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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
広がる世界

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25.ヌシ

にょろにょろが出ます。苦手な方はお気をつけて。

それほどにょろにょろしませんが。

 はたしてそこに花畑は在った。

 土手の上から見ると、背の高い葦か(すすき)のような細長い葉の草むらの間に、ぽっかりと開けた空間がある。

 秘密基地感があって、子供達が好きそうな場所だ。

 こうして上から見れば丸見えなので、大人からしても見張りやすい場所と言える。

 私が目で下りたいと訴えると、カエルは分かっていたと言う風に先導して下りていった。


「蛇がいるからな。毒はないが鉢合わせても無駄に刺激するなよ?」


 神妙に頷いたが、子供達が遊ぶ場所だ。それなりにおとなしいモノに違いない。

 花々は思っていたよりも色とりどりだった。

 目に付く紅紫色のタンポポはその色しか無いようだったが、デイジーのようなものは白、ピンク、黄色、淡いブルーと同じ花とは思えない多色さだ。


 どういう原理なのか、同じ株でも花の色は1つ1つ違っていた。

 花弁の多いこの花は料理に見立てるのにも役立つに違いない。

 私は数本を摘んで、忘れていないか編んでみる。

 ブレスレットサイズで、最後の始末が多少適当になったものの、ちゃんと円くできた。

 満足げに眺めていると、目の端の緑が波を打った気がした。


「ユエ、動くな」


 静かな制止の声に、目だけでゆっくりと動いたものの正体を探す。

 いかにも警戒の距離を保って、黄寄りの緑の塊がこちらを見ていた。

 春の色だなぁと時折光を反射する鱗に目を細める。

 単色のはずのその(からだ)は光の加減で濃くも薄くも見えるから不思議だ。


 ふと思い立って、手にしていた花輪を差し出してみた。

 春色の蛇に春色の花は似合う気がしたのだ。

 後ろでカエルが小さく動く気配がする。

 春色の蛇はチロチロと数度舌先を出し入れしてから、ゆっくりと近付いてきた。

 花輪の手前で一旦止まり、匂いを嗅ぐように頭を花に近付けた後、こちらに視線をよこした。


「似合うよ」


 笑って、思わず話し掛ける。

 なんだか人間臭い仕種だったから。

 春色の蛇は、その爬虫類らしい感情の映さない瞳でしばらく私を見つめていたが、やがて踵を返し草むらへと消えていった。


「動くなと言ってるのに……」


 私よりもよっぽど緊張した様子でカエルがぼやく。


「毒は無いんでしょ? 子供達も遊ぶ場所なら大丈夫だと思って」

「そうだが……お嬢なら大声を上げて逃げ出してるとこだ。平気なのか?」


 にょろにょろを苦手とする人は多い。


「まぁ、それほど? 小さいのなら触れるかも。あの()は綺麗だったし」


 もふもふより魅力は劣るが、夏の暑い時期ならあのひやりとした体躯を抱えてもいい。


「脚の多いヤツの方が苦手かなぁ」


 さすがにあれはザワザワする。


「ユエが変わってるのは今に始まった事じゃなかったな」


 溜息と共に失礼な言葉が吐き出される。

 爬虫類好き女子だっていっぱい居るんだぞ!


 ともかく、花冠が作れそうなのは分かった。

 少し早く出てきたものの、そろそろ行かなければ。出勤が何時と決まっているわけではないが、大体2刻前にはいつも宿に着いている。


「そろそろ行くぞ」


 カエルも同じ事を考えたらしく、スタスタと元来た道へと戻り出した。

 私が慌てて駆け寄った時、左手の茂みからざざざと草をかき分けて進む何かの気配が近付いてきた。

 カエルが私を左手で庇いながら、腰の短剣に手を伸ばす。


「下がれ」


 見通しの悪い草むらの中の一本道に入り込んでは分が悪い。

 私達は音の方向に気を配りながら、少し後退りした。

 何が居るのか。

 細い葉が風では無く右に左に揺れている。

 私は近所の子供だといいな、とちょっと楽観視していた。

 やがて、茂みから顔を出したのは――


「え? さっきの?」


 黄緑色の蛇に、私は拍子抜けして2、3歩近づいた。

 と、同時に何か大きなものがその奥の茂みから立ち上がる。


「ユエ!」


 カエルが短剣を構える気配がした。

 恐る恐る視線を上げていくと、エメラルド色の体躯に深緑の瞳の巨大な蛇が、鎌首をもたげてこちらを見ていた。

 胴回りはおそらく人1人では抱えきれないだろう。

 額に水色の楕円形の宝石のような物が嵌まっていて、私の知っている生き物の範疇から外れていることが解った。

 口から紫がかった舌を出し入れする度にシュルシュルと音がしている。


(ヌシ)、か?」


 ヌシ……確かに、そう呼ばれるのに相応しいかもしれない。

 私もカエルも下手に動けずにいると、何かが足先を叩いた。

 視線を向けると、春色の蛇がこちらを丸い目で見上げている。

 ……いや、私じゃない。手元の小さな花輪を見ているのだ。

 私はちらりと大蛇を見上げた。

 大蛇は私ではなく、カエルの短剣に注意を払っているようだ。


「……これ?」


 私はなるべくゆっくりとしゃがみ込んで、花輪を地面に置いた。

 春色の蛇はそれに器用に躯を巻き付けて尾の付近で持ち上げると、私の手の上をわざわざ通ってから茂みの方へ消えていった。

 大蛇とカエルはまだ睨み合っている。


 蛇に睨まれたカエル。


 不意に下らないことを思いついて、思わず吹き出してしまった。

 カエルと大蛇の視線が私に向くのが分かる。

 何で今思い付いた?! 私!

 さすがに冷や汗が出たが、後の祭りだ。

 でも、緊張の糸が切れてしまったのは確かで。


 じっと大蛇の瞳を見てみる。

 残念ながら私には何の感情も読み取れなかった。

 蛇語も分かれば何か聞けたかもしれないが、私の翻訳機能もさすがにそこまで万能ではなかったようだ。

 もう一度カエルに視線を向けてから、大蛇はゆっくりと茂みに消えていった。

 盛大な吐息が私とカエルの口から漏れる。


「さ、すがに、あれはびびるね?」

「俺はあれの前で笑えるお前の神経が解らん」


 腰の後ろに短剣を戻しながら、カエルは私を睨みつけた。


「いや、あれは、ちょっと事故みたいなもので……」


 むにゃむにゃと言うが、何を言っても言い訳にしかならないことは分かっているので、後半は小声だ。


「主とはいたずらに事を構えられん。秩序が乱れるからな。朝っぱらから人前に出てくるのもおかしいが……お前は人だけじゃ無くて他の生物にも絡まれるんだな?」


 言いながら眉間を押さえ込む。


「ヌシって、やっぱり普通は出て来ない?」

「多分な。居るとは言われてるが、姿を見た物は少ない、はずだ。出て来るのは誰かが彼等の決まりを破った時がほとんどだから、生還する者がほぼいないと本で読んだことがある」

「決まり……お花摘んじゃダメだったかな?」


 私は何もない掌を見つめた。


「んなわけあるか。それなら子供達がここで遊べる訳が無い――ほら、行くぞ」


 カエルは先に行くが、私は動けなかった。

 途中で追ってこない私に気が付いて彼は振り返る。


「ユエ?」


 私はへらっと笑った。


「さすがに、立てなかったり?」


 全身が小刻みに震えていた。

 落ち着くまで、少し掛かりそうだ。

 カエルはちょっと驚いた顔をして戻ってくると、短く息を吐いてから私を抱き上げた。


「わっ。ちょっと待てば動けるようになるよ?!」

「俺がここに居たくない」


 どきどきしているのが、大蛇のせいなのか恥ずかしさのせいなのか判らなくなる。

 カエルが私を運ぶのにだんだん手慣れてきているのもなんだか悔しい。

 土手の上まで戻ると、そこで下ろされた。


「うぅ……お手数をお掛けしました……」


 恥ずかしさで顔を上げられずにいると、カエルの含み笑いが聞こえてきた。


「いや。割と普通の反応で安心した」


 ()()普通って!

 くそう。

 いつまでも顔を上げられない私の頭をカエルはぽんぽんと軽く叩く。

 手袋越しだったが彼の気遣いが伝わってきた。

 まだ手は少し震えていたが、歩く分には問題無さそうになったので、意を決して立ち上がり、両手を擦り合わせる。


「よし。行こう」


 ◇ ◆ ◇


 宿にはいつもより少し遅れたくらいで着くことが出来た。

 カエルも手伝いに入る日なので、彼はそのまま酒場に下りていく。


「なんだ? なんかあったのか?」


 私を上から下まで眺め回して、ルベルゴさんは真剣な顔をした。

 何で分かるんだ。


「ちょっと顔色が悪ぃぞ。兄ちゃんが連れて来るんだから、体調が悪ぃ訳じゃねぇんだろ?」

「……川原で、凄い物に遭遇しまして」


 片眉を上げてルベルゴさんは先を促す。


「カエルは『主』じゃないかと。ルベルゴさんは知ってますか?」

「主に会ったのか!?」


 凄い剣幕に私も驚く。


「エメラルド色で、凄く大きくて、額に宝石みたいな水色の石が嵌まってました」

「間違いねぇ……何で……いや、よく無事だったな」

「先に黄緑色の普通の蛇に会ってるんですよ。あの()が連れて来たんじゃないかと……」

「それはこの辺の水辺に良く出るヒタムだな。大人しい蛇でこちらが悪さしなければ何もしねぇ。まさか何かしたのか?」


 ルベルゴさんはちょっと憮然として腕を組む。


「花で編んだ物を見せただけですよ?」


 私は肩を竦めるくらいしか出来ない。

 彼は顎に手を当てて、暫く何か考えていた。


「あの。主って何ですか?」


 ルベルゴさんは暫し私を見つめると、丁寧に説明してくれた。 


 曰く、主とは一定の範囲内でその眷属に最も強く影響を及ぼし、支配し、その地の秩序を護るモノ。

 多くは長く生き、力の強いモノがその座に着く。

 力の強いモノ。即ち魔力に近く、その源となる魔素を躯に蓄え、それを結晶として躯の一部に持ち、魔法を操る事さえ可能な個体。


「この辺りには実は2体主が居ると言われている。山奥の水源にもなっている湖の辺りを住処にする『水龍(ナーガ)』と火山に住んでいる『火神鳥(ガルダ)』。ガルダは気が荒く、あの山を度々噴火させていたらしい。ナーガは主の中では穏やかで、この地を切り拓くときもある程度静観してくれたということだが、ガルダとは仲が悪いと言い伝えられてるな」


 なんか、インドの方に似たような話がなかったっけ?

 相変わらず微妙にリンクしてる。


水龍(ナーガ)が目撃されたとはっきり言われているのが、開拓時代だからな。もう150年くらいにはなるか? それが……」


 ルベルゴさんは静かに私を見下ろしていた。


「貴重な体験をしたな。だが、あまり言わん方がいいかもしれん。血気盛んな冒険者達(ばかものども)はすぐに力自慢をしたがるからな」

「そうですね。ちなみに、ガルダの方は見た人は……」


 神妙に頷いてから、興味本位で聞いてみる。


「聞かねぇな。こっちは本当に伝説だ。ナーガとの喧嘩に負けて不貞寝してるって話もあるぞ」


 ようやく彼はカラカラといつもの明るさで笑う。

 普通に暮らしているように見えて、根底にあるものが実は結構違うのだと、改めて思い知らされた。

 主は秩序を護る。

 もしかして、私は異分子だと認識されたのかもしれない。彼等にしか解らない感覚で。

 忠告だったのだろうか。

 上手く交じっていけと――


 するりと指の背で頬を撫でられた。


「大丈夫だ。嬢ちゃんは()()()()()。問題なんか何もねぇ。もう遭遇する(あう)ことも無いだろうよ」


 グレーの力強い瞳に少し安心する。

 ここでまた世界に弾かれるのはちょっと辛い。

 他の主には会わないで済むといいな、と思いかけて、フラグが立ちそうな事に気付いて慌てて取り消す。


 今のナシ! 何も考えてないからね! 主様には逆らいません。善良な一市民を全うします!


 必死の叫びが届いたのかどうか……神のみぞ知る事である。

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