第37話
「でもっ…」
ロイスは、臆せずマリンサーペントへ歩み寄るナヒロに言葉をつぐんだ。
「必ず、お役に立ちますわ」
振り返りながら微笑み、ナヒロが両腕を天へ翳す。
長い袖からあらわになったナヒロの手の甲には、複雑な古代模様が入れ墨のごとく刻まれていた。
マリンサーペントは、ナヒロへ牙を剥く。
「…いでよ!!シュジャク!!」
ナヒロの掛け声と同時に、きらめく緋色の透明なベールが現れ、瞬く間に船全体を覆った。
突然の現象に、ロイスたちは惑う。
「ワタクシの、精霊獣の力ですわ」
ナヒロが振り向き、説明した。
「外敵から身を守るため結界を生み出すのが、シュジャクの力」
微笑みを浮かべ、付け加える。
「ですから…」
マリンサーペントが口を開いて鋭い歯を見せたのを、ナヒロはちらりと見た。
『バチッ』
襲いかかろうとしたマリンサーペントの巨体が、閃光に弾かれる。
その反動で、マリンサーペントは海面に投げ出された。
「この結界に触れると、大怪我しますわ」
ナヒロが、余裕の笑みでロイスたちへ目配せする。
「すげー…」
素直な感嘆を漏らし、ガイは唖然としていた。
「…カンナギの能力か」
じっと様子を見ていたヴァルが、ぽつりと言う。
「これで船へのダメージは、回避できますわ」
「あとは、どうやってヤツを倒すか…だね」
ナヒロの言葉に安心して、トゥルースは皆に意見を求めた。
「そっか…他の船が襲われたら、大変だもんね」
ロイスが心を決めたように、剣の柄を掴み直す。
「ナヒロ。この結界、俺らが触れたらどうなる」
ヴァルは、緋色の光を指差して尋ねた。
「内側からなら、触っても何も起きませんわ。結界から抜け出すことも可能です」
流暢な口調で、ナヒロが答える。
それを聞くと、考え込んでいたロイスは顔を上げた。
「…ガイっ、お願いがあるんだけどっ」
「な、何だよっ」
唐突に話を振られたガイが、まごつく。
「俺を、思いっきり投げてくんない??」
「はあ??」
ロイスの提案を飲み込めず、ガイは頓狂な声を出した。
「アイツを足場にして、攻撃するっ」
ロイスが、マリンサーペントに視線を移す。
「確かに…その方が急所も狙いやすいな」
「ボク、援護するよっ」
戦略を練っていたヴァルとトゥルースは、それぞれ頷いた。
「まったく、無茶言いやがって…」
自らの髪を混ぜ、ガイが呆れ顔に変わる。
「やってやろーじゃねぇかっ」
そうして、ようやく賛成を示した。
「…気を付けて、ロイス」
ロイスの右腕へ、サラがそっと両手を添える。
「うんっ」
穏やかに笑い、ロイスはサラの指を優しく握った。