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ごじゅうとさん。

 

 

 不意のことに驚いた姫森が勢いよく振り返ると、水澤が歩いてくるところだった。ちょうど、書斎から出てきたところらしい。

 不意打ちに驚いた姫森は、しかしつぶやきを聞かれた羞恥よりも、それを面白いと評されたことにむっとして、


「水澤さん、そんな……」

「水澤さん、という呼び方はやや硬いな。すいでいい。なんなら裁縫クンのようにすーちゃんと呼んでくれても構わないよ」


 軽い調子で言いながら、ソファを回り込んだ水澤は姫森の正面にどっかりと座った。

 ああやれやれ、と首を左右に傾けるようにして振る。

 ゴキ、と二回ほど、水澤の首の骨が鳴った。

 それから改めて姫森の憮然とした表情を目にして、


「ん、面白いというのが気に障ったか? それはすまない。しかし面白いと思ったのは正直な感想だよ」


 む、と姫森は言い返そうとする。だが水澤は姫森の反応に構わず、


「実に哲学的な思索じゃないか。自分はここにいてもいいのか。存在への不安。SFだね。そしてそれは、人間が考えることを初めて以来の命題でもある」


 滔々と語り始めた水澤に、違う、と姫森は言い募りそうになった。そんな、妙に深い意味ではなく、ただ単純に、現状での自分の立ち位置についての話で、


「君はここにいたくないのかい? 姫森クン」


 急に話が自分に向いて、戸惑った姫森は口を閉じた。見れば、水澤はこちらをまっすぐに見据えている。

 眼鏡の向こう、掛けずにいたときとはまるで違う、まるで獲物を見るような、射るような鋭さを伴った視線だ。


「私が見ていた範囲に限る話だが、その上では君は確かに、君のここいる理由は完全な“成り行き”だ。被害者と言ってもいい。私や早見クンのような“何か”を有することも、裁縫クンのように職務に縛られているということもない。全く無関係な第三者であったはずの人間だ。……そんな君を引き込んだのは他ならぬ私自身であるわけだから、そこは申し訳なくも思うのだけれど」


 しかしな、と水澤は続ける。


「君にとっての君の問いの答えは同じか? ただ“成り行き”でここまでついてきたのか? 君がどう思っているのか。他の誰が何を言ったところで答えにはならないよ。君にとって納得できる答えは、君自身にしか出せないのだからね」


 そこで、ふっと視線から強さを抜いて、水澤は優しく微笑んだ。


「君は早見クンが好きかい?」


 あまりに急に話を変えられて、姫森は完全に慌てた。え、いや、その、えっと、と言葉は何ひとつ意味のあるものへと至らない。

 テンパって挙動不審になる姫森を眺めて、水澤は実に愉快そうにころころと笑った。


「それもひとつの答えなんじゃないかと、私なんかは思うけどね。早見クンが主人公なら、きっと君がヒロインだ。――まあ、じっくり考えてみてもいいだろうさ。君が本気で、この話から降りたいと言えば、早見クンも裁縫クンも、君が安全に降りられる方法を本気で考えてくれるだろうさ」


 頬を紅く染めながらも、何も言えずに押し黙る姫森に笑みを向けながら、水澤は、ん、とひとつ大きな伸びをした。


「さて、どうにも頭がぼんやりするな。ここのところ連続して徹夜でね。柄にもなく説教めいたこともしてしまった。話半分だ。忘れてくれていいよ。――ところで姫森クン、君、今暇かい? ……そうか。じゃあコーヒーを一杯、お願いしてもいいかな」

 

 


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