ファンタジージョーク
「カッカッカ! なぁアキ、機嫌を直してくれよ! 冗談だったんだって!」
自称魔王のトランさんは、僕に向けて繰り返しその言葉を口にした。
「冗談だって! ファンタジージョーク! 分かる? 私の世界では結構有名なんだってさー」
こちらの心境なぞおかまいなしに、トランさんは笑いながら僕の背中を叩いてくる。
ここまで腹が立ったのは生まれて初めてな気がする。
というか、この空間に来てから色々な事が起きすぎてもうなんだか疲れる。
非常に疲れる。
自殺できたと思ったら、背中に魔法をぶつけられ重傷を負い、攻撃した本人に回復され、仲良くなって意気投合したと思ったら私は魔王だ、お前を殺すと脅される。
殺される覚悟をしたら急に笑い出し、冗談だごめんと騒ぎ出す。
……この人はただのめんどくさいメンヘラなんじゃないか?
「ねぇねぇ! 思い出してみてよ! 私は一言も殺すなんて言ってないでしょ?」
恥ずかしいようなそうでないような顔でトランさんは言った。
「貴方の目とオーラと空気その他諸々が殺す殺すって100回くらい言ってたんですよ! ばーか!」
騙された事よりも「貴方に殺される為にここにいます。キリッ!」と決めた事実の方が僕の心をボディーブローのようにえぐって動悸がとんでもないことにしている気がするが、ここは全部魔王のせいにしておく。
「カッカッカ! 悪かったって! だからそろそろこの部屋に来た方法を教えてくれよー! 頼むよー!」
「……だからさっきから言ってるじゃないですか、自殺して気づいたらどっかの誰かさんに思いっきり背中を攻撃されたって」
先ほどからこの会話を何度繰り返しているかわからない。
僕だって何故ここにいるか、理解なんてできていない。
そんな自分でも分からない事なんて、他者に説明できる訳がない。
ちなみに自殺した理由については特に隠す必要が無いので全て説明した。
その答えがコレだ。
「カッカッカ! ちっちぇーなぁ! そんな理由じゃ今時ネズミですら死なないね! カッカッカー!」
この時の高笑いを、僕は一生忘れる事はないだろう。
いや、魔王に理解されるとは思ってなかったよ。
だけど、小動物以下の扱いをされるとは思ってもみなかった。
年上を敬う精神を持つ僕でも、敬わなくていいとこの時ばかりはきっと仏さまが許してくれると思った。
「ほんとに死んだだけでここに来たの? 何か特別な能力を使ったんじゃないの? ねぇねぇ!」
「だーかーらー! 僕は職も才能も無い、ネズミ以下の引きこもり無職オタクなんですー!」
トランさんはやれやれ、といった手振りをしながら勝手に憂鬱になっていた。
やれやれなのはこちらなのだが、もうあまりツッコまないようにしたほうが精神衛生上いい気がした。
「才能が無いなんて事はありえないんだよ。特にアキ、君の場合はね」
まるで名探偵のように僕を指さし、そう答えた。
そしてこの日、何度目か分からない真面目な顔をして何かを考え始めた。
とても嫌な予感がするが、残念ながらこの空間には逃げれるような場所はない。
逃げたとしても僕のような身体では、女の子といえど魔王でしかも運動部に所属しているかのような体格を持つ相手に逃げ切る事は不可能だ。
誠に残念だが、これから来るであろう無理難題にも僕は誠心誠意答えなければならない。
ヨシッ! と心に気合いを入れてトランさんの言葉を待ち構えた。
トランさんは、何を思いついたのかわからないが小さくチョイチョイと手招きをした。
頭に大きなクエスチョンマークがついたまま、僕は要望通りトランさんの近くに歩み寄った。
少し顔を赤らめたトランさんが、控えめな声でこう言った。
「……アキ、もし良ければ、良ければなんだけど、君の頭に手を乗せていいかい? そうだな、だいたい5分くらいで済む」
モジモジしながら何を言うかと思えば、彼女は頭をなでなでしたいらしい。
僕は頭をなでなでして貰う事と、もう1度背中に魔法を受ける事を天秤にはかる前に、無意識に黙って首から上を差し出した。
◇◇◇◇◇
「アキ、君は人を殺した事があるか?」
「無いです」
突然の質問だったが、僕はキッパリと答えた。
逆に人を殺すような顔に見えますかと質問したかったけど、もうトランさんを刺激しないと心に誓ったのだ。
「アキ、私の世界では数分間、相手の頭に手を乗せ続けるとその人のスキル、つまりアキの世界で例えると才能が見えるんだ。結論から言うと、アキには復讐の才能がある」
復讐の才能? と言われてもピンと来なかった。
それを見越してか、トランさんは笑いながら僕のおでこに人差し指を触れた。
「カッカッカ! まぁ君の脳で無理矢理認識させるほうが速いし分かりやすい。ちょっと痛いだろうけど我慢してくれよ」
こちらの返答を聞かずに、トランさんの指先が光ると同時に全身に痛みが走った。
先ほど受けた攻撃と比べれば天と地の差ほどある苦痛と同時に、1つの言葉が頭の片隅にぷかりと浮かんできた。
――復讐者の進化
「その能力はな、相手への憎悪が大きい相手と戦うほど、所有者の身体能力が強化されるんだよ。更にオマケとして憎い相手を殺した場合、能力の一部を奪う事もできるんだ。これは相手が憎ければ憎いほど、恨めば怨むほどにこの力は強くなるぞ」
「……いかにも悪役が持っていそうな能力ですけど、この厨二病全開の恥ずかしいスキルが本当にそうなんですか?」
僕は苦笑いしながら、機嫌のよさそうなトランさんに聞いた。
「カッカッカ! 信じられないかもしれないけど、アキのスキルは間違いなく復讐者の進化だ」
トランさんはよく笑うが、おそらく今日一番の笑顔がそこにあった。
「つまりだ、アキは人を殺したことが無かったから、自分の能力を活かせていなかったんだよ。
普通の人間はね、身体能力や記憶力が少しだけ良くなったり
五感のどれかが少しだけ敏感だったり、料理が少しだけ上手くなったり
まぁそんなつまらないスキルを持って生まれてくるのが普通の人間なんだよ」
「普通じゃないって事は、異常な人間って事になりますね」
トランさんが笑顔が伝染したのか、少し笑いながら僕は聞いた。
「カッカッカ! まぁ異常な人間ではなく、普通の魔王と表現したほうがこの場合は正しいかな!」
歪なはずの白い空間は、今この時だけは、トランさんを輝かせるスポットライトになっていた。
紫がかった髪を踊らせながら魅力的にステップを踏んだトランさん。
彼女はドヤ顔でこう言い放った。
「そう、アキには魔王になれる素質があるんだ」