第32話
真夜中―――
ガイは眠れずに、床から起き上がった。
すぐ隣で大の字となったロイスが、規則正しい寝息を立てている。
その横のトゥルースは頭までケットを被り、壁際のヴァルはこちらに背を向けていた。
―――二人とも顔こそは見えないものの、寝返りはなく、熟睡しているようだ。
ガイは慎重に上掛けを払うと、こっそり長屋を脱出した。
月がほぼ満ちているせいか、夜道は存外明るい。
あてもなく歩きながら、周辺を探索する。
ふと、うっそうとした森の中に二つの炎を見つけた。
近付いていくと、篝火を焚かれた洞窟の入口だとわかる。
中は薄暗かったが、意を決して踏み込んだ。
程なく、前方に光の筋が降りているのを確認できる。
「いかがしたかな」
突然、しゃがれ声が響いた――が、ガイは聞き覚えがあるのに気付いた。
「サユキ…ばーさんか??」
先を窺いながら、尋ねてみる。
やがて左右も上も開けると、天井部からは月光が差した。
光によって映し出される円形の輝く泉水、それを囲む無数の白い小花が幻想的な雰囲気を漂わせている。
「すげぇ…」
ガイは、思わずそれ以上の言葉を失った。
「これは『水鏡』といってな。森羅万象、あらゆるものを映す鏡じゃ」
泉水の淵に立つサユキが、説明する。
興味をひかれ、ガイは水面を覗き込んだ――しかし、そこには自分の顔があるだけだった。
「水鏡は、いつでも反応するわけではないぞ」
「なんでぇい。安眠方法でも教えてもらおうと思ったのによぉ」
サユキの含み笑いに、冗談めいてガイは肩を落とした。
「残念じゃったな」
いかにも愉快げな表情のサユキが、ガイへ近寄る。
「一つ、教えておこう」
そして、人差し指を立ててみせた。
「夜が明ければ、そなたの憂いは必ずや晴れる」
そう断言してみせたサユキは、愉快そうである。
「ばーさん、アンタ…」
眼を見開いているガイには何も言わず、サユキが出口へ向かって行った。
「オレの願いなんて、叶うはずねぇよ…」
ガイは独り言で、肩越しにサユキを見送る。
輝く水を再び眺めると、そこには切なげな面持ちが浮かんでいた―――