第2話 「月の泉の出逢い」
朝の陽光が、少年の顔を照らす。
まばゆさに眉間が皺を刻み、瞼がのろのろと持ち上がった。
覚醒して寝転んだ状態で、少年――ロイスは一面に広がる空色を眺めた。
天高く流れる雲を目で追いながら、清々しい空気を吸い込む。黒い前髪がさらさらと揺れ、柔らかな風を感じた。
「……消すの忘れた」
薪の火は完全に消え、黒光りのちっぽけな炭だけが残っていた。
「んーっ!身体いたいなぁ……」
上半身を起こし、両腕を真上に突き出し、肩を回した。首を左右に振ると関節が軽快な音を奏でた。
「……っ?」
ふと視界の端にちらついた気配で、ばっと立ち上がった。脇に置いた剣を手にして。
「女……の子?」
目を凝らすと、近くの水辺に輪郭が定まらない朧げな人がたを確認できた。それは少女の姿で、確実に意思を持ち、動きを行なっているように見える。
徐々に間を詰めていくロイスの存在に、気がついてはいない様子である。
「ねぇ!」
声をかけると、小鳥と戯れていた少女は、はじかれるように顔を上げた。
二人の視線が合わさる――――
ドクンッ――――
胸を大きく打った一つの鼓動を境に、ロイスの感覚は目の前の少女へと全て注がれた。
黄金色の長い髪、マリンブルーに輝く瞳、象牙のような白くつややかな肌――――
瞬きを忘れ、一対一の閉ざされた空間に残された。
――――初めての感覚だが、少女へと向いている己の感情は不思議と心地よかった。
「あ、キミもしかしてっ」
はっと思い当たり、少女につかつかと歩み寄る。
驚いた少女が、その場で身を縮めた。
「前、夢に出てきた子だよね?」
少女のそばにしゃがみ、ロイスは
「キミが、泉で遊んでるんだけど悪そうな女が……」
困惑した様子の少女に、ロイスは説明の途中で口をつぐんだ。
「ごめん。俺の夢に出てきただけなんだから、キミが俺のこと知るわけないよね。……あ、でも!悪さしようとか思ったんじゃなくてっ」
指で頬をかき、慌てて弁解した。
すると、少女がくすくすと笑い始める。
「えへへ……」
つられてロイスもはにかみ、少女と向き合って正座した。
少女は不思議そうに首をかしげる。
「俺は、ロイス・レイナー。よろしくっ」
少女の前に右手を差し出し、ロイスが名乗る。
「私は、サラといいます。よろしくお願いします」
不思議な身体を持つ少女――サラは、ロイスの手をとって軽く頭を下げた。
「記憶がない?」
ロイスは耳を疑い、聞き返した。
俯き加減のサラが、遠慮がちにうなずく。
「わかるのは名前だけ……自分がどこの誰なのか、どうしてこんな身体なのかもわからないの……。人間には私の姿が見えないし、声も聞こえないの……」
曇っていくサラの表情に、ロイスは何も言えなくなった。
「今までいろんな人が来たけど、誰にも気付いてもらえなかったの……」
サラは遠い目で、過ぎ去った日々を思い返しているようだった。
「そっか……」
「でも、ロイスに会えたもの。私のこと、見える人がいるってわかったから、もう大丈夫」
沈んでしまったロイスに、サラは優しく微笑んだ。
「!」
ロイスは、ぱっと目の前のサラを見つめた。
「そうだよ!俺たちはせっかく出逢ったんだよっ」
胡座を組む足を拳で打って、ロイスがいきなり声を上げた。
「一緒に行こう、サラ!」
「えっ……?」
目を丸くしたサラに構わず、ロイスは笑顔で何度も頷く。
「うん、それがいいっ」
興奮気味に、もう一度深く頷いて肯定した。
サラは、あっけにとられている。
「旅をしてる間に、サラの記憶と会えるかもしれないし」
ロイスが、希望に満ちた様子で言った。
「私、戦えないし……迷惑になるわ」
「サラがいてくれたら俺、心強いよ!大丈夫、一緒に旅しようよっ」
サラの心配を、ロイスはあっさり打ち消して笑った。
その様子を窺い、サラが深呼吸する。
「よろしくお願いします」
すっと背筋を伸ばしてから、深く一礼して申し出る。
「うん!よろしくっ」
ロイスは満面の笑みでサラの手をとり、握手を交わした。