表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

大阪城公園駅・外回り

不思議なことがある。


何故、溶接したはずのドアが鍵で開いたのか。


「えっ?溶接してないよ。だってそこまでしたら監禁罪で捕まっちゃうでしょ」


そこは意外と冷静だったんだと本気で思った。


それよりも恐怖を感じることがおきた。


最初に、人探しのメールを受けていた。


メールでは、待ち合わせの場所は後日送りますと書かれてたから後回しにしちゃったんだよね。


依頼を整理してたら見つけた。


でも、待ち合わせの場所、連絡来てないんだけどね。


とりあえず、所長に連絡をした。


「連絡が無いと、動きようがないもんね。大阪城公園には行くだけ行ってみようか」


もしかしたら依頼人が連絡してくるかもしれないからだ。


そう思っていた矢先だ。


件の人からメールが来た。


それも超長い長文だ。


超長いなんて形容詞いらないけど、思わずつけたくなるくらいに長い。


読むのに疲れるメールって無いわ。


それに読むのが苦痛だった。


それだけなら苦痛だけで恐怖にはならない。


でも恐怖になったのだから仕方ない。


「メールが来たんだって?」


「はい」


今日も今日とて電車に揺られている。


電車って便利な乗り物だとつくづく思う。


「どんなメール?」


「読んでいただいた方が早いのですが」


タブレットを渡すと所長は黙々と読み出した。


私は、あのメールを代読する勇気はない。


さらに言うなら代読したくない。


「・・・うん、よく分かったよ。女性に対してこれくらい熱意を持って接すれば良いんだね」


「所長、違います。人はこれをストーカーと呼びます」


「そうなの?」


「双方に愛情があり、恋人同士なら良いでしょうが、他人なら脅威でしかありません」


「そうか、そうなんだね。でも相手の女性もまんざらでもない・・・」


「ありえません。なぜなら、探している女性というのが、四ツ橋今里(わたし)だからです」


「そうなの!?」


「はい」


「てことは、今里ちゃんは、付き合ってた依頼人を捨てて浮気に走って、駆け落ちして仕事も辞めた失踪人ってこと?」


「所長」


「なあに?」


「依頼人と付き合っていませんし、捨ててもいませんし、浮気に走っていませんし、駆け落ちもしていませんし、仕事は辞めましたが、実家と連絡は取っているので失踪人でもありません」


良くも私を悪女のように言ってくれたな。


これでも義理というものは大切にしているわ。


「それは良かったよ。そんな女性なら僕は所長として相手に謝罪に行かないといけないところだったよ」


「安心していただけて良かったです」


何故、所長が謝罪に行かないといけない。


大体、事務所に入る前のことだろうが。


「それはそうと、まずこの依頼人、村椿(むらつばき) 木瓜(しげうり)氏と今里ちゃんの関係を確認しようか」


「はい」


「じゃ、美味しいパンケーキの店があるんだ。そこでお昼にしよう」


まさか本名を書かないと言った営業のあの男の名前が出てくるとは思わなかった。


まぁ名は体を表すという。


しげうりが、まさか、ボケの花の漢字名になるとは、親も考えなかったのだろうか。


ボケの花は生薬にもなるほどの植物だけど、音だけなら呆けという意味にも取れる。


私個人では、あの男は生薬ほど役に立たないと思っている。


「この店は並ばないんですね」


「隠れた名店だよ。見た目はクレープ屋さんだからね」


あとで知ったことだが、パンケーキとはフライパンで焼いたものなので、クレープもホットケーキもパンケーキの一種となるらしい。


色々、諸説あるが、そういうことらしい。


話は逸れたが、パンケーキも絶品だった。


食事系のパンケーキもデザートのクレープも。


「さて、質問していくよ」


「はい、所長」


「まず、()()くんとの出会いから」


「所長、ボケではなく、しげうりと読みます」


「気を取り直して、出会いは?」


「私が百貨店に就職が決まってからです」


そう言えば、出会いっていつだろう。


考えたことなかった。



※※※


「四ツ橋 今里です。お客様の笑顔のために頑張って働きます」


「皆、色々と教えてあげてね」


初日は、配属された部署での挨拶だけだった。


皆さん良い人で、丁寧に仕事を教えてくれた。


まだ、出会ってない。


村椿くんの存在を知ったのは、いつだっただろう。


「ねぇ知ってる?営業にざ、ボケくんがいるの」


「ボケですか?」


「うん、木瓜(しげうり)って書いて、ボケなんだけどね」


そうだ。


最初に名前の話題だけを聞いたんだった。


でも、営業では話題になっていなかったらしい。


つまり、木瓜(ボケ)と読めなかったということだ。


一生のうち、木瓜(ボケ)をボケと読めなくても困らない。


まず、読む機会に巡り合うこともない。


「それでね。結婚相手には美人を選ぶので、僕と付き合いたいと思った女性は鏡を見ることをオススメしますって自己紹介で言ったんだって」


「それは、すごいですね」


「ありえないでしょ?営業部を選んだのも、営業は顔で取るから美人がいると思ったからだって」


「それは腹が立ちますね」


そんな話が最初だったと思う。


俗にいう意識高い系の男だったんだろうな。


先輩たちの話では美人という評判の女性には声をかけて食事に誘う。



※※※



「なかなか女性に積極的にアプローチする人だね」


「はい」


「で、出会いは?」


そうだ。


出会いを聞かれたんだった。


でも出会いというのがはっきりわからない。


一体、いつなのだろう。



※※※



「ねぇ、聞いた?例のボケくん、女性とツーショット撮ってはアプリで黄金比を測っているの」


「黄金比?」


「そうそう。美人は、1:1.618の比率で証明されているのよ」


「ああ、ミロのビーナスですね」


「そうそうそう、それでランキングにして上位になった女性から順番に付き合ってって告白しているそうよ」


「ありえない行動ですね」


つまり性格などは二の次で、造形だけで選ぶとか本当にあり得ない。


ゲスとしか言いようがないとはこのことだ。


「今のところ芍薬姉妹がボケくんの標的(ターゲット)らしいわよ」


「美人双子の芍薬さんですか。納得ですね」


よく女性が婿探しの腰掛と言われることはある。


でも男性の嫁探しは聞いたことがない。


一体、何をしに来ているんだろう。



※※※



「今里ちゃん、いろいろ聞きたいことはあるけど、出会ってないよ」


「いつ出会ったのか。分からないんです。気づいたら周りにいて。話だけは先輩からたくさん聞いていたので出会った気になっていたんですけど」


「そうなんだね。順番に話して良いよ。その前に、芍薬姉妹の下の名前って」


牡丹(ぼたん)と書いて牡丹(もに)百合(ゆり)と書いて百合(もあい)です」


「うん・・・・・・つづけて」


私も最初は驚いた。


何でもブラジルのクォーターらしい。


名前負けはしていないくらいの美人ではある。


良かったなと思う。


それで二人にアプローチしているのは区別がつかないからだ。


双子なら思考が同じだから嗜好も志向も同じだと考えた結果だ。


凄過ぎる。



※※※



「振られたらしいわよ。あのボケくん」


「振られた?誰かと付き合ったんですか?」


「あの姉妹よ。まあ姉妹に嵌められたとも言えるけどね」


話すと、こうだ。


村椿くんは、牡丹(もに)に告白をしてOKをもらう。


次にデートの約束をする。


このデートの約束をした相手が百合(もあい)だ。


村椿くんは、牡丹(もに)と約束したつもりだった。


そして、デートをしていると、鉢合わせをしてしまう。


そこで修羅場になる。


牡丹(もに)は付き合ってすぐに浮気をされた。


百合(もあい)は告白してもらえると思った。


村椿くんは振られてしまったということだ。


何故、気づかないのか。


相手の名前を呼ばないからだ。


ハニーとかキミとかだったらしい。


あっという間に広がった。


それで反省しないのがボケくんの凄いところだ。


自分を振った女は見る目がない。


次の美人へと乗り換えた。



※※※



「ポジティブだね」


「先輩から毎日のように話は聞いていたので出会っている気がしていたんです」


「いいよ。僕も知りたくなってきたし、でも木瓜(しげうり)氏のこと普通にボケくんって呼んでいるんだね」


「営業以外はそれで通っていました。それにボケと呼ばれているのが自分だとは村椿くんは気づいていませんでしたから」


一度だけ営業先の人が気づいて、名前を見て『木瓜の花(ボケ)と一緒なんだね』と話題提供に言っただけで、馬鹿にされたと思って契約を打ち切ったことがある。


これは上が気づいて、すぐに対処したが対等な契約だったのが、向こうに有利な契約内容に変更して再契約することで和解した。


かなりの損失を出しているけど新人だからと目溢しがあった。


反省文と減給はあったが、どこ吹く風で気にしない。



※※※



「聞いて聞いて、ボケくん、女性は顔だけじゃなく中身も重要なんだよ。君たちみたいに内面の醜さが滲み出た顔を美人だと言っていた俺は愚かだった。そう言って、今までアプローチかけてた女性に何故か恋人が分かれるときのセリフを言って回ったそうよ」


「あり得ない、クズですね」


「最後に、心の美しい天使にだけに求愛をするから恨まないでくれ、と言って終わったみたいよ」


「その天使は誰なんでしょうね」


「さぁ?でも一通りの美人には声をかけてたし、職場の外にいるんじゃない?」


その時の私は楽観的に考えていた。


それが大変なことになるとは思ってもみなかった。


そう、まさか百八本の白いバラを渡されるとは思っていなかった。


白いバラの花言葉は、純白とかそういうのがメジャーだけど、村椿くんの思考回路なら絶対に違う。


調べて、寒気がした。


私はあなたにふさわしい。


ちょっと待て、本当に待って。


しかも、バーガディー種って。


気づかない美。


花に罪はないと思って飾ったけど、気味悪すぎて捨てさせてもらった。


百八本の意味が何かなんて考えたくなかった。



※※※



「今里ちゃん、ファーストコンタクトで、百八本のバーガディー種の白バラって、すごいもの貰ったね」


「そこは注目しないでください」


「だって、要約すると、キミの美しさに気付かずにいた僕だけど、キミにふさわしいのは僕だから結婚してくださいってことでしょ?」


「だから、そこは注目しないでください」


所長にも花言葉の知識があったのが驚きだった。


本当に驚きだった。


「でも、ファーストコンタクトにしては過激だね」


「私は忘れていたのですけど、それよりも前に廊下で村椿くんが落としたペンを拾ったんです」


「それだけ?」


「それだけです」


「それだけで結婚にまでなるとは突拍子もないね」


所長の言う通りだ。


いくら惚れやすく思い込みが激しくても常軌を逸している。


だけど、記憶の中に他の出会いがないのだから仕方ない。


しかもペンを拾ったときには彼のことを知らなかったのだ。


あとで名前を知った。


「今里ちゃんとの出会いは分かったよ。次は、今里ちゃんが会社を辞めることになるまでのことだね」


「それはですね」



※※※



「四ツ橋さん、ボケくんに気があるの?」


「いいえ、まったくありません」


「なら毅然とした態度で断らないとダメよ。ああいうのは付け上がるんだから」


一応、毅然とした態度はしたけど。


花束だって受け取れないと三十分は押し問答をした。


人目を憚らずに。


だから社内では私が断っているのに無理矢理というのは分かっている。


あとで、言い寄られていた女性たちから慰められた。


どんなに断っても駄目だった。


「マイハニー、今日も美しいよ。こんな美しい天使がこの世にいることに僕は神に感謝するよ」


「恋人でもありませんし、夫婦でもありませんので、呼び方を変えてください」


「何が問題なんだ?もうすぐ神の前で永遠を誓うのに呼び方を改める必要はないだろ?」


「結婚もしませんので改めてください」


「まだしていないだけだから。恥ずかしがり屋さんだな」


どんなにどんなに断っても駄目だった。


「もうすぐ付き合って十日だね。夜景の見えるレストランを予約しておこうと思うんだ。どこが良い?」


「付き合っていませんので、記念日でもなんでもないです。いい加減にしてください」


「またまた、職場の人に隠しておきたいからって嘘つかなくても良いじゃない。何も悪いことしてないよ。年頃の男女が付き合うのは当たり前のことだろ?」


レストランはもちろん行っていない。


どんなにどんなにどんなに断っても駄目だった。


「せっかくの記念日だったのに残業を押し付けられたんだろ?可哀想に。次はこんなことが無いように僕が仕事を手伝うよ」


「必要ありません。手伝っていただく理由もありません。他部署の人間が関わらないでください」


「冷たいこと言って、僕が手伝わないと一緒に記念日を祝えないじゃない。気にしなくても良いよ。これは僕とキミとの円満な結婚生活の予行演習みたいなものだから」


仕事は断っても勝手にやるから他の人の仕事も回してもらった。


どんなに断っても駄目なら良いようにさせてもらおう。


先輩は、何故かお局キャラに転職(ジョブチェンジ)していた。


「四ツ橋さん、これも今日までにしておいてね。英語できるなら簡単でしょ?」


「はい」


「あと、昨日言ったやつ、早くしてね。部長が困るから」


「はい、分かりました」


もちろん村椿くんがいる前だけだ。


私に仕事をどんどん指示する意地悪キャラだ。


何でもお局様を一度で良いからやってみたかったらしい。


それにああいうタイプはお局様から守ってあげる騎士役をすると調子に乗って何でもしてくれるから丁度良いということだ。


そこに丁度いい生贄(むらつばき しげうり)が現れた。


楽しんでいるらしい。


「教育係か知らないけど、キミに仕事を任せすぎだよ。新人は育てるもので使い潰すものじゃない。今度、人事部長に報告しておくよ」


「止めてください。余計なことはしないでいただきたい」


「余計なことじゃないよ。キミが心を病んでいく様は見たくないんだ。キミは僕の心のオアシスなんだよ」


「私はこの仕事が好きです。邪魔しないで」


先輩との連携と部署の皆の励ましで、何とかやっていた。


私は一度も好意を見せていないし、仕事も手伝って欲しいとは言っていないし、恋人であると肯定もしていない。


一緒に食事もしていないし、連絡先も交換していない。


住んでいる場所も知らせていないし、誕生日も言っていない。


で、Xデーはやって来た。


もともと、村椿くんは顔は良い方になる。


性格は難ありだが、顔だけなら女性としては付き合いたいと思うくらいだ。


一度も相手にされなかった営業部の女性から始まった私に対するイジメだ。


すれ違いに嫌味を言われるくらいだけど、出来るなら隠して欲しかった。


嫌味を言っている場面に村椿くんが出くわしてしまった。


そして、そこから例の言葉に繋がっていく。


【君たち(営業部女子のこと)は鏡見たことある?意欲が湧く訳ないじゃん。むしろ減退だよ。彼女|(私のこと)は恥ずかしがり屋さんなんだ。僕と結婚することを言い出せないんだよね】


それから辞めた。


あとは、探偵事務所で働いている。



※※※



「今里ちゃん、碌でもない男に好かれたんだね」


「大変でした」


「それで思い込んだ彼は探偵事務所に連絡をしてきたんだね。最初に連絡してから時間が空いたのは探して欲しい女性への思いを綴っていたから」


「そのようですね」


「断っても良いけれど、他の探偵事務所に依頼して探し出されたら面倒だね」


「次は連絡先の交換をさせられる気がします」


部署が違うから誤魔化せていたけど、今度は無理な気がする。


携帯だけなら何とかなっても自宅を突き止められたら確実にアウトだ。


結婚するのだから同棲しようとか言って押しかけられそうな気がする。


ここは絶対に知られないようにしよう。


「かと、言って会えばストーカーになりそうだね」


「それは困ります」


「警察も実害がないと言って動いてくれそうにないからね」


「どうしましょうか」


別の女性に心変わりをしてくれたら良いけど、あの会社の中で声をかけられていない女性はいないから社外になる。


無理だろうな。


「次に木瓜(しげうり)氏の交友関係を調べようか。今里ちゃんを諦める理由になりそうなくらいのスキャンダルを探そう」


「ですが、共通の友人というものはいませんよ」


「僕を誰だと思っているのさ。探偵だよ、探偵。簡単なことだよ」


「そうですか」


どっから来るのか不明な自信で、所長は村椿くんの交友関係を調べ上げた。



※※※



どうやったのか聞いてみると、


「それは、企業秘密です」


と返された。


どっかの推理漫画で見たことある気がする。


あれは女の子が言ってたから可愛かったけど、所長が言っても可愛くない。


「種明かしするとね。六次の隔たりという技を使ったんだよ」


「他の探偵事務所ですか?」


「違うよ。偉い先生が実験したんだよ。色々と誤差とかあるけど、知り合いを辿って行けば目的の人物に出会えるというものさ」


ウィキペディアにも載っているけど、理論上、すべての人類が四十四人の知り合いがいると仮定する。


知り合いを、そのまた知り合いを紹介してもらうと、大体、七回目くらいで全人口七十億人とお知り合いになれるという計算だ。


多少の誤差はあるけれど、目的の人物に辿り着けるという寸法だ。


名前が分からなくても問題ないらしい。


「そして、弱みとなる情報をゲットしました」


「すごいですね。それでどんなじょうほうなんですか?」


「すっごい棒読みね。もう少し盛り上げてよ」


「すごーい。それで?」


「さっきより短くなってる。まぁ簡単に言うと親が決めた婚約者がいるんだよ」


親が決めた婚約者がいるならさっさと結婚しろよ。


だいたい、他の女性に声かけるのは不貞行為になるんじゃないだろうか?


「ものすごいお嬢様で、資産とか番付に載るくらいで、個人資産でもすごいらしいよ」


「そんなお嬢様と婚約しているなら働かなくても良いのでは?」


「結婚したらお嬢様の傍から離れられないから色々と言い訳して逃げてるらしいよ」


「それと私のストーカーは何の因果関係が?」


「因果はいらないと思うけど、話が進まないからスルーすると、心から愛する真実の愛とやらの力を使って婚約を破棄しようと頑張ってるんだって」


「そんなライトノベルみたいなこと現実にできるはずないじゃないですか」


「現実にやってのけた人がいたよ」


「いるわけ・・・橘ですね」


「うん、それで真実の愛の相手は今里ちゃんになったわけだ」


「迷惑です」


「うん」


「心底、迷惑です」


何を考えているんだと本気で思った。


そのお嬢様もさっさと首輪を付けろよと言いたい。


結婚できない年なら仕方ないけど、法律的に結婚できる年齢を軽く過ぎている。


「所長」


「言いたいことは分かるから待ってね」


「はい」


「お嬢様に送り返したいと思っている。合ってる?」


「合ってます」


「そこでお嬢様と連絡を取ったんだよ。最初は門前払いだったんだけど、吉乃さんに仲介してもらってね」


「さすが地主(じぬし)のお嬢様ですね。顔が広いですね」


「うん、口添えもしてもらってね。それで今里ちゃんが困っているって伝えたら近日中にカタをつけるって」


お嬢様のセリフじゃない気がする。


てか、どうやって?


そればかりが疑問だ。


「あと、今日会いたいらしいからこれから行くよ」


「突然ですね」


「うん、僕も驚いたんだよ。でも婚約者の不始末はきちんと取るって言うから会うだけ会ってみようかと思って」


「そうですね」


そして、行ったのは庶民には最も縁がない高級マンションの最上階のひとつ下。


何でも最上階から三階分は持ち物らしい。


最上階は泥棒に入られやすいから、その下で、下で人が住んでいるのは嫌だから、もう一階分買ったらしい。


金持ちの考えることは分からない。


「来ていただいて申し訳ありません。わたくし、阪城(さかじょう) ねねと言います」


「谷町探偵事務所の所長、谷町 御堂。私は、四ツ橋 今里と言います」


「この度は、わたくしの婚約者である村椿 木瓜(しげうり)がご迷惑をおかけして申し訳ありませんわ」


「そのことなんですけど、どうしてさっさと結婚しないんですか?」


「今里ちゃん、ちょっと直球すぎるかな?」


「直球で構いませんわ。こちらも同じく直球で返します」


ねねさんは申し訳ないと謝りながらも本気で謝っている感じがしなかった。


一体、何を考えているのかがさっぱり分からなかった。


「わたくしの家と村椿の家は血の繋がりのない戸籍上の遠い親戚になります」


「権力を確かなものにするための結婚ですか?」


「違いますわ、谷町さん」


「違う?」


「えぇ、権力を脆弱化するための結婚ですわ」


何だか、ややこしい話になるが、要約するとこんな話だ。


阪城家は旧華族の流れを持つ由緒ある一族の分家なのだが、本家が落ちぶれてしまったため本家扱いされているそうだ。


分家は分家の立場と役割を忘れずにいたのだが、他の分家からは媚びられるか妬まれるかして大変だということ。


いつか本家が返り咲くことを夢見て守っているのだが、今の本家の当主がやる気のない方でいつになるか分からない。


本家のためにと色々な本家筋と縁戚になっているうちに権力がすごいことになり、対抗馬がいなくなってしまった。


このままでは本家が返り咲くのが難しくなるから権力を弱体化したいが中途半端に権力を持っている家と縁戚にはなれない。


そこで庶民で婿入りしてくれそうな人を探した。


その結果、村椿家が選ばれ、婚約となった。


阪城家当主としてボンクラであればあるほど良い。


財産を散財してくれる人ならなお良いという変わった条件のもと選ばれた。


女性に対してルーズだが、引き際の見極めが良いらしく警察のお世話になったことはない。


「村椿家は了承しているのかな?」


「了承していただいていますわ。木瓜(しげうり)さんは末っ子で家を継がせるつもりもなく、まともに結婚が出来る気がしないから貰ってくれるのなら有り難いと言われ、人身御供も同然に当家の婿になりますわ」


そういう両親だから村椿くんのような性格に育ったんじゃないだろうか。


教育の仕方が間違っている。


絶対に何か間違っている。


「それに言い訳をして逃げていますけど、年貢の納め時ですの。来月に籍を入れて新婚旅行に日本を出ますのよ」


「それはおめでとうございます」


「ありがとう。だからきっと焦ったのね。真実の愛とやらの運命の女性が靡いてくれないのですもの」


「日本に帰られたらまた真実の愛とやらを探すのでは?」


「日本に帰らないわ。どこか適当に海外を転住して日本に帰らせないわ」


「それは可能でしょうか?」


「可能よ。それに言葉が通じないところで生活を送れるとは思わないわ」


そう言えば英語もまともに話せない人だった。


たしか海外旅行も行ったことないから手続きも分からない。


「ねねさんは婚約者を愛しているのですか?」


「もちろんよ。彼ほどダメな男はいないでしょう。わたくしの理想ですわ」


「しかし、今里ちゃんを諦めてくれるでしょうか?」


「そうね。それなら絶対にわたくしと結婚しなければならないようにしましょう」


ねねさんの笑みが悪巧みを考えている笑みにしか見えなかった。


脚本が出来たらメールで送るから待っててと言われたけど。


一体、何をする気なのだろう。


所長は予想しているらしいけど教えてくれない。


当日のお楽しみらしい。


私は当事者のはずなんだけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ