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本能なんだ

 辿り着いたの豪邸。

 村から離れてしばらくのことだった。

 一歩進む度に自分が、村の人たちがされた事を思い出している。

 歪む顔は誤魔化せなかった。


「ダーリン辛そう。あっのキモ豚、ぜってー殺す」


 手のひらに拳をぶつけイーネは眼を見開いた。

 声音は強く、これこそが悪魔の本来の顔だと思う。


「ごめん。ついイーネやっちゃった。怖いよね?」


「いや、全然怖くないぞ。別に俺の前では普段通りで良いから」


「えへ、えへへ。げへへへへへ」


 蕩けるような笑顔はイーネによく似合っている。

 ちょっとおじさんっぽいけど、それまた良しだ。


「フィールズ・フォン・バステン。この村を治める貴族のお偉いさんだよ。戦火の最中で敵の将を殺した時から、地位を確保してそのまま。私腹を肥やして、思うままって感じの人だ」


 何故俺の家が燃やされたのか。

 それは俺の仲裁が気に入らなかったのだろう。

 村人を苦しめるなと、説教みたくなったからか、バステンの仕返しはあっという間だった。


「ふーん。じゃあ、早速やっちゃおうか」


 白の豪邸を目の前にイーネはパキパキと関節を鳴らした。

 一歩進むと、足からは青の炎が地を焦がしている。

 それは地獄の業火。


「待ってくれ。今回は俺にやらせて欲しい。これは、俺がつけないといけないケジメだ」


「やだ、ダーリン超かっこいい。分かった。バスなんとかの相手は任せるね」

 

 屋敷にそのまま二人で入っていくと、防犯の為かルーン魔法が発動する。

 魔法については正直知らないが、別に覚える必要もない。

 俺たちを捕らえようと、光の檻が包み始めた。


「天地創造」


 移動しながらイーネに教えてもらった、呪文とやらを唱えてみる。

 思うままなら、この檻だって壊せるはずだ。

 刹那、その檻はもはや何の役にも立たなくなった。

 それは間違いなく俺の力だった。


「何事じゃ! ……貴様は、ふふ。仕返しにでも来たか? 女一人連れて?」


 どんな敵かと見に来たら俺だったので、バステンは嘲笑う。


「檻はどうやって、ぶッ!」


 空気の塊が、俺の想像通りに飛んでいく。

 岩でもぶつけられかのように、それはそれは綺麗に吹き飛ばされてくれた。


「何が、どうなって」


「燃えろ」


 状況把握に努めるバステンを尻目に、俺は天地創造で家を燃やし始める。

 その炎は赤い炎ではなく、悪魔の炎である青だった。


「おー、ダーリンそれ扱うの上手いねえ。イーネちゃんの出番は無いかな」


「家が、誰ぞ。誰ぞこいつらを止めてくれ!」


「「バステン様!」」


 ぞろぞろと取り巻きの雇われ兵士が家から飛び出してきた。

 きっと揃って中で酒でも呑んでいたんだろう。

 酒気を帯びた赤い顔で、慌てている。


「虫が」


「え?」


「虫が一丁前に喋ってんじゃねえ!」


 イーネががなりたて、今度は雷が丁寧に兵士の頭を撃ち抜いていく。


「ダーリンが誰も殺すなって言ったから殺さないけど、次調子こいってとマジ殺すぞ」


「ひ、ひいいい」


 脱兎の如く、兵士はその圧倒的な威圧の前に逃げ去った。


「分かるか、これが俺たちのやられたことだ。今燃えてるお前の家はどうだ? 悲しくないか? 辛くないか?」


 俺は腰が抜けて立てないバステンを睨みつけ、そう言った。


「三秒やる。村のみんなに謝って、二度とこういう事をしないなら俺もこの家を燃やすのを止める」


 三、二、一。


「分かった。謝る、何でもするからこれ以上は」


 あーダメだ。

 抑えらない。

 悪魔と俺にそう大差はないんだろう。

 その弱々しい声に、興奮してきた。


「本当に止める、と思っているのか。俺の村はお前の仕置きとやらで何人死んだと思ってるんだ? 慈悲はない、この家は全部燃やす」


 その台詞と共に火力を増す。

 青の炎はやがて豪邸全てを消し去った。

 我ながら本当に慈悲もないな。


「私の二億かけた、豪邸が」


 項垂れるバステンを俺は無理矢理立たせた。


「おい、今から村へ行くぞ。貴族に謝罪が何かってことを身体で教えてやる」


 元々、俺は悪魔に魅入られる資質があった。

 いわゆる鬼畜ではある。

 自覚はあったが、ここまでとは思わなかった。

 悪魔と契約したからか、制御していたタカが外れたのか。


「ダーリン、マジ最高すぎて涎出るわ」


 俺はバステンをずるずると引きずりながら、村へと帰って行った。





「私が悪かったです」


「声が小さいんだよ。この雄豚が!」


 調教、それは地獄の調教だった。

 バステンの息も徐々に荒くなっている気がする。


「ひぃ、ごめんなさい。ご主人様、本当にごめんなさい」


「お前のご主人様なんて、断固拒否に決まってるだろうが。家燃やされて、こんな風にみんなに土下座してるお前は本当に無様だなぁ」


「私が無様です。ごめんなさい、ご主人様」


「だから、それ止めろや! あァ?」


 誰か俺を止めてくれ。

 だが、これは理性じゃない。

 これこそが俺の本能なんだと、心が叫んでいる。


「アルフ、アルフどうして」


 親父の声が、震えていた。

 ごめん。

 これが俺の本当の姿らしいんだ。


「ほら、次行くぞ。豚野郎が!」


「ブヒィ!!」


 開花してしまったのか、俺は。

 こんな花の開き方なんて、誰が想像出来ようか。

 隣のイーネの顔を見ると、それは満足そうに笑っていた。


「ダーリンって調教師だったんだ」


「……イーネも調教してやろうか。じゃない! どうしたんだ俺は。本能の濁流に逆らえない」


 首輪をつけたバステンを引っ張りながら、俺は理性と本能で揺らいでいた。

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