さんじゅうさん。
その後の話し合いの結果、早見は玄関で寝ることになった。
「……いやいや、一体何がどうなってこうなるんだよ」
ひとり、早見はぼやく。
早い話が、小説家をかくまえる場所が他になかったのである。ついでに姫森も、機関連中に顔が知られてしまっているため、不穏なことのないように姫森のアパートに返すわけにもいかなくなった。
するとどうなるかというと、早見、姫森、裁縫、そして眠れる小説家のうち、男は早見だけであって、
「それで即追放ってどういうことだよ。ここ俺の部屋だぞ」
ぼやく。けれども当然のこと、そのぼやきを聞くのは早見本人以外にいない。
空しい。酷く空しい。
「……まあ、いいんだけどさ」
投げやりに言い捨てて、早見はその場に適当に寝転がった。布団などない。雑魚寝である。
「床、冷た……」
しかも固い。これで眠れるのだろうか。
目を閉じて、先程までの裁縫の話を反芻する。
総括してざっくりと感想を言うと、やはりわけがわからなかった。
まずもって、昨日と今日とで状況が目まぐるしく変わり過ぎだ。昨日まで自分はしがない腐れ高校生にひとりに過ぎなかったそれが今日になってみれば、
「隠してたことはフツーにバラされるし、小説家とかいう女が出てくるし、なんか変な女子も出てくるし……」
全くもって、いい迷惑である。
確かにまあ、物語というものは状況が急変するものだ。そうでなければ物語は始まらない。平穏の終了と波乱の幕開けこそが、物語の始まりだ。
だが、
「そんなのは、小説の中の話だろ」
虚構と現実の境を見失うような年齢は、もうとっくに過ぎている。
虚構は虚構、現実は現実だ。
確かに自分は、この時代にそぐわない、言ってしまえば酷く古臭いものを有してはいる。
浅く目を開いて、自分の掌を見る。
それは、世界を変えられる力だ。
世界を終わらせることもできるし、
世界を救うことだってできる。
かつて、誰かが自分にそう言った。
けれど、
「時代を完全に間違ってるってーの……今こんな力があったって、何の役にも立たねーよ」
そういうことだ。
その“唯一”を振りかざし、思うがままに、好きなように行使すれば、確かに“何か”ができるのかもしれない。
物語になるのかもしれない。
でも、そんなことをする気など毛ほどもないのだ。
面倒だし、阿保くさいし、不毛だし、何より、
「……俺は、主人公じゃないからな」
主人公がいなければ、物語は始まらない。
そして自分が主人公じゃないとすれば、自分がこの力を使って何かを起こしたとしても、主人公である他の誰かが、自分と敵対するだけだろう。
それだけのことだ。
そしてそれは、酷く空しい。
今回のことにしたってそうだ。物語性は、仕方ない、確かに認めてやろう。だが、それならば主人公は何処だ。何処で何をやっている。さっさと出てきて主人公をやれ。
いい迷惑だ。振り回されるだけのモブキャラとしては。
全く、と不機嫌に眉根を寄せ、寝返りをうつ。その途中で、ごり、と背骨を削った。
なんだか段々とイライラしてきた。何だって俺がこんな目に合わなければならない。変な子供が出てきて変なことを言い出すし、その子供は徹底して無表情なくせに何か妙に偉そうだし、変な連中に襲われるし、別に使いたくもない力を使わなきゃいけなくなったし、お陰で変な奴らに勧誘されたりもするし、その上なんかマークされたとかで自由に動けなくなったし、何よりも、
「全く――寝れるか! こんなところで!!」
叫びは空しく虚空に吸い込まれて消えた。




