よんじゅーろく。
部屋の中は、安アパートと言われていた割りに結構上等な部屋だった。
「――いや、明らかに俺の部屋よりも高いだろこのアパート。アパートって呼んでいいのか? 借りるとこじゃなくて買うとこだろここ。部屋数とか俺の部屋の比じゃねーし」
ん? と振り返った裁縫に、早見が言う。
「お前、この間は安アパートって言ってただろうが。全然だぞ」
「おやおや……そうか。これは価値観の違いというものだね。ボクにとってはこの程度、安アパートに過ぎないと思っていたのだけれど……ああ、そういえば、はやみんの住んでいるところもアパートだったか。いや、ボクはてっきり、あれははやみんの所有する活動拠点のひとつで、いつでも廃棄可能なタダ同然の場所かと思っていたんだよ」
「俺は何者だよ」
しれっと腹の立つことを言ってくれるが、それ以上早見が何かを言う前に、裁縫は部屋に入って来た水澤の方を向いてしまった。
「どうだいすーちゃん、何か変わったところは?」
訊かれた水澤は、ん、と部屋を一通り見回すが、やがて首を振った。
「特に、ないと思う」
「そうか。それは重畳」
「あー……でも、よく無事に残ってたな。どこの機関も調べに来なかったってのもそうだが、何カ月も前なんだろ? 家賃の滞納とかで追い出されにかかってたりされてそうなものだけど」
ささやかな疑問を述べた早見に、これにも裁縫が答えた。
「その辺りは、ボクも抜かりないさ。こんなこともあろうかと、すーちゃんが攫われた直後に調べに来た時に、この辺りに意識結界を立てておいてある」
「お前は普段どんなことがあると思って生活してるんだ……?」
「それに、家賃の話とかも問題はないんだよ」
あ? と返す早見に、裁縫は頷きを見せ、
「契約時に一年一括払いだ」
「……金持ち……」
と、奥の部屋に入って何かしていた水澤が、あ、と小さく声をもらすのが聞こえた。どうやら目当てのものを見つけたらしい。裁縫が先を行き、早見も続こうとしたところで、その場にへたり込んでいる姫森に気付いた。
「……おいおいお姫ちゃん、大丈夫か? どうした」
「お姫ちゃん言うな……わかんないけど、何か、気持ち悪い……」
そう言う姫森の顔は、確かに青ざめている。
「ほんとに大丈夫か……酔ったのか? 移動中は、そっちの方は大丈夫そうだったのに」
「わかんないよ……降りたら急に」
「んー……まあ、しばらく休んでろ。そこのソファ借りて。あとトイレの位置も確認しておけ」
立てるか? と訊くと、無理そう、と姫森は首を振る。どうしたものか、と早見はちょっと考えたが、仕方ない、とため息をついて、
「ちょっと失礼」
「え? ――わ、わ!」
へたり込む姫森の背とひざ裏に腕を通し、掬い上げるように抱き上げた。
「ほほう、成程。お姫ちゃんなだけにお姫様抱っこなわけだね」
「いや、それは別に上手いこと言えてないからな」
奥から顔だけ覗かせた裁縫に言い返してから、早見は姫森をそのままソファまで運んだ。
そこに寝かせて、早見は体の向きを変えつつ、
「そこでしばらく寝てろ。何かあったら呼べよ。こっちも何かあったら呼ぶから」
うん、という弱々しい返答を背中に聞いて、早見は奥の部屋に向かった。




