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大正駅、野田駅通過福島駅到着

優しく頭を撫でる手は初めてで逃れがたく目を覚ますのが勿体ない、そんな気がした。


「・・・おはよう、今里ちゃん」


「所長?」


「うん?」


問答無用で殴った。


グーで。


「ぐはっ」


「勝手に、勝手にいなくなって、勝手に帰ってきて、人のこと振り回して楽しいですか?」


「今里ちゃん?」


「やっと、一緒に居てくれると思ったのに、やっぱり居てくれない」


やっぱり両親と同じだと思った。


血のつながりがある人でも一緒に居てくれないのに他人はやっぱり居てくれないと本気で思った。


「今里、一度しか言わないから覚えとけよ」


「所長?」


「勝手にいなくなるわけないだろうが、俺は今里を愛してる。この世で一番な」


「はっ?何言ってんの?急にいなくなって、それ?舐めてんのか?」


容赦なく殴り飛ばした。


顔の形が変わろうとも関係ない。


だいたいいなくなって帰って来ていきなり告白とかふざけてるとしか言いようがない。


「いってぇ」


「勝手にいなくなって勝手に帰って来て告白とか」


「うん、それでも俺は愛してる」


「愛とか分かんないし、他人ならもっとだし」


「なら一緒に作るか」


「作る?」


またふざけたことを言っていた。


「子ども」


「ばっかじゃないの!子どもが愛の結晶とかあり得ないし」


「だけど俺は信じたい。子どもが愛の結晶だってことを」


「私は信じれない」


両親は私を愛の結晶だと思っているのなら私はいったいなんだというのだろう。


「俺さ、施設育ちなのよ」


「施設?」


「そっ、産まれてすぐに施設に預けられた。だから親の顔とか知らないんだよね」


「それは」


「だからさ、自分の子は手元に置いて育てたいのよ。大切にしたいと思える人と大切なものを作りたいのよ」


夢を見ている所長は甘いと思った。


手元に子どもを置いているから幸せだとは限らない。


むしろ施設の方が優しいのではないかと思う。


「私は、所長のことを好きになっているかもしれません」


「うん」


「でも信じるのは怖いです」


終わりが来るのが怖いのではない。


終わらないことが怖いのだ。


「私は両親揃ってます。でも顔を見たことはほとんどありません。だから今は会っても両親だと言える自信がないです」


「うん」


「驚かないんですね」


「あまり両親のことを話さないから、俺に気を使っているのかと思えば孤児だと知らないみたいだし、だからごめん。調べた」


ストーカーもどきに襲われたときに、たぶん所長は連絡を取ろうとしてくれたのだ。


でも私が緊急連絡先に書いたのは誰も住んでいない実家の固定電話だ。


留守電にもならない。


ただ鳴るだけの機械だ。


「今里ちゃんと結婚を考えるなら挨拶は必要だし、俺が孤児だというのも話さないといけないと思ったからな」


「連絡を取れることはないと思います」


「そうとも限らない」


「どういうことですか?」


「四ツ橋って苗字で敏腕弁護士がいる。そいつが探偵を雇って探偵のことを調べたら狭い業界だからな。すぐに分かる」


おそらく転職をしたときに調べられたのだろう。


自分たちの経歴に傷がつかないように。


「弁護士と探偵は切っても切れない関係だ。それに、これでも俺、敏腕探偵よ」


いきなり戻って来て何を言い出すのかと思えば、何かを企む顔をしている。


その答えはすぐにやって来た。


両親が揃って探偵事務所に来たのだ。


記憶にある顔よりも老けて、白いものがチラホラ混じっている男女だ。


街中ですれ違っても両親だと言える自信はない。


「谷町さんと言いましたな。まだるっこしいことは抜きにしましょう。本題はお分かりいただけますな?」


「なんのことでしょうか?」


両親は所長の顔を見ても石化しなかった。


「娘を誑かすのは止めていただきたいということです。社会経験になればとデパートで働くことは黙認していましたが、得体の知れない探偵事務所で働くことは容認できない」


「娘は私たちの子ですから、もっと優秀なところで働けるんです。なのに、こんなところで働くなんて」


「こんなところ?」


「そうでしょう。貴女は私たちがきちんと教育したのよ。それなのに短大に行ったりして、もっと成功した人生が送れるようにしたでしょう?」


本当に信じているのだろう。


だから何を言っても理解できない。


「なるほど」


「分かってもらえたようですね。物分かりの良い方で安心しましたよ。私たちも手荒な手段を取るのは気が引けていたんですよ」


「そうですか。弁護士ともなると身辺の関係も影響して来ますからね」


「えぇ」


所長は言葉巧みに私を解雇すると言いながら今日は帰るようにと勧めた。


私のためと言いながらも両親の中にあるのは、自分たちの地位の保守だ。


「いやぁ今里ちゃんが言っていた意味が分かったよ。だけどね、探偵と弁護士は切っても切れない関係だよ」


「いったい、なにを?」


「安心して、今里ちゃんが困ることにはならないから」


その言葉で一体何があったのか。


それは何気なく見ていたテレビ番組だった。


「はい?」


各職業で前線で活躍する人を紹介する国営番組だった。


そこに両親は出ており、そして、法曹界の双璧という肩書をもとに紹介されていた。


仕事と子育てを両立させている成功者というフレーズだ。


「ばっかみたい」


だけど、目が離せなかった。


どんな子育ての仕方をしていたかインタビューの段階になると、話を聞いているアナウンサーの顔色が悪くている。


それもそうだろう。


子どもの管理のために時間になると外から出られなくなる家など、同意できない。


それでも放送しているのは、弁護士がしているから法的に問題ないだろうという判断だ。


「ふーん」


番組が終わるとネットでは疑問視する声が上がっている。


虐待ではないかという声があるが、ボーダーラインというところのようだ。


それから週刊誌などで二人のことが特集されて、驚愕の子育て方法が明らかになった。


「・・・所長」


「どうしたの?」


「いったい、何をしたんですか?」


「ただ、ちょっとした知り合いに特集して欲しいと言っただけだよ」


その知り合いが怖いんだ。


不思議なことに私のもとに記者が来ることは無かった。


それに、週刊誌も両親を悪く書くのではなく、子育て方法を紹介するだけに留めているため訴えることもできないみたいだ。


「まぁ、向こうが手を出すならこっちも同じことをしてもいいと思わない?」


「だめだと思いますよ」


所長は突拍子もないことをやることがある。


そして、それは私に関わると際限がなくなる。


ある日、雑誌を読んでいると、ある大手弁護士事務所が移転することが書かれていた。


「へぇ」


ただ、その理由は、老朽化による建て直しによる退去だった。


そのあとは違うビルに入るらしい。


「賃料が上がるのは死活問題だよね」


「えっ?」


「うん?」


「このビルの賃料が上がるの?」


「違いますよ。これです」


「あぁ。オーナーのビルか」


「オーナー?」


ここ以外にビルを持っていたことは知っていたが、まさかこんな大手ビルを持っていたとは知らなかった。


そして、そのビルの建て直しが決まった理由は、あとで知ったが、オーナーからの嫌がらせらしい。


「仕事が早いよね?」


「だれが?」


「今里ちゃんは知らなくてもいいよ」


『イケメン滅べ』のオーナーは、私の父の顔が気に食わなかったらしい。


そんな男がいる弁護士事務所に貸すということに我慢ができなかったオーナーは、オーナー権限をフルに使って、ビルの建て直しを決行した。


その後には賃料が三倍になり、利益が得られないという弁護士事務所の判断により出て行くことになった。


たった一人への嫌がらせにしては規模が大きいが、オーナーは自分の信念に良くも悪くも正直だ。


なのに、どうして所長にビルを貸しているのか不明だ。


「あとさ、籍を入れようと思うんだけど、いつがいい?」


「本気だったんですか?」


失踪事件のあとから所長は結婚することを勧めてくる。


冗談かと思っていたが本気らしい。


「本気なのは分かったが、御堂」


「うん?」


「ちょっと歯ぁ食いしばれ」


「ぐはっ」


グーで殴られた。


自分がしたことは棚に上げて、ちょっと痛そうと思ってしまった。


「誉志」


「安心しろ、梦も殴ると言っていたからな」


「今里ちゃんにもう殴られたよ」


「それとこれとは話が別だ。俺たちは、ものすごく心配したんだ」


「誉志」


「今里ちゃんを、だ」


所長が帰って来てからは色々積もる話もあるだろうと二人は来ていなかった。


気を使ってもらったが、私も落ち着いたし、来ても良いという連絡をしておいた。


「それは当たり前だろう。今里ちゃんを心配するのは当たり前だ」


「うん、何か腹立つな」


「誉志さん、もう一発殴ってください」


「今里ちゃん!?」


遠慮なく誉志さんは殴ってくれた。


落ち着いたが、まだ許したわけではない。


「いいか、簡単に許すなよ?」


「はい」


「誉志!」


「勝手に消えて、指輪の一つも無いのにプロポーズとかあり得ないだろう」


二人の妨害がありながら所長は毎日のようにプロポーズしてきた。


少しずつ絆されて、結婚しても良いかもしれないと思い出したころに、また両親はやって来た。


「言いたいことはお分かりですかな?」


「何のことでしょうか?」


メディアの力は偉大だったようだ。


あの放送から二人の子育て方法を疑問視する声が大きくなり、仕事でも依頼人から断られることが多くなったらしい。


事務所も仕事を受けられない弁護士は必要ない。


首ではないが、事務所の中でも軽微な仕事を回されるようになった。


「貴方たちが何かしたのでしょう?そんなに私たちが憎いの?ここまで育ててあげたのに」


「・・・何もしていません」


「そういうなら覚えておきなさい」


嵐のように来て、嵐のように去って行った。


覚えておけという言葉通りに、訴えられた。


だけど、探偵は弁護士と切っても切れない関係だ。


「・・・所長」


「今里ちゃんの両親だからさ。穏便にしようかと思ったけど、向こうが喧嘩を売ってきたんだよ」


「そうですね」


弁護士が探偵を訴えたことは狭い業界だからすぐに分かる。


そして、他の探偵事務所が弁護士の依頼をこぞって断るという事態になった。


もちろん探偵側に訴えられる理由があれば、そんなことにはならないが、今回は完全な逆恨みだ。


それに、私は他の探偵事務所からペット専門で貢献している。


私を失うくらいならということで結託することになった。


「こんなことあるんですね」


「あるんだよ」


別に両親が困ればいいとは思っていないが、自分たちの教育が間違っていたかもしれないと思うようになったらしい。


謝罪をしたいという連絡はもらったが、今になって謝られても正直、消化しきれない。


今までと同じように関わらないでいてくれたら十分だ。


なんとなく両親のことが解決したころに、所長のプロポーズを受けた。


「ぜったいに幸せにする」


「はい」


それからは月日は早いもので、子どもが産まれた。


子育てができるのか不安だったけど、そこは手探りで、そして誉志さんと梦さんが手伝ってくれた。


「そろそろ離乳食だろ?」


「はい」


「作ろうなんて考えるなよ?」


本屋で買った離乳食を作る本を見て誉志さんは、ばっさり言った。


料理だけは上手くいかない。


「今は段階に応じた離乳食が買える。いいか、買えよ」


「はい」


そう言いながら誉志さんは、暇があれば離乳食の研究をしている。


そのおかげで近くの保育所から出前を頼まれていた。


口コミで販売して欲しいという声で予約限定で販売している。


その離乳食は娘も好物で、市販のものよりもよく食べる。


「・・・誉志のことお気に入りだよね」


子どもは正直だ。


美味しいものを作ってくれる誉志さんがお気に入りだ。


それは小学校に上がってからも変わらず、宿題をしたらおやつという約束のもと勉強にも身が入った。


「・・・誉志のことお気に入りだよね」


何か学校で困ったことがあると相談するのは両親である私たちではなく、まず誉志さんだ。


相談せずに溜め込むより全然いいが、それでも親としていいのか思ってしまう。


「・・・誉志のことお気に入りだよね」


「そうですね」


反抗期を迎えた娘は、ますます誉志さんにべったりになった。


別に家出をするわけでもないし、それでいいのかと思いながらも親らしいことができてないことに少し悩んだ。


「・・・なんか、誉志と結婚するとか言いそう」


「ありえますね」


「もう、産まれたときから誉志大好きっ子だもんね」


どれだけ泣いていても誉志さんが抱っこすれば泣き止むし、初めての一歩も、初めての言葉も「ほし」だ。


どこまで両親の影が薄いのか悩んだけど、ほったらかしにしたわけではないから多分セーフ。


「俺、お前にはやらんとか言いそう」


「私は・・・誉志さんなら許せるかもしれません」


「あのさ、これは誉志による源氏物語計画!?」


「そうですね」


この夫婦の話を梦さんが根気強く聞いていた。


「もうさぁ、本当に俺必要?」


「何言ってるんだよ」


「何言ってるんですか」


「どういうことよ。だいたいよ。産まれてから毎日、毎日、首が座っただの、歩いただの、寝返りしただの、かけっこでビリだっただの、男の子にチョコ作っただの、ラブレターもらっただの、日々の成長をつぶさに話しといて、両親の影が薄いとか、どんだけ贅沢な悩みなのさ!」


私たちは、ちゃんと親をしていたらしい。


だけど実感はないまま月日は過ぎた。


最初は探偵事務所で起きた日々を書くための業務日誌的なものだったのに、最後は子どもの成長日記みたいになった。


「よし、ちょっと誉志を尾行してくる」


「ちょっと待て!どうしてそうなった!」


「だって、もしかしたら義理の息子になるかもしれないんだろ?だったら身辺調査は必要だ」


「待て待て待て、いいか。相手は誉志だぞ?お前もよく知る大学からの友人だ。今更、身辺調査とか必要か?」


「もしかしたら借金があるかもしれない」


所長は父親になって、少しどころか違う方向に突っ走るようになった。


「ちょっとは信用してやれよ」


「できるはずないだろう!可愛い娘がどこの馬の骨とも分からないやつに」


「いや、めちゃめちゃ分かってるから」


それから何度となく所長は、誉志さんを調べると言っては梦さんに止められるということを繰り返した。


「御堂さん」


「えっ?今里ちゃん、今、何て?」


「御堂さん、愛しています」


「ほんと?」


「はい、娘を」


盛大に転んだ所長は、しばらく立ち直れなかった。


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