新今宮駅・下車
ペット探しも今はなくて、浮気調査も今はなくて、有体に言えば暇なので梦さんの家に押しかけて懸賞品付きクイズを解いている。
暇だからという以外に理由はないけれど、これがまた楽しい。
「俺の家を発送先にするのは止めて欲しいんだけど」
「ホテルには届けられないから仕方ないよ」
「だったら誉志の店にしろよ」
「昼間閉まってるから無理だって」
ランチはやっているが、不定期で食材探しで閉まっていることも多い。
その点、自宅兼作業場の梦さんの家はものすごく有り難い。
「クロスワードパズルだよ」
「どうぞ」
「良い国作ろう・・・」
「鎌倉幕府」
「何と綺麗な?」
「平城京」
「鳴くよ鶯?」
「平安京」
歴史の授業を思い出したけど、ゴロ合わせでの暗記は学校の先生は推奨していない。
覚えることが重要なのではなくて、どういった背景で戦争が起きて、誰と誰が仲が悪くてそれがたまたま何年に起きた。
そういうスタンスらしい。
歴史嫌いな私にはテストで良い点をとりあえず取るのが目的だ。
だいたい、良い点を取らなかったら取らなかったで怒るくせに、テストは難しく作る。
矛盾している。
「水兵リーベ僕の船なぁ曲がるシップスクラークか」
「元素記号」
「リアカー無き・・・」
「炎色反応」
「最後まで言わせてよ!」
リアカー無きK村動力借ると、するもくれない馬力。
またマニアックな語呂合わせだと思う。
テストでも使った記憶がない。
「結構難しいクロスワードですね?」
「天動説を唱えたのは?」
「ガリレオ・ガリレイ」
「気圧の単位は、ヘクト?」
「パスカル」
「一つ前は?」
「ミリバール」
「今里ちゃん、何で分かるの!?」
驚くことだろうか?
ちょっと前の教科書にはしっかりと載っている。
さっきから私ばかり答えるのは不公平だと思う。
「所長」
「うん」
「オワンクラゲの蛍光物質」
「ジーエフピー(GFP)」
「Boys, be ambitious like this ?」
「old man」
これは知っていたか、しかも発音が良い。
英語クロスワードで攻めたのに全く動じていない。
「万能細胞?」
「iPS」
しかも医療系にも造詣が深い。
このクロスワード、質問も英語で書いているから、なかなかに大変なはずなんだけどな。
「今里ちゃん、日本語に訳してくれたら答えられるよ」
「あっ」
無意識に訳していたのか。
それは失態だった。
「クロスワードするのは、もう良いけど仕事はどうした?事務所は?」
「仕事を今日は休みにしています。新事務所の引っ越しの日なので」
「引っ越しなら立ち会えよ!業者だけで進む引っ越しとか聞いたことないわ」
「ここにいるじゃないですか。だいたいプロがいるのに素人が立ち会ったところで邪魔になるだけです」
あれから無事に事務所があったビルの建て替えが完了し、荷物を移すことになった。
二階に事務所があって、三階に居住区がある。
四階は占いの館兼喫茶店になるということだ。
一階は、保育所のような保育所でないようなものになり、人を対象にしていたのが犬に変わってしまった。
五階はオーナーが住んでいる。
『イケメン滅べ』のオーナーだ。
「ほかの人も引っ越ししているので、することないんです」
「だからって俺の家を暇つぶしにするなよ。俺だって仕事があるんだよ」
「仕事すれば良いだろ?」
「その仕事をするための机を陣取っている奴に言われたくない」
広くて資料を広げやすいからクロスワードの本を広げやすい。
解ける問題から進めるには同時にいくつも用意しておくのは便利だ。
「はぁもう好きにしてくれ」
本当は立ち会うつもりだったのだけど、例のオーナーが立ち会うというので遠慮した。
確かにオーナーは私には甘いが、どこでも食事に誘ってくる。
仕事だと言っても引いてくれない。
顔は良くも悪くも平凡で何も特徴がなくて、格好いいわけでもない。
見た目はいい人なのだけど、女性へのアプローチの仕方を間違えている残念な人だ。
そして世の中のイケメンを心から憎んでいて、所長を見ても石にならないくらいの強靭な精神力の持ち主だ。
「今まで依頼どころか確認にも来なかったオーナーが今頃どうしたんでしょうね?」
「依頼したいって言うなら受けるけど、不思議だね」
所長のことを敵対しかして来なかったオーナーが依頼をする。
これだどれほどの天変地異の前触れなのだろうか。
もっと不思議なのは、世の中のイケメン全てを憎んでいるのに所長の入居を認めたことだ。
追い出すときは一週間前で人がいても工事します、というような書類を送ってくるような人なのに。
「今里ちゃん、何か聞いてない?」
「会えば食事に誘われるくらいで何もありません」
「食事のときとかさ」
「一度だけ行きましたが、チョイスが最悪だったので断っています」
「どこ行ったの?」
別にドレスコードがあるような店に連れて行けとは思わない。
別に居酒屋でも良い。
だけどあそこだけはない。
デートで女性と二人きりになるのなら絶対にない。
「スナックです」
「あの、ママさんがいてカラオケを歌うような?」
「はい」
「うん、断っても良いと思うよ」
しかも行きつけだから常連さんはいるわ、ママさんとも仲良しだわ、完全なアウェーで飲むことになった。
周りの客も絡んでくるし、彼女だと決めつけられるし、散々だった。
それなのに上手くエスコートできたと思っている残念な人だ。
「依頼って、今里ちゃんを食事に貸し出せとかだったらどうする?」
「冗談は止めてください。あんなのが続くなら一人でキャバクラに行く方がましです」
「それくらい嫌なんだね」
「はい」
しかも常連客は私のことをキャバ嬢かなにかと勘違いしているのか、お酌をさせようとする。
別にお酌させることには異論はないが、もてなせ、という雰囲気を出されるのが腹立つ。
「いくらだったら行く?」
「そうですね。一時間、百万出すなら考えます」
「行くとは言わなかったね」
「デートコースは私が決めます。それなら行ってもいいです」
「朝から晩まで貸し出して一千万、これ桜宮さんなら支払ったかな?」
女に見境のない爺だった。
あれから女性に手当たり次第、声をかけて関係を持つのは控えているそうだ。
控えているだけで復活はしそうだが、子どもを作ることはしないと約束しているという。
さすがに吉乃さんと同い年の甥がいて、その二人が知らないまま結婚の約束までしていたことに責任を感じているらしい。
「きっと出してくれると思いますが、嫌ですよ」
「僕も嫌だから貸し出さないよ」
そもそもに貸し出すこと前提で話を進めるのを止めてほしい。
まだ依頼内容を聞いていないのだから勝手な推論は命取りだ。
「ちゃんとした依頼かもしれませんよ」
「あの会うたびに刃物で刺しそうな顔で睨んでくるのに?」
「そこは忘れてください」
「あとは人探しかな?オーナーはペットを飼ってないから」
「浮気調査ということもあるのではないですか?」
とにかく、引っ越しが完了したら話を聞きに行かないと推察の域を出ない。
クロスワードもほとんど解き終わって答えをはがきに書いて送るだけだ。
はがきを買って帰って来よう。
※※※
待ち合わせ場所は新事務所だった。
確かに、オーナーは居住区が五階だから便利だとは思うけど、引っ越したばかりで何も荷解きできていない事務所に通すのは気が引けた。
「ご依頼ということですが?オーナー」
「あぁ」
所長を見ても石にならない稀有な存在だから最初から所長に対応してもらう。
反対に私が対応すると食事の誘いだけになるから話が進まないというのもある。
「妹を探して欲しい」
「妹さんですか?」
「妹は両親が離婚して別れたきり会っていない。でもきっと俺のことを探しているはずなんだ」
会っていないのに、そこまで思い込めるのはすごい。
いつも笑顔の所長が顔を引き攣らせているのにも驚いた。
「俺がビルに探偵事務所を入れたのは妹を見つけてくれることを願ってのことだ。なのに一向に見つけてくれない。だから依頼することにした」
「おっお話しはよく分かりました」
「妹を見つけてくれるのか!?見つかったら連絡をくれ」
「依頼料ですが・・・」
「依頼料?金を取るのか?今まで何も言わずに貸してやっていたのに」
「いえ、けっこうです」
「そうだろう。俺がいかに寛容な人間でも怒るところだったぞ。じゃぁ明日に報告を頼んだぞ」
嵐のように去っていくというのは、オーナーのようなことを言うのだろう。
圧倒されて何も言えないまま終わってしまった。
受けるとも一言も言っていないのに。
「今里ちゃん、ごめん。ただ働きになりそう」
「あれは私も無理です。仕方ないと思います」
探偵というものを勘違いしているのではないだろうか。
そんなドラマみたいに行方不明者を知らずに保護するなんてことは絶対にない。
それを期待して『イケメン滅べ』のオーナーは所長にビルの一角を貸し続けていたようだ。
それもほかよりも多額の賃貸料で。
「びっびっくりしたよ。あんな勢いで言われるとは思わなかったし」
「そうですね。人探しという所長の勘は当たってましたね」
「当たって欲しくなかったよ。それならまだ今里ちゃんを貸し出せって言われて法外な値段をふっかけてお引き取りいただきたかったよ」
それについて気持ちは分かる。
これならスナックでもどこでも食事してあしらう方が簡単だ。
まさか人探しで、ただ働きに明日報告って、あり得ない。
「両親の離婚で会っていないということは子どもの頃ですかね?」
「ある程度の年齢なら兄妹で会うことはできるだろうしね。連絡手段もあるだろうし」
「名前も分からないままでは調べることもできませんね」
オーナーは探偵を神のごとく万能だとでも思っているのだろうか。
今までの人探しでは、最後の望みをかけて依頼してくるか、裏切られたから復讐したいという鬼気迫るもので依頼する人たちが多かったから、あの軽い感じでの依頼に違和感があった。
あとは兄妹なら戸籍でも調べれば探偵に依頼するよりも簡単だと思うけど、どうしてそれをしないのだろう。
「今里ちゃん」
「はい」
「あとで妹さんのこと分かるだけ聞き出してもらえる?」
「はい。ちょっと今夜にでも食事に行って来ます」
「ついでに報告を伸ばしてもらえると助かるよ」
それはそうだ。
明日に報告となれば実働がほぼない。
あのテンションのオーナーなら日付が変わった瞬間に報告を求めそうだ。
「それにしてもオーナーの名前って何でしたっけ?」
「そう言えば、僕も知らないね」
「環さんに聞いたら分かるでしょうか?」
「流石に分かるでしょう。施工を請け負ったんだし」
書類には名前を書くから知っているはずだということから電話をしてみた。
クロスワードで盛り上がって仕事の邪魔をしていた私と所長がいなくなって、のびのびと仕事をしていたところに電話ですごく不機嫌だった。
「もしもし?梦?」
<静かに仕事をさせろよ!>
「聞きたい事があってさ」
<何を?>
「オーナーの名前って何てぇえの?」
<そこだけどうして方言が入る?尾名健だ!普通はビルのオーナーの名前くらい知ってるだろう!何年いるんだ!」
「何年だっけ?今里ちゃん」
「新戸さんの資料によれば、およそ三年前です」
「三年前だって」
<真面目に答えるなぁ>
そのまま電話を切られてしまった。
でもこれで名前が分かったから良いけど、ずっとオーナーと呼んでいたから今更名前で呼ぶのは難しい。
「尾名健って名前だったんだね」
「オーナーというのが字名のように聞こえますね」
「半分、そうなのかもよ?」
「所長にはオーナーの過去の調査をお願いします」
「そうだね。三年も店子をしているのに名前も知らないくらいだもんね。年も知らないね」
所長とは会話にならないから知らなくても当然だし、私は興味がない。
だけど今回ばかりは興味がないとも言っていられない。
「でもスナックとかだとゆっくり話もできないよ?」
「だから個室で安い居酒屋に呼び出そうと思います」
「オーナーは食に関しては吝嗇だからね。下手にフランス料理とか連れて行ったら大変なことになるね」
食材に関しては良いものを選ぶが、こと外食ということになると店のランクは大衆食堂が最大の贅沢になる。
つまりランチにはワンコイン、夜なら千円以下、飲み会では三千円以内という節約が徹底している。
別にそれを否定しないが、せめて最初のデートくらいは奮発して欲しい。
ビルのオーナーという働かないでも収入を得られる立場なのに。
「それが良いね」
「あと割り勘にしようと思います。おそらくは支払いをするということになると、口が重くなるかと」
「経費で落とすから遠慮することないよ。依頼料がないくらいで潰れたりしないから」
それは知っている。
経理関係の仕事もするようになっているから完全な黒字経営というのも知っている。
黒字というよりも資金源が所長の株での利益がそのまま反映されているからボランティアでも運営が成り立ちそうなくらいだ。
「とにかく情報を聞き出してきます」
「よろしく」
※※※
食事に誘うというのは簡単だった。
「いやぁ四ツ橋さんから誘ってもらえるとは思わなかったな」
「すみません。いつも仕事が忙しいというので断ってばかりでしたから。申し訳ないと思っていたんですよ?」
「疑ってませんよ。でも四ツ橋さんのように綺麗な人が俺みたいな人とご飯を食べてくれるって信じられないだけです」
顔だけで相手は選ばないけど、さすがに初回のデートが行きつけのスナックというのは論外だと思う。
顔以前の話だと思うのは私だけで、所長や誉志さんや梦さんがデートにスナックを選ぶのは世の女性にはありなのだろうか。
「誘ったのは私ですから、ここは出させてくださいね?」
「いやいや、女性に奢ってもらうのは気が引けます。ここは割り勘にしましょう」
「そうですか?オーナーが良ければ私は構いませんけど」
割り勘にしようと言葉を選んで言ったけど、本当に割り勘を提案してくるとは信じられない思いだ。
これで、やり易くなったから良しとしよう。
本当に割り勘にするつもりはない、酔わして潰して支払いは一度は全部、私持ちにするのが目的だ。
「オーナーというのは壁があって寂しいですね。名前で呼んでください」
「では、小名さんとお呼びしますね?」
「できれば下の名前で呼んでください」
「健さんですね?私のことも今里と呼んでください」
先に注文していた料理も揃ったことだし、じっくりと話を聞かせてもらおう。
何と言っても妹さんの名前くらいは手に入れたい。
「健さんにはご兄弟はいらっしゃるの?」
「今日話しましたが、実の妹が一人と、腹違いの弟と妹がいます。探して欲しいのは実の妹なんですよ」
「ご両親の離婚で離れ離れになるのは寂しかったでしょうね?」
これで離婚して、オーナーは父親に妹は母親に引き取られたことが分かる。
半分血が繋がった弟妹のことは最後に聞くとして今は妹のことを気の済むまで話してもらおう。
「まだ小さかったですからね。俺が十歳で妹が二歳のときですから可愛い妹と離れるのは本当に寂しかった」
「きっと良いお兄ちゃんだったというのが凄く分かります」
「いつも一緒に遊んでいて、目に入れても痛くない宝物なんです」
「可愛らしい妹さんだったんですね」
「それはもちろん、いつか誘拐されるんじゃないかと気が気でなくて」
シスコンであることを否定しないが、今は話が進まないから控えめにして欲しい。
二歳だと兄がいたことを覚えていない可能性が高い。
物心ついたときにお兄ちゃんがいるんだよって教えることはあるかもしれないが、別れたいと思う男のもとにいる子どものことを積極的には教えないのではないかと思う。
「妹さんのこと、何て呼んでいたんですか?」
「ひぃちゃんと呼んでいました。日和という名前なんですよ」
「可愛らしい名前ですね」
「赤ちゃんのときにあれだけ可愛かったら大人になったら凄い美人になっているだろうな。きっとたくさんのろくでもない男たちが群がっているに違いない。兄である俺が守ってあげないといけない」
妹さんの話をふったのは私だし、半分仕事だから聞くけど、これがデートと世間では呼ばれる行為だと分かっているのだろうか。
話す内容も過去の妹がいかに可愛かったかに移行して有益な情報も無さそうだった。
「それだけ可愛い妹さんなら心配ですね。お兄ちゃんとしては気が気ではありませんね」
「そうなんだよ」
「グラスが空きましたね。新しいのをお持ちしましょう」
「今里さんは優しいですね。こんなにも親身になって話を聞いてくれるなんて」
「そんなことありませんわ」
そんなことない、これもそれも仕事だからだ。
ビルのオーナーだからだ。
それ以外にりゆうなんてない。
「兄が妹を大切にして何が悪い。何がシスコンだ。あいつらは俺のことを馬鹿にしやがって」
「あいつら?」
詳しく聞き出す前に酔い潰れてしまった。
このままでは店に迷惑がかかるから退散することにした。
タクシーを呼んで、事務所の住所を告げる。
支払いはもちろん全額支払って領収書も貰っている。
「健さん、しっかりしてくださいね」
「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます。タクシーまで手を貸していただけますか?」
店にいる人たちに酔い潰れた不甲斐無い男だということを印象付けることができた。
これであとは所長の結果待ちだ。
「健さん、しっかりしてください」
「お客さん、大変だねぇ。酔った上司の相手は」
「本当ですね。いつもはこんなに酔う方じゃないんですけどね」
嘘を吐いた、本当は知らない、この人が普段から酔い潰れているのかどうかは。
タクシーの代金も支払って領収書をもらう。
「歩いてくださいね?」
「ひぃちゃん・・・」
これが恋人なら道端に速攻で棄ててやるのに仕事だからできない。
苦労してエレベーターまで運ぶと、待機していた所長が代わりに受け取ってくれた。
「お疲れ様、今里ちゃん」
「疲れた割には情報がほとんど得られませんでした」
「とにかく運ぼうか。明日は二日酔いで起きられないと祈って」
こっちは飲むのを我慢して話に付き合ったのだから二日酔いになってくれないと困る。
鍵はポケットに入っているから問題ないし、ベッドまで運んでやる義理もない。
ソファに寝かせると早々に立ち去る。
事務所には上物のワインがあった。
「報告を聞きながら飲もうか」
「はい」
「まず僕から話すね。オーナーは父親から不動産を受け継いだみたいだね」
「このビルを、ということですね」
「このビルだけじゃないけどね。あの若さで建て替えするのはかなりの資産を持っていると踏んで、梦に連絡したんだ。何か不機嫌だったけどね」
きっと仕事をさせろと怒っていたのだろう。
あとで電話して謝っておこう。
「そしたら父親から引き継いでいるということが分かった。父親の代から梦のところのお得意様だったらしいよ」
「世間は広いようで狭いですね」
「本当だよ。そして聞いたら離婚した女性の苗字が分かったんだよ。可児さんっていうらしいよ」
「では可児 日和さんを探せば良いのでしょうか?」
「問題はそこだよね。シングルマザーなら良いけど再婚していたら日和さんという名前だけで探すのは時間がかかるよ」
年齢に関してはオーナーの年齢から逆算してプラスマイナス三歳で範囲は絞れる。
SNS系をしていれば何か手がかりがあるかもしれない。
でもそんな方法はすでにオーナーが自分で試しているはず。
これは時間もお金もかかる面倒な依頼だ。
「人探しで探偵に依頼する人は写真や手がかりになりそうなものを全部用意したりするもんだけどね」
「生き別れの娘を探して欲しいと言ってプレゼントのマフラーまで用意された方がいましたね」
「それは指紋から探せたんだっけ?」
「警察の方にも無理を聞いていただきました」
望み薄ではあるが名前で検索をかけてみることにした。
「所長」
「どうしたの?」
「検索結果一件ヒットしました」
「・・・・・・・・・うそ」
本名で友達と会話するSNSに登録があった。
年齢も予想していた範囲に入る。
住んでいるところも近い。
「同姓同名という可能性はないかな?」
「話を聞いてみないことには分からないですね」
ダメ元で連絡をしてみることにして、あとは待つことにした。
この状態でオーナーに報告でもしようものなら突撃されて頭のおかしいストーカー認定間違いなしだ。
自分に兄がいる話を聞いたことがない場合は難しいかもしれない。
「手詰まりになる前に見つかって良かったよ。ただ働きで頑張るのは性に合わないからね。出ていけと言われたら別の場所を借りたら良いだけだしさ」
「本当に会わせて良いものか不安は残りますけど」
「うん、僕も不安だよ。オーナーの中では二歳のぷにぷにした可愛い赤ちゃんで止まっているからね」
「あと、酔い潰れる前に、あいつらって言ったのが気になります」
妹の日和さんのことを語るときとは口調も感情も違っていた。
まるで憎しみのような感情を感じてしまった。
「その話の流れなら腹違いの弟と妹のことじゃないかな?二歳で別れた妹と比較していると思うけど」
「そうですね。二歳なら可愛いだけですが、大きくなれば生意気なことも言うでしょうから」
「それに半分しか血が繋がっていないことで自分とは違うと無意識に思っているかもしれない。まあ全部が推論でしかないけど」
きっと誰かと比べていたのは間違いないからその推論は合っている可能性が高いと思う。
あとはオーナーをどこまで待たすことができるかだ。
二日酔いでも気合で何とかしてしまいそうな気がする。
※※※
その懸念は間違っていなかった。
さすがに日付が変わってすぐには来なかったが事務所の営業時間開始と同時に来た。
「さぁ調査報告をしてくれ。妹はどこにいた?」
「現在、鋭意捜索中です」
まるで刑事ドラマか何かのような気がした。
「役立たずだな。こんな無能に事務所を貸しているなどと知れたらビルの風評被害もいいところだ」
「申し訳ありません」
「明日にまた報告を聞くから妹の場所を突き止めておくように」
本当に探偵を何だと思っているのだろうか。
「今里ちゃん、僕は妹さんを見つけない方が良いような気がしてきたよ」
「それは私もです。記憶の中の妹さんが美化されすぎて本人に会った瞬間に思い出が穢されたとして殺しそうです」
「うん。どうしたらいいのか分からないよ」
途方に暮れていたときにドアがノックされた。
反射的に返事をすると、そこには連絡をした日和さんがいた。
「ここが谷町探偵事務所で間違っていませんか?」
「はい、間違いございません。こちらが所長の谷町で私は四ツ橋と言います」
「昨日、連絡をいただきました可児日和と言います」
メールには、ありのままに書いて送った。
二歳のときに別れた兄が貴女を探している。心当たりがあれば谷町探偵事務所にまで来て欲しい。
そういう内容を丁寧に書いた。
「まずはおかけください。突然の連絡、失礼いたしました」
「いえ、私に兄がいるというのは聞いていましたから驚きましたけど納得できました」
「なぜ来てくださったのですか?」
「それは・・・兄だけが実の父から援助されているとメールに書いていましたから」
「・・・・・・今里ちゃん」
「私はありのままに書いただけです」
夫婦が別れても子どもに対しては平等であるべきだ。
いくら絶縁状態でも娘なのだから権利はある。
「母子家庭でしたけど、お金に困ったことはありませんでした。援助と言われても今更という気がしますので、できたら兄には私のことを伏せていただけないかと思い参りました」
「そういうことでしたか」
「両親が別れたのが二歳のときですから記憶にはありません。母も特に隠し立てすることがなかったので、父や兄について知りたいと思うことは無かったのです」
今のところ金銭的にも困っていないし、人間関係でも困っていない日和さんにとって兄と名乗る男性との接触は好ましいものではないのだろう。
今更、お兄ちゃんですよ、と来られても対応に困る。
「分かりました。では見つからなかったと報告をさせていただきます」
「でもよろしいのですか?探偵は依頼を完了して信用を得るものだと伺っています」
「貴女の兄はこのビルのオーナーで、貴女がドアをノックする前に出てきた男性なのですよ」
「あぁ写真で見た父に似ていると思いましたが気のせいではなかったのですね」
「妹に会うのに固執しているわりには貴女に気づかなかった。なら誤魔化せると思いますよ」
きっと所長は、こう報告するのだろう。
小名日和と会うことはできない。
事実、会うことはできない。
「ご面倒をおかけしまして申し訳ありません」
「いえいえ、女性を守るのも探偵の務めです」
「では失礼いたします」
物腰の柔らかい人で、どうしてあんな兄と血が繋がっているのだろうと不思議だった。
それも遺伝子の神秘ということにしておいて、今夜にでもオーナーに話してしまおう。
これは長引かせると四六時中見張られそうな気がする。
※※※
「いやぁ昨日に引き続き今里さんに食事に誘ってもらえるなんて僕は幸せだなぁ」
「昨日は私がお酒を進めすぎてしまって、お話しができなかったので改めてと思ったんです」
「今里さんとならどんな食事も楽しくできますよ」
これで最後にしたいと本当に心から思う。
今回は長引かせるつもりはないから立ち飲み屋だ。
「食事は楽しくしたいので仕事の話を先にしてしまいますね?」
「妹が見つかったのですか?」
「それは・・・・・・・・・その見つかったと言いますか」
このために誉志さんに演技指導を受けた。
所長のシナリオは、小名日和という妹さんは存在しない(苗字が違うだけ)
それを思わせぶりに言うというだけのことだが、気取られては全てが台無しになるから完全な女優になるしかない。
「もったいぶらずに教えてください」
「小名日和さんは、この世には・・・存在しないようです」
「そう、ですか。やっぱり、一度自分でも探してみたんです。でもSNSとか参加していないみたいだし、妹と同じ年くらいの友人にも聞いてみたけど知らないって言うし」
それは探し方を間違っている。
そもそもが苗字が違うことに気づかずに探していたのだから仕方ないけど。
「依頼は完了していただいて大丈夫です。辛いことをさせてしまいましたね」
「いえ」
「今夜は飲みましょう」
このまま解散して欲しかったのだけど、うまくいかない。
予想通り酔い潰れて立っていられなくなるからタクシーを呼んで事務所まで帰る。
昨日も今日も自力で帰っていないことに気づいていないようだ。
「・・・お疲れ様」
「依頼完了で良いそうです」
「オーナーを運んで飲み直そうか」
「はい」
これでオーナーの記憶の中の日和さんは美化されたままさらに美化されていく。
夢は壊れないままだから本人にとっては幸せだろう。
「でもさ、あいつらって言った言葉が気になるね」
「はい、変な方向にいかないといいですけど」
「それは神のみぞ知るってやつだね」
上等なワインとチーズでゆっくりとした時間を楽しんでいた。
※※※
嫌な勘が見事に当たった。
「もうすでに会うことができない妹のことを考えていても仕方ない!だから腹違いとは言え弟と妹のことを考えることにした」
「それで、えっと」
「二人の身辺調査だ!」
「依頼料は・・・」
「日和が死ぬ前に見つけ出せなかった無能な探偵が金を取るのか?」
「いえ、けっこうです」
「そうだな。今回は二人だし、一週間後に聞きに来るからな」
恐ろしいまでのシスコンを恐ろしい方向に拗らせた金持ちほど面倒なことはない。
シスコンにブラコンまで追加装備されて、バージョンアップしていた。
「僕、どうしてオーナーに不動産を譲ったのか分からないよ」
「私は、腹違いというのが半分血の繋がりがあることを知っているのか知りたくなりました」
「そんなこと知りたいの?きっと知らないと思うよ」
調べていることを弟妹に知られるまでオーナーの朝の突撃は続けられた。
周りが思っているほど兄弟の仲は悪くないようだった。
「兄貴、いい加減にしろ」
「お兄ちゃんのせいで、恥ずかしいでしょ」
ただ似たもの兄弟の感じは否めない。
「俺はお前たちのことを思ってだな」
「分かったから帰るよ」
「お騒がせしました」
あれを良い兄弟と呼ぶ勇気はないが、丸く収まったようで何よりだった。
懸念材料は賃料がまた上がったことくらいだ。
「世の中には顔で誑かすやつがたくさんいるんだぞ。そんなやつに引っかかったらどうするんだ!」
『イケメン滅べ』の精神がどこからきているのか垣間見えた。