さんじゅうよん。
「おい、起きろよはやみん。もう朝だぜ」
蹴られた。
早見は起き抜けのぼんやりした頭で呆然と、仁王立ちしている裁縫を見上げた。
仁王立ちである。
比喩ではない。
現存していないが、かつて古雅都市にあったという仏像の、阿吽のアレである。以前一度、過去の文献で見たことがあった。
ただし、ポーズをとっているのは裁縫だけのために阿吽の片割れだったが。生憎と、調べはしたものの興味がなかったためにうろ覚えで、今裁縫がとっているのがどっちだったか判然としない。口を開いているのが阿だったか。だとしたら今の裁縫は吽だ。
「……いや、そんなことはどうでもよくて。え、なに。何かあったのか? 人を足蹴にして起こすほどの一大事が?」
「あったと言えばあったけれども、そんなことより今は御寝坊さんのはやみんを退治する方が大事だ」
「退治するなよ。優しく起こしてくれよ。せめて普通に起こしてくれよ。蹴り起こすなよ」
「じゃあはやみんは踏まれた方が嬉しかったのかな」
「誤解を招く言い方はよせ。踏むのも蹴るのも大して変わらないし……大体寝坊って、今何時だ?」
「午前五時」
「寝坊どころか早起きじゃねえか! 蹴ってねえで三文寄越せよ!!」
「三文でいいのかい……? さすがに三文は現代じゃ使えないけど」
言い合いながら、ぎくしゃくと身を起こす早見。あちこちの関節を捻ってみて、顔をしかめる。
「痛ェ……」
全身が軋んでいる。それはまあ、
「そんな変なところで寝たりするからだよ」
早見が呆然とした顔で見上げるのにも構わず、裁縫はくるっと背を向けて戸に手をかけた。居間へ続く戸だ。
「何でもいいけど、さっさと目を覚ましておくんだね。これからキミが目にする現実は、寝ぼけた頭では全く心臓に悪い」
「頭なのか心臓なのかどっちだよ……なんだ、何があったんだ。何かマズいことか?」
首を回したりなどしてやる気なさげに問う早見に、裁縫は取ってに手をかけたまま、肩をすくめてみせた。
「さて、どうだろうね。マズいといえばマズいのかもしれない。――小説家が、早くもお目覚めだ」




