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よんじゅーいち。

 

 

「――ん?」


 とあるアパートの屋上、その角に足を投げ出して座っていた少年が、不意に首を傾げた。


『どうした錦織。何かあったか』


 顔横に常時展開された、Sound Onlyと表示されている端末から、回線先にいる人物からの返答が入った。


「……いや、何かあったっていうわけじゃないんだけど」


 不審の色は拭いきれぬままに、錦織は答え、向こうに見えるアパートを睨み付ける。

 彼は現在、“標的”を匿っているという“早見・遙”という少年の住むアパートを見張っているのであった。

 錦織だけではない。錦織の所属する機関から他にも数人で包囲している。“標的”に動きがあった際、何としても捕獲せよ、という命令だ。

 何ならその早見少年のいるという一室を強襲してもよかったのだが、どういうわけかその部屋の周囲には解析できない結界が展開されており、どうにも手が出せず、見張るしかないという状況だった。

 中でも錦織は“索敵”に優れていて、


『お前が何か引っかかったというのなら、何かが確かにあったはずだ。こちらでも一応、精査はしてみよう』


 通信先からの言葉に、「買いかぶり過ぎだと思うがねえ……」などと言いながらも、錦織は油断なくその部屋を睨み続ける。

 変化はない。昨日連中が入ってから、閉じられた戸はそのままだ。

 そこにいるのは、上層部が入手した情報によれば、くだんの“標的”、昨日他機関の光子砲による砲撃を妙な結界で防いだという、部屋の所有者でもある少年、それにどういうわけか居合わせた一般人の少女と、詳細不明の少女がひとり。

 最後の“詳細不明”の奴も気になるところだが、


「何でもその早見って奴、時代遅れにも魔法使いとかいう奴らしいからな……どうせ眉唾だが。でも光子砲を防いだってのは事実らしいし……」


 錦織は、かつて存在したという魔法というものを、下らないと思っていた。どうせ時代遅れであり、科学よりも劣っていたから滅びたのだ。そもそもそんなものは存在していなかったのではないかとまで思っているのだった。それに、例え本当に早見という奴が魔法使いだったところで、


「そんな過去の遺物に負けるかっつーの……」


 独り言を言っていると、再び端末から声がかかった。


『こちらは何も反応していない。お前はどうだ』

「見ただけじゃこっちだって何もないんだけどさ……一応、梶木の旦那に電解波撒いてもらっていいか。範囲は例のポイントから半径百メートルで」


 念のため、の判断だ。それ以上の思惑はなく、それで何かが見つかるとは思っていない。端末は、了解した、十秒後に発動する、と応じて再び途切れる。

 どうせ何もない、と錦織はたかをくくっていた。向こうがこちらに気付いているかどうかはわからないが、こちらには索敵タイプが三人もいて、狙撃タイプも二人揃えている。出てくればそれで終わりだ。“標的”以外の生死は不問である。ならば遠慮はない。


 そして十秒後。


 早見の部屋から半径百メートル、錦織が言った通りの範囲できっかりと電解波が生じた。一瞬、昼間であるにもかかわらず雷電のようなフラッシュが走る。

 それは、攻撃性は強くないが、ステルス状態の敵などを暴き出す索敵のための兵装だ。それも、それを放った人物のものはかなり強力なものであり、余程高等なステルスでも一発で暴き出す。


 果たしてそうなった。


「――は?」


 それを視認した錦織は、思わず間の抜けた声を出してしまった。

 絨毯、である。

 絨毯が飛んでいた。

 それも、上に人間を四人も乗せて。

 アパートの上空にふわふわと安定して浮いている。

 あまりに荒唐無稽な光景に、若いながらも精鋭として配属されている錦織すらも唖然として、咄嗟に反応ができなかった。

 ふと、絨毯の上に乗っている、唯一の男と目があった。

 “標的”グループの中で男はひとりであり、それが魔法使いでもあるということだったから、あれが例の早見という奴だろう。

 早見らしき男は、こちらと目があったことに驚いた顔になりながらも、次の瞬間には、ぐ、と親指を立てて不敵に笑って見せた。

 合わせて動く唇から、グッドラック、と読み取れた。

 そして、錦織はおろか、他の誰もが何の反応もできないでいるうちに、


 絨毯が消えた。

 その乗員ごと、一瞬で、だ。


 次いで、一拍遅れて凄まじい衝撃音が響いた。腹の底に来る重い音だ。

 反射的にその場に伏せた錦織の頭上を、衝撃波が通過する。

 何が起こったのかは、わかっていた。

 衝撃波が収まるのを待って、錦織は引きつった笑みを浮かべつつ起き上がる。


『おい錦織、今のは何だ! 何が起こった!?』


 運よく無事だった端末の通信回線から、他の仲間たちの怒号が聞こえる。いやあ、と錦織は、


「俺だってびっくりだっての……ありゃソニックブームだ。一瞬で、初速で音速超過とか、どういうことだよ。あれが魔法だってんなら……確かに、とんでもないな」


 声が震えを帯びかけるのを、腹に力を込めることで防いで、しかし目から意志を失わずに錦織は言う。


「俺たちがあれに追いつくのは無理だが、行先はおよそ見当がついてる……方角からして、あれは西京に向かってる。大方、“標的”の初めの住処に行こうとしてるんだろう。だから、西京の近くにいる奴らに連絡しろ。――無事ですむとはとても思えないが、あの速度でずっと飛び続けるのなら、連中、あっと言う間に西京に着くぞ」

 

 


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