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さんじゅうろく。

 

 

 結局最後まで無言で食べ切ってしまった。

 他の誰も何も発言しなかったというのもある。

 何を言おうにも混乱が収まらず、何も言えなかったというのもある。

 しかし、全員が食事を終えてしまってからではさすがにいつまでも黙って座っているわけにはいかない。

 ともあれ、ひとつ、早見は裁縫に訊いておきたいことがあった。


「――おい、裁縫」


 裁縫の耳元に口を寄せ、早見は囁く声で問う。


「なんだい」

「俺がこれを言うのもおかしな話なんだが、なあ、随分と目覚めるのが早くないか?」

「朝五時がかい? 三文得したろ?」

「その話じゃない。小説家の話だ。俺は少なくとも、もう二、三日はかかると思ってたんだが……」

「んー……まあ、その辺は、キミの処方が十全以上だったってことだろうけどね」


 妙に含みのある言い方だ。あ? と見ると、裁縫はあらぬ方向を見上げながら、


「さすがにボクもここまで早いとは思わなかったけれど……考えてみれば、仕方ないのかもしれないね。小説家の御都合主義だ。いや、小説家ではないね。これはやっぱり素人さんだ。いくらなんでも展開が拙すぎる……だが、気が付けば早くも中旬だ。巻いていかないと展開が間に合わないということだろうね……」


 ぶつぶつと言っているが、さっぱりわけがわからなかったので早見は視線を向かい側に移す。

 姫森は、そわそわと視線を彷徨わせていた。小説家はと言えば、じ、っと黙って湯飲みのお茶の水面を見つめている。


「――あの」


 声をかけると、姫森と小説家の視線が一緒にこちらへ向いた。


「……あー、えっと」


 咄嗟に何を言えばいいのか戸惑って中空を見つめるが、とにかく、と開き直り、


「自己紹介、しようか」

「それはもう済ましたよ」


 横の裁縫に出鼻をくじかれた。


「キミの紹介もボクがしておいた」


 見れば、裁縫はしれっとした顔でそんなことを言う。

 俺の何をどこまで紹介したんだ……!?


「あ、あの」


 恐る恐る、と発言した。例の小説家だ。


「早見・遙さんですよね。その、私、水澤みなさわすいといいます。えと、初めまして」

「あ、うん、俺は――ってもう知ってるんだった、よ、よろし、く?」


 何とも締まらないファーストコンタクトだった。


「あー……紹介した、っていうけど、どこまで聞いたんだ?」


 裁縫を横目に見ながら訊いてみる。裁縫は、まるで関係ないという顔で何やら端末をいじっている。

 水澤は、ええと、と指を折って、


「まず、早見さんは魔法使いで、」

「いきなりそこから入るのかっ」


 思わず勢い立ち上がってしまった早見に、反射的にか水澤は慄き仰け反って「ご、御免なさい!」などと平謝りする。


「あ、いや、悪い……でもなんだっていきなりそこから……」


 両手で顔を覆って嘆く早見。その様子を窺いながら、恐る恐る水澤は、


「それから、私は、えと、世界中で指名手配されていて」

「間違ってはいないだろうけど、何か違うんじゃないか?」

「姫森さんは早見さんの友達」

「まあ、それは間違ってない」

「………」

「どうしたんだいお姫ちゃん。言いたいことがあるならはっきり言いなよ。はやみんは本気で言ってるぜ」

「……えと、で、裁縫さんはマスコットキャラクター」

「何のマスコットだ!?」


 思わずまた立ち上がってしまう早見。同じく水澤が仰け反って「御免なさい!」と平謝りする。

 ふう、と裁縫がため息をついて、


「いちいちうるさいよはやみん。もういい歳なんだから、もっと落ち着いたらどうだい」

「誰のせいで……! お前、なんだよその説明は。曲がりくねって捻じれきって反復横飛びしてるぞ。情報の齟齬どころじゃない、ほぼ誤報だぞ」

「まあそれを伝えたのはお姫ちゃんなんだけどね」

「お前だったのか姫森!?」

「ボクはその間、キッチンを借りて朝食を作っていたからね。はやみんが魔法使いだってこと以外は、ほぼお姫ちゃんだ」


 しれっと言う裁縫。姫森を見ると、こちらはあらぬ方向へ二秒視線を逸らした後、妙に爽やかな笑みで振り返り、


「ちょっとした遊び心♪」

「遊び過ぎだ」

「てへっ♪」

「てへじゃねえ」


 ていうか姫森の中でも俺はもう既に魔法使いなのか、と肩を落とす。

 そのままぶつぶつとぼやいていると、あ、それでさあ、と姫森が取り繕うように話しかけてきた。


「ひとつ、これはほんとにちょっと妙なところがあってさあ」

「……妙な?」

「そうそう、小説家の話」


 ああ、と早見も思い出した。姫森の他己紹介に落ち込んで忘れかけていたが、目の前に座る水澤は、小説家なのだった。

 勿論のこと、早見だって、小説家に会うのはこれが初めてだ。


「あー……水澤、さん、かな。水澤さん、小説家……なんだよな。いや、まだ書いてないんだっけ? じゃあ、これから書いていくわけか?」


 訊く。すると、水澤は奇妙な表情になった。

 奇妙というか、困ったような、困惑したような表情だ。

 まるで、身に覚えのないことを言われたかのような。

 あれ、と早見が思う眼前、水澤はその表情のまま、ええと、と口を開いた。


「その、さっき姫森さんや、裁縫さんにも確認されたんですけれど」


 言いにくそうに、水澤は言う。


「私って……その、小説家、なんですか?」

 

 


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