ご都合主義の記憶共有
「カッカッカ! こんなに美味い物を俺は食べたことがない! 最高だ! 最高だよ! 」
白い空間にポロポロお菓子の欠片をこぼしながら、トランさんはそう言った。
バリバリ! ガリガリ! パクパク! モグモグ!
魔王というのだから、もう少し気品のある食べ方をするものだと思ってたけど、そうではなかったみたいだ。
まるで飢えた獣のように喰らいついていた。
美味しそうに食べてくれてるのは、まぁ持ってきた僕にとっては嬉しい話なのだが、想像以上の反応なので正直驚いている。
僕がこの世界に到着してすぐに「アキ、それはなんだ」と怖い顔で迫られた。
お菓子だと伝えると、「今すぐそいつをこっちに渡すんだ」と、子供を悪者から取り戻すヒーローのような勢いで、持ってきたお菓子は全部盗られた。
それから今に至るまで、一心不乱にお菓子を食べ続けているトランさん。
僕はアル○ォートの深い味わいに酔いしれながら、トランさんが満足するのを待つことにした。
ちなみにアル○ォートはもはやお菓子ではない。一種の芸術品である。これだけはいくら魔王相手でも譲れなかった。
大量に持ってきたお菓子は、ものの数分で無くなってしまった。残ったのは甘い香りだけだ。
「カッカッカ! まあ、欲を言えば飲み物がほしかったな!」
これ以上ない血色の良い幸せな顔をしているように見えたが、さすがは魔王、欲深さがはんぱなかった。
「アキ、君が帰ってから1日くらいしか立ってないと思うけど、一体どうしたんだい?」
指についたチョコをペロリと舐めながら、トランさんは言った。
今のご機嫌なトランさんなら、サラッといえばサラッと魔法具を貰えるかもしれない。
「殺すのではなくて、病気とかにしてなるべく長く苦しむ魔法具ってありませんか?」
飾りのないストレートな言葉で僕は聞いた。
「カッカッカ! アキはなかなか奇怪なことを言うね! 詳しい事情を教えてよ」
ミルク飴をガリガリかみ砕きながら、トランさんは興味深く僕の方向に体を向けた。
ただ殺したいんじゃなくて、苦しめたい、心を壊してやりたい。
だから、殺すだけじゃだめで、生きたまま豚に喰わせるとか、一生眠れなくするだとか、両手両足が無くなるだとか
そんな感じにしてから殺したい、そんなイメージをトランさんへ伝えた。
「カッカッカ! なるほど、アキは私に似てなかなか性格が良いみたいだ」
トランさんと性格が似ているらしい。
魔法で不意打ちしたり、急に殺意を飛ばしたり、例えようがない痛みを与えたトランさんと性格が似ているらしい。
なんともまあ失礼な事を言う人だ。
「残念ながら、そんな都合のいい魔法具はない」
ポテチの袋を開けながら、トランさんはバッサリと言ってしまった。
「カッカッカ! 名前を書くだけで死ぬ魔法具もそうとう都合がいいと思うかもしれないが、死に至る過程を操るななんていうのは神でもないと無理だ。このノートは本来魔力が無い人間限定によるもの。魔力がない人間なんて見たのはアキが始めてだし、このノートが既に都合が良すぎるんだよ」
僕は肩をガックリと下ろした。
まあ、冷静に考えればそんなご都合アイテムなんてあるはずがない。
ご都合空間とご都合魔王がいたからこそあるかもと思ったが、そこまではご都合がよろしくない世界だった。
「無いものはしょうがないんだよ。そもそもアキ、一方的に復讐を手伝ってほしいだなんて考えがそもそも都合がよすぎるぞ」
確かにごもっともな言葉だった。
死んだ人間がここにいる事が奇跡で、魔王と会話できている事が奇跡で、絶望が希望に変わったのも奇跡で、本当にご都合が良すぎる話だった。
ポテチの袋を口に付け、残っている僅かな欠片を味わいながらトランさんは言う。
「交換条件だ。アキの復讐は私がしよう。私の復讐はアキ、君がやってくれないか」
空になった袋を魔法で燃やす。
真っ赤に光る紅い目が、僕の心を覗き込んでいるように感じた。
「――君にしかできない 君の【復讐者の進化】と、私の【勇者殺し】があれば」
……お互いの世界に復讐しよう。
これを交換条件と表現すると、なるほど確かに対等だなと僕は思った。
何もできない、何も才能が無かった僕が復讐できるのであれば、それもう願ってもない好条件だった。
世界を壊したいという気持ちもあるが、トランさんをここまで追い込んだ人間への復讐を手伝うのも悪くはなかった。
なんと表現すればいいか、弱った女の子が少し優しくされて惚れてしまう、今はそんな感覚なのかもしれない。
「僕にできるのであれば、やりましょうか。そもそもできるのか分かりませんけど」
少し自信なさげに、僕は言った。
「なかなか軽く言うね」
トランさんは、鼻で笑いながらそう言った。
「アキ、記憶の共有化をしよう。
私の全てを知って貰いたい。君の全てを知りたい。
私の全てを伝え、受け入れてほしい。
君の全ては、私が受け入れる。」
存在しないはずの風が、トランさんの綺麗な髪を波のように揺らしていた。
目の前の彼女は、ずぼらな魔王ではなく、気品のある姫君のような雰囲気を漂わせ
僕にはもったいない言葉で、こう言い続けた。
「隠すことなんてない。隠すことなんてできない。私だけは、君を裏切らない。君だけは、私を裏切らない」
僕は自然と、彼女の目の前まで歩み寄った。
「楽しみです」
言葉にはできない高揚感と幸せが、全身を駆け巡る。
「私もだ」
本来起こり得ることが無い、ただの人間と偉大な力をもった魔王が、お互いの頭に右手をそえる。
第三者から見れば、かなりシュールな光景に感じるハズだと思う。
ただ、もはや他人なんてどうでもいい。
僕にはもう、トランさんしか見えていなかった。
記憶が繋がった。
トランさんの記憶という名の物語が始まった。