第38話
ロイスは二度ほど屈伸をして、ブーツのつま先を床板に当てる。
「思いっきり投げちゃっていいからねっ」
明るく告げると、首を鳴らしていたガイが渋面をつくっていた。
「おめぇ、あーゆーの嫌いなんじゃねぇのかよ」
そして、マリンサーペントに顎をしゃくる。
「誰かがやらなくちゃいけないなら、俺がやるよっ」
得意げに言ったロイスに、恐れる様子は微塵もない。
「…さてと、まずはボクがっ」
トゥルースは結界の際に立ち、両掌を海へかざした。
「形なき水、果てなき水よ…我仇なす敵の、戒めとなれっ」
集中したさまで、語句を紡ぐ。
海水が無数の柱状に浮き上がり、それは蜘蛛の巣のごとくマリンサーペントの全身に巻き付いた。動きを封じられ、マリンサーペントは鈍く唸る。
「行くよ、ガイっ」
「おうっ」
ガイへ合図すると、ロイスが助走距離を駆け出した。
「うおおおーっ!!」
ガイは雄叫びを発し、走り込んできたロイスの左足を受け、天高く投げつける。
結界から突き抜け、ロイスの身体が一気にマリンサーペントの頭上へ跳躍した。
「はああーっ!!」
落下と共に、ロイスは剣の切っ先を振り下ろす―――
ザシュ―――
次の瞬間、マリンサーペントの前頭部に剣が突き刺さった。
「ギギィーッ!!」
マリンサーペントは金切り声で鳴き、身をよじろうとしている。
しかし水の捕縛によって、頭部に乗るロイスを振り落とすことすらできない。
「致命傷には…ならんようだな」
敵の状態を見つめ、ヴァルは分析した。
「他に、手はねぇのかよっ」
興奮気味のガイが、ヴァルとトゥルースに交互で詰め寄る。
「今考えてるけどっ…正直、ボクはヤツの動きを抑えるので精一杯だし」
トゥルースは、こめかみから一筋の汗を流した。
「どーしよーっ」
マリンサーペントに乗りつけたまま、ロイスが困惑している。
「たまたま落雷がー…とか、ありえないよね」
晴れ渡る空に向かって、途方もない願いを言った――すると…
たちまちロイスの頭上へ、黒い雲が集まり始める。
「へっ??」
空模様の急激な変化に、ロイスは間抜けた声を上げた。
雷鳴が響き、積乱雲から放電の帯が走る。
―――途端、一本の稲光がロイスの剣に降り注いだ。
ロイスはまばゆい閃光にのまれながら、受け取られた雷電流がマリンサーペントに漏電するのを目撃した。
そして自らが、雷と一体となるような感覚に迷う。
『これも…俺の力…??』
漠然とそう考えながら、浮遊感に身を委ね、ロイスは意識を放した。