第1話 「過去と今と」
夕暮れが間もなく夜を呼ぶ頃。
果てなく広がる草原を独り、歩き続ける少年がいた。
顔つきに幼さを残しながらも、瞳は怖れも迷いもない力強い光を放っていた。
ある日の記憶を思い返して――――
森へ入った直後だった。
とてつものない爆発音が、耳を突き抜けていった。
振り向いた方角から、砂埃と煙が上がっている。
地鳴りを続けざまに感じたが、すぐさま来た道を戻った。
それは、信じられない光景だった――――
家屋の大半は、原形をとどめないほど崩れていた。
燃え尽きた黒い炭くずが、風にさらわれ消えていく。
焼けこげて微動だにしない人の形をしたものは、生々しく悪臭を漂わせた。
少年は口元を押さえ、死に支配された町中を走り出した。
感覚だけを頼りに足を進める。
身体は冷えきっているのに、心拍数だけは上がって短い呼吸を繰り返した。
「姉ちゃん……!」
かろうじて全壊を免れたのレンガ造りの家を見つけた時、祈るように呼んだ。
赤銅色の瓦礫を避けながら、敷地内へ踏み入れた。
その時。
積み重なった残骸が、わずかに動いた。
視線を移すと、隙間から人の腕がはみ出しているのが見えた。
「姉ちゃんっ!」
少年は駆け寄り、邪魔なものを夢中でかき分けた。指先から血が滲むものの無心で続ける。
ようやく、額から血を流し硬く瞼を閉ざした女性を見つけた。
「リリー姉ちゃん!ねぇちゃん……っ」
少年は女性・リリーの身体を抱き起こして、生気を失っている頬を軽く叩いた。ぽろぽろと少年の瞳から雫がこぼれ落ち、リリーの顔を濡らしてゆく。
「ロ……イス……?」
途切れながらも名を呼び、リリーは震える指を伸ばした。
「うん……っ。俺だよっ」
答える少年――ロイスは、姉の手を握って力強く肩を支えた。
「よかっ……た。あなたが無事で」
薄く目を開けた柔らかい笑顔に、ロイスは何も言えず唇を引き結んだ。
「あなたに、伝えなきゃいけない……ことが、あるの……」
リリーが声を振り絞り、ロイスの左胸に手を当てる。
その上に自分の手を重ねたロイスは、涙の筋を拭ってゆっくりと頷いた。
「あなたはね、レイナー家の、子じゃ…ないの」
「えっ……?」
リリーの口から一つ一つ紡がれる言葉は、ロイスには驚くべきものだった。
「あなたは、王家の子……」
告げながら、リリーは遠く遠くを見つめていた。ロイスの動揺を察しながらも止まらなかった。
「でもね、あたしに……とっては……本当のおとう……とよ。だっ……て……」
吐息のような声が、消えた。
力を失った身体は、ロイスの腕の中で急激に重みを増していった。
「だって、何?姉ちゃん、続きは……?」
ロイスは、ぎゅっとリリーを抱き締めた。
「いやだよ……やだ……っ」
涙が溢れ顎を伝い、虚しくリリーの頬へ落ちてゆく。
しかし、もうリリーの目が開かれることはなかった。
ぽつりぽつりと雨が降り始め、町を、ロイスを、リリーの亡骸を冷たく濡らしてゆく。
「あああああぁぁーーーっ!」
降りしきる雨の中で、喉が切れるほどロイスは慟哭した。
まるで絶望と悲哀を写したかのように、薄暗い空だった――――