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中1の冬休み、俺は性欲におぼれて年を明けた。家に雪を一人にして、別の女と一緒にいた。

これで3人目の女だった。


「あけおめ! 沼野、最近ちゃんと食べてる? 痩せたんじゃないの?」

冬休みが明けた日の朝、綾香が話しかけてきた。ここは人通りの少ない道で、ここでたまに綾香と会う。

「お前がデブいんだよ」

「……あは」

綾香は前みたいに明るく笑い返さなかった。申し訳なさそうに斜め下を向いて、

「ごめん」

と言った。

そういえば、よく見ると、綾香は若干痩せていた、というかやつれていた。いじめがエスカレートしているのかもしれない。俺は極力他人と絡まないようにしていたから別クラスの情報まで知らなかった。

「今日沼野の家行っていい?」

「はぁ!?」

「え?」

自分の家に女が来たいというのはどういう目的か俺は知っていて、素で驚いた。それに綾香はきょとんとした。

……そうだ。こいつは女じゃねえ。セックスとか、知らねえもんな。

心の中で俺は優越に浸っていた。とてもガキで、くだらない奴だった。

「……来て、何すんの?」

「ご飯……雪ちゃんだけじゃ大変かなって」

「………」

確かに、いつも雪にご飯を任せっきりで、大変そうなのを思い出した。

「じゃあ、作るだけだぞ。俺は部屋にいる。絶対入ってくんなよ。入ってきたら殺す」

「………ん」

殺す、と言った時に綾香の肩がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。



放課後に綾香が来た。俺は部屋にこの前とは別の女を呼んでヤっていた。

下から雪と綾香の楽しそうな声が聞こえる中、俺は女を抱いていた。

綾香も女も帰った後、雪と二人でご飯にした。

「お兄ちゃん、綾香ちゃんって優しいね!」

「……知るか」

「だって私たちのためにこんなにおいしいごはんつくってくれるんだよっ」

「………雪も作ってくれてんじゃん」

「それもそうだけどっ。綾香ちゃんは…」

「もういいよ。ごちそうさま」

雪にだけはきつく当たらないようにしてたけど、綾香の話をされて、気分が悪くなって、つい話を切ってしまった。



「沼野、これ、昨日のレシピ。雪ちゃんに渡しておいて」

「話しかけんな」

次の日の朝も話しかけられて、不愉快で、レシピだけ受け取って先を歩いた。

そのレシピを授業中暇なときに思い出して見てみた。

使っている材料は野菜やきのこなど栄養の高そうなものばかりだった。なぜだか胸が痛くなった。

昼休み、考え事がしたくて屋上の鍵を無断で持ち出して屋上へ向かった。

屋上に続くドアはすでに鍵が開いていた。

入ると、青い空と、白い雲と、一人の女を見つけた。綾香だった。

「!?」

フェンスのほうにもたれかかってズビズビと泣いている。

「おばさん……っ」

「……?」

こちらに気付いていない綾香は、手に持っているものに向かって、俺の母親を呼んだ。綾香は俺の両親をおじさん、おばさんと呼んでいたものだった。

「私、もう……」

「おい」

「っ!!」

涙で崩れている綾香の顔が上を向く。それと同時に手に持っていたものは隠された。

「沼野……」

俺と分かるとすぐに制服の袖で涙を拭いた。

「いま、おばさんって言ったよな」

「………」

うんともすんとも言わなかった。ムカついて、俺は足を上げてフェンスを蹴る。

「ひっ」

綾香は異常な怯え方をした。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい…」

がたがたと肩を震わせて、目を伏せ、腕で自分の体を守るようにしていた。その時、さっき隠したものが現れて、俺はそれを奪い取った。

ボロボロになったお守りだ。

「これ……」

見覚えがある。俺も雪も、綾香の弟も持っているものだ……母さんが生きてた頃、手作りして配ったお守りだ。俺は両親が死んだときに捨てたものだ。

「なんなんだよ……」

「っ……」

お守りをぐしゃりとつぶす。

「なんで、おまえ……こんなもん、持ってんだよ! もう何年も前の……!!」

続く言葉がでなかった。最後まで言ったら涙が出そうで、言いたくなかった。なんで泣きそうなのかはわからなかったけれど。

「捨てろよ、こんなもん……持ってたって、しょうがねえだろ……!!」

お守りをさらに握りつぶして地面にたたきつけ、にじりつぶした。

「あ……やめて…!」

「うるせえんだよ……こんなんに縋りついてんじゃねえ!」

「はあ、やめ、やめてよお……はあっ、はあっ」

俺の足をどかそうとする綾香の呼吸はどこかおかしかった。この時に気づいていればよかったんだ。そうすればあんな思いせずにすんだかもしれないのに。

「これ以上、はあっ、きっ、はっ、はっ、はあっ」

綾香が急に苦しみだした。胸を押えてうずくまる。さすがに様子がおかしいと思って綾香に一声かける。

目と鼻と口から液という液がだらだらと流れだし、呼吸が一定していない。

「おい……おいっ!?」

「はっ、ひっ、はひゅっ」

「ふざ、ふざけんなよっ!! おい!」

叫ぶと、綾香の呼吸が止まった。変な症状が治まったと思ってほっとしたのもつかの間、綾香はそのまま倒れた。

「は……?」

何が起こったか全くわからず、しばらくボー然としていた。

「…」

ぴくりともうごかない綾香を見ていると、次第に視界が暗くなった。

「……だ」

いやだ。

死ぬな。

嫌だ、嫌だ。

ふらふらと立ち上がって、次には目にもとまらぬ速さで保健室に直行した。そのあと、俺は先生に何て言ったか覚えていない。覚えていたのは、泣きじゃくって、助けてくれと言っていたことだけだった。



綾香はストレスによるひどい過呼吸を起こして意識を失ったらしい。今は病院にいて、安静に過ごしている。

「……」

「……」

症状を起こした張本人の俺は綾香の見舞いに来ていた。綾香はなにも言わずに窓の外を眺めている。その顔は疲れ切った顔をしていた。胸と胃がキリキリと痛んだ。

「……おばさんと」

切り出したのは綾香だった。

「おばさんと約束したんだー」

わざとらしく明るく話す。

「……何をだよ」

こんな時でもこんな口調になってしまう自分が憎かった。

「沼野を守ってあげてねって。お守りくれるときに」

どくんっと心臓が跳ねた。

今まで違和感を感じていたものが解けたという感じだった。

そして罪悪感が生まれた。

今まで俺と雪の体調を気遣い、俺の看病をしたり、たまに掃除にきたり……全部同情でしているものだとおもって、鬱陶しいと思っていた。消えてしまえと思っていた。

「……あ……」

綾香がいなかったらきっと雪の笑顔もなかった。雪は綾香のつくるごはんが大好きで来るたびに飛び跳ねていた。まだ小学生だから同情とかわかんねえんだろうな、と見下していたけど、見下されるのは俺のほうだった。わかっていないのは俺のほうだった。

「沼野……泣いてるの?」

「は……?」

指摘されて顔に手をあててみる。そして初めて泣いていることに気付いた。

「……お、俺、おれぇ……っ」

同情ではなく、すべて俺たちを本当に心配してきてくれたことに気付き、俺は泣いたのだ。

いじめられても、こんなんになるまで俺のことを心配したんだ。

「ごめん………ほんと、ご、ごめん……っ」

「………やだ。許さない」

そりゃ、そうだ。ひどいことたくさん言ってきたんだ。簡単に許されていいわけない。

「……っ」

「笑ってくんなきゃ許さない」

「!」

俺は綾香のやさしさに何度救われただろう。こんなわかりにくいものにどれほど支えられてたんだろう。もしあの時綾香が看病してくれなかったら一人で寂しかったかもしれない。現に、母さんのことを思い出していた。

「……俺……っ、寂しかった……っ!! 父さんも、母さんも、死んで、みんな俺たちを、可哀相な子だって………誰も俺たち自身を見てくんなかった……っ」

「………」

綾香は黙って俺の頭を撫でてくれた。

いつもだったら、跳ね返していたのに、俺はあっさり受け入れた。心地よかった。

「うぅ………っ」

俺が泣き止むまで、綾香はずーっと頭を撫でてくれた。



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