23.ギリと人情
イケメン神官だけどぼっちです。
そんなラノベのタイトルみたいな事を思い浮かべながら、私は帰途についた。
今更ながら彼と友達になってしまったことに不安が湧いてくる。
友達の定義については、小一時間どころか半日くらい問い詰めたいところだが。
冷静に考えてみると、私には別に悪い事はされてないんだよね。
性格云々を置いておくと、っていう注釈が付くけど。
最初に喧嘩売ったのは私だし……
一応助けてもらったし……
催眠術も悪用してる気配は無いし……
テリエル嬢達ががあんなに警戒してなければ、友達になるくらいしてあげてもいい。かもしれない。
溜息が出た。
青い月の見える地底湖を、あの家は隠している。
その意味が少し見えたから。
青い月は何かを狂わす象徴だから?
私は岩場の朽ちた木切れを思い出す。
過去には神聖な場所だったのではないだろうか。
何かを――あるいは青い月自体を祀っていた可能性が高い気がする。
力あるものは、それが聖であれ邪であれ、神として祀り上げられる可能性がある。
とても日本人的な感覚だけれど、こちらの世界でも感じられる日本の名残を思うと、私が初めての日本人じゃないことは明白ではないだろうか。
それが、何十年、何百年前のことかはわからないけれど――
そして、それを受け継いできたのがあの家ではないか。
大っぴらには出来ないけれど、投げ出すことも出来ない……あるいは何か研究のため?
カエルの病気に効くような何かがあれば、テリエル嬢なら何としてでも護りたいだろう。
温泉が湧いているのだ。あの地底湖の水にも色々な成分が混ざっているに違いない。
それは余所者の神官に荒らされたくない充分な理由たり得る。
私が今までその事に全く気付いていなくて良かった。知っていたら宣誓を無事に終えられた気がしない。
もちろん、全て私の推測でしかない。
ファルは青い月の出る所にはタマハミが出ると言った。
それはもしかして私のことかもしれない。
青い月の夜に落ちてきた、異邦人。
同じように落ちてきた人達が居たとして、皆が皆馴染めただろうか。
追われ、虐げられ、追い詰められて、それでも生きることをやめられず、沸々と闇に染まっていった者がいないと言えるだろうか。
私が通訳出来るように、命を吸い取るような加護をもらった者が居なかっただろうか――
私は答えている。
青い月を見た、と。
彼が私に拘る理由は、それではないか。
私ひとりで済む問題なら、今すぐお屋敷を出てもいい。これ以上踏み込む前に。
でも、彼は多分、私だけでは満足しない。そういう性分だろう。
隠したい者と、暴きたい者。
何の為に。
せめて、それが分かれば……
分かろうとするなら、彼に近づかなければならない。それは出来ない。今のままでは――
神官のことを考えながら屋敷に入るのは躊躇われて、玄関のドアの前で暫く突っ立っていた。
妄想を交えて思考の深みに嵌まってしまうのは悪い癖だ。
けれども考えずにはいられなかった。
このまま安穏とこの屋敷に居着くのか。何も知らない振りをして?
好奇心は猫を殺すと言うけれど、私は知りたいと思ったら突っ込んでしまう方だ。
知ってほしくないと思っている恩ある人には迷惑をかけたくない。
これ以上知らなければ、何を言っても弟のように『妄想乙』と言われるだけですむ。
鐘が1つ聞こえてきた。
少し、現実が帰ってくる。
私はドアをゆっくりと開けた。
◇ ◆ ◇
アレッタが用意してくれたお昼を食べ終え、トレーごと配膳室に食器を戻す。
今回アレッタに教えてもらったのだ。
ずっとカエルにやってもらっていたから、どこに食器を戻すのかも知らなかった。
初めて見る顔の使用人さんとも数人顔を合わせて、軽く挨拶したりもした。
もう少しで1ヶ月近くになるというのに、まだまだ屋敷のことも知らないことの方が多い。
部屋に戻る前に私は執務室のドアをノックした。
ビヒトさんの声がしてからドアを開ける。
「すみません。お仕事中」
「お昼休憩中だから大丈夫よ? どうしたの?」
「温泉、開けてもらえないかと思って……」
自由に、とまではいかないけれど望めば鍵を開けてくれていた。
時間もあるし、ちょっと湯に沈みたい気分だったのだ。
「どうぞ」
ビヒトさんが少し笑って鍵を貸してくれる。
「ねぇ、帰ってきたとき聞きそびれたのだけれど、少し遅かったわよね? お店に顔を出してたの?」
「あー……いえ、帰る途中で孤児院の子に会いまして……絵本を読んであげたりしてたんです」
テリエル嬢はふぅんと碧の目を細めて、カップに口を付けた。
「孤児院……誕生会をするんですって?」
彼女は手振りで座るよう促し、ビヒトさんはもう1つカップにお茶を注いだ。
あう。説明しろということか。
そういえば昨日、説教は中途半端で終わってたっけ。
「ええっと、元はクロウが友達から手伝いを依頼された事なんです。春生まれの子供を祝ってあげたいと。子供達には内緒にして驚かせたいので、散歩に出している間に院内を飾り付けたりするのを手伝ってほしい、という訳で……いきなり行くのも何だから、パンを届けるついでに顔合わせしたいなーと……」
「それで、あれ。カエルも随分怒ってたけど……怒られたのよね?」
呆れた顔で、でも少し楽しそうだ。
「だって、カエルは孤児院に行きたくないでしょ? テリエルさんも行かせたくないですよね? 朝で人目もあるし、街まで下りるくらい子供でも1人で出来るじゃないですか。大丈夫だって証明したかったというか……」
テリエル嬢は子供のように言い訳する私をじっと見つめていた。
「……そうね。私は行かせたくないわ。でも、カエルは行くと言うかもしれない。ちゃんとその辺を確かめて欲しかったわね」
「そのことは……ごめんなさい」
「最も、それがどうして2人であんな時間に酔っ払って帰ってくることになったのか、の方が私は気になるのだけれど?」
彼女は半眼でちょっと片頬を膨らませた。
くっ。可愛い。
その顔は反則です。
「あー……分かってるのは、カエルがイライラを給仕にぶつけたと言うか……体を動かしていたかったって言ってたんで、多分。で、やってるうちに楽しくなったみたいで、結局最後まで……」
「それで、今日もユエの代わりに行くって言ったのね」
深く椅子にもたれ掛かり、彼女は長く息を吐いた。
「あ、それで口コミ……口伝えでだと思うんですけど、女性客が凄く増えてたんで、もしかしたらお見合い話とか来ちゃったりするかもです」
一瞬驚いた顔をしたが、彼女はすぐに微笑んだ。
「来ても、断るわ」
今度は私が驚く。
「え。会いもせずに?」
もったいない! よりどりみどりなのに!
「欲しいなら自分で見つけるでしょ。そういう子よ。それに……私、今のところユエ以外の娘は考えてないもの」
「……へ?」
思ってもいない名前が聞こえた気がして、私は間抜けな声を上げた。
「カエルと手を繋いで帰ってきたでしょう? 彼がそんなことするなんて!」
胸の前で組まれた手といい、きらきらした目といい、子供の淡い恋心を楽しむ親そのものだ。
「あれは――繋いだと言うよりは私が離さなかったというだけで……ひとりで怒られたくなかったから……」
もごもごと反論してみたが、我関せずという感じだ。
「嫌なら触らせてくれないわ。私が身をもって知っている事よ」
彼女は嬉しそうに微笑む。
夜中に涙声で名を呼ぶよう告げていた彼女はどこにいるのだろう。
私はそのギャップが不思議だった。
「カエルがこんなに早く村に馴染めたのも、ユエのお陰だと思ってるのよ? 臨時とはいえ、自分から不特定多数が集まる酒場なんかで働くと言うなんて……考えられない」
彼女はうっとりと目を閉じる。
「私は……何も……怒られてばかりだし?」
「そこがよかったのかも? うちはペットの類いは飼ったことなかったし」
ペットと同レベルだった?!
やっぱり珍獣系なの?!
くすくすとこちらを見透かしたように彼女は笑う。
「情は大事よ? ねぇ、本当にカエルに嫁がない?」
「それは、本人が決めることだって、今テリエルさんも言ったじゃないですか」
「カエルがその気になればいいのね?」
「そういう訳じゃ……」
ぼんやりしてると本気で押し切られそうだ。
「……なんてね。今のカエルを見たら結婚に興味がないのは丸わかりですもの。じっくり行くわ」
茶目っ気たっぷりにウィンクして、彼女はお茶のおかわりを要求した。
私は肩透かしを食らった気分だ。
からかわれただけ?!
「勘違いしないで? カエルに一番近い女性は紛れもなく貴女よ。急がないってだけだから。じっくりカエルを好きになってね?」
こちらに有無を言わせず、もう話は終わったとばかりに仕事の書類と向き合う彼女。
私はどうすればいいのか分からず、ビヒトさんに目で助けを求めたが、彼もまた穏やかに微笑むだけだった。
仕方なくそのまま執務室を出て一旦部屋に戻り、お風呂セットを纏めると当初の予定通り温泉に向かった。
ひとりなので全裸でかけ湯をしてからざっと体を洗ってしまう。
孤児院でも見かけた緑色の石鹸で、泡立ちは良くないが、これ1つで髪も身体も洗濯も、歯磨きまで出来てしまう優れものである。
味は不味いけどね。
寒いので沐浴着を着込んで1度お湯に浸かる。
文字通り頭まで。
ごちゃごちゃと考え込んでいたことがお湯に溶けて流れるまで、私はそうしていた。
まぁいいか、という結論になかなか達せなくて溺れかけたのは秘密だ。
のぼせかけたので頭を洗ってしまう。
石鹸で洗髪するとごわごわになってしまうので、うろ覚えのリンスを試してみていた。
レモン半分を洗面器のお湯に絞り入れて、オリーブオイルと蜂蜜を少量混ぜる。
髪の毛全体を浸してから濯ぐだけ。
上手い配合になるまでに何度か失敗してるけど、今では結構良い感じに仕上がるようになった。
そのうち香油系も試してみたい。
頭にタオルを乗せ、両肘を岩の上に上げ、手の上に顎をのせる。
鐘楼に光が反射しているのが見えた。
身体は浮力に任せてお湯の中に浮かせておく。
まさに今の私の状態だなぁ。
ふらふらと流されそうなのに、一部はしがみついている。
結局、今の暮らしを無くしたくないんだな。楽だし。
自分の嫌な面を自覚して、片方だけ口角が上がった。
いいだけ温泉を堪能した後は、部屋でちくちくと裁縫をしていた。
貰ってきた端布でコサージュを作るのだ。
半分に折り、細長くしてぐし縫いしたものをくるくると丸めていくだけのものや、ギザギザに切ってから縫って丸めたもの、単純だが飾りには充分な出来だ。
いろんな素材で作ったのでどれも印象が違う。
子供達は喜んでくれるだろうか。
男の子は毟りそうだな。
生花も手に入れられればいいんだけど……サーヤさんか、アルデアが詳しいかな?
無心に針を動かしていたら、とりあえず目の前のやることを片付けてしまおうと思えるようになった。
我ながら単純だが仕方が無い。
不確定要素ばかりで想像しては駄目だったのだ。
気楽に行こう。きっと、その方が上手く転がる。





