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玉造駅・信号故障

車での移動で誉志が運転し、助手席に梦が座り、後部座席に御堂と今里だ。


この並びになるのにも梦から物言いがついたが、誉志の睨みで黙った。


「あら?ねねさんだ」


<お電話が遅くなり申し訳ありませんわ。すでにご存じと思いますが報告をしますわ>


「これはこれはお気遣いいただきありがとうございます」


<スピーカーにしてくださるかしら?谷町さんもいらっしゃるのでしょう?>


「ちょっと待ってください。今里ちゃん、スピーカーってどうするの?」


「これを押します」


「へぇ便利だね。これで聞こえるんだね」


<そうですわね>


「わっ」


「所長、携帯を耳に当てなくても会話が出来ます」


ここでもメカ音痴をしっかりと発揮した。


<このたびは谷町さんにご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした>


「いえ」


<あのあとで弁護士を交えて話をしました。わたくしへの慰謝料の支払いはもちろんですが、今回の警察にお世話になったことで被害者となられた女性への慰謝料も発生し高額になると申し上げました>


「今里ちゃんに慰謝料?」


<木瓜さんは弁護士を用意できなかったので妥当かどうかは判断できませんわ>


「それでいくらほど?」


<千万円かしら?今回だけではなく、谷町さんの前職のときからのことですもの。退職を余儀なくされるほどの被害を受けたのだから妥当だと思いますわ>


ある意味での口止めも含んでいるのだろう。


相場よりも多い。


<それと支払いは一括でわたくしがいたしますが、木瓜さんにはグループ会社が持つ金融機関で借金をしていただきますわ>


「最初からそれが狙いでしたね」


<わたくしへの婚約破棄の慰謝料で借金を背負っていただき、身請けとして結婚をするつもりでしたの。まさかストーカー行為へ発展するとは思いませんでしたわ>


「そうでしょうか」


<何のことですの?>


ねねの声が低くなった。


スピーカーだから会話は全部聞こえている。


ショッピングモールに近づいていたが予定を変更して車を走らせたままにする。


「知っていたのではありませんか?」


<だから何のことですの?>


「村椿氏が婚約破棄をすると両親に報告したあとの流れです」


<それは村椿のご両親があんなにも非常識なことを仰る方だとは思っておりませんでしたのよ。そう申し上げたはずだわ>


「いいえ、村椿氏の言動を一言一句違えることなく予想できる貴女のことです。ご両親のことも台本が終わったあとのことも手に取るように分かっていたはずです」


<もし、そうだとしても何かわたくしの罪になりますかしら?>


あの脱出劇は仕組まれたものだったかもしれない。


所長たちが何か手を打っていなければ本当に捕まっていたかもしれない。


その恐怖が襲ってきた。


「法律的なことでは罪にならないでしょう。しかし貴女は自分のために今里ちゃんを利用した。違いますか?」


<利用しましたわ。木瓜さんと結婚するために台本の通りのお芝居をお願いしましたもの>


「そうきますか」


<すっかり悪者にされていますわね、わたくし>


「悪者でしょう。阪城グループの力を使えば村椿氏ひとりを抱え込むくらい簡単なこと。それを野放しにして犯罪まで起きた。これでも違いますか?」


<確かにグループの力を使えば簡単ですわ。でもわたくしは後継者ですらありません。権力を行使するためには、お祖父様かお父様にお願いしなければなりませんわ>


「それでも村椿氏を婿にすることに賛成していたのなら喜んで力を貸してくれたはずですよ」


すぐに返答をしていたねねが黙った。


それを好機と捉えた御堂は推理した内容を話す。


「貴女は本当に村椿氏を愛していたのでしょう。いつかは結婚するのだから結婚前の火遊びくらい容認した。ただ付き合うだけ、体の関係もあったでしょうが誰かが妊娠することはなかった」


<・・・・・・聞きましょう>


「いつも手酷く振られるから村椿氏を愛せるのは自分しかいない。そんな歪んだ優越感に浸っていた」


<優越感も何も結婚するのは、わたくしですわよ>


「そう、それが崩れたのが今里ちゃんの登場です」


「私?」


「村椿氏は彼氏彼女の関係を飛ばして結婚するということを宣言した。ここに今里ちゃんの意思は関係ありません。あくまで村椿氏が結婚すると言ったことが問題だった」


「でも断ったわ」


「うん今里ちゃんはずっと断り拒否してきた。でも村椿氏は諦めなかった。そのせいで今まで結婚するのは自分だと思ってきた。それを支えに耐えてきたことが根底から崩れそうになった」


<確かに木瓜さんが結婚をしたい女性がいると言われたのは驚きましたわ>


「驚いただけではなく貴女は嫉妬もしたはずです。婚約したことを忘れて他の女性との恋を望む。それだけでなく、結婚まで別の女性としようとする。ずっと村椿氏を愛してきた貴女には信じられない裏切りだった」


<そうですわね、でも信じていましたわ>


「いつものように手酷く振られる。そう考えた貴女は傍観した。でもそこで見たのは女性にあの手この手で求婚する婚約者の姿だった。百八本のバーガディー種の白バラは信じたくなかったのではありませんか?」


<そうですわね。あのバラは木瓜さんがわたくしに初めて求婚されたときに用意されたプレゼントでしたもの>


「今里ちゃんが全く相手にしていないのも知っている。でも羨ましかった。あんな風にもう一度求婚されたい。そんな願いが貴女の中に生まれた」


<好きな人から求婚されることは全ての女性の望みではありませんこと?>


「そうかもしれません。何分、僕は男なので答えかねますが。続けます。頭では分かっている。でも嫉妬する心は止められない。人の心ほどままならないものはありませんね」


<そうですわね>


「待つしかない貴女に転機が訪れた。僕が貴女に接触したことです。ついでに村椿氏の意中の女性も一緒だった。これを利用して村椿氏と結婚することと自分の愛する人の心を奪った女性への復讐をすることを思いついた。違いますか」


<違うと申し上げても谷町さんのなかでは完結していらっしゃるのでしょう。そう思いたいのでしたら思っていらして結構ですわ>


「ではそうさせていただきます。貴女は今里ちゃんが村椿氏の餌食になっても良かったのでしょう。だから村椿氏を野放しにして今里ちゃんに近づけた。あのカフェでの芝居のあとに調停の打ち合わせだなんだと理由をつけて拘束することは可能だったはず。貴女のお祖父様やお父様の力を借りなくても」


<わたくしの言葉を木瓜さんがきちんと聞いてくださるとは思えませんわ。何度も申し上げていましたけど、わたくしのことを取引先の令嬢扱いでしたのよ>


「それは貴女の別の目的でしょう」


<別の?それはどういうことかしら?>


「貴女の婚約者が村椿氏であると大々的に知られるのは都合が悪かった。阪城家にそのつもりはなくとも貴女の婚約者であり次期阪城グループ社長ともなれば勝手に重役待遇になる。最低でも平社員、フリーターならより良かった。金銭的なことで阪城家に勝てる人はそうそういません」


<そうですわね。でもそれは初めてお会いしたときにも話しましたわ>


「だから今里ちゃんが会社で困っていても介入はできなかった。すれば村椿氏の婚約者であることが分かってしまう。せっかく隠しているのに。知っているのは阪城家にとって重要な取引先だけ。箝口令を布くのは簡単だったでしょう」


<別に知られても構いませんでしたわ。でも一般の方を巻き込むのは気が引けましたし、今回のことで言えば四ツ橋さんが本当に木瓜さんを好きでいらしたかもしれませんでした。人に聞くだけでは分からないものですわ>


「本当にそうでしょうか」


<先ほどから悪者にしたいのは分かりますが、わたくしは最初からお二人に共感し協力もいたしましたわ。これ以上は失礼なのではなくて?>


「そうですね。最初から協力的でした。でもそれは本心からだったのでしょうか」


<何をお疑いなのかしら?わたくしが木瓜さんを愛していないとでも思っているのかしら?>


「その点ではありませんよ。僕が疑っているのは最初の貴女の対応です」


<対応?何かおかしかったかしら?>


「ええ、おかしいと思いました。貴女は顔を合わせる前から冷静すぎた。その点がおかしいと思っていました」


<冷静ではいけないかしら?>


「話をさせていただくことからは好都合でした。でも恋する女性として、そして長年の婚約者としては不自然でした」


<木瓜さんの火遊びは昔から存じていましたわ。多少のことくらいは目を瞑りますわ>


「それでもおかしいのですよ。僕が最初に連絡をしたときに何故門前払いだったのか」


<門前払いをされない理由を反対にお聞きしたいですわ>


「いきなり探偵事務所の者ですと言われて話を聞いてくれる人は少ないです。それこそドラマのように名前が有名な探偵になら可能かもしれませんが」


<前置きは結構よ。分かっていらっしゃるなら、わたくしが門前払いをしたことに不自然なことはないのではなくて?>


「僕はあのとき、婚約者の村椿氏のことについて調査依頼を受けていると言いました」


<そんなことを言われて話をすんなり聞く方がいたら知りたいですわ>


「でも大抵は、どういった内容ですか?と問いかけてきます。そして調査項目を伝えると関係ありませんと断られる。ほとんどの人は自分の持つ情報を明らかにせずに情報を得ようとします」


<そうですの。でもわたくしは探偵と関わりを持ちたくなかったのです。わたくしの立場から言えば探偵と関わったことは醜聞になりかねませんから>


「そう。だけど吉乃さんを仲介にしたときはあっさりと会い、さらに村椿氏のことで謝罪された」


<ご迷惑をおかけしたのだから当然ではありませんこと?>


「そこなんです。僕は一度も今里ちゃんが村椿氏に言い寄られて困っている女性とは言っていないんです」


<えっ>


「僕は吉乃さんには阪城 ねねさんの婚約者が不貞行為をしている。相手の女性は何も知らずに言い寄られていて、さらに迷惑をしているから顔繋ぎをして欲しいと言っただけです」


<それが何か不自然かしら?>


「はい、最初に今里ちゃんが何故結婚しないのか?と不躾に問いました。そのときに貴女は今里ちゃんの無礼に腹を立てることなく質問にも答えた。普通なら初対面の探偵の助手に言われれば腹を立てて席を立ってもおかしくなかった」


<それは寛容に受け流したと捉えてくださらないのかしら?権力者の余裕というものかしらね?>


「そうだとしても僕はあのときに、村椿氏が今里ちゃんをどうしたら諦めるかと聞いたときに貴女は村椿氏の意中の相手を知らないはずなのに普通に答えた」


<答えたかしら?>


「はい、そして年貢の納め時だと言われた。今里ちゃんが相手だと知っていたから問いかけに答えたのではありませんか?」


<わたくしは何を間違えたのかしらね>


「お認めになりますね。今里ちゃんを貴女の復讐に利用したことを」


<復讐という言葉は不適切かもしれないわね。少し困れば良いという程度の軽い気持ちだったもの。木瓜さんに好きだと言われ結婚まで望まれて姿を消せば探偵に依頼してまで探す。そこまで思われてみたかった>


「本来の貴女は次期後継者として務まるほどの能力をお持ちなのでしょう。だから冷静であってもおかしくはない。でも冷静であっても好きな人との修羅場を作り上げるのは不自然でした。あれでは貴女との結婚がますます遠のいてしまう」


<そうですわね。わたくしの両親と木瓜さんの両親とかつての書面の取り決めを再度話し合うのが先ですわね>


「それをしなかったのは今里ちゃんへの復讐、いえ、そこまで気持ちがなかったということですから意趣返しくらいにしておきます。そのために引き起こした」


<合っています。木瓜さんが新しい女性に声をかけて結婚まで申し込んだと知って嫉妬しましたわ。その女性が断り続けて退職までしたことも知っていましたけど、わたくしには木瓜さんしかいませんでしたから>


「僕としては事を大きくするつもりはありませんよ。あとは貴女と今里ちゃんで話し合うべきことです」


<四ツ橋さん、このたびは身勝手な考えに巻き込んでしまい申し訳ありません。心よりお詫びいたしますわ>


「いえ、これからどうされるんですか?」


<とにかく木瓜さんを連れて海外に行きます。そこで何としても籍を入れて今後、日本に帰らないことにします>


「それは良いですけど」


<木瓜さんが好きなことも結婚したい気持ちも変わりありません。それに海外でなら目移りされることはありませんわ。彼は日本人女性が好きなのですよ>


「はっ?」


<大和撫子こそ愛される存在だとか。彼の好みになるように努力したのですけどね。なかなか振り向いてくださらなかったわ。少なくとも一度は求婚していただいた身ですのにね>


「一生愛してもらえないかもしれませんよ」


<それはそれで構いませんわ。嫉妬をするだけなら許されたでしょうけど落ち度もない女性に恐怖を与えることを望んだのですからね。愛されないのなら罰ということでしょう>


「私は」


<四ツ橋さん、簡単に許してはいけません。わたくしは四ツ橋さんに女性として一生の傷を負わせても良いと思っていたのです。思い続けたわけではないですが、一度は思ったのです。好きでもない男に女性としての尊厳を穢される。わたくしは振り向いてくれないことに耐えた。その苦しみを少しくらい味わってもらっても良いのではないか。そんなことを考えたのですよ>


「ねねさん」


<結果論で話せば何も起きなかった。男性に追い掛け回されるという恐怖はあったものの最悪なことにはならなかった。ただならなかったというだけで許されることではないのです。おそらくは木瓜さんは自分の罪を一生理解しないでしょう。だから代わりにわたくしがその罪を背負うことにしたいのです>


「ねねさんが背負う必要があるのですか?」


<はい、ひとつは木瓜さんに借りを作れます。わたくしが金銭的にでも精神的にでも木瓜さんの被害者の方に償いをしたとなれば村椿の家としても阪城家に逆らうことは難しくなります>


「口を挟むようですが、それは今里ちゃんに対してというよりもご自分のためですね」


<そうですわね。それともうひとつは四ツ橋さんのためです。少なくとも恨みを持つことができますわ。木瓜さんに家の周りをうろつかれる原因になったわたくしに対して>


「恨んだところで心の傷は癒されませんよ」


<癒すのは四ツ橋さんの周りの方でしょう。わたくしにはできませんわ。わたくしにとって四ツ橋さんは愛する方を掠め取っていく邪魔な存在ですもの>


「今里ちゃんに恨まれて得をするのは貴女でしょう」


<どういうことかしら?四ツ橋さんが立ち直れるようにとは願っていますわ>


「恨まれて責められることで楽になるのは貴女だけですよ。恨まれることで傷つく。その傷を抱えることで贖罪していると貴女が思いたいだけではありませんか?」


<わたくしは悪者に、いえ悪女のようですわね>


「悪女のようではなく悪女そのもののでしょう。謝罪をされて許さずにいられるほど人は強くありませんよ。貴女は恨まれることを受け入れているかに見えて自分が許されるように話を作っていく」


<では謝罪は金輪際いたしませんわ。わたくしも木瓜さんも。そして今回のことは慰謝料ではなく、協力をしていただいたことによる迷惑料としてお支払いいたしますわ。これでいかがかしら?>


「問題ないかと思います」


<では後日に小切手をお送りします。あと四ツ橋さんに最後に話したいのだけど谷町さん良いかしら?>


「女性同士の話なら後日の方が良いのではありませんか?」


<いくら四ツ橋さんが心の広い方でも自分を傷つけることを望んだ人と後日連絡を取りたいかしら?>


「どうする今里ちゃん」


「今、聞いておきます」


<ありがとう。きっとこんな出会いでなければ友達になれたと思うわ。それと忠告をひとつしておくわ。誰もが四ツ橋さんのようにまっすぐではないわ。どこか歪んでいるものよ。それにいちいち傷ついていたら生きていけないわ>


「それは経験談からですか?」


<そうとも言えるし、そうでないとも言える。わたくしの立場からは人を利用することができないものは落伍者として扱われるわ。だから人を利用することに躊躇いはなかったのよ。だから謝罪はしないわ>


「分かりました」


<終わりましたわ、谷町さん>


「そのようですね。これにて依頼を完了とさせていただきます」


<何か依頼をしたかしら?>


「探偵に修羅場を演じろと依頼されましたよ」


<そうね、そうだったわね。期待以上だったわ。それではごきげんよう>


電話があっけなく切れた。


結構な時間になる。


その間はずっと走っていた。


「あっ」


「どうしました?」


「画面が真っ暗になったよ」


「バッテリーが切れたんですね」


画面が真っ暗になるほどに話していた。


何とも疲れる依頼で全員の顔に疲労の色が滲んでいる。


「所長」


「うん?」


「わたしは恨まないといけないのでしょうか」


「それは今里ちゃん次第だよ。恨んでも良いし恨まなくても良いよ」


「私はねねさんを恨めないです。でも村椿くんは許せないです」


「良いんじゃないかな?今回のことは適当にしていたボケくんが引き起こしたことだからね」


「いつか、いつかギャフンと言わせたいです」


どこか納得した顔をして今里は呟いた。


「そこはギャフンじゃなく、ざまぁじゃないの?」


「それはどっちでも良いです、所長」


「そういうもの?まぁ今里ちゃんが良いなら良いけど。誉志」


「なんだ?」


「この車はどこに向かっているの?」


「どこって、六甲山だけど?」


電話をしている間は車を停めるのは考えものだったが、どうして六甲山なのかは不明だった。


特に予定もないから進んだのなら序でに夜景でも見ておこうということになった。


「これで解決だな」


「まだ解決してないよ、今里ちゃんの引っ越し先が見つかってないよ」


「はっ?あの男がいないなら引っ越す必要ないだろ?」


「あるよ。これで近所の人に今里ちゃんが男に追いかけられていることが知られたんだよ。事実かどうかは分かんないけど男をとっかえひっかえする悪女だとか噂されたらどうするんだよ」


これで付き合っていないのだから始末に悪い。


御堂の科白は完全に束縛系彼氏が言いそうなことだ。


ここに悪気もまったくといっていいくらいに無い。


「さいですか。引っ越し先なら梦に頼めよ。マンションのひとつやふたつ建ててるだろ」


「駅の側でオススメは何件かあるよ」


「明後日くらいに内覧に行こうか」


「何で明後日?」


「明日はペット探しの日だからだよ」


緩やかに日常が戻ってきた。


そして六甲山のふもとのコンビニエンスストアに到着した。


「梦、運転代われ」


「分かった、あとバニラアイス買って良い?」


「御堂のおごりでな」


「どうして、僕が」


文句を言いながら財布を律儀に出す。


そして四つのバニラアイスと共に六甲山の山道を車は進んだ。


「しっかり掴まっとけよ」


「安全運転でな」


梦のドライブテクニックは文句が無かった。


カーブをきれいに曲がり後続車が小さくなっていく。


「あっ」


「脱輪したみたいだな?」


「曲がり切れなかったんだな」


「スピードの出し過ぎだろ」


「梦、お前も気をつけろよ」


「俺はあんなヘマしねぇよ」


快調にカーブをいくつか曲がったころに今里の浮かない表情に御堂が気づいた。


「どうしたの?今里ちゃん」


「あっ、いえ」


「もしかして酔った?それなら車を停めて」


「違うんです。あの車は大丈夫かなって思って」


「あの車って脱輪した車?」


「はい」


スピードを落として車を路肩に寄せる。


脱輪した車を人の力で引き上げることは無理だ。


今里の顔を見て梦が何かを思いついた。


「なら戻ろっか?」


「えっ?」


「気になるんでしょ?」


「でもUターンとかできそうも無いですし」


「Uターンはできないけどバックならできるよ。ちょっと掴まっててね」


言うが早いかギアをバックに入れるとそのままバックで来た道を戻った。


途中止まることなく脱輪した車のところまで戻った。


「キミら、大丈夫か?」


「へっ?あっ大丈夫です。JAF呼びました」


「そっか、ほな気を付けてな」


「はい、ありがとうございます」


JAFを呼んでいるなら問題ないが、そうじゃないなら警察を呼ぶことになる。


どっちにしろ警察を呼んでも最終的にはJAFを呼ばれるので最初から自分たちで呼んだほうが早い。


「大丈夫みたいで良かったね」


「はい、すみません」


「気にしない気にしない。梦は走るのが好きだからね」


「山道を走り回るのが専門だからな。これくらいの山道は朝飯前だろ」


「まぁね。今度も走りに行くんだ」


それでバックで走ることも簡単にやってのけたのだ。


それと山道を走るための四輪駆動車ならではのことだ。


「もうすぐ着くよ」


「・・・夜景、見れると良いな」


「誉志、それを言うなよ。嫌な感じがしてるのは俺も一緒なんだからさ」


その言葉通りに夜景スポットでは光が全くなく、暗闇と霧が辺りを包んでいた。


溶ける前にとカップのバニラアイスを四人で食べる。


「まさか霧とはね」


「これはこれで楽しいよ」


「御堂、分かってくれるのはお前だけだ」


「でも、どうしてアイスなんですか?」


「六甲山に来たらアイスは定番でしょ?」


「それは梦、お前だけだ」


「どうしてさ。六甲山牧場のバニラアイスは絶品なんだぞ」


夜になるから代用のバニラアイスだったようだ。


それでも落ち込んでいた今里を元気づけるのには成功していた。


「今日は俺の家に全員で泊まっていけよ。てか泊まれ」


「強制かよ」


「悪いか。だいたいだな、この車は俺のだぞ。いきなり車貸せとか言ったのはどこのどいつだよ」


「俺だな」


「僕も車を持ってないよ」


「御堂は免許そのもの持ってないだろうが」


「へへ」


誉志は免許を持っているが仕事柄、飲酒運転になりやすいから持っていない。


今里は免許を取るタイミングを逃して持っていない。


「帰りに酒買って飲み明かすぞ」


「それは無理だな」


「何でだよ」


「ここに蟒蛇姫がいるからな。コンビニ程度の品揃えじゃ太刀打ちできないぞ」


蟒蛇と言われても否定ができない今里は黙っておく。


店の在庫を飲み尽されたことを身を持って知っている誉志は忠告をする。


御堂も知っているが黙っておく。


「よし、俺の秘蔵のワインを開けてやる。これでどうだ」


「あの地下室のワインセラーか」


「俺はワインは飲まないからな。飲める奴に飲んで貰ってこそワインに対する礼儀だ」


ワインセラーという響きに浮かれている今里だが顔に出ないようにポーカーフェイスを装う。


その努力を御堂は微笑ましく見守る。


帰りには脱輪した車は引き上げられており無事に梦の家に帰った。


近くのコンビニエンスストアでつまみと朝食の材料を買い込んで、ワインセラーと今里の戦いの火蓋が落とされた。


「・・・・・・フフフ、ハハハハハハ、なぁにがハニーよ。気色悪いわ」


ワインの瓶が空けられていき、見ているだけで酔いそうになっている誉志と梦は台所に避難した。


完全な酔っ払いとなっている今里を御堂は優しく受け止める。


「今里ちゃんがさ、彼氏できないのってウワバミだからかな」


「それもあるけど、酔っ払ったら男のプライドを木端微塵にするからだろうな」


「俺ら別にマゾじゃないけどさ。今里ちゃんのあれに付き合える俺たちって実はすごい?」


「あぁそして側に居て、目に入れても痛くないという御堂は神だろ」


「俺、今里ちゃんにアタックするのやめとく」


「そうしろ。今里ちゃんの相手が出来るのは御堂だけだ」


ワインセラーと今里の戦いは、今里の完全勝利となって終結した。


次の日に飲んでいない誉志と梦が二日酔いになり、飲み尽した今里は二日酔いにならずにスッキリとした表情だった。


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