ろくじう。
転機は、さらに数日を経た午後だった。
昼食を終え、食器の洗浄も済ませ、水澤と裁縫はいつものように部屋にこもり、早見と姫森はリビングでそれぞれに本を読んでいた。早見は珍しくレシピブックではなく水澤の書斎から借りてきた文学小説で、姫森も同じく借りてきた歴史小説である。
姫森の小説では、ちょうどとある寺院で武将が休息をとっていた夜に河を渡って来た敵軍がその勢いのまま全員ふんどし一丁で奇声を上げながら躍り込んでくるシーンで、読書姿勢としては前のめり気味で、“キエェェェェ!!”と絶叫するふんどし野郎どもが寺の壁を突き破る瞬間に、
腹の底にまで響く重い轟音がアパートをリアルに揺らし、
「っわあぁぁふんどし野郎ども来たァ!!」
「いったい何だ、ふんどし!?」
轟音に書斎を飛び出してきた水澤に、思わず悲鳴を上げていた姫森も大慌てで、
「え、あ、いや、今のは――ってちょっと、はやみん!?」
見ると、正面で本を読んでいたはずの早見が上体を前に倒し、もっと言えば顔面を硝子製のテーブルに深くめりこませていて、
「虫のように震えているな……」
恐る恐る近づいてきた水澤が、そっと早見の首筋に指を添えて、
「ダメだ……死んでる」
「ええっ!?」
「いや死んでねーよっ!!」
がばっと勢いよく起き上がった早見に、姫森はさらにおののいて引っ繰り返りかけた。
ふむ、と水澤は腕を組み、
「まあ冗談はさておき」
「シャレになってねーって……」
「大丈夫なのか早見クン? まあ大丈夫そうには見えるんだが」
見ると、早見は顔面から流血していた。テーブルにめり込んだ衝撃で額が割れたらしい。早見はそれを乱暴に拭って、
「傷はもう塞いだ。外から思いっきり結界を殴られた余波だな……だけど、いきなりいったい何だ?」
「それはこっちの台詞だぞ。ふんどしがどうしたって?」
「は? ふんどし?」
「ふんどしは気のせい! 気のせいだからね!?」
あ? とふたりの注目を浴びて、姫森は必死で話を逸らそうと、
「あ、そう、そういえばさいほーちゃんは?」
「ボクがどうかしたのかい?」
淡々と答えながら、裁縫が部屋から出てきた。裁縫は、未だ顔面に血痕の残る早見の顔を見て、
「……おいおいはやみん、何をしているんだい昼間から。額から血を噴くほど欲情するなんて、いやらしい」
「いったい何をどう解釈したらそうなるんだっ!?」
「冗談はさておき」
すねる早見を放置して、裁縫は言う。
「まずい状況だ。まあむしろよく今日まで何事もなかったなという話でもあるんだが。――現状、ボクらは完全に包囲されている」




