ろくじう、に。
標的のアパート屋上に現れた少年を見て、五十嵐は嗤った。
「はは、見ろよ黒木。一発で出てきたぜ。さすが俺だろ」
『調子に乗らないでください。出てきただけです。油断すると足元をすくわれますよ』
通信状態の端末から聞こえてくる女の声に、ふん、と五十嵐は鼻で笑う。
「マジでガキだな。ほんとに俺らが出てくる必要はあったのか?」
『ありますよ。情報によればその少年は魔法使いです。そう簡単に事が片付くと思わないでください』
『ねえ、何でもいいけどさあ、あたし、さっさとぶっ放してもいい?』
『駄目です、木村さん。まずは様子見です』
『えー、五十嵐はもうやってるのに? ――ちぇー。じゃあまあ今回はいいけど、次はまずあたしからだからね、五十嵐』
「うるせえな木村。お前は狙撃班なんだから黙って待ってろ」
ちっ、と舌打ちして、五十嵐は視界の正面に件の少年を据える。
少年は、まっすぐにこちらを睨み上げている。
「へえ、いい目をしてるな。――潰し甲斐のありそうな生意気な目だ」
「――なあ、おい。さっきここをぶん殴ったのはあんたか?」
少年が声を上げてきた。ああ? と五十嵐は片眉を上げ、
「ああ、そうとも。驚いたか? てめえの魔法とやらにだって、俺の攻撃は通用するんだぜ」
「まあ、そうらしいな……どうでもいいけど」
ぶっきらぼうな少年の物言いに、なに? と五十嵐は苛立ちかけるが、彼が何か言う前に少年が、
「で、目的はやっぱり小説家なわけか?」
「ああ、そうとも。小説家の“保護”さ。――はっ、残念ながら、お前については指示はないからな。生死問わず、だ。ぶちのめしてやるぜェ」
身構える五十嵐に対し、少年はけだるげに肩を落として、「“保護”ねえ……」と吐息する。
「まあいいけど。成程、それじゃあお前は俺を殺しにかかってくるわけな。――それじゃあ、他の二人は?」
「あ? 他の二人?」
訊き返すと、少年は頷く。
「さてな……おい黒木、それはどうなってるんだ?」
『その魔法使いと同じです。指示はありません』
「へえ……じゃあ決まりだ。殺す」
あっけなく言い放った五十嵐に、少年は激昂するわけでもなく、ただ静かに頷いた。
「じゃあ、あれだ。簡単に言うと、俺があんたらを倒せばとりあえず安全、ってわけだな」
「ああ? っは、簡単に言うけどなあ、どうだろうなあ? お前、さっきの打撃、しっかり喰らってんだろ?」
五十嵐の言葉に、少年は答えない。だがそれを肯定と受け取って、五十嵐は哄笑を上げる。
「そりゃあそうだよなあ! 何せそれが俺の超能力なんだからな! どんな相手にも最強の打撃力を通じさせる、それが俺の能力だ。――相手がお前の魔法だろうが関係なく、俺の打撃力はお前に直接貫通するのさ!」
「……へえ。べらべらと教えてくれて有り難う。参考になったよ」
ひとつ吐息して、少年は半眼でこちらを見上げる。
「打撃力の貫通ねえ……さっきのも全力なんだよな? 俺、生きてるけど」
「いやいや。違ェよ。さっきのは小手調べってなもんさ。あの程度で死ぬんなら、その程度だからな」
ほうほうと少年はもっともらしく頷く。そして、
「成程そいつはおっかないな。――でも結局それはあんたの打撃力なんだろ?」
「莫迦だなあお前。ただの打撃じゃねえ――俺の打撃は、威力までも倍加されるのさ」
「おー、そいつぁ凄ェや」
ぱちぱちと、おざなりな拍手を送る少年。で、と、
「でもそれは“あんたの”打撃なわけだから、あんたが打撃しさえしなければ、何のこともないよなあ」
「あ? お前、何を言って、」
眉をひそめて見る視界から、不意に少年が消えた。な、と息を呑んで視線を左右に走らせる。
「――どこ見てるんだ? こっちだよこっち」
確かに探すまでもなかった。
眼前。
「あんたの超能力って言うのは――こんな感じか?」
眼前に、既に右の拳を振りかぶっている少年がいた。
距離は短くない程度にあったはずで、空中だ。こちらは飛翔兵装を用いているのに、この少年は素のままで、
「莫迦な、何を――」
「さっきあんたも言ってたろ。――魔法だよ」
固く閉じられた拳が打ち下ろされた。咄嗟に五十嵐は防御姿勢をとり、兵装の防護を総動員して構える。
拳そのものは、兵装で防がれた。
だが。
「――がっ」
“貫通した打撃力”の全ての直撃を受け、五十嵐は悶絶して白目をむいた。
そのまま落下しかける五十嵐の首根っこを掴んで、無造作に手近なアパートの屋上に投げ飛ばす。
「……まず、ひとりか」
空中に立ったまま、早見はつぶやく。
「近くにはいないな……」




