めない言語なんですか?」

「教団は結構用心深いから、本当に重要なモノは暗号みたいなのを使うんだよ。それも数種類あるらしい。だから一般の人が間違って開けてもサッパリ読めないのさ」


 肩を竦めて見せるが、それの運搬を任されるって、代書屋さんも結構凄い人なのかも?


「で。強制友達宣言って?」

「まんまですよ。私、初めての友達らしいです」


 ひくっと彼の頬が引き攣った。


「友達? あの神官の?」

「私も不本意です」


 長い長い溜息を吐いて、代書屋さんは頭を抱えた。


「僕、この仕事をちょっと恨むわ。世の中って理不尽だね」

「え? そんなに落ち込む話ですか?」

「色々あるんだよ。ちょっと待ってね。すぐ立ち直るから」


 彼は言葉通り暫く頭を抱えていたものの、やがて顔を上げたときにはさっぱりした表情だった。


「よし。大丈夫。で、これなんだけど」


 本当に切り替えが早い。羨ましいくらいだ。今度コツを聞こうかな……参考になるか怪しいけど……

 彼の差し出した封書は3つ。どれも同じ印で封蝋してあった。


「これ、開けちゃっていいんですか? 神官サマが先に開けるとか……」

「良いんだって。3通あるけど中身は同じだろうとも言ってたよ」


 私は取り敢えず1つを恐る恐る開けてみる。


「読める?」


 代書屋さんは珍しく真剣な瞳で私を見ていた。

 二つ折りの紙を広げてみると、縁取りに金の使われた豪奢な紙に3行ほどの文章が書かれていた。

 読めないかも、と思ったがじわりと文字が滲む。滲んだ文字の上に、いつものようにルビが浮かび上がってきた。


「……残念ながら読めちゃいます」

「残念ながらって何?! ……でも、そう。それが読めるんだ……」


 代書屋さんは何かに気付いたように小さく息を吐いた。


「『加護持ち』なんだね。噂では聞いていたけど……本当に、読めるんだ……」


 彼は私の手から手紙を持っていって一瞥した後、少し憐れみを込めた瞳で私を見た。


「ユエちゃんはルーメン主教のお抱えになるのかい?」

「は?」

「え?」


 代書屋さんは私の反応に目をぱちぱちと瞬かせた。


「『繋ぐ者』は今、教団のほぼ独占でしょう? 後は王族とか領主とか偉い人達に付いてるか。紋での発動は完璧じゃないと言うし、これが読めるということは、主教は教団にユエちゃんを誘ったでしょう?」

「……いえ。誘われたことはないです」


 そういえば、シスター・マーテルも同じようなことを言ってたな……


「え!? ホントに?」

「誘われても断りますけど……」

「断れるもんじゃ無いんだけど……」


 お互いに困惑顔をつき合わせる。


「えっと、一応『繋ぐ者』は持ってない事になってるので……見えないって言われたんです」


 目は開けられなかったけど、確かそう言ってた。


「何だったか……ダドム? とか、そんな感じのことを言ってた、ような」

「『贈り物(ダトゥム)』!? 彼の瞳の加護と同じ?! って、それ、宣誓の時だよね?!」


 テーブルに手をついて思わず立ち上がって、代書屋さんはこちらに身を乗り出した。


「それ、言っても良い話ですか?」


 この際私の宣誓のことは置いておくとして、代書屋さんって結構際どい情報持ってない?

 伝手があると言ってたし、知ってても不思議じゃないけど。

 彼は、はっとしてもう一度座り直した。


「……ユエちゃんなら大丈夫でしょ。僕の知ってることは教団内では有名な話だから……って言うか、ユエちゃんの方が危ないこと話してるよ?」

「え!?」

「折角見逃されてるなら『贈り物(ダトゥム)』とか、迂闊に言っちゃダメだ」

「見逃されてる?」


 代書屋さんはゆっくり頷いた。


「宣誓を受けてるなら、ルーメン主教には全部視えてる筈だからね。教団の方から接触がないなら、彼が個人的に黙っていてくれてるんだ。ユエちゃんが教団に属す気が無いなら、他の神官にも教会にも近付かない方がいい」


 トントンとテーブルを指で叩きながら、彼はいつになく真剣な表情で言った。


「或いは友達というのも君を庇う一助なのかも。今でこそ田舎の一神官だけれども、彼、前の総主教付きだった人だからね? まだ影響力はあるんだよ」


 総主教って……一番偉い人じゃなかった?

 ちょっと、思考が追いつかなくなってきた。


「そ、総主教付きって、偉いの?」

「彼の場合、特殊なんだよ。小さい頃から総主教のお気に入りで、さらに『神眼』持ちだろ? 彼女が片時も離さなかったんだ。一応大主教の位階は持ってたはずだけど、やっていたのは彼女の補佐だったからね。お陰で敵も多くて、しょっちゅう命も狙われてた、らしい」

「代書屋さん……詳しい、ね?」


 彼は溜息を吐いた。


「伝手があるって言っただろう? 僕、中央神殿に通ってた事があるから、清濁色んな噂を聞いたし、彼の姿も遠くから見たことがあるんだ。彼自身とはここに来るまで話もしたこと無かったし、向こうは知らないと思うけど」


 前の総主教は女の人だったんだな、とか、都会での刺激的な生活って、それか、とか、頭の中はごちゃごちゃだった。


「僕はピリピリしてる彼しか見たこと無かったから、正直今でも少し怖いんだけどね」


 腹黒が腹黒たる理由が分かっても、何だかスッキリしない気分だ。


「……そんな人が何で……」

「上が変わったから、としか。何処にでもある話だけどね。彼を鬱陶しく思う人達が今の教団を取り仕切っているということだろうね。僕に良くしてくれた人達も軒並み中央から外されてるし」

「代書屋さんは信徒なんですか?」


 真剣だった瞳が、急に拗ねた色を帯びた。

 ん?


「ジョット。名前で呼んでって言ってるのに」


 話が衝撃的すぎてすっかり忘れてたよ。

 ってか、今そこなんだね? 代書屋さん……


「ジョットさんは、ええっと」


 何だっけ。


「敬虔な信徒では無いよ。礼拝も出ないし。でも、仕事の上でも色々便宜を図ってもらってるし、信徒であるということは結構大きいよ」


 彼は目の前の手紙や書類の束を指差した。


「今回の仕事は破格だったから、ヤバめかなとは思ったんだけど……ユエちゃん絡ませるからちょっと不思議だったんだよね。まあ、蓋を開けてみて、もっと不思議になったけど……どうしよう。止める? このまま書類もお金も返して――」

「もう遅いと思います。1つ開けちゃってるし、一行読んじゃいましたから」

「…………だよね」


 言いつつも、彼はしばらくの間高価そうな紙を睨みつけていた。

 やがて、何度目かの溜息を吐くと冗談とも本気ともつかない事を言った。


「いざとなったら、僕がユエちゃんを連れて逃げるね。今の貯金額なら、何とかなると思うんだ」

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