さんじゅうはち。
え? と疑問する水澤に、裁縫は何て事のないように言う。
「それが、この世界にはもう小説家がいない、という意味だ。この世界に生きる人間は誰一人として、空想も、想像も、比喩でない意味でできないんだよ」
そうとも、と裁縫は頷きを置いて、
「哀れなことに今の時代、世の野郎どもはエロい妄想すらも全くできないのさ。――なあはやみん」
「俺に同意を求めるな」
そっぽを向く早見。ふん、と裁縫は鼻で笑って、
「全く……素直じゃないんだから」
「……! 墓穴を掘らないために何も言い返さないけどな……!」
震える早見をスルーして、裁縫は水澤に向き直った。
「小説家の自覚がないことは、なんのことはない、まだ一冊も書いたことがないからという、それだけのことだ。だが、そうやって、想像を難なくやってのけるキミだからこそ、キミは小説家になれるんだろう……そして、小説家にならなければならないんだろう」
「ならなければならない、って……」
「キミに夢はあるかい?」
出し抜けに、裁縫は問いかけた。
「目標は? なりたい職業はあるかい?」
「……ない、けど」
水澤のその返答に、裁縫は頷いた。
「それなら、キミは小説家になるべきだ。何せオンリーワンだぜ。相当儲かることは間違いなしだ」
“悪い顔”で言う裁縫。それはまあ、そうだろう。
だが、やはりというか、水澤は困ったような顔になる。
と、それまでずっと黙って座っていた姫森が、ぽつり、と、
「――なんか、それしかないっていうのも、なんだかなあ、って気がするよね」
姫森は、他の三人の注目を浴びていることにも気づかず、
「私も、まだ“何かになる”って決めたわけじゃないけれど、“それしかない”って他人に言われたら、ちょっと嫌かなあ。強制されたくない、っていうか――って、御免、なに?」
注目を浴びていることに気付いた姫森がちょっと引くと、裁縫はひとつ吐息して、
「……まあ、そうだね。ならなければならない、というのはちょっと性急に過ぎたかもしれない。――だから一冊でいい。少なくとも一冊は、キミは小説を書かなければいけない」
確信をもった口調で、裁縫は続けた。
「それが、状況の打開につながることは確かなのだから、ね」




