よんじゅーはち。
は、と早見は顎を落とした。
まるで別人である。
先程の違和感の正体は、水澤の目だった。眼鏡をかけたから、というわけではない。明らかに、レンズの向こうの水澤の視線が、その眼光が、鋭さを増しているのである。
雰囲気も一変していて、先程までは確かにあった、どことない自信のなさや、申し訳なさのようなものが消え失せている。やや俯き加減だった視線は、顎とともに正面までしっかりと上がり、背筋もまっすぐに胸も張られ姿勢よく、凛、とした立ち姿になっている。
常に下がっていた眉尻はしっかりと上がっており、口許には不敵な笑みがある。
声の張りまでもがうって変わり、細々とした消え入りそうなものだったのが、よく通るハスキーなものになっていた。
まったく関係のないところで別々に遭遇していたら、完全に別人だと思っていたことだろう。双子とも思わないかもしれない。
あっけにとられる早見の様子に、ふふ、と水澤は小さく笑った。
「やはり驚かせてしまったな。すまない」
「え……え、え? ドユコト?」
早見は全くわけがわからず混乱の極みだ。変化が一瞬過ぎて、頭がついていかない。苦し紛れに出した納得の着地点は、
「に……二重人格?」
「いや、残念ながら違うよ。私は私だ。人格はひとつ。先程までの私ともしっかりと連続している」
と、あっさりと否定されてしまった。
だがそれが否定されると、早見としてはもう何も考えられないのだが。目を白黒させている早見に対し、しかし裁縫は平然とひとつ頷きを置くと、
「――成程、スイッチというわけだね」
「御明察」
裁縫の言葉に、水澤はにやっと笑って答えた。そんな表情までもが、先程までの水澤には絶対になかったものだ。
「え、なあ、ちょっと、どういうことだ?」
さっぱりわかっていない早見に、面白がるような調子で水澤はころころと笑った。
「スイッチさ――眼鏡の着け外しで、“在り方”をちょっと変えているんだよ」
「ペルソナと言ってもいいんじゃないかな……恐らく、強力な自己暗示だろう。外界を一番強く認識しているのは視覚だ。その視覚に、眼鏡のレンズを一枚挟むことで世界から一歩距離を置く、というわけだ」
水澤を見ると、彼女は笑みで頷いた。
「え、いや、でも、何で……?」
「私の性格の問題だよ」
デスクの表面を軽く撫でながら、水澤は答える。
「さっきまでの私を思い出してもらえればわかりやすいと思うが……私は昔から、どうにも自分に自信がなくてね。何をしても、何だか悪いことをしているような気がしていたんだ。おどおどして、弱々しくて、情けなくて、薄い。だがそれが嫌だった」
だから、と水澤は続ける。
「だから自分を変えたかった……先に指摘されていた通り、私は何かを創り出すのが好きだった。だけど、自分に自信がない私ではそれができなかったんだ。それで、歪んでいるのはわかっていたが、こうすることで一応の解決をみた」
ふふ、と小さく自嘲するように笑う。
「ペルソナ、というのは確かに正しいよ、裁縫クン。どちらも一続きの私であることに違いはないが、どちらが表でどちらが裏かと言えば今のこっちの私の方が裏であるし、どちらが本物でどちらが偽物かと言えば、こちらでない私の方が本物なんだよ」




