第26話
ヴァルの拳が、二枚の扉の片割れを打つ。
「こんにち…じゃなくて、こんばんはーっ」
ひょうきんなトゥルースが、挨拶の声をかけた。
扉を目前にひかえた二人の背後には、誰もいない。
―――やがて、ゆっくりと扉が開かれた。
「お待たせしてしまって、すみません」
金髪の色白な少女――サーシャが、姿を見せる。
「こっちこそ、急にごめんねっ」
片手を上げ、トゥルースは謝罪した。
「本日はもう、見学をお引き取りいただいてるのですが…」
語尾を濁らせると、サーシャは後ろ手で戸口を閉め、その前へ立った。
ヴァルが、眼だけでトゥルースを見た。
「…ボクたち、連れを捜してるんだ。今日ここに来たはずなんだけど、知らない??ロイスっていうんだっ」
合図に応じたトゥルースは、質問する。
「ロイスさんなら、昼間に一度いらっしゃいましたが…」
サーシャが、やや困惑を表しながら言った。
「…その時ロイスが、どういった様子だったか覚えているか??」
静かな口調で、ヴァルは尋ねる。
「え…ええ。確か…とても元気なご様子で、お連れの方の先頭に立っていらっしゃいました。すぐ帰られてしまいましたけど…」
一瞬惑いつつも、サーシャが丁寧に答えた。
「…ふーん」
「あの、何か…??」
にやり、と口の端で笑ったトゥルースへ、サーシャは疑問の目線を向ける。
「昼間会ったっきりなのに、ロイスの顔と名前が一致してるんだー」
トゥルースは、釘をさすかのように呟いた。
びくっと、サーシャの身体が動く。
「昼間の訪問では、名乗る暇さえなかったはずだ。それでいて何故、名前を聞いただけでロイスの人物像が正確に浮かんだ??」
追及するように、ヴァルは言葉をまくし立てた。
「いってぇ…」
仰向けに横たわるロイスが、左頬を擦る。
すると、左手の甲に血糊が付着した。
『でも、痛みで大分頭がはっきりしてきた…』
―――ロイスの全身には、切り傷や打撲傷が点在している。
「すまないね、ロイスくん。娘が暴力的で」
さほど謝罪の色を込めず、ジャックはロイスを見下ろした。
「怒ると、私でも手がつけられない…出来損ないだ」
冷徹なジャックの発言に、ロイスが驚いて目を見開く。
「出来損ないって…」
唖然とするロイスは、眉をひそめた。
「おや、サーシャに同情ですか??お優しいですね。…大丈夫。君には、私の研究に協力してもらいますから」
ジャックが、不敵に笑っている。
悪寒を感じ、ロイスは息をつめた。
すると―――
薄暗い階段の奥から、駆け降りる靴音が響く。
「あの役立たずが…!!」
ジャックは吐き捨て、ロイスの身体を無理矢理に起こした。
盾にされるロイスの視界の先、室内へ人影がなだれ込んでくる。
「ロイス!!」
叫んだガイ―――続いてヴァルとサラの姿を、ロイスは見つけた。