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悪魔の契約

「そんな、家が……! やめろ、やめろよ!」


「黙れ。この痴れ者」


 眼前で、絶望が起きていた。

 俺の、俺たちの家が燃やされている。

 なんて惨状だ。

 パチパチと音を出し、焼き焦げる家。

 黒煙と酷い臭いが周囲に撒き散らされる。

 あぁ、目の前で起きてるこれが、これが世界の選択だというのか。

 地位が低いものは、地位が高い者には絶対勝てない。

 逆らえば死に、逆らわずとも死ぬ。


「ふ、ふは、ふはははは! 木のボロ家は良く燃えるなぁ」


「待て、どこへ行く! 待て、アルフ!」


「あの家に、家には大事な物があるんだ。死んだお袋の、形見が」


 走る。

 燃え盛る家に近付いて、俺は涙を流した。

 俺と親父と、お袋の家が、無くなったのだ。

 貧しいが、楽しく生活していた。

 狩りをして、命に感謝して、村の力仕事を笑顔で手伝って、精一杯生きてきた。


「くぅ、あ、熱い! でも、あそこには、思い出が」


「やめなさい、アルフ! 誰か手伝ってくれ、このままじゃアルフが。アルフが死んでしまう。誰か助けてくれえええええ」


 父の叫びが、聞こえてきた。

 誰も助けてはくれない。

 誰も見ようともしてくれない。


「ひーっ、はっはは! 愉快よな、実に滑稽である」






「力が、欲しい?」


 踏み込むことも出来ず、燃え尽きる家の前で、ただ膝を折る俺に、もしも力があれば。


 ——欲しい。


 誰にも、この世界の誰にも見下されないような力が欲しい。


「なら契約ね。対価として何を出す?」


 こんなのあまりのショックで脳がおかしくなってるだけ。

 分かってる。

 世界はそんなに甘くないし、これも全部俺の妄想だ。

 現実を直視すれば、きっと精神的におかしくなってしまうから。

 だから、こうして逃げるんだ。

 だけど、だけど——。

 もし叶えてくれるなら、何を対価にしたって構わない。

 決まってる、救ってくれるなら。


「この、命を差し出します」


 誰にも罵られず、誰にも笑われずに生きていけるなら。

 この命なんて惜しくない。


「もー最高じゃない。……じゃなかった、承知した」


 急激に熱くなる両目。

 まるで直接目が火に炙られているみたいで、俺は叫んだ。

 揺らぐ世界に、俺は目眩が止まらない。


「あ、あああああああ! 目が、目が痛い。助けて、助け……」


 ぱたり、まるで痛みからシャットダウンするように、脳は意識を切り取った。





「アルフ、目が覚めたか?」


 あれは、夢か。

 親父この声で、目を覚ました。

 ——ッ!

 あまりの激痛に、俺は現実へ引き戻される。

 目を開こうとすると、痛くて開くどころか眼球すら動かせない。


「無理に目を開けてはならぬぞよ。落ち着けアルフ」


 この声は、村長?


「あの成り上り貴族から、救ってやれんですまなんだな。辛かったじゃろうに。とりあえず、包帯を取って光に慣れさせねば。幸い眼球に傷はなかったはず。眠りっぱなしで、筋肉が固まっておるだけじゃ」


 シュルリと音がした。

 頭をぐるぐる巻きにしていた包帯が取り外される。


『もう痛くないから、上を向いて』


 誰の声だろう。

 俺は言われるままに、上を向く。


『目を開いて』


 それは可愛らしい高い声で、確かに聞いたことがあるような……。


「は?」


 痛みは一瞬だけで、俺の視界には村長の家の天井が見えた。

 どうにか視力を失っていないことに一安心していた、はずだった。


「やっほやっほー! もう契約してからずっと会いたかったよー。ダーリン!」


 どうして、いやどうやって俺の上に女の子がダイブしてきてるんだ。

 一瞬だけ目が合う。

 つり目だけど、美しい緑の瞳だ。

 じゃなくて、


「えええええ!」





「こんにちはー。アルフ君の命貰いました。悪魔の中の大悪魔。神とか余裕でワンパン。超最強美少女のイーネちゃんです」


 舌をペロリと出して、こめかみをコツンと拳で抑える。

 全身黒に統一されたフリフリのドレスを身につけて、銀の髪の悪魔は笑っていた。


「い、イーネ! かつて、神を屠りまくって天界からどうにかこうにかされて、永劫の追い出しをくらった。あの、イーネ? そ、そ、村長。息子が、息子……あ」


 イーネ、俺もその名前を聞いた記憶があった。

 悪魔の中でも、力を奪い取る力があると聞いた気がする。

 神々のいる天界に単身で乗り込んで、主神の天地創造(クリエート)と言われる力を奪ったとか。

 それにしても、可愛らしいのは可愛らしい。

 大悪魔というより、小悪魔と言うべきだろう。

 どう考えても、眼前の女の子が大悪魔なんて本当とは思えない。


「アルバート! おのれえええ、アルフは絶対に渡さん。あ、あ、睨まないで欲しい、です」


 ぶくぶくと泡吹く親父と、今にも失禁してしまいそうな村長を横目にイーネと名乗る悪魔を俺は穴が開くほどに見つめた。


「や・だ! ダーリン、そんなに見つめないで!」


 ダーリンとはこれいかに。

 まだ状況を飲み込めてない俺に、まくし立てるようにイーネは言葉を紡ぐ。


「力が欲しい? って聞いたでしょ。一目見て気に入っちゃったの。何か必死で、超可愛いし。でね、対価を要求したら自分の命って言ったじゃない? あ、この人が運命の相手なんだなって」


「は、あ?」


「だから、貰うわ。その全てを。いずれは世界を統べる王になってね。ダーリン!」


 ぺろりと舌なめずりして、濡れた瞳で俺にしなだれかかる。

 何だか、いい匂いだ。

 甘いケーキのような香り、いやケーキとか高い嗜好品は買ったことないけど。


「で、あの成り上りゴブリンもどきを、まずはぶっ殺しましょうか。パパ上と私とダーリンの家を燃やすなんて信じらんない。キモーい」


 銀の髪をファサっと搔き上げて、イーネは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 間違いない。

 この女の子は、疑いようのない悪魔だった。


「……パパ上、パパ上と呼ばれるのは良い。クイハが聞いたら喜んだだろうに」


 親父復活するの早過ぎだろ、おい。

 どんだけ娘が欲しかったんだよ。


 クイハとは死んだ母の名前だ。

 俺が十二歳、即ち五年前の話である。

 死因は魔物討伐の際に、討伐隊の攻撃に運悪く当たってしまい、巻き込まれた。

 村に帰ってきた時には原型は留めてなかったし、もう無茶苦茶だったらしい。

 当然討伐隊から謝罪などは一切なし、強いて言うなら木の実は貰ったか。


『勇者様の礎になられて、良かったな』


 そう言われたのを覚えている。

 そんな中で姿すら見せなかった当人の勇者や魔導師など、その一切を信用しなくなったのは、当然といえば当然であった。


 悔しさからか親父はその日、ずっと泣いていた。

 泣いたのを見たのは、後にも先にもその一回だけだ。

 初めて理不尽さを知った日だったな。


「そっか。考えたら私のママにもなるのよね。じゃあ、ママ上生き返らせる?」


 何て話だ。

 とてもじゃないが、信じられない。

 どんな大魔法使いでも、勇者であろうと、森の賢者であろうとそれは禁忌。

 いや、方法すらないのだから、それは不可能だろう。


「ダーリン信じてないの? かっわいいよう。ダーリンのその顔可愛いよう」


 死をからかうのは好きじゃない。

 悲しいかな、俺は現実を知っているつもりだ。

 すると、イーネは目を瞑って文言を唱え始めた。


「悪行、転身、真の術。この悪魔の元に馳せ参じや。前方カウリー、右方シンリー、左方テイリー、後方バンリー。権限によって、死門を開け。クイハよ、死門を通りて生き返れ」


 人外の力が村長の家を軋ませる。

 伸びた俺の前髪も、その力によって吹き飛びそうになった。

 こんな力、今までに感じたことがない。

 脳髄まで染み渡るような興奮が、体を流れる。


「あ、ら? あらあら?」


 光から現れるのは、かつて見た面影。

 死んだ人間は、生き返らない。


 なのに、どうしてこんなにも、涙が止まらないんだろう。


「お袋! お袋!」


「クイハ、クイハなのか?」


「い、生き返った、じゃとおおおお?」


 俺は以前と何も変わらない母の姿を見て、思わず飛びついた。

 人の温かさ、体温を確かに感じる。


「アルフ、アルバートなのね。もう一度会えるなんて、夢にも、思わなかった」


 抱き合いながら、お袋も涙を流していた。

 今、俺は奇跡を目撃したのだ。


「やったあ、イーネちゃん天才すぎじゃない? わわ、ダーリン?」


 もう条件反射並みの素早さでイーネに抱きつく。

 イーネは少し驚いていたが、笑ってくれていた。


「イーネ、本当にありがとう。何とお礼を言ったら良いのか。もう、とにかく本当にありがとう!」


 悪魔が何だ。

 このイーネは俺にとっては天使以外の何者でもないか。

 ああ、命を賭けて良かった。


「じゃあ、もう殺してくれ!」


 思い残すことは何もない。

 今契約に従って、命を譲り渡そう。


「ちょっと、ダーリンそうじゃないからね! 潔すぎる、でもそんな所も大好き!」


 イーネは顔を赤らめながら、命はとらないと説明してくれた。

 だから決めた、俺は残りの生を全てこのイーネの為に生きると。

 それは強い誓いだった。


「クイハ、あれがアルフの嫁で私たちの娘だよ」


「生き返らせてくれた上に、アルフと結婚してくれるの? もうイーネちゃんも家族よ、こっちにいらっしゃい」


「わーい、ママ上大好き!」


 イーネは本当に嬉しそうに、お袋に抱きついていた。






「じゃあ、イーネちゃんとダーリンで世界滅ぼしてくるね? 何か権力とか勇者とか超ダサいって感じだし。弱者を虐げる感じ、調子乗ってるなって」


 イーネは嗜虐的な笑みを浮かべながら、握り拳を作って怨嗟の呪詛を撒いていた。

 笑うのは簡単だが、どうやら本気らしい。


「それに、ダーリンには私から世界最強の能力をあげたから。今ならダーリンが爆発しろって念じるだけで、人なんて木っ端微塵だし。ねぇ、天地創造(クリエート)って知ってる?」


 ……天地創造。

 それは神から奪った世界に二つとない力だった。

 その名の通り、思うことは全てそのようになる。

 例えば、焼けた家を戻すなんて息をするのと何ら変わらない。

 いや、実際は手に余るスキルである。

 思うことが全て出来るなんて、怖いどころじゃないだろう。

 これがイーネから与えられたスキルだった。


「待てぬしら、さっきからいったい何を……。はい、睨まないで下さい。すごい怖いんですから。あのイーネさん……」


 止めようと声をかける村長に、イーネは鋭い瞳で村長を睨みつけ、ドスの効いた声でこう言った。


「村長だっけ? ダーリンとパパ上を無視した罪は重いから。絶対に許さない」


 イーネの性格は変わっていた。

 俺にとっては悪魔というより、善の塊に思える。

 生粋の善性とは言えないが、弱者に対しての保護欲というか、とかく強者に対しては厳しい。


「ひぇ、っ」


「落ち着いてくれ、イーネ。村長たちも手出しすると後で酷い罰を受けるんだ。だから、仕方ないんだよ」


 俺はどうにかイーネを落ち着けようと、肩に手を置いて宥めた。

 このままなら、本当に村長は焼き殺されてしまう。

 手から青い炎が発火してるし、何より形相が恐ろしい事になっている。


「村長、次はないから。……じゃあダーリン行こっか。ダーリンの家を焼いた豚の所に」


 イーネの瞳には、憤怒に揺らめく紅蓮の炎が宿っていた。


「世界はダーリンの思うまま。さぁ、どうする?」


 それは甘言である。

 誘惑である。

 だが、俺は力があればどうするかなんて最初から決まっていた。


「この世界を変えてやる。力のない者を嘲笑して、軽く扱い、家畜のように使う。俺はそれが許せない」


 弱きを助け、強きを挫く。

 それが理不尽なこの世界に対しての、最大の復讐になるはずだから。

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