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大阪駅・始発

一人暮らしをすることになって日記をつけようと思ったからお下がりで貰ったパソコンで簡単に書こうと思っていたけど驚きのファイルがあった。

 

【探偵の平和な日常茶飯事】

 

そんなタイトルだ。

 

そのときに受けた依頼を書き留めた業務日誌らしいけど、内容からはただの私小説だ。

 

それも最初は四ツ橋今里が書いているけどサブタイトルのつけ方がおかしい。

 

だってそうでしょう。

 

最初は外回りとか内回りなのに途中で信号故障とか。

 

書き手のはずの今里が知らないはずのことが書かれた回があったのだから。

 

これは業務日誌に(かこつ)けたフィクション小説だ。

 

そう思って読んでみた。

 

だけど、どこか真実味があった。

 

だって、四ツ橋今里は私の母だし。

 

谷町御堂は父だし、このパソコンをくれた張本人だし。

 

でも機械音痴で、ディスクトップ型なら使えると言いながらこれはノートブック型だし。

 

いろいろと真実と違っている。

 

確かに、誉志小父さんは料理上手で大きくなったらお嫁さんになると約束したこともある。

 

梦小父さんは図工の宿題で椅子を作るのを手伝ってくれた。

 

鉋の使い方で一週間しごかれたのは今ではトラウマだ。

 

間森小父さんは塾で夜遅くなったら必ず迎えに来てくれた。

 

ふつうは親じゃないのって思ってたけど、車の免許を両親は持っていないから仕方なかったらしい。

 

間森小父さんだけは下の名前じゃないのは、名前は最大の個人情報だ、とかで下の名前は絶対に教えてくれない。

 

お父さんは大学の同級生だから知っているけど、お母さんは知らないらしい。

 

一人暮らしをすることになったのは大学に進学したからだ。

 

これでも優秀で模擬試験では上位に入っていた。

 

その頭を活かして最高峰の大学で学びたいと願って留学することにした。

 

持って生まれた才能を最大限に利用して何が悪いのと思っていたけど、そのあたりはお母さんにそっくりだとしみじみ言われてしまった。

 

お母さんは確かに頭が良いけど短大卒でしょと内心は見下していた。

 

でも違った。

 

自分で留学の手続きで必要な書類を集めて必要なお金を計算してと初めてのことで四苦八苦してようやく揃えたときには期限ギリギリだった。

 

お母さんに書類を書いてもらおうとお願いすると、何も言わなくても全て書いてくれた。

 

何が必要で、何を書けば良いのか。

 

私が用意するよりも先に全部知っていた。

 

今でも忘れていない。

 

いつ持ってくるのかと待ってたの、と言われたことを。

 

仕事をしながら家事をしながら全部調べつくしていた。

 

留学をしたことがあるのかと聞けば、したことないけど用意するものはだいたい決まってるでしょ、と答えが返ってきた。

 

つまりは何でも熟せてそれが幅広いということだ。

 

短大で終わらせたのも自分のしたいことを叶えるための最短ルートだったからだ。

 

正直、敵わないと思った。

 

だからお母さんとは違う分野で勝負しようと思って英語を勉強して留学をしたのに。

 

英語でもお母さんに勝てなかった。

 

留学が決まってからお父さんから今里ちゃんの子だね。

 

そう言われて、初めてお母さんが英語を話せることを知った。

 

無駄に敵対心を持って反発しているけどお母さんのことはちゃんと好きだし。

 

お父さんはぽややんとしていて正直、こっちの毒気が抜ける。

 

あとはものすごくイケメン。

 

授業参観とかは絶対に来てほしいとよく駄々を捏ねた。

 

少しだけね、と言っていつも最後のほうだけ来てくれる。

 

その意味がまったく分からなくて大泣きした。

 

大人になってからどうして最後だけだったのか聞いたら相手を石にするほどの美貌だかららしい。

 

私は生まれたときから見てきたし、周りも美男美女だから何とも思っていなかったけどお父さんの美貌は殺人的らしい。

 

ちらりとみるだけなら何ともないが正面から見てしまうとその日一日は使い物にならない。

 

信じられないことだけど、実際に見せてもらった。

 

納得するしかなかった。

 

あとはお父さん自身に自覚がないから言っても無駄だということだ。

 

昔は醜男だと信じ切っていたところを平々凡々のどこにでもある顔という認識まで持ち上げたというのだから無駄なのがよく分かる。

 

話はだいぶと逸れたけど私が言いたいのは事実を脚色した話なのではないかということだ。

 

そうすると、書き手は四ツ橋今里だけど、パソコンの持ち主は谷町御堂。

 

でも谷町御堂自身の内容もある。

 

一体、何があったのか分からない。

 

考えられるのは、谷町御堂が四ツ橋今里になりすまして書いたという説だけど、パソコン音痴の機械音痴のお父さんが書いたのは疑問が残る。

 

原稿用紙に書いたものを誰かがパソコンに書き写したというのもあり得る。

 

それならパソコンに入力したのは誰なのか。

 

ほかの人が入力したのならお父さんのパソコンに残っていたのは不思議だ。

 

これを使って良いよ、とくれたけど本当の持ち主は違うのではないかという説だ。

 

中身はほとんどそのままにされていて写真とかも残っている。

 

これは私が生まれる前から生まれた時からずっとの写真だ。

 

おかげでホームシックにならなくてすみそうだけど、その点は感謝しているけど。

 

謎すぎる。

 

そして図らずも両親のなれそめやお父さんの過去を知ってしまったのだけど、帰ったらどうしようか。

 

本当にどうしよう。

 

今も日記だと言いながら日記になってないし。

 

前のページからの謎がすご過ぎる。

 

これを書いた人はいったい何が目的だったのだろう

 

本当に業務日誌なのだろうか。

 

それならもっと○月×日とか。

 

依頼を受けた内容とか依頼料とか分かることを書くと思う。

 

調べようにも私は日本から出たし、生まれる前のことだろうし、さらに言えばいつの時かも分からない。

 

四ツ橋今里がお母さんなら百貨店で勤めていたころは今からざっと二十年前になる。

 

そんな昔のことをしかも私用のことを調べるなんて無理だ。

 

それこそ探偵に頼めば何とかなるかもしれないけれど、お父さんもお母さんもプロの探偵だ。

 

調べられているとすぐに気づくだろうし、そこまでするなら直接聞いたら調査費とかいらないし。

 

話が逸れるのは悪い癖だなぁ。

 

やっぱり留学でホームシックなのだろうか。

 

心細いのかな。

 

半ば反骨精神から留学したけど寂しいものは寂しい。

 

言葉に不自由はしていないけど、留学することが目的で、そのあとのことを考えていなかった。

 

考えているようで考えなしで突っ走るのはお父さんそっくりだって言われたけど、帳尻はいつも合っている。

 

と私は思いたい。

 

気になったらとことん調べたがるのもそうらしい。

 

だからパソコンをくれたお父さんに聞いてみることにした。

 

From: hyly.hyly[at]yapple.co.jp

To: midonomail[at]yapplemobile.ne.jp

Title: 聞きたいことが

 

PCのなかのファイルの

探偵の平和な日常茶飯事って誰が書いたん?

 

―――end

 

 

From: midonomail[at]yapplemobile.ne.jp

To: hyly.hyly[at]yapple.co.jp

Title: Re:聞きたいことが

 

それはね

最初は今里ちゃんが書いて

途中で僕が付け足したんだよ!

 

外回りと内回りは今里ちゃんで

他のは僕だよ(^^)/

 

パソコンできないって思われてたんだけどね

昔はできなかったんだよ

今はね

今里ちゃんが使っているのを横で見続けた結果

文章くらいは打てるようになったんだよ

 

パパも頑張ればできるんだよ

メールくらいはできるんだよ

 

―――end

 

 

From: hyly.hyly[at]yapple.co.jp

To: midonomail[at]yapplemobile.ne.jp

Title: Re:Re:聞きたいことが

 

ありがと

お母さんは知ってるん?

 

―――end

 

 

From: midonomail[at]yapplemobile.ne.jp

To: hyly.hyly[at]yapple.co.jp

Title: Re: Re: Re:聞きたいことが

 

知らないよ

途中で更新するのを止めちゃってたからね

 

僕がパソコンで文章打てるの内緒だよ

 

―――end

 

 

まさかお父さんがパソコンを使えたとは。

 

驚きだった。

 

だってそうでしょう。

 

今までパソコンできないと思っていた人が本当はできるんだとか。

 

詐欺だよ、詐欺。

 

本当に似たもの夫婦だわ。

 

しかも隠す意図があったお父さんの方がさらに性質が悪い。

 

お母さんは隠していたんじゃなくて言う機会というかわざわざ言うことじゃないと思っていたから言ってなかっただけだし。

 

この分だと、一生言わないつもりなんだろうな。

 

今時、パソコン使えないとかあり得ないでしょう。

 

だって授業で絶対に習っているはずだもん。

 

大学のレポートとかパソコンで出すって聞いたことあるし。

 

それならどうしてたんだってことになるでしょう。

 

前言撤回する。

 

お父さんはぽややんなんかじゃない。

 

あの人畜無害そうな顔で虎視眈々と人の裏をかく天才だ。

 

だって未だにお母さんにパソコンができないって思いこませてんだもん。

 

これはもう天才でしょう。

 

そうなると自分の顔がブサイクだと思っていたのも演技と疑っていたけど、これは本当らしい。

 

不思議なお父さんだと思う。

 

そんなお父さんと一緒にいるお母さんも不思議だ。

 

二人はいいコンビなのだと思う。

 

見る人見る人を石にするお父さんを見ても石にならなかったお母さんと結婚するのは運命だったんだろう。

 

別に運命を信じているわけじゃないけど収まるところに収まった感じがする。

 

それに今が楽しければそれでいい。

 

明日からは留学先の学校で授業が始まる。

 

とても有名な教授の授業だから楽しみだけど、少しだけ私にはやりたいことが見えてきた気がする。

 

それは机の上では得られないものだ。

 

そのためには大学を無事に、卒業する必要がある。

 

きっと反対されると分かっているけど自分の人生くらい自分で選びたい。

 

 

※※※

 

 

このファイルを開けるのが三年ぶりとか驚きだった。

 

日本では分からなかったが私は勉強に関しては優秀だったらしい。

 

好きなことにはとことん能力を発揮するタイプだった。

 

飛び級して卒業することが確定している。

 

そして私は夢を叶えようとしている。

 

犯罪心理学

 

それを専門にして仕事に就こうとしている。

 

最初は無難に経済学でも学ぼうかと思っていたけど、パソコンに紛れていたファイルを読んでから探偵というものに興味を持った。

 

生まれたときから両親がしていた仕事だけど、興味というものはなかったし、世襲制というものではない。

 

あくまで実力勝負だ。

 

日本では探偵というと浮気調査とかくらいのイメージだけど、私は単純に探偵になりたかったわけじゃない。

 

探偵という職業が担うところと警察というところが担う仕事の縄張りはまったく違う。

 

それでも犯罪が絡むことが多い。

 

だから犯罪に手を染める人の心理を知りたいと思ってしまった。

 

これを話すと話が飛びすぎて理解できないとよく言われるけれども私の中では繋がっている。

 

メールで犯罪心理学を学ぶことにしたと連絡したら案の定、お母さんから反対された。

 

危険なことにわざわざ首を突っ込む必要はないでしょう。

 

いや、こんなお上品な言い回しではなかった。

 

どあほ!危険なことに首突っ込むバカがどこにおんねん。

 

もっぺん無い脳みそでよぉ考えてみぃ。

 

どれだけ怒っていても標準語で話していたお母さんが大阪弁で怒ると怖かった。

 

それでも止められなかった。

 

というかもう選び終わったあとだ。

 

もう遅い。

 

お父さんは、僕たちの子は変わってるねぇ。

 

ほのぼのと言って終わった。

 

反対されたけど、怒ってはいたけど、応援していないわけじゃない。

 

英語で書かれた手紙が届いた。

 

I will always be your side. And it will not

change as long as you are a daughter. But remember that there is parents who do

not want you to do dangerous things. I think that whatever you want to

challenge is what you should challenge.

Like me and your dad.

Boys, be ambitious, like this old man.

 

これがお母さんの本音なのだと思った。

 

心配していないわけじゃない。

 

でもやりたいことを応援しているけど、危険なことをしないで欲しいという気持ちだ。

 

犯罪心理学というだけで危険な感じがするけれども実際は違う。

 

実地に行って調査する人もいるけれど私のところは過去の犯罪からどういう性格の人がどんな犯罪を選びやすいのかを確率論的に調査するものだ。

 

そう言えば、どんなことをするのか何も言っていなかった。

 

こんど日本に帰ってみようかな。

 

 

※※※

 

 

日本に帰ったらいきなり仕事を手伝わされた。

 

何でも人手不足らしい。

 

人手って言ってもお父さんとお母さんしかいないのにどうやって不足になるのか不思議だけど言われた通りにした。

 

待ち合わせ場所の喫茶店に行くと中年のおばさんがいた。

 

目元を腫らしていたから何か訳ありなのは分かるけど相手を気遣って話を聞くのは苦手だったりもする。

 

ここからはお母さんに倣って会話も含めたものにしようと思う。

 

 

※※※

 

 

「お待たせしました。谷町探偵事務所の谷町と言います」

 

「あっ、いえ、ごめんなさい」

 

「どうかされましたか?」

 

「よく似ていたものだから」

 

顔を見て似ていると言われれば両親のことしか頭に浮かんで来ないけど、仕事は余計な詮索はしないのが鉄則。

 

華麗にスルーして話を聞く。

 

「本日のご依頼をお聞かせくださいますか?」

 

「はい、夫のことですが、いつも帰りが遅くて私の知らない女性モノの香水の香りがするんです。それだけじゃないんです。口紅やファンデーションも数えたらキリがないくらいの女の影があるんです。浮気の証拠を掴んでください」

 

「浮気調査ということでお間違いはありませんね」

 

浮気調査という名目で別のことを調べさせようとする手口は多い。

 

それにこの女性の旦那は浮気だけではなさそうだ。

 

いくら日差しが強いからといって夏に長袖に首にストールをしたまま喫茶店にいるのは不自然だ。

 

授業で見たDVを受けた女性がよくする服装だ。

 

「はい、私はずっと耐えてきたんです。もう自由になっても良いと思いませんか?まだお若い貴女に言っても分からないと思うけれど」

 

「調査費用と諸経費はこのようになっています。ご了承いただけましたらサインをお願いいたします」

 

「君じゃなきゃダメなんだって言われて結婚したけど、こうなるのが分かっていれば初恋の人と結婚していれば良かったわ」

 

「調査報告は後程メールでお送りいたします」

 

「信用していないわけじゃないのよ。でも直接お聞きしたいからまたどこかの喫茶店でも良いかしら?」

 

「かしこまりました」

 

探偵と密会している姿を見られたくないと思う人は多いけど、直接じゃないと信用できないという人も多い。

 

一概には言えないけど、何か裏がありそうな気がした。

 

嘘を言っているわけではないけれども真実でもないような曖昧な感じだ。

 

これは心理学を学んだときに人の所作がしっくりこなくなってきたときによく似ている。

 

初対面で緊張しているというだけではない。

 

依頼は締結したし、あとは調査して依頼料をもらうだけだ。

 

やみくもに首を突っ込めば良いというものではない。

 

北里(はいり)ちゃん、何してんの?」

 

「誉志小父さん」

 

「さては仕事に駆り出されたな」

 

「その通りです」

 

日本には休暇のつもりだからまた向こうで仕事を再開するつもりだ。

 

その間は親孝行しようと思っていたけど、ここまでこき使われるとは思っても見なかった。

 

「まぁ乗りな」

 

「ありがとうございます」

 

「どんな依頼だったの?」

 

誉志小父さんはちょっとの間、事務所を手伝っていたというし話しても問題ないと思う。

 

本当は話したらいけないことくらいは分かってる。

 

「浮気調査です。夫から暴力も受けている可能性が高いです」

 

「それで結果が出たら別れるのか」

 

「どうでしょうか」

 

結果の報告だけでその先のことは何も言っていなかった。

 

むしろ過去に出会った男性と結婚していれば良かったと言っていた。

 

「名前は?」

 

面森(おももり)町子さんです」

 

「面森?」

 

「お知り合いですか?」

 

「たぶんな」

 

誉志小父さんが知っているならお父さんも知っていると思ったけど何も言っていなかった。

 

あまり良い思い出ではないかもしれない。

 

「おそらくは急阪(せさか)町子だ。結婚して面森になったという話は聞いたからな」

 

「そこまで知っているなら連絡してあげたらどうですか?困っているみたいですよ」

 

「わざわざ探偵事務所に依頼をするってことは俺や梦の力はいらないってことだからな」

 

いつも結論を分かり易く出す誉志小父さんが珍しく言い淀んでいた。

 

私には聞かせたくないことなのだろう。

 

でも私だって子どもじゃない。

 

大人の事情の一つや二つくらい流してみせる。

 

「初めて会ったのに似ているって言ったんです」

 

「そんなことを言ったのか。なら良いか」

 

何が良いのかは分からないが誉志小父さんなりの葛藤というものがあるのだろう。

 

それにきっとこの面森町子という女性、いや急阪町子という女性は谷町探偵事務所の所長である谷町御堂に会いたかったのだろう。

 

それはきっと叶わない。

 

会っても仕方ない。

 

どうせ過去のあの時のように石化してまともに話もできないだろうし。

 

「昔さ、御堂に恋してる女の子がいたわけよ」

 

「へぇ、お父さんはイケメンですもんね」

 

「そうそう、それでさ。北里ちゃんも知っての通り正面から見ると男女問わずに石にしちゃうからね。石になりながらも好意を伝えていたわけよ」

 

そのあたりの詳しいことは知っている。

 

そんなに好きだったんだと思っていた。

 

でも違うような気もする。

 

「御堂もあんな感じで鈍感だから気づかないまま大学を卒業ってなって疎遠になってたんだけどね」

 

「旦那さんとうまくいかないからお父さんに会いたかったってことですか?」

 

「会いたいってだけじゃないような気がするね」

 

会いたいという気持ちで自分の状況を利用して探偵になっているお父さんに依頼したのではないかと思ったが、もう少し何かが深そうだ。

 

男女の関係は簡単には割り切れない。

 

それは国が変わっても同じだ。

 

電話に出なかったという理由で斧によって交際相手を惨殺した男もいる。

 

「御堂はまったく相手にしなかったけど熱を入れたのが急阪だった。毎日のように話しかけては石になり手作りの菓子とか持って来てたな」

 

「熱心ですね」

 

「熱心だけど伝わってなかったからな。俺たちはまた来たかくらいだし、御堂しか話しかけないから余計に警戒されていたな」

 

それは他の女性からも反感を買いそうな典型的な行動だ。

 

一人ではなくグループなら多少は緩和されただろうけど単独行動はご法度だ。

 

しかもお父さんもだけど誉志小父さんも梦小父さんもイケメンだから抜け駆け行為と見做されそうだ。

 

お父さんだけに熱心に声かけとなると誉志小父さんと梦小父さんのファンからは面白くないだろう。

 

「結婚した相手に暴力に浮気で過去の恋愛が羨ましくなったんだろうな。だから谷町御堂で調べたら探偵事務所を開いていることが分かった」

 

「ネットで簡単にわかりますしね」

 

「依頼があると喫茶店を待ち合わせ場所にして今の自分が浮気されて暴力を振るわれている可哀想な女性というところを全面に押し出して御堂とあわよくばと思ったんだろうな」

 

谷町という苗字を名乗っているのは所長であるお父さんだけだ。

 

今でも仕事上はお母さんは旧姓である四ツ橋を名乗っている。

 

これは条件反射のようなもので苗字を変えて名乗るのも大変らしい。

 

それに夫婦で探偵をしているというのも怪しまれる。

 

「ところがどっこい」

 

「ところがどっこいって言うんですね。死語だと思ってました」

 

「話の腰を折るなよ。小父さん泣いちゃうぞ」

 

「その手には乗りませんよ」

 

小さいときから遊んでもらっているから小父さんと呼びながらもお兄さんみたいな感じだった。

 

それならお兄ちゃんって呼びそうだけどそこはお母さんの嫌がらせだ。

 

口が酸っぱくなるくらいに小父さん呼びを徹底させた。

 

あるときから小父さんと呼ばれても普通になってしまった。

 

「ところがどっこい、そこにやって来たのは谷町は谷町でも娘の方だった」

 

「それで最初態度がヘンだったんですね」

 

「風の噂で探偵をしているのは知っていたが娘がいるところまでは分からなかった」

 

頻繁に連絡を取り合う仲でないのなら結婚したことも知らないだろうし、子どもがいることも知らない。

 

私は高校卒業と同時に留学していたから余計に分からないだろうし。

 

小さいときは反発してよく誉志小父さんや梦小父さんの家に家出していた。

 

行き先がはっきりしているから許されていたし、冷静になればちゃんと悪かったところとかも判断できたから合っていたのだろうとも思う。

 

「浮気されて暴力振るわれたことを悲劇ぶるなとは言わないけど、それを利用して御堂と懇ろな仲になる算段でもしてたんじゃないか?」

 

「懇ろ?」

 

「懇ろって死語か?えっとな。親しく深い仲になるとかそんな意味だったな」

 

「お父さんを見て石になっているようじゃ不倫もしてもらえないと思うけどな」

 

「そうだな。なかなか厳しいこと言うな」

 

だってそうだろう。

 

お父さんは結構早い段階でお母さんへの恋心を持っていたのが、あの私小説なのか業務日誌なのか分からないものに書き綴られていたのだから石になっているようではスタートラインにすら立てていない。

 

予選落ちどころか、選手登録すらされていない。

 

まぁお母さんは不戦勝という対戦相手もいないなかでの勝利だから勝負になったかは怪しいが。

 

確かに今の面森町子は美人な部類に入るから若かりし頃はさぞやモテたとは思うが誉志小父さんの推理が当たっているなら性格の悪さが表情に出ているという感じだ。

 

「最後に、信用しないわけじゃないけど直接会いたいって言われたのはお父さんを暗に示しているということですか?」

 

「だろうな。若い貴女では信用できませんって言って依頼を断られたら困るからだろうな」

 

「これだとお父さんが出てくるまで調査報告に文句を言われそうですね」

 

「俺としては急阪に何の思い入れもないから依頼料を吹っ掛けたらいいと思うけどね」

 

できませんとか言えば信用にかかわるから法外な依頼料を提示して諦めてもらうこともある。

 

それは双方のためだ。

 

浮気調査のときはよく使う手でもある。

 

浮気していない証拠が欲しいと言われたときに浮気していたら間違いだからやり直して欲しいと延々と繰り返される。

 

時間も無駄になるし、経費も嵩む。

 

依頼人が納得していないから依頼料も諸経費も支払われないから大赤字になる。

 

だから最初から断るのが一番の解決策だ。

 

悪徳なところならその証拠を見つけるためにと言ってどんどん支払わせることもあるがウチは良心的な探偵事務所を心がけている。

 

もう一つは浮気している相手がもっといるはずだと言われる場合だ。

 

これは離婚のときの慰謝料を相場よりも多くもらおうと考えている人に多い。

 

一人じゃなくて複数人なら慰謝料の割り増しもしやすいし、相手の女性に対しても少額で全員にすれば大きな金額になる。

 

こうなるとちょっと道で会話した女性ですら浮気相手になる。

 

酷いときは自分の妹ですら浮気相手にしてしまう。

 

「どうしたらいいですかね」

 

「所長を出せって明確に意思表示があったわけじゃないからな。浮気調査をして報告する。それが一番いいと思うぞ」

 

「そうですね。サインももらってますし、仕事はします」

 

「お手並み拝見だな」

 

きっと軽い気持ちでお父さんに会おうとした。

 

会って話をして恋に落ちたらあとは旦那と別れて新しい恋をするつもりだったのだろう。

 

そうじゃなくても今の不遇の状態を慰めて欲しかったというところだ。

 

これくらいは私でも何となく分かる。

 

お手並み拝見と言われてもすることはない。

 

なぜなら私は日本での調査ができない。

 

だからありのままに報告するだけだ。

 

所長に。

 

 

※※※

 

 

結論から言えば、お父さんは会いに行かなかった。

 

理由は今は奥さんと子どもがいるのに身内でもない女性に会いに行かないよ、ということだ。

 

お母さんも会わないことにしたらしい。

 

付き合ってもいない女性にいちいち嫉妬もしないということだ。

 

今までにもお父さんに惚れた人が男女問わずに刃傷沙汰を繰り広げてくれたのだ。

 

今更好きですと言い出したくらいでは相手にする価値もない。

 

少なくとも別な人と結婚したのだから、その程度の気持ちだったというだけのこと。

 

けっこう冷たく切り捨ててた。

 

報告は私がすることになった。

 

一回で終わることを願うけど上手く行くだろうか。

 

「まず、旦那さんは三人の女性と同時に交際をしています。そして短期的には十数名の女性とも。こちらが現場を押さえた写真になります」

 

「そんなに・・・」

 

「特に親密な女性のうちの一人には三人のお子さんがいます。上が十八歳で、下が八歳ですね」

 

「えっ?」

 

同時に依頼人である面森町子のことも誉志小父さんを通じて調べてある。

 

浮気は証拠を掴みやすいが暴力に関しては分かりにくいから周辺を調べてもらった。

 

調べると言っても誉志小父さんの人脈を使って簡単にだ。

 

結婚したのが今から二十年前だからそのあとに浮気されて子どもができたことになる。

 

せいぜい二、三年のあいだの出来事だと高を括っていたのだろうが甘い。

 

「こちらで以上になります。ご依頼は完了しましたので、期日までにお振込みをお願いいたします」

 

「谷町さんと言いましたね」

 

「はい」

 

「酷いと思いませんか?君じゃなきゃダメだと言いながら浮気をして子どもまで作って」

 

誰かに聞いて欲しいのだろうが人選を間違っている。

 

探偵は身の上話を親身に聞くのが仕事ではないし、依頼されたことを調査するだけだ。

 

心理カウンセラーではない。

 

でもこのまま話を聞く気はありませんと言って席を立つことはできなかった。

 

さすがにそこまで血も涙もない鬼ではない。

 

「仕事から帰ったら家にいて欲しい。眠っていても良いからって。私が寝ないで待っている間に浮気していたのよ」

 

「・・・・・・」

 

「子どもが欲しかったけど、あの人が不妊症で子どもを望めないって分かったわ。不妊治療をして欲しかったけど仕事があるから難しいだろうって思って何も言わなかったのに別の女とは子どもがいるのよ。その女のために治療したって言うの。私は一体、何だったのよ」

 

子どもができにくいだけであって、できない体ではなかった。

 

これは本当のことだ。

 

調査対象者が誉志小父さんのバーに来て自慢げに話していた。

 

俺はもてるんだって、女が俺をほっとかないって。

 

バカじゃないかと本気で思った。

 

「これなら大学のときのあの人と結婚すれば良かったわ。恰好良かったし」

 

「あの人?」

 

「そう、とても恰好いい人でね。いつも手作りのお菓子を持って行ったわ。見惚れてばかりで申し訳なかったけど、優しくてね。大学を卒業してから自然消滅してしまったけど」

 

自然消滅というのは恋人関係だった二人が別れの言葉なく、恋人関係を解消したことになる。

 

お父さんには付き合った記憶はないし、お母さんも出会ってからは人づてでしか知らない。

 

一度だけ手紙が届いたことでお父さんが書き記しているけど、付き合ったとかそういうのはなかった。

 

むしろその頃にはお母さんと付き合っていた。

 

付き合い始めていた。

 

「一度、手紙を出して会ったのだけどね。大学時代を思い出して言葉にならなくて、もう一度やり直そうという言葉が出てこなくなってしまってね。あのときに告白をもう一度できていたら良かったわ」

 

「・・・そうですか」

 

「そうよ。そうすればもっと良い人生が歩めたわ。きっと可愛い子どもを産んで手を繋いでデートをしていたわ。それともまだ少女のように照れていたかしらね」

 

過去を振り返った妄想を聞かされるのに飽きてきた。

 

いくら過去を思い返しても結婚したのは浮気に暴力の男だし、憧れの人には最愛の人と娘がいる。

 

「その人に会いたいですか?」

 

「えぇもちろんよ。初恋の人だもの」

 

「会ってどうするおつもりですか?貴女と同じように結婚しているかもしれませんよ?」

 

「それはないわよ。あの人はとてもシャイな方だから私みたいに積極的に話しかける女性でないと務まらないわ。それにいつもお友達と一緒だったから他の子は話しかけにくい状態だったし」

 

思い込みの激しい女性というのは分かったが、あのお菓子を手渡していただけで付き合っていたと思えるのはすごい。

 

図々しいを通り越していっそのこと拍手を送りたい。

 

私はそこまで面の皮は厚くない。


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