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蒼き月夜に来たる  作者: ながる
落ちた先
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11.カエルの事情

 悔しいことに、久々に夢も見ず眠った後はすっきりと目が覚めた。

 体調は凄く良いのに納得いかない気分が広がっていく。

 寝返りを打つと、ほの暗い灯りの中にカエルが立っていて、こちらを振り返った。


「起きたのか? まだ、気分悪いか?」


 私のしかめっ面を見て、カエルが心配そうに小声で聞く。


「気分が良すぎて、気分が悪い」


 ぼそりと答えると、きょとんとした後にカエルは苦笑した。


「あぁ、ちょっとわかる。熱は下がったか?」


 自分で首筋や額を触ってみるが、イマイチよくわからない。下がってるとは思うけど。


「自分じゃわかんないや。カエル触ってみて」


 ひょい、と体を起こしてカエルの方に身を乗り出すと、顔を強張らせて一歩引かれた。

 がたりと椅子が音を立てる。


「カエル?」

「……今、お嬢呼んでくるから」


 わざとらしく目を逸らされて、急ぎ足で部屋を出ていく。

 何か悪いことを言っただろうか。あー、触って、とかダメだったかな? 初心いなぁ。

 すぐにテリエル嬢とビヒトさんが来てくれたが、カエルは戻って来なかった。


「よかった。熱は下がってるわね」


 体温計を確認しながら、彼女はセリフとは裏腹に渋い顔をしている。

 皆思う所が同じなのだなぁと、ちょっと可笑しくなった。


「なんか、普通の治療ではどうにもならない感じでしたよ? むしろごたごたを持ち込んでごめんなさい」

「いいのよ。宣誓の時、うちのこと聞かれたんじゃない? 上手く答えてくれたみたいでお礼を言うわ」


 上手くというか、私は本当に何も知らない。


「あなたにあいつからプレゼントがあるのだけれど、おかしな所がないか全力で調べてるから、あるということだけ覚えておいて」

「プレゼント?」

「随分と気に入られたみたいね? ご愁傷様」


 深く息を吐いて、彼女は蟀谷を押さえた。

 気に入られた? あれはそんなんじゃないような……


「暇潰しとか、嫌がらせとか言ってたので、その一環じゃないですかねぇ」


 私も溜息を吐く。


「嫌がらせ? あぁ、ちょっと納得がいくわ」

「カエルの様子も、ちょっとおかしくなかったですか? 熱を測ってもらおうと思ったら拒否されちゃいました」


 ぱちぱちと、碧の瞳が瞬く。


「……そう。きっと、ちょっと、当てられたのかも」

「毒気が強いですもんね。あの、腹黒エロ神官」

「はら……」


 ぷっと噴き出して、ころころと笑い出す。


「腹立たしいけど、ユエが治って良かったわ。ちゃんとご飯が食べられるようになるまでもうちょっと大人しくしていてね」


 よほどツボに入ったのか、しばらく笑ってから目尻の涙を拭き拭き彼女は言った。

 残り物のスープを少し貰って、机の上の本を1冊ベッドに持ち込んでみたが、少し読んだところでまたうとうとしてきた。あんなに寝たのに、まだ寝足りないらしい。

 私は体の欲求に従い、大人しく布団に潜り込む。早く元気にならねば。


 ◇ ◆ ◇


 1刻の鐘の音でぱっちりと目が覚めた。久々に爽快な朝だ。

 今日はベッドから出ると怒られそうなので、ずっと気になってた作務衣風の衣装を探して着替える。


 楽! 超楽! 寝相も気にしなくていいよ!


 作務衣は無地の物と、大柄の花柄と、空色で袖口と襟元と裾に刺繍の入ったものの三種類用意されていた。ロレットさん素敵だよ!

 上機嫌でベッドに戻って半身を起こし、昨日の本の続きを開く。

 いかにも女性向けのロマンチックな恋愛物で、私にはちょっと甘すぎるけど、これをカエルがチョイスしたのだと思うとなんだか可笑しい。

 そもそも、彼はこれを読んだのだろうか?

 にやにやしながら読み進めていると、テリエル嬢がやってきて手早く血を抜かれた。


「何読んでるの?」


 再び本を手にすると、ひょいと覗かれた。


「ああ、これ! ちょっと前に帝国で流行っていたのよ。面白い?」

「私にはちょっと甘いです」

「そうなの? やっぱりユエってお子様なんじゃない?」

「頑張って受けた宣誓を疑わないでください」


 ぶーたれると、笑われた。

 そのうちカエルが朝ご飯を持ってきてくれた。


「起きてて大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。すっかり元気だから。走ったりはできなそうだけどー」


 そのまま膝の上にトレーごと乗せられる。薄い粥のような物が乗っていた。


「食べさせてやろうか?」

「そこまで弱ってないよ」


 昨夜の動揺が嘘のようにそんなことを口にする。もう立ち直ったんだろうか。


「それより、これ、カエルも読んだ?」


 枕元の本を指さすと、カエルはそれを取り上げぱらぱらと捲った。


「あぁ……いや、読んではいない。お嬢がこういうのも読みなさいって取り寄せたんじゃなかったかな……無理だろ」


 げんなりとした様子で吐き捨てるので、思わず噴き出した。粥がまだ入ってなくてよかった。


「無理ですか」

「面白いか?」

「私にもちょっと甘すぎるよ。冒険譚とかの方が好きかな」


 カエルはちょっとほっとした顔をした。


「じゃあ、そういうの探しておく」


 枕元に戻される恋愛物を目で追っていて、ふと思い出す。


「あ……そうだ。子供用の、文字の練習用の本とかないかな」

「文字の?」


 カエルが訝しげな顔をする。


「宣誓の時、自分の名前が書けなくて冷やっとしたから」


 とたんに訝しげな顔がしかめっ面になった。


「あの時か。何か変だとは思ってたが……書けないのか? 読めるのに?」

「読むのはルビみたいなのが見えるんだよ。上の方に私の知ってる文字で。名前くらい書けるようにならないと、また困るかと思って」

「……わかった。探してみる」


 そのまま、カエルは出て行った。

 あれかな。カエルはちょっと潔癖症入ってる? 絶対後ろから抱え込まれるようにされたとこ思い出してたよね。

 ミルク粥のようなそれを半分ほど流し込んで、もう少し食べようか悩んでるところにカエルは戻ってきた。


「無理すんな。腹が減ったらまた言え」


 トレーごと取り上げられて、代わりに小さな黒板のような物を乗せられる。チョークと、布きれも。


「文字盤みたいなのが見つからなかったから、これ置いてきたら俺が教えてやる」

「カエルは忙しくないの?」

「俺もお嬢に組手禁止令出されて、大人しくしてろって言われてる」

「え!? 調子悪いの?!」

「悪くない。大丈夫だ。ユエが寝込んでるから、神経質になってるんだ」

「あ……えーと、ごめんね?」

「別に、お前は悪くない」


 ぶっきら棒に言って、カエルは顔を顰めた。


 戻ってきたカエルは黒板に私の名前を書いてくれた。

 直線の多いその文字は何かの記号の様だったけど、ローマ字のように母音と子音からできているようで、頑張れば覚えられそうではあった。

 カエルの字の下に見真似で書き付けていく。その間にカエルは一覧表を作ってくれていた。分かりやすく色分けされた力作だった。


「カエル、合ってる?」


 1度すべてを消してから、もう1度自分の名前を書いた黒板をカエルに向ける。


「問題ない」

「よし! じゃ、次カエルの名前書いて」


 自分の名前を消して、ずずいと黒板をカエルに押し付ける。

 呆れた顔をしながらも、黙ってカエルは書いてくれた。今度は母音がない所もあった。


「か・え・る・れ・う・む」


 何度か口に出しながら練習していると、嫌な顔をしてカエルが振り返る。


「黙って練習しろ」

「えー。音に出したほうが覚えやすいんだよー」


 はふっと小さく息を吐いたのを耳聡く聞きつけたカエルは、私から黒板を取り上げた。


「ちょっと休め。俺も出てくから」


 黒板を机の上に乗せて、体の向きを変える。


「え。やだ。もうちょっと居てよ」


 1週間も寝込んでいて、人恋しくなっていた私は思わず彼の袖口を掴んで引っ張った。

 とたん、もの凄い勢いで振り払われて思わずのけ反る。

 おう。

 カエルははっとしてから、しまったという顔になる。

 ひとつ息を吐いて、私は気になっていたことを口にした。


「ごめんね。腹黒エロ神官にべたべた触られた私には触れられたくない?」

「はら……え? ……」


 何か衝撃だったようで、後半は聞こえなかったらしい。


神官サマ(他人)に気安く触らせる人間に触れたくない? 思わず掴んじゃってごめんね」

「そ……ちが……」


 視線をあちこちに彷徨わせた後、天井に長い息を吐き出して、カエルはベッドの縁に腰掛けた。


「そうじゃない。そんなんじゃない」


 何度か話し出そうと息を吸い込んではただ吐き出して、ようやく床を見つめながら、ぽつぽつと話し出す。


「昔から寝込んでばかりだったから他人(ひと)と交流がない生活が長くて……。お嬢と会うまではホントに……だから誰かに触るのも触られるのも慣れてないんだ。おまけに、小さい頃手の中で小鳥を死なせちまったことがあって……あの日、馬車の中でだんだん力が抜けてくお前を抱えていたから、怖くなったというか……」

「え? カエルが馬車の中で私を抱えてたの?」

「覚えてないのか」

「う、うん。全然。え、えーと、ごめんね。話し難いこと話させちゃって……でも、もう全然大丈夫だから!」


 こちらを向いたカエルの顔にはまだ迷いが見えた。なんの迷いだろう?


「急に触らないように気を付けるね。腹黒エロ神官みたいだと思われたくないし」

「はらぐ……」


 ふっと堪え切れない様にカエルが笑った。

 あ、あれ? カエルが笑ったの、もしかして初めて? にやり、とか苦笑じゃなくて。

 少し、彼の雰囲気が軽くなった。


「お嬢にも少し慣れるようには言われてるんだ。でも、そう簡単に割り切れない」


 まぁ、そうだよね。トラウマ付きなら尚更だ。


「無理しなくていいんじゃない? 事情が分かれば協力するよ。ハイタッチくらいならどうだ」


 片手を上げてみる。

 彼は動かない。


「じゃー、グータッチ」


 グーを作って手を伸ばす。

 彼は苦笑して、そろそろとグーで触れてくれた。

 私はにっかりと笑ってやる。


「あ、これ、ビヒトさんと組手するときするやつにちょっと似てるね。始めと、終わりにするやつ」


 1度しか見てないが、妙に鮮明に覚えている。

 ビヒトさん、カッコイイ。

 目を閉じて思い出して、ちょっとにやけてしまう。


「……そのまま寝ろ。昼にはまた来るから」


 えー。と抗議したが、寝込み歴の長いカエルには効かないようだった。

 渋々布団に潜り込むと、眠れないと思っていたのに、すぐにうとうとし始める。表情も体調も皆に読まれまくりで釈然としない気分は、すぐに夢に紛れてしまった。

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