さようなら、はじめまして
神様ごめんなさい。
自ら命を絶つことをお許しください。
でも、神様。
貴方が本当に存在したのなら、こんな事にはなって無いと思うんです。
貴方が本当に、本当に存在していたとしたら、あまりにも、あまりにも残酷で不公平だと思うんです。
せめて人並みに、せめて普通に生きたかった。
父親は暴力を振るわない、母親は笑顔でいてくれる。
人々は優しく接してくれて、刺々しい言葉も無い平和な世界。
そんな普通な人生に、そして可能であれば何かしらの才能を与えて欲しかった。
でも、それももはや叶わぬ夢。
「……あぁ、これでやっと解放される」
目の前の首つり用の縄を見つめながら、心の底から自然と言葉を発していた。
「ははっ 久々に喋った気がするな……」
小倉影秋 25歳 現在無職。
さようなら、腐れ切ったこの世界。
僕は一足先に、この醜いゲームから退場する事にします。
ロープを首にかけ、台座を思いっきり後ろに蹴とばした瞬間、僕は目の前が真っ暗になるような錯覚に陥った。
あぁ、これで救われる。
後悔なんてない。
むしろ生まれて初めて自分で何かを成し遂げた達成感があるようにさえ思え、自分を褒め称えたくなった。
僕は、気怠い感覚に身を委ねながら、闇の中に遠のく意識を手放した。
◇◇◇◇◇
気が付くと、目の前が真っ白になった。
比喩ではなく、本当に真っ白なのだ。
眼がおかしくなったんじゃないのかと錯覚するような、雪原とは比べ物にならないくらいの純白世界。
ここは天国だろうか、地獄だろうか、それとも僕の命は無となったのか。
呼吸は……できる。ぎこちないが手も少しだけ動かせる。
僕は死んだのか? 無事に死ねたのだろうか。
だとしたらここはどこなんだろう、と思考を始めた瞬間。
後ろから大砲のような大きな爆発音がした。
同時に、僕は前のめりに吹き飛ばされ、白い床にたたきつけられた。
自分が、床にいるのか、浮かんでいるのか、何故吹き飛んだのか、この痛みはなんなのか、全てが理解できなかった。
背中の痛みが、先ほどの爆発音が僕の背中で起きた という事だけを教えてくれた。
「――あ゛っ……ぐぁ……!」
痛い。めちゃくちゃ痛い。
そして全身が焼けるように熱い。
……ここは地獄なのだろうか?
地獄だとしても、それでももう少し丁寧に扱ってもらえるものだと思っていた。
三途の川を渡る時に軽く説明があるとか。
閻魔大王とか、そういう偉い人の判決があるとか。
赤鬼から脅迫があるとか。
急に明るい場所に投げ出され、目も慣れていない内に背後から攻撃されるなんて、思ってもいなかった。
全然イメージと全然違うじゃないか、卑怯じゃないかと誰かに文句を言いたくる。
痛みのおかげか、ようやく朦朧としていた意識がはっきりしてきた。
夢かと思っていたが、背中の肉が焼けているなんとも言えない匂いが、これが現実だと訴えかけている。
「カッカッカ! やぁ人間、初めまして!」
背後から、とても機嫌のよさそうな声が聞こえた。
「聞こえているんだろう? そうなんだろう? だったら返事くらいはしてもいいんじゃないか?」
紫がかった長髪に、燃えるような紅い目をした女性は、目の前に回り込み嬉しそうに僕を見下ろしている。
「は……はじめまして……?」
激痛に悶えながらようやく発することができた言葉に、彼女はまるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぎ始めた。
「やぁやぁ! ようこそ! この退屈な世界へ! 何もないけどゆっくりしていきたまえ! 本当に何もないんだけどね! 君はどうしてここに居るのかな? 何歳? 一人で立てるかな?」
全身が痛くて答えるどころではないのだが、彼女は構いなしに質問を重ねていく。
「君は一体なにをしに来たのかな? 何か目的があるのかな? やっぱり私を倒しに来たのかな?」
はっ! と何かに気づいたような顔をして、女性は更に問いかけた。
「そういえばまだ名前を教えてもらってなかったね。我が名はミクトラント・カールソル! 君の名前は?」
「……小倉影秋といいます」
「コクラ・カゲアキ? カッカッカ! 変な名前だな! でも悪くはないぞ! コクラ・カゲアキ! ハハッ! なるほどな! コクラ・カゲアキ!」
ミクトラント・カールソルさんは、何が面白いのかまったくわからないが、笑いながら僕の名前を繰り返していた。
「カッカッカ! とりあえずはその傷を癒さないといけないね」
ミクトラントさんが小さく何かを呟くと、右手に綺麗な緑色のオーラが漂いはじめた。
そのまま僕の背中に当てると、まるで冬のコタツに入っているかのような心地よさが全身を駆け巡り始めた。
先ほどまで感じていた痛みが嘘のように引いていく。
魔法みたいなモノを使われて驚く所なんだろうけど、なんでだろう、心が凄い落ち着いていく。
こんなにも心が休まった事なんて、思い出す限り今まで無かった。
人生で一番心が落ち着いた瞬間が、外人さん?に背中をさすられる事だったなんて、思いもしなかった。
「カッカッカ! はい終わり! 君はなんというか、奇妙なくらい筋肉が無いな! 脂肪しかない!」
背中を思い切り叩かれ、強引に意識が覚醒した。
どうやらあまりの心地よさに眠りかけていたようだ。
「死にかけた君を助けたって事は、私は命の恩人って事になる訳だね! だけどまぁ気にしなくていいよ! 私はそんな小さいことは気にしないからね!」
「あ、ありがとうございます……」
最初は怖い人かと思ったけど、ミクトラント・カールソルさんは意外にもいい人みたいで安心した。
「まぁ、その傷作ったの私なんだけどね!」
……ミクトラントさんは怖い人だった。