ななじゅうさん。
「天空都市の防衛システムについて説明する」
裁縫が手元の端末に何かを入力すると、全員に見えるように展開された大画面に動きが生じた。
「まず防空圏だけど、これは天空都市を中心として、全方位に展開されている。その最外縁部まではおよそ0.9キロ」
つ、と天空都市の図の周りに一線が走り、それをぐるりと囲む円を描いた。
「対して、最内縁部の距離は同じく天空都市を中心として0.4キロだ」
初めに引かれた線の内側に再び線が描かれ、もうひとつの円を形作った。
「内縁部はこれが限界でね。天空都市そのものに砲撃が向かわないためにも、この距離までしか防衛システムは反応しない」
つまり、と裁縫は画面に映る防空圏、二つの円の間を示した。
「最外縁部から最内縁部までの間隔差し引き0.5キロ。これを突破すれば、ボクらの当面の安全は確保できるわけだね」
「500メートルか……数字だけ聞けば、大した距離ではないんだけどな」
難しい顔で、水澤がつぶやくように言う。実際、早見のアパートからこの場所までの700キロを一時間足らずで走破しているのである。それに比べれば大したものには思われない。が、
「防衛システムをかいくぐりながら、になるからね。ちょっとでも気を抜けば撃墜されるよ」
何てことのないように裁縫は言う。だが、それを実際に行うことになる早見としてはたまったものではない。
「ちょ――ちょっと待てよ。本当にそれ以外はないのか? もっと安全に行けるところは?」
「ないから言っているんだろう。それに、ボクらが安全に行けるということは、機関の連中も簡単にたどり着けるということなんだぜ」
それはそうだろうが、と早見は言葉を失いかけるが、
「でも……でもだぞ。いいのか? それはつまり、俺が失敗すれば俺ら全員死ぬってことだろ? そんなに俺を信用していいのか?」
「何を急に弱気になっているんだいはやみん。急に怖くなったのか?」
不思議そうに問いかけてくる裁縫に、早見は今度こそ言葉に詰まった。
怖くなったか、と言われれば、確かに怖くなったのだ。
姫森や水澤を護る、という状況と、早見が負ければふたりともただではすまないという現状は、変わっていない。それはわかっている。
だが、自分のミスが他全員の死に直結するというのは、考えたことがなかった。
自分が死ぬ、ということは、不思議とそれほど大事には思っていない。
だが、他の全員の命を背負うというのは、重い。
「――成程」
早見を見ていた裁縫は、ややあってから小さく頷いた。
「だけどはやみん。やっぱりキミは自分を過小評価しているよ」
ずけずけと、裁縫は言う。
「キミにはできるんだ。キミはそれができる人間だ。キミが魔法使いであるという以前に、キミはそういう人間なんだ。だからボクはキミを信用しているし、信頼している。ちょっとくらいの軽口は許されると思っている」
「……最後のは、別に許しているわけではないからな」
「快く受け入れてくれると思っている」
「それだけは絶対にないぞ!」
「ボクの信頼だけじゃ足りないかい? はやみん」
問う。だが、早見は答えられない。
すると、誰かが早見の手をそっと握った。誰かと見れば、隣に座っていた姫森だ。早見の手を取った姫森は、早見の目をまっすぐに見て、
「――私も、はやみんを信じてるよ」
「……はやみんと言うなって」
「はやみんならできるよ。大丈夫。ここまでだって大丈夫だったんだから、とにかく大丈夫だよ。料理だってできるようになったんだし」
「いや、料理は別に初めからできないことはなかったし、あれはマニュアルを見ながらやっていたからで」
「それなら、裁縫クンの説明を聞けば、できるようにもなるだろう」
いつの間にか背後に回りこんだ水澤が、早見の方に手を置いた。見上げると、水澤はにっと微笑む。
「私だって信頼しているよ、早見クン。――私はね、きっと、君は主人公なんじゃないかと思うんだ」
「……俺は主人公じゃない」
「主人公だよ、早見クン。君がどう思っていようと、物語は君を中心に踊るんだ。自分に自信を持ちなさい。自分をもっと信じなさい。――君は、大丈夫だ」
く、と早見は俯いている。まだ迷っているのだ。本当に、自分には出来るのか。
自分は、それほどまでの信頼に足る人間なのか。
迷いは、一瞬のことであったようにも、何時間にも及ぶ懊悩であったかのようにも思われた。
顔を上げる。
やれやれ、と裁縫は肩をすくめた。
「全くいい身分だよねえ、はやみん。今更ながらこの状況、はやみんのハーレム状態だものねえ。全くもって、羨ましい限りだ」
「うるせえ。そんなんじゃねーよ」
言い返す言葉に勢いはない。
だが、力はある。
早見は、未だぎこちないながらも、口許に確かな笑みを浮かべた。
「わかったよ。行こう、天空都市。――俺も、多少は自分を信じてみることにするよ」




