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10歳のころ、父と母が死んだ。

対向車の飲酒運転が真正面から突っ込んできて即死。

「うわぁああぁああああぁああっ! ぱぱぁああ、ままぁあああぁあっ」

妹は泣き崩れ、俺はその手を握って10歳にしては重過ぎる衝撃茫然としてるしかなかった。

両親が死んだその日に母方の祖母が俺たちの家にやってきて早々、俺と雪を固く抱きしめた。つらかったね、さびしかったねと何度も何度も。

祖母や親せきのおかげで葬式はスムーズに行われた。雪はまだ泣き、俺はまるでテレビアニメでも見ているような気分だった。

「……ねえ」

お経がよまれているとき、隣の女の子が俺に声をかけた。それが綾香だ。この時はたしか、俺は返事しなかったと思う、疲れてたし、何も考えることできなかったし。

「おじさんとおばさん、どしたの?」

俺の返事を待っていたけどやがて諦めて綾香は続けた。高い声で細々と。

「綾香…」

綾香の私語に気付いた彼女の母はやめるよう催促した。そこで俺たちの会話は終わった。



事が済んでから祖母が俺たちの家に住んで世話をすると進み出た。ほかの親戚はなぜかほっとしたような顔をしてお願いしますと頭を下げる。

それから祖母と俺と雪との生活が始まった。

雪は全然立ち直れず、祖母に苦労をかけた。その反面俺はしっかりしていたと思う。掃除も洗濯も自分のものは全部自分でやって料理だけは祖母に任せた。そしたら逆に心配されて、意味わかんねぇと悪態をついた。


俺も雪もすっかり両親の死を受け止めているようになっていたのは中学に入ってからだ。俺は祖母にお礼を言ってこの家から出て行ってもらった。祖母は嫌よ嫌よと言っていたけど俺ももう中学生だ、なんでもできると跳ね返すと、萎れてそのまま帰って行った。

「お兄ちゃん、私料理ならできるよ」

「じゃあ俺は洗濯するよ」

こうやって家事分担をした。この時の俺は、自分ならなんでもできると己を自負していた。

実際は、うまく家事が回らなくて洗濯物は溜まり、干すことがおいつかなくなって洗濯してそのままの衣類からは異臭が放っていたこともあった。梅雨時のあの臭さだ。たった二人分の衣類なのにどうしてこうもうまくならないんだ?


中学入学から1か月がたち、なぜかクラスの奴が俺を見てくすくす笑ってる。

「……」

このクラスには同じ小学校から来たやつは数少なく、綾香は別のクラスだった。俺を笑っているのは別の小学校から来たやつらばかりで、意地悪そうな顔をしている。

「言いたいことあるなら言えよ」

ある日、そいつらにそう言ってやった。我慢できなかった。

「うわっ、寄るんじゃねえよ変態!」

「は?」

変態? 俺が?

「何言ってんだ?」

「僕見ちゃったんだよね」

丸眼鏡のおかっぱ頭の見るからに優等生で実際にそうである奴が俺の前にしゃしゃり出る。こいつは入学当時は暗くて誰にも話しかけられなかった奴だ。

 そしてそいつが眼鏡をくいっと上にあげて言った。

「子供用の下着ををいやらしい目つきで見ているのをね!」

「………は?」

「後は小学校の前で小学生を観察していたり、女の子用の服を眺めている姿も目撃されている!」

その発言は大声だったため教室の壁を通り越して廊下を歩いている生徒の耳にまで行き届いた。

「ちょ、それ、ヤバくない? 沼野くんってロリコン?」

「えー、イケメンなのにそれはないわ。きっしょ。同じクラスとか最悪」

二人のギャルが俺を貶したことで、クラスからの俺に対する悪口が一気に始まった。キモイ、変態、キチガイ、ロリコン、最低、最悪。俺のことを好きとか言っていた女までもが俺を見て笑ってる。

「………俺には妹がいるんだよ。妹の服を選んで何が悪い」

ざわついていた教室が俺の一言によってピタっと止まった。クラスの端々から「え、そうだったの?」「おかしくなくなくね?」という声が聞こえてくる。

「そっ、それじゃあパンツとか見ていたのはどうなる!? さすがに妹のパンツは見ないだろう!」

情報源となってみんなの円の中に入れた丸眼鏡は、この状態を維持しまいとどうにかして俺を貶めたいようだ。なんと哀れなやつ。

そしてこいつの苦し紛れの発言でもう一度ざわめきだすクラスにも俺はうんざりし、席について突っ伏した。こいつらには言って理解してもらっても嬉しくない。両親がいないことを言いたくない。絶対に憐れみの目しか向けてこないし、そしてそれは偽善だとすぐにわかってしまう。

「認めるんだな!? 自分は変態だと、お前は認めるんだな!?」

しつこい丸眼鏡に何か一言言おうと体を起こすと、そこに広がったのは異様な光景だった。他クラスの生徒もこの話題に参加してきている。

なんでだ?

「えー、沼野君変態なのー?」

「やだー」

「ショックー」

ショックなら、嫌なら、帰れ。自分の教室に帰れ。

「くすくす」

「クスクス」

笑うなよ。

俺のこと知ってるわけじゃねえくせに。本当のこと言ったって、手のひら返してかわいそうにって、今起きてることはなかったかのように言うんだろ? ああ、キモチ悪い。

「クスクスクス……」

「沼野!!」

嘲笑の中から出る杭が生まれた。

「帰ろ!」

「村瀬……」

このころはまだ綾香のことを村瀬と呼んでいた。そう呼べと言われていたから。

「おいデブ! しゃしゃり出てくんな!」

「デブだから何?! あんたなんか人間のクズじゃん! それよりマシだし!」

「は、はぁ!?」

丸眼鏡が珍しく反抗的な綾香にびっくりしていた。周囲も口を開いてみている。

「沼野、行こうよ。帰ろう!」

ぐいっと俺は引っ張られた。

…ここにいるよりは、綾香といたほうがいい。そう思って、されるがまま、つれられるがままに俺は教室から出て行った。綾香の手は震えていた。



「なんでほんとのこと言わなかったの? 言っちゃえば事はすんだのに…」

「うっせえな……俺の勝手だろ。つーか、お前、明日からいじめられるんじゃねえの」

「いいよ。あんな人たちにいじめられたってびくともしないし」

綾香は俺の家に来て、料理を作っていた。このころから綾香は弟の面倒を見始めていて料理ももう完璧だったといえる。そして俺はこの時はまだ綾香のことをただの幼馴染だとしか考えられなかった……ていうか女として見れなかった。

その日出てきたメニューはナポリタンだった。昨夜、母親に教えてもらったばかりで自信があるとかないとか。まあ、美味しかった。



次の日俺は熱を出した。雪が学校行くまでは何もないように接するのが大変で、たぶんそのせいで熱が上がった気がする。雪が元気よく家を飛び出していったのを見て、自室に戻るとそのまま布団に倒れこんだ。

「あっつ……」

熱のせいで体が火照って汗も出る。

「っ……」

急に頭痛が襲った。ぐわんぐわんと頭が回り、脳の端から中心へと向かって何かが暴れている感覚がした。

「ぉ、え……っ」

なんと吐き気までする。

急いでトイレに向かった。なんとか間に合った。

「かあ、さん…」

熱におかされたせいか、無意識にそんな言葉を口にしていた。トイレで吐瀉物をまき散らしながら。



目を覚ますと、部屋の中にいた。どうやら自力で戻ってこれたらしい。

「…………」

ふと隣を見る。

「あ、起きた?」

「!?」

そこにはふくやかな綾香が座って漫画を読んでいた。俺は飛び起きる。

「まだ寝てなきゃだめだよ」

が、綾香によって阻止された。

「てめ、なんで、ここに!」

せめて言葉だけでも抵抗させてもらう。

「なんでって……学校来ないから心配して見に来たらゲロまみれになってんだもん。死んでるかと思った」

「ふっざけんな……!」

額に当てられていた冷たいタオルを掴んで綾香に投げ飛ばした。この時の俺をぶっ殺したい。

「勝手に家に上がり込むな、部屋に入るな……俺に構うんじゃねえ、デブ!!」

「はいはいデブデブ。もう慣れたよ」

笑って対処していたけど、たぶん綾香はすっごく傷ついていたと思う。当時は気付けないものだった。

綾香は投げつけられたタオルを手に取って立ち上がった。どうやらもう一度濡らして持ってくるつもりらしい。

「看病なんかすんじゃねえよ、母親じゃあるまいし」

「母親じゃなくても看病ぐらいさせてよ」

「いらねえよくそデブ」

綾香はまた笑った。そしてタオルを濡らしに部屋から出て行った。

数分後綾香は手ぶらで戻ってきた。

「なんだよ、まだいたのか」

「うん。体温計持ってきたんだー。測って測って」

ふっくらした手の中に体温計が握られていた。そのまま俺に近づき、それを渡す。ちょうど測りたい気分だったから、舌打ちして乱暴に取った。

綾香は俺の本棚を勝手に漁り、漫画を読み始める。昔からの行為だが、少し苛立ちを覚えたものの、もうどうでもいいと思って放っておいた。

ピピピピ、と体温計がなった。脇から出して見てみると38.0度だった。綾香が覗き込む。

「高っ。ねえ、病院行こうよ。そんで薬もらお?」

「触んな」

俺の腕を掴んでいた綾香の手を振り払った。が、

「……。わかった。行くよ」

と言った。

「着替えるから部屋出ろ」

「う、うんっ」

綾香は嬉しそうに部屋から出て行った。

着替え終えて、綾香を先に玄関へ向かわせた。綾香が靴を履き、彼女が外に出ると、俺は玄関の鍵を閉めた。内側から。外で綾香の不思議そうにしている姿が目に浮かぶ。

「もう帰れ。ウザい。同情か何かは知らねえが、目障り。死ね」

それだけ言って、俺は部屋に戻った。



病院に行かずに熱を治すのに2日かかった。熱が下り、俺は3日ぶりに学校へ行った。

教室へ行くと、笑われると思っていたが、誰も俺に興味を示さなかった。机に死ねとか消えろとかそんな文字も書かれてないし、物がなくなってる様子もない。この前のは夢だったのか?

「あの……」

ある休み時間に派手な女子二人が俺のところに来た。

「ごめん。村瀬から聞いたんだ……ごめんね」

その二人に続くように丸眼鏡の奴含め、クラスの全員も俺に謝罪した。めんどくさいから、適当に返事をした。


その日の放課後、綾香のクラスの前を通らなければ下駄箱に行けないため、その廊下を通った。その時、そのクラスの窓から、綾香の姿を見た。その部屋で一人だけで何かを必死にしていた。

何をしているんだろうと思って少し様子を見た。

「………」

泣きながら自分の机を拭いていた。

ああ、虐められたんだな。俺を助けたがために。ざまを見ろ。偽善者ぶるからだ。

俺にはかわいそうとかそんな同情なんかわいてこなかった。

泣いてる綾香を放って、俺はゲームセンターに寄ってから帰宅した。



次の日に、クラスの派手な女子に放課後呼ばれて、セックスした。初めての快感に俺は沈んでいった。





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