はち、に。
「おいはやみん、いつまで寝てるんだ。さっさと起きろよ」
蹴られた。
デジャブ。
だが今回の早見は覚醒と同時に跳ね起きた。
「はっ、ここは――俺の部屋! まさかの夢オチ!?」
「活字媒体で絵がないからって、強引に夢オチに持っていくなよ――天空都市だよ」
その通りだ。見回せば街があり、見下ろせば石畳、見上げれば空がある。全くもって、早見の部屋などではない。
「って、え、天空都市? 着いたのか?」
「ああ、キミの自殺と見紛うばかりの見事な突貫のお陰でね。――いやはや、あの瞬間ばかりは、さすがのボクも死ぬかと思ったよ」
ため息まじりに裁縫が言う。わずかに疲れの垣間見えるその表情から、確かに裁縫も心穏やかにはいられなかったらしい。
「……あ、姫森と水澤さんは?」
「無事だよ。キミの後ろだ。さすがにふたりとも気絶してる」
見れば、確かにふたりは早見の後ろで、寄り添い合うようにして気を失っていた。裁縫が優しい手つきで揺すると、ん、と呻き声をもらしつつ水澤が気が付いた。
「――あ、く、頭が痛い……」
「急に動くとそうなるから、もう少し安静にしていた方がいい」
「……何か、俺との扱いの差が酷くないか? 俺、蹴られてた気がするんだけど。踏まれてた気がするんだけど」
「気のせいだよ。構成成分の90パーセントが優しさでできているこのボクが、キミを足蹴になんてできるわけがないじゃないか」
「ちなみにその構成成分、残りの10パーセントは何でできてるんだ?」
「シャーデンフロイデ」
「それってつまり“ざまァ見ろ”とか“メシウマ”とかってことだよな!」
裁縫は姫森も同じように揺すってみるが、姫森は完全に目を回しており、一向に目覚める気配がない。
早見は、なんとなく空を見上げてみた。距離的に、地上で見ていた空よりは天頂に近いはずだが、空の果てはやはりどこまでも果てしなく遠い。
穏やかな風の吹くそこは、先程までの死闘の喧騒が嘘のようになく静まり返っている。
静まり返っている。
……なんだか、静かすぎやしないか?
「キミも気が付いたかい、はやみん」
姫森を起こすことを諦めた裁縫が、早見の方を見た。
「……ああ」
早見も、周囲を注意深く見回しながら頷く。
四人が不時着したのは、どうやら天空都市上の街都の一角らしい。脱色したような色の無機質な建物が、淡々と並んでいる。
だが、音がない。
不自然に、静かすぎる。
もっとはっきりと言うのなら、
人の気配が全くない。
「――いや、そもそもそのつもりでここに来たんだから、そうでなけりゃ困るくらいなんだけどさ」
早見はつぶやく。
人の気配はない。ないのだ。
それなのに――何だ、この圧迫感は。
誰かに常に見張られているような怖気は。
「とにかく――もう焦ることも急ぐこともないだろう」
姫森を起こすことを諦めた裁縫が立ち上がり、こちらを見た。
「折角ここまで来たんだ。事のついでに、調査を兼ねた観光と洒落込むとしよう」




