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大阪城公園駅・下車

急なことだったから着替えも無いかと思っていたが用意されていた。

 

そして、朝食も美味しかった。

 

「・・・わたくしの用意した脚本はいかがでした?」

 

「何とも面白い脚本でした」

 

「こちらの思惑に乗るかは分かりませんが、早い方が良いでしょう」

 

「そうですね。今里ちゃんの精神的にも長引くと悪いですし」

 

「では谷町さんに呼び出していただけますか?」

 

ついに対面するときが来た。

 

心の準備はまったく出来ていないけど、やるしかない。

 

そんな心境が顔に出ていたのだろう。

 

ねねさんから微笑ましいと言われてしまった。

 

「まずは、僕が依頼人のボケくんに今里ちゃんが見つかったと連絡をする」

 

「えぇ、依頼料と成功報酬はきちんと回収してくださいね」

 

ねねさんは所長のボケ扱いをスルーした。

 

強者だ。

 

「そして今里ちゃんとファミレスで会ってもらう」

 

「きっと何事も無かったように話を進めるでしょうね」

 

「連絡が取れなかったことは追及されないと踏んでいますか?」

 

「あの長文の思いのたけを綴った長いメールは読みましたけど、あれは探偵に依頼を受けさせるために誇張したものでしょう」

 

「では、今里ちゃんには台本通りに会話を進めてもらいます」

 

「頼みましたよ」

 

全ては私にかかっている。

 

失敗したら私は永遠にストーカーに付き纏われて生涯を終えてしまう。

 

うん、絶対に成功させる。

 

大丈夫、卮さんの演技指導があったから大丈夫だ。

 

多分。

 

緊張してきた。

 

段取りが決まったところで所長が連絡をしている。

 

「谷町探偵事務所の所長の谷町でございます。先日ご依頼をいただきました人探しでございますが、見つかりましたので、ご報告いたします」

 

淡々と依頼料と成功報酬について話してキャッシュで用意するようにと指示し、ファミレスを待ち合わせ場所に決めてしまった。

 

ついに始まる。

 

というか本当に大丈夫なんだろうか。

 

いざとなれば海外に逃亡しようかな。

 

「では、本日の夕方に、お待ちしております」

 

電話が終わったみたいで、気分は死刑宣告を受ける囚人だ。

 

「さて今里ちゃん、今日の夕方に僕と一緒にファミレスに行こうね」

 

「はい」

 

「大丈夫だよ。周りのお客さんは全部、ねねさんの仕込みだからね」

 

「はい。はい?」

 

「当たり前じゃない。いくらお芝居でも今里ちゃんが碌でもない男に引っかかって振られる役をするんだよ。そんなの他の人に知られるようにするわけないじゃない」

 

「ありがとうございます」

 

女性に対する科白は間違っているのに対応は時々なんだけど紳士だ。

 

これが全てに反映されたら良いのにといつも思う。

 

夕方までには時間がある。

 

買い物でも行こうと思っていたけど甘くはなかった。

 

「夕方か」

 

「誉志?」

 

「なら練習できるな」

 

鬼がいた。

 

私は無事に本番を迎えることが出来るのだろうか。

 

 

※※※

 

 

「・・・まぁ及第点だろう」

 

「ありがとうございます」

 

「よく頑張ったな」

 

その笑みと頭を撫でるのは反則だと思う。

 

ちょっと惚れそうになった。

 

ダメ出しをされ過ぎて心が弱っているときに褒めるのは反則だ。

 

てか、気づいたら待ち合わせのファミレスにいたし。

 

隣には所長がスーツで決めているし。

 

そう言えば、男女問わずに石にする所長はどうやって対応するのだろうか。

 

どうでも良いことを考えていると例の彼が来た。

 

「ハニー、今までどうして会ってくれなかったんだ!」

 

「すみません」

 

「それはそうと、ようやく会えたね」

 

まさかここで台本の科白を言ってくるとは思わなかった。

 

今こそ練習の成果を見せるとき。

 

「そうね」

 

「人目を気にする君のことを考えて会うのを控えていたけど、これからは一緒にいられるね」

 

「そうね」

 

「あとはキミとの結婚だけど、ご両親に挨拶は何時伺えるだろ」

 

「そうね」

 

「真剣にお付き合いをさせていただいているとお伝えすべきだと思うんだ」

 

「そうね」

 

「キミも若くなくなるから結婚適齢期というものがあるからね」

 

「そうね」

 

最後まで台本の通りに会話が続いた。

 

ねねさんはどこまで見抜いていたのだろう。

 

そして、ようやく疑問を持ったらしい。

 

「ハニー、でもどうやってここに来たんだい?」

 

「それは」

 

視線を隣に座る所長に向ける。

 

ここからは所長が話を進めてくれるはず。

 

石になっても知らない。

 

「ご依頼をいただきました谷町探偵事務所の谷町です」

 

「ハニーを見つけていただきありがとうございます」

 

「不躾で申し訳ありませんが、清算をお願いします。お二人で積もる話もあり部外者は退席をした方が良いと思いますから」

 

「電話でお聞きした金額です。早くに見つけていただいたので上乗せをしています」

 

「確かに受け取りました。それでは失礼します」

 

所長がいなくなった。

 

ここからが勝負だ。

 

最初に何か想定外のことが発生したら所長が対応することになっていた。

 

その所長がいない以上、私だけの勝負だ。

 

台本の科白を言わせないといけない。

 

所長がいなくなり少しだけ談笑している間にねねさんが来る。

 

不自然でないように。

 

「結婚指輪は用意するけど、婚約指輪は給料の三か月分なんて安いものじゃなくサファイアとかエメラルドとか豪華なのにしようか」

 

「そうね」

 

「ブラックダイヤモンドでも良いよね」

 

「そうね」

 

「しげうり、さん?」

 

始まった。

 

科白、間違えないかは自信が無い。

 

たいていのことはねねさんがフォローするって言ってたけど。

 

「今は彼女と話しているんだ。仕事の話なら今度にしてくれ」

 

「何を仰っているの?わたくしと木瓜さんは婚約をしているではありませんか。仕事だなんて」

 

「婚約?」

 

あっ、者をつけるの忘れた。

 

大筋は合ってるから大丈夫?

 

ねねさんもそのまま科白を続けるみたいだし。

 

「彼女は取引先の令嬢なんだが、幼い時から僕の婚約者だと言って憚らないんだ」

 

「何を、わたくしと木瓜さんとの婚約は親も認めて正式に交わされたものですわ」

 

「言いがかりも止してくれ。キミの家が僕の家より家格があるから両親も強く否定できないだけなんだ。権力を振り翳して恥ずかしく無いのか」

 

「わたくしは権力を使ってなどいませんわ。木瓜さんのご両親にもお慕いしていると申し上げましたところ良い縁談だと慶んでいらしたわ」

 

「そんな」

 

三文字の科白は任せろ。

 

卮さんからもお墨付きを貰っている。

 

「待ってくれ、僕が愛しているのはキミだけだ。キミとだけ添い遂げたいんだ」

 

「木瓜さんは、わたくしという婚約者がありながら他の女性と交際されていたのですか。わたくしは木瓜さんと結婚することだけを夢に花嫁修業を頑張ってきましたのに」

 

「そんなことを僕に言われても困るね。僕は一度もキミに求婚したことは無いし、付き合ったことも無い」

 

「それでも婚約者ですわ。わたくしと木瓜さんは正式に婚約しています」

 

「さっきから婚約、婚約と言っているけど、正式なら書類が在って僕のサインがあるはずだ。僕はサインをした覚えは無いからキミの妄想だ。病院に行くことをオススメするよ」

 

ねねさんが生き生きとしている。

 

よっぽどやりたかったんだろうなぁ。

 

本当に口を挟む隙間がない。

 

それにしても台本通りに科白を言う村椿くんもすごい。

 

「分かりました。弁護士の先生に証言していただきます」

 

「弁護士?フン、どうせ偽者だろ。そうまでして僕を繋ぎ留めたいのか。だが僕の心はマイハニーにだけ捧げられる」

 

「わたくしは嘘など申しておりません。婚約しております」

 

「ハニー、こんな勘違い女の言うことは気にしなくても良いよ。僕が必ず守るからね」

 

「それは」

 

「キミは僕を疑うのか?あんなにも愛を囁いてきたのに信じてくれないのか!僕にはキミしかいないんだ」

 

「信じても良いの?」

 

「もちろんだ。僕は一生涯、キミにだけ愛を捧げるよ」

 

潤んだ瞳で見ると効果的だと言われていたけど、勝手に瞳が潤んでいた。

 

欠伸を我慢して。

 

ねねさんは携帯で弁護士先生に連絡している。

 

確認したところ本物の顧問弁護士だということだ。

 

ここで偽者を用意しても説得力がない。

 

それに顧問弁護士がいるから態々ニセモノを用意する方が大変だということだ。

 

「お待たせいたしました。弁護士の木下 紹英(つぐとし)です」

 

「お待ちしていましたわ。木下先生、わたくしと木瓜さんが長年に渡り婚約をしていたという証明をしてくださいまし」

 

「かしこまりました。こちらが婚約についての取り決めの書類の写しになります。検めてください」

 

「これは!どういうことだ。僕はこんな書類を書いた覚えは無いぞ。偽装したんだろう」

 

「文書の偽造は列記とした犯罪です。そちらは村椿さんがご自分で書かれたものに間違いありません」

 

「これは僕とハニーの仲を裂くための陰謀だ。罠だ。一体、誰がこんなことを」

 

「その書類は木瓜さんの字に間違いありませんわ。お疑いなら原本で筆跡鑑定をしてもよろしいですわよ」

 

「そんな手には乗らない。もともと僕は書いていないんだ」

 

「そんなにもお疑いですのね。こちらには木瓜さんのご両親の覚書がございますわ」

 

「お前が権力を笠に書かせたのだろう」

 

「そのようなことをしておりませんわ。木瓜さんはご記憶になくとも、わたくしとの婚約を正式なものとし結納も済んでおります」

 

「結納?馬鹿を言うな。そんなもの送ったことは一度もない」

 

「贈ってくださいましたわ。お疑いなら木瓜さんの送り状もございましてよ」

 

ねねさんのターンは終了した。

 

ここから私のターンだ。

 

村椿くんには何一つとして愛情も恋情も無いけど、ここまで言い訳をする男を見ていると腹が立って来た。

 

「そんな。両家のご挨拶が終わっているのに私と結婚を、いえ、付き合っていたの?私のことは遊びだったの?」

 

「違う!」

 

「何が違うのよ。正式な婚約者がいながら私と付き合っていたんでしょ」

 

「違うんだ」

 

「何よ、何よ。結婚するまでの火遊びだったんでしょ。結納もしていたんでしょ」

 

「話を聞いてくれ」

 

「聞いてるわ。その書類だって貴方の字じゃない。しかもご両親まで賛成しているのに私が割って入ることなんて出来るわけないでしょ。それとも私に泥棒猫になれというの!」

 

「何をわけのわからないことを言っている!僕はキミとだけ添い遂げると言った。愛しているのも僕だけだ。こんな勘違い女のちんちくりんではない!」

 

「なら弁護士先生が持っている婚約書のコピーはどう説明するのよ。そうやって本命とは仲睦まじく結婚して恋に逆上せた女を見て楽しんでたんでしょ」

 

「何を言っている!僕はキミだけを愛している。そんなに気になるのなら。ここで宣言しても良い。結婚するのはキミとだ。間違っても、この女じゃない。そんな偽造書類を用意するくらいに勘違いをしているが、それならこちらも従おうじゃないか」

 

「木瓜さん、従うとは?」

 

「あぁ、僕は、阪城ねねとかいう女との婚約を破棄し、ハニー、キミとの婚約を新たに結ぶ。これで安心できるだろう?」

 

「なんと、そんな恐ろしいことを!」

 

「恐ろしい?そんな妄想をひけらかす女の方が恐ろしいね」

 

「後悔なさいますわよ」

 

「後悔?するはずがないだろう。そんな茶番を演じた程度で僕とハニーの仲を裂けるはずがない。さぁ行こうか、マイハニー」

 

ここからは台本にない。

 

ねねさんは最後の仕上げのために引き上げるし、私は所長と合流するために離れないといけない。

 

さてどうするか。

 

買い物をしたいと言っても付いてくるというのが分かる。

 

さてどうするか。

 

昔、どうする俺?で、ライフカードとかあった気がする。

 

どうでも良いことを考えるよりも先に必要なことを考える。

 

「まったく散々なことになったね。どこか違うファミレスにでも入ろうか」

 

「そうね」

 

ここで所長ならファミレスはチョイスしない。

 

お洒落なカフェや夜ならバーなどセンスの良いところを選ぶ。

 

「私、指輪貰えるの?」

 

「当たり前じゃない。急にどうしたんだ?」

 

「私、指輪も付けずに挨拶するなんてできないわ」

 

「きちんと用意するよ」

 

「私、プロポーズもされてないわ」

 

「きちんとするよ」

 

「私だって普通の女の子みたいに告白されたい」

 

「分かってるよ。ハニー」

 

「分かってるなら指輪が無いのはどうして?」

 

ここで本領発揮だ。

 

卮さんが言うには私は感情が入ると主演女優になれるらしい。

 

通行人Aレベルの彼では太刀打ちできないらしい。

 

「今すぐ用意するよ。だから泣かないでおくれ、マイハニー」

 

「泣きたくて泣いてないわ。泣かせてるのは貴方じゃない。いきなり昔の女が来て、結婚するのは私だとか言われて平気でいられるわけないじゃない」

 

「分かったよ、分かったから泣き止んでくれ」

 

「なら安心させてちょうだい。貴方には私しかいないと思わせてよ」

 

「今から婚姻届けを提出しよう。それなら安心できるだろう」

 

両家の挨拶も無しに籍を入れる無責任さに腹が立った。

 

心底、腹が立った。

 

私は悪くない。

 

そう悪くない。

 

「ふざけないで」

 

「・・・っうぐふ」

 

そう。

 

手加減なしの平手打ちをお見舞いしてしまった。

 

私は悪くない。

 

悪くない。

 

これ以上は取り繕えない。

 

だから三十六計逃げるに如かず。

 

路地の向こうで待機していた卮さんの車に飛び乗った。

 

「お疲れさま、今里ちゃん。ものすごい名演技だったよ」

 

「・・・疲れました」

 

「よく頑張ったよ。大変だったね」

 

後部座席では所長が笑顔で頭を撫でてくれた。

 

どこか涙腺が壊れていたのだろう。

 

久しぶりに会った男のせいで職を失い、先輩を失い、友達を失った。

 

全部、無くした。

 

積み上げていくはずのキャリアも何もかもをだ。

 

「うっ、うわぁぁぁ」

 

「うんうん、お疲れさま」

 

止まらない涙と嗚咽を優しく受け止めてくれる。

 

今までの苦労を全部知って、受け止めてくれる。

 

所長が頭を撫でてくれて、卮さんが何も言わずに車を走らせ続けてくれて、私はそれに甘えた。

 

今回の依頼は私が過去のことを吹っ切るために必要なことだったのかもしれない。

 

でも一人では絶対に無理だった。

 

所長に卮さん、そして、最大の理解者であるねねさん。

 

この三人がいないと成立しない。

 

ねねさんは男に追いかけられるのも女の特権だと言った。

 

そして、女を追いかけるのは男の特権だ。

 

ただし、追いかけ方を知らない男に権利も義務もない。

 

報告は出来そうも無かったから陰ながら見ていた所長と卮さんに任せた。

 

平手打ち騒動も報告されたが、ねねさんからは、でかしたと褒められた。

 

あとは、こっちの仕事だが、最後まで見る権利はあるから時間と場所は追って連絡するということだった。

 

あのあと、所長の腕の中で泣き疲れて眠って、家まで送られたが記憶にない。

 

起きたら所長の置手紙で鍵を探させて貰ったことと鍵は施錠したあと玄関ポストに入れたこと。

 

しばらくは休んでも良いということだった。

 

休んでいる間も給料は払うから心配ないということだった。

 

何から何まで心配かけてしまった。

 

瞼も腫れて外に出られる様子では無かったから丁度よかった。

 

「所長になんてお詫びしよう」

 

そんなことを考えている内に三日が経った。

 

 

※※※

 

 

「所長」

 

<今里ちゃん、体調はどう?大丈夫?ねねさんからね、連絡があったんだ>

 

「行きます」

 

<無理しなくても良いからね。どうせ好きでも何でもない男の末路なんだし>

 

「はい、でも気になりますから」

 

<そう?じゃあ待ち合わせしようね。場所はね、玉造駅ね>

 

きっちりと服を着て、仕事モードで家を出た。

 

泣いたことなんて微塵も感じさせない。

 

でもどうして玉造なのだろう。

 

駅に着くと、所長と卮さんがいた。

 

「お待たせしました」

 

「待ってないよ。さて、今里ちゃん行こうか」

 

「はい」

 

案内されたところはお洒落なカフェだった。

 

お茶をするには良い時間なのに誰もいなかった。

 

理由はすぐに分かった。

 

ねねさんが貸し切りにしたからだ。

 

奥のテーブルには、ねねさんが優雅にお茶をしていた。

 

「先日は大変でしたわね」

 

「いえ、あれから大丈夫でしたか?」

 

「それは、わたくしの科白ですわ。申し訳ありませんが、女性同士の話がありますので、離れてくださいますか?」

 

所長と卮さんは、私の様子を見て大丈夫と判断したのだろう。

 

何も言わずに声が聞こえないくらいのところに座った。

 

そして、遠慮なく注文する。

 

「何か召し上がりますか?」

 

「はい」

 

「お好きなのを注文なさって」

 

遠慮はしない。

 

ねねさんは良い人だが、もっと村椿くんの手綱を握っていれば私が仕事を辞めることにもならなかった。

 

そんな仮定の話を思い浮かべてしまうからだ。

 

「今回のこと、いえ、今までのことも含めて、謝罪をさせてください。申し訳ありません」

 

「頭を上げてください」

 

「いえ、これはわたくしの気持ちですわ」

 

最初に会ったときと違い、言葉に謝罪の気持ちがあった。

 

それは伝わった。

 

「依頼人としてではなく、一人の女として謝罪したかったのです。わたくしは木瓜さんを甘く見ていました」

 

「甘く?」

 

「はい、いろんな女性に声をかけていましたけど手酷く振られることばかりで問題にはしていなかったのです」

 

「それで?」

 

「そんな中、今里さん、貴女にだけは違った。断られても拒否されても都合よく解釈をして貴女にアプローチし続けた」

 

「そうですね」

 

「職場には、わたくしが婚約者だということは知らせてしませんし、木瓜さん自身がわたくしのことを妄言女と思っていましたからコネというものは存在しません」

 

「それなら何故」

 

「なぜ、貴女が辞めなければならなかったか。わたくしには想像でしか話せませんが、社会が男性優位という理不尽な理由だと思います」

 

私も分かっていた。

 

どちらかが辞めるとなれば、男性が優遇されるのは、分かっていた。

 

暗黙の了解というやつだった。

 

男女関係で何かあれば、女性の方が誘ったとか思われる。

 

同じ仕事をしていても、同じ成果を上げても、男性の方が評価が高い。

 

人の三倍仕事をしても、無能扱いだが、人の三分の一仕事をすれば有能扱いだ。

 

本当に理不尽な世の中だと思う。

 

「わたくしは阪城グループの会長の孫であり、社長の娘です。それでも跡取りとは考えていないようですわ」

 

「えっ」

 

「阪城家の跡取りとは、お祖父様もお父様も考えていますが会社となると、会長と社長の意向だけでは決められませんからね」

 

「悔しくないんですか?」

 

「悔しいですわよ。だから木瓜さんを婿にするのです。会社役員はわたくしの婿が次期社長になることに異論はないようですわ」

 

そこまで聞けば分かった。

 

盆暗な婿を迎えて、名ばかり社長にして裏から実権を握るつもりだということに。

 

役員たちから入り婿が後継ぎになることの言質は取っているだろう。

 

また会長も社長もこの茶番を知っているのだろう。

 

こうなれば掌で踊っているのは誰なのか。

 

「正攻法でないことは重々承知の上です。でも正攻法で勝負させる場所を奪ったのは、あちらが先ですもの。わたくしは、わたくしのできることだけをしただけですわ」

 

「強いですね」

 

「強くありませんわ。わたくしには、味方をしてくれる方がいらしたもの。それに貴女にもいるではありませんか」

 

「えっ?」

 

「谷町さんは職場の上司という立場を超えて四ツ橋さんのことを気にしたのではなくて?」

 

「えっ?」

 

「そうでなくては、わたくしに話をつけるために面倒なことはしないわ」

 

所長は簡単に出来たように話していたけど、見ず知らずの人を探すのは至難の業だ。

 

興信所という職業が成り立つくらいに難しいのだ。

 

「そろそろ木瓜さんとの待ち合わせの時間になりますわ。あちらのテーブルからだと良く見えて見つかりませんのよ」

 

「私は村椿くんのことを今でも許せません」

 

「安心なさって。あのような女の敵はぐうの音もでないほど打ちのめす必要があります」

 

少し吹っ切れた。

 

所長と卮さんを誘って奥のテーブルに移動する。

 

消化に悪い話をしながら食べたから食べた気がしない。

 

だから追加で頼んだ。

 

「お待たせしました」

 

「待ってないよ。さぁ末路を見届けようね」

 

「この抹茶パンケーキが絶品だ」

 

変に気を使う必要がなくて楽だ。

 

遠慮なくパンケーキを食べて、ローストビーフサンドイッチを食べる。

 

今日はダイエットは休みだ。

 

そうしているうちに来たようだ。

 

「どういうことだ!」

 

「なんのことでございますの?大きな声で」

 

「しらばっくれるな。両親にお前との婚約を破棄出来たと言ったら叱られたんだぞ」

 

「まぁご両親の対応が正しいですわ」

 

正しいが、普通の親ならぶん殴るくらいしそうだが。

 

そういう点で両親は教育の仕方を間違ったのだろう。

 

「ふざけるな。お前がうちの親に圧力をかけたんだろうが」

 

「ですから何度も言っておりますが圧力などかけていませんわ」

 

「婚約を破棄したら慰謝料がいると言われたぞ。そもそも婚約をしていないだろうが」

 

「ですから婚約をしていましたのよ。わたくしたちが結婚できる年齢のときに」

 

「そんなことはして・・・」

 

「思い出されまして?あのときに木瓜さんはわたくしにプロポーズをされましたわ」

 

「それは子どもの戯言」

 

子どもの戯言だろうが何だろうが、したことくらいは記憶にありそうだ。

 

三つやそこらの子どもじゃあるまいし。

 

しかも何度も婚約していると言われればおかしいと気づくだろうが。

 

親に確認したりするだろうが。

 

怒りの感情に気づいたのだろう。

 

所長がイチゴを口の中に入れてきた。

 

甘い。

 

「えぇでも熱心に求婚されるので両親たちが婚約をしてはどうかと相談したのですわ」

 

「だが未成年だ。無効だ」

 

「だから最後にわたくしたちが成人して双方から婚約解消の申し出が無かった場合は正式なものとするという誓約書も書きましたわ」

 

「・・・・・・」

 

「木瓜さんはわたくしの二つ上、十八歳のときに書類を書きましたのよ。そして木瓜さんが二十歳になられたときには何もおっしゃらなかったから了承しているものだとばかり」

 

「だが成人してから一度も認めていないぞ」

 

「お認めになりましたわ。木瓜さんが二十二歳でわたくしが二十歳のときですわ」

 

「っ!」

 

「思い出されましたわね。わたくしの成人祝いのパーティに婚約者として出席してくださいましたわ」

 

「だがお前と結婚する気はない。婚約は破棄だ」

 

「よろしゅうございますけど慰謝料は請求いたしますわよ。関係各所の方がわたくしたちの婚約を知っておりますし、解消ではなく破棄となりますもの」

 

「何が問題だ。不当に僕を束縛していたんだ。慰謝料を請求するのは僕の方だ」

 

「わたくしに瑕疵はありませんわ。不貞行為もありません」

 

「フン、無理に婚約関係を迫っていただけで十分だ」

 

「では調停にいたしますか?」

 

「望むところだ」

 

「調停でお会いしましょう」

 

出された珈琲を一気に飲み干して店を出て行った。

 

調停って。

 

お金どうするんだろう?

 

「・・・台本通りになりましたわね」

 

「ねねさん」

 

「大丈夫ですわ。きっと弁護士を用意出来ずに調停になりませんもの」

 

「ねねさん、ありがとうございました」

 

「お礼を言うのは、わたくしの方ですわ。今里さん、こんな茶番に付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。付き纏われることも無くなりますので、素敵な恋をしてください」

 

ねねさんは、好きなだけ食べてくれて構わないと言って帰って行った。

 

弁護士とさっそく打ち合わせにするそうだ。

 

お言葉に甘えて追加でチーズハンバーグを頼む。

 

卮さんからの視線は痛いが、無視だ。

 

「これで今里ちゃんの憂いが無くなったね」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「それでさ、相談なんだけどね」

 

「何でしょうか」

 

「優秀な今里ちゃんと料理しか取り柄のない誉志が同じアルバイトというのはおかしいと思うんだ」

 

「そうでしょうか?」

 

「うん、そうなんだよ。だからね、うちの正社員になってくれない?給料は今と変わらない額は約束するし、休みたいときに休んでもらって良いしさ」

 

アルバイトという肩書は確かに不安定だ。

 

だけど今から他の職場に転職といっても、ここより就労環境の良いところはない。

 

即決だった。

 

「所長、よろしくお願いします」

 

「うんうん、社員一号だね」

 

「なぁなぁ俺は?」

 

「誉志はアルバイトで十分だ」

 

「ちぇ」

 

女だからという柵はない。

 

大切にしてもらってる感が半端ない。

 

申し分ない職場だろう。

 

「食べたし、行こうか」

 

「はい」

 

 

※※※

 

 

あのあと調停に一人で現れて愛する人との結婚を邪魔する悪女だとねねさんを罵倒したらしい。

 

だが婚姻関係が成立していたと見做され、慰謝料を請求された。

 

その額は相場の額だが、それまでに名誉棄損でも訴えられて慰謝料が増額された。

 

不貞行為については何人もの女性に声をかけていたことと気のない女性からはセクハラに近い内容を大声で言われたという証言で、ますます増えた。

 

簡単に支払える額でなくなったことと個人で必ず支払うことという制約が付いたことで自己破産寸前になった。

 

そんな男を雇い続ける会社もなく、あっさりと首になった。

 

退職金も無かったらしい。

 

「これで海外に心置きなく行けますわ」

 

そんな一言で拉致同然に村椿くんは空の人になった。

 

時折届くポストカードの絵が変わることから本当に海外を転々としているらしい。

 

籍も入れたから問題ないということだ。

 

問題児だった村椿くんがいなくなったことで上司から復職しないかと連絡があったが丁重にお断りした。

 

私は谷町探偵事務所の正社員だ。

 

試しに月給五十万なら考えると伝えたところ無理だと即答された。

 

今の私の月給だ。

 

ヘッドハンティングするならそれくらいはしてもらわないと割に合わない。

 

戻ったところで針の筵だ。

 

そんな胃に穴が開きそうな環境で働きたくない。

 

そんなこんなで今日も逃げたペット探しに精を出している。


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